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最近の電子ピアノを見学

 トイレで愛用している日本地図のカレンダー、来年も欠かしてはならぬと、きのう、息子を連れて電車に乗り、有楽町の家電量販店に行って来た。そのついで、最近の電子ピアノがどうなっているのか情報を仕入れに売り場に寄ってみることにした。うちの電子ピアノClavinova CLP-560は買って四半世紀になるが、未だにまともに動作する。時々、電気的な雑音が混じることがあるが、あちこちいじっているうちに直ってしまう。壊れれば買い直すのだが、まだまだ使えそうである。そんなわけで数ある電子ピアノの中でも目が行くのはClavinovaである。CLPシリーズとやや高価なCVPシリーズというのがあるのだが、後者は電子ピアノという物を従来のピアノの代用品としてでけでなく新しい楽器の一つとして位置付けようというような商品だろうか。少なくとも僕にはそう思われる。僕としては電子ピアノは、本物のピアノの練習機として機能してくれればじゅうぶんなので、興味があるのは余計なボタンや画面などがないシンプルなCLPシリーズの方。最も安いのはCLP-535で、20万円しない。もう一つランクを上げると20万円を超えてしまうが鍵盤が木製となる。CLP-545、CLP-575、CLP-585と続くのだが、価格の違いはどうもスピーカーの質に依るらしい。練習機のスピーカーなどどうでもいいから、買うならCLP-545ぐらいだろう。僕の持っているCLP-560よりもあらゆる面で良くなっているはずだが番号が小さいのが笑える。最近はもっぱら息子の日々の練習に使うだけ。心を落ち着かせてピアノを弾く時間を持ちたいものである。
Nov29_2015
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一番人気はバイエル100番

 娘にバイエルを教えていたのはもう7年も前のことになる。1つ終えるごとに演奏を動画として記録し、その大部分はYouTubeに載せて今でも見ることができる。原書では1番から106番まであるのだが、やはり105番や106番あたりが圧巻である。もはや娘はピアノには指一本触れなくなってしまったが、久々に幼い頃の演奏をパソコンで見てみた。一番人気は100番で視聴回数は1万2千回を超えている。切りのいい番号だからであろうか、それとも原書100番は人気のある曲なのか。二番人気以降は1万回を切ってしまうが、81番、80番と続き、106番は4位に甘んじている。そして102番、93番と続く。これらの動画は、娘がよぼよぼの婆さんになっても残っているのだろうか。そんなことを想像するだけでも楽しい。

小犬のワルツの練習

 22年前に自分で録音したカセットテープが出てきた。自分の電子ピアノで『小犬のワルツ』を弾き録音したものである。残念ながらステレオやラジカセはもはやうちにはないので聴くことができない。ならばまたあの時のように弾けるようになればいい。そんなことを考え、最近は時々練習をしていた。毎日練習したいのだが、けっきょくは週末にしかできない。そんな程度ではそうそううまくならない。昨日、友人の家にお邪魔して夕食をご馳走になっていたのだが、ピアノを習っているようで女の子から弾いてと頼まれた。めったにないチャンスではあったが、残念ながら人前で弾くだけの腕前になっていなかった。チャンスはもうないかもしれないし、またあるかもしれない。その時のために、一曲ぐらいは何か弾けるように練習しておきたい。

幻想即興曲を弾く

 以前は娘のピアノ演奏を、練習曲も含め、けっこうな頻度でYouTubeに載せていた。載せて公にすることがいい励みになり、また興味を持って連絡してくれる人もいてそれもまた励みになり、上達につながったと言っても過言ではない。連絡をくれた人の中にはまだまだピアノを始めたばかりの同じような年頃の女の子のお母さんもいたが、その子はうちの娘がやめてしまっている間にもめきめきと腕を上げ、最近、『幻想即興曲』の動画を載せていた。発表会か何かで演奏するための練習風景で、まだまだ完成には程遠いがちゃんと曲にはなっている。手も指も成長しているところで大きくはないと思うのだがこの年齢で弾ける曲なのか。『幻想即興曲』を弾くとは僕自身にとってはとてもかなわないもののピアノを弾くという一つの段階のステータス・シンボルである。辛いこともあったと思うが頑張り続けた証だろう。本番ではどんな演奏を披露するのか。

遅々として進まぬピアノ練習

 息子が4歳になってから時々ピアノを教えているのだが遅々として進まない。娘の時は5歳半ぐらいから始めたのだが、それと比べると手が小さいし力もないので早過ぎるように感じてこちら側のやる気も出ない。3歳からピアノをなどという話も耳にするが、意味があるとは思えない。とは言え、なんとなくト音記号の楽譜は読めるようになってきたようだ。今日から左手で引く練習をしてみた。

ハンガリー舞曲第1番

 SNSは好きではないのだが、たまには役に立つ。友人が親子でピアノの連弾をするらしくそのプログラムを載せていたので、詳細を聞き、今日はあいにくの寒い雨降りとなったが娘と二人で電車に乗って出かけた。曲目はブラームスのハンガリー舞曲第1番。数年前、明らかにうちの娘の方がピアノの腕前は上だったが、もうそんな曲まで弾けるようになったのか。1歳の時からうちの娘と同じ保育園、同じ小学校の友達である。それにお母さんの方もすごい。Facebookへの書き込みでツェルニー30番か40番を毎朝練習しているとは知っていたが。母親命令で有無を言わさず今日の発表会に漕ぎ着けたが、娘さんの方はインフルエンザによる出席停止明けで、直近の練習不足が心配とのこと。僕は責任あるビデオ撮影を任されてしまい、ゆっくり聴けなかったが、その分、家に帰ってからデータ整理をしながらじっくりと鑑賞した。1年間ピアノを休んでいた娘にもいい刺激になったはずである。娘と二人、ケンタッキーフライドチキンで昼食を取ってから家に戻った。

ピアノのレッスンを一年間中断

 月に1回程度の習い事も含めると娘は、書道、水泳、英会話、バドミントン、囲碁など、いろいろとやってきたがその中でも好きか嫌いかは別にして最も時間をかけて頑張ったのはピアノだろう。先日、大好きだった書道をやめ、そして今日をもってピアノは1年間休むことになった。理由は中学受験。最近は母親に勉強、勉強と言われ、ピアノの練習をする時間を全く確保できておらず、それはピアノに対するやる気のなさの表れでもあった。もうやめると言い出しても不思議はないと思っていたが、やめるのではなく、中学受験が終わったらまた再開したいというのが本人からの希望である。笑顔で、また再びやる気を持ってピアノのレッスンに通えるよう、この一年間、ぜひ頑張ってもらいたい。

幻の連弾

 昨夜は娘のピアノのレッスンを見学に行った。目的は見学というよりも、先生に直接お会いして親子での連弾を実現できなかったことを謝ることであったが、久々に娘の演奏を聴くこととなった。最近は聴こうとすると弾くのをやめたり、ヘッドホンを使ったり、そして連弾をするという話があっても、娘の方から一緒に練習しようなどと一度も言ってこなかった。そして今日、発表会である。第1部は年齢順に幼稚園児から専門学校生までが演奏するが、娘の『舞踏への招待』はだいたい真ん中ぐらい。昨日の見学で完璧に弾きこなせないことは分かっていたが、ミスをするたびにこっちの冷や汗が出る。またビデオ撮影や写真撮影も頼まれているので気が抜けない。なんとか無事に終わったが、娘に続く生徒さんたちにもミスが多く、全体的に見ると、また結果的にはうちの娘の演奏はそこそこのものだった。あんなに難しい曲を良く頑張ったものだと思う。第2部は連弾、特にその後半は特別企画ということで、ナレーションを入れながら『白鳥の湖』の曲をみんなで弾いてゆくというものだった。プログラムには娘と僕が『パ・ド・トロワ』と『フィナーレ』の2曲を担当することになっているが、僕のパートは先生に任せるよりなかった。今回も最後の締めくくりを僕ら親子に託していただいたにもかかわらず、期待に応えられず、非常に心苦しい。というわけでなんとも苦々しい発表会になってしまったが、これを娘との次の段階への出発点としてまたともに頑張って行きたい。発表会は終わってしまったが、幻の『パ・ド・トロワ』、インターネット上の発表会でもいいのでなんとしても完成させよう。
Jan06_2013

連弾断念

 ここ何日間かピアノの発表会に向けて練習を続けてきたが、どう考えても間に合いそうもない。僕が断念すれば先生が娘と連弾してくれるという逃げ道もある。先生宛てに手紙を書き、娘に託した。「娘がいつもたいへんお世話になっております。前回に続き再び親子での連弾の機会を与えてくださり、たいへん嬉しく思っていたのですが、半年前に職場が変わって仕事が忙しくなり、前回のように練習時間を確保することができませんでした。昨日まで少しずつは弾いていたのですが、未だに娘と一度も合わせておらず、発表会で披露できるような演奏にはとても仕上がりそうにありません。もっと早くに判断し、先生にお伝えするべきで、たいへん心苦しく、また悔しくも思っているのですが、どうかご対応いただけませんでしょうか。ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」レッスンから帰って来た娘に、先生は何と言っていたかと聞いても娘はまともに応えてくれない。

発表会のプログラム

 娘のピアノ発表会は2年ごとに開催され、次は来月に迫っている。前回に続き、今回も娘と連弾をするということになっている。曲目は『白鳥の湖』の『パ・ド・トロワ』。今月は学会発表があったり何かと忙しく、そうでなくても今の職場に異動してから日々の仕事に忙殺されて、とても練習時間を確保することができなかった。残り2週間を切ったが、娘と合わせたことなど一度もないし、最後まで弾き切ったことすらない。これはもはや断念するしかないと娘に伝えたが、今日、印刷された発表会のプログラムを持って帰ってきた。そこにはすでに娘と僕の名が印刷されている。しかも2ヶ所。みんなで『白鳥の湖』の曲をいくつも弾いて一つの作品としてまとめるらしい。困ったことに『パ・ド・トロワ』だけでなくあの有名な『フィナーレ』をうちらの親子が弾いて終わるような構成になっている。残り13日で弾けるようになるのか。とにかく最善を尽くすしかない。

舞踏への招待

 娘が習っているピアノの先生のところでは2年に1度、年明け頃に発表会をやっており、そろそろ準備を始めなければならない。僕は勝手にショパンの『華麗なる大円舞曲』でも弾けばと提案し、実家に置いてあった楽譜まで妹に頼んで送ってもらったのだが、先生の意向でウェーバーの『舞踏への招待』を弾くことになった。僕にとってはなじみの無い曲で、半ば冗談であった『華麗なる大円舞曲』並に難しそうである。2年前の初回ほど気合いが入っていないようだが、頑張ってもらいたい。

ピアノ演奏に耳を傾ける時間

 娘の友達のピアノ発表会があるとのことでお誘いの連絡をいただいたのだが、娘は他の用事と重なって行くことができず、僕が独りで聴きに行くことにした。銀座のヤマハホールという有名な所でやるらしい。どこかのピアノ教室全体の発表会となると下手な子が多いものだが、この発表会はそうではない。たくさんの教室からの希望者が集まっているようで、うちの娘ぐらい、あるいはもっと下の子、ペダルに足が届かない子達が、難しい曲を子供なりに感情を込めて上手に弾いている。うちの娘はけっこううまいと思っているが、こんな場で弾かされたら人目を引くような演奏にはならないことだろう。とにかく、この子達は毎日、相当な時間をピアノの練習に割いて晴れの舞台に上がっているはず。そんなことを考えながら演奏を聴いているととても楽しい。最初から最後まで心穏やかに聴いていたかったのだが、最近は毎日が慌ただしく、途中で帰ることにした。ピアノを聴いたり、弾いたりするゆとりある人生を送りたいのだが、現状、そうもゆかない。
Mar04_2012

連合音楽会でピアノ伴奏

 娘の学年は区の小中学校合同連合音楽会というのに参加する。合唱と合奏があるのだが、特に合唱では誰がピアノ伴奏するかが僕にとっては最初から気がかりだった。嬉しいことに夏休み前に音楽の先生からオファーはあった。しかし確定ではなく、やってもらうかもしれないという曖昧な状態がずっと続いていた。歌ではなくピアノ伴奏、これは僕の叶わなかった夢であり、常に強引ではあるがこの夢を娘に託してきた。可能性があるなら努力を続けるよう伝えてきたが、一旦決まってしまうと妻の方に熱が入って、毎日のように付き添って練習を見ていた。本番では絶対に間違ってはいけないとのこと。所詮、小学生の遊びなんだからというのが僕の心持ちだったが。そして今朝は校内音楽発表会があり、息子を保育園に預けた後、ビデオ撮影に出かけた。なぜか軽い震えが止まらない。娘のピアノ伴奏を撮る手がどうしても震えてしまう。三脚を使うべきだった。とにかく、練習の甲斐あって娘の演奏は、いやいや学年全体による合唱は無事に終わった。次は合奏で、娘は鉄琴を担当していた。連合音楽会は明後日である。年休を取って娘の伴奏を聴きに行きたいのだが、学部学生相手の講義があるので残念ながらそうもいかない。
Oct24_2011

4年で初級を終了

 娘がようやく『ツェルニー100番練習曲』の61番まで合格した。これにて一部は終了である。先生につくようになってからの2年半をかけた。最初に僕が手ほどきをしていた頃を含めると丸々4年間。ほぼ毎日15分程度の練習でここまでたどり着いた。先週からは『ツェルニー30番練習曲』の練習に入っており、いよいよ中級と言った感じ。毎週のレッスンに応えて行くにはもっと練習した方がいいのではと傍から見ていると思ってしまうのだが、その程度の練習量で楽譜が読め、すぐに弾けるようになるのも、これまでの毎日欠かさぬ積み重ねがあってのことなのだろう。聞けば、ヘ音記号への抵抗感などもうとっくにないようだ。もはや完全に僕の手の届かぬところまで行ってしまった。息子へのピアノの手ほどきは、姉であるこの娘にやってもらおう。4歳になったら始めさせるか。

昼休みのピアノコンサート

 昼休みのピアノコンサート、今日は大学4年生による、モーツァルトのソナタ第10番と、ショパンのバラード第3番であった。どちらも僕にとっては馴染みのある曲で、以前はしばしばCDで聴いていた。最近は全く聴かなくなってしまったが。娘がソナタ第15番を発表会で弾いたのだが、どちらもハ長調で似た雰囲気がある。いずれはこの第10番も弾いてくれるのか。モーツァルトと比べると、やはりショパンのバラードは迫力がある。CDを聴いていただけでは良く分からないのだが、目の前で演奏を見れば曲への印象はがらりと変わる。実はショパンのバラード第1番もそうやって好きになったという経緯がある。ほんの20分間、ちょっとした数の学生や教職員が集まる程度なのだが、どれだけの準備をしてきたのか。素人の僕には完璧な演奏に思われた。

手ごわいツェルニー100番練習曲集

 ピアノの練習曲でツェルニーと言えば、彼の30番練習曲集が最も有名だろう。これに加え、40番練習曲集の全70曲を弾けるようになれば、アマチュアとして一人前というのが僕の勝手な考えなのだが、当然のことながら僕はその1曲たりとも弾くことはできない。現在娘は、それらよりも簡単な100番練習曲を先生についてもう2年も弾いている。1番からずっと飛ばすことなく。最近はけっこう難しくなってきたようで、特に54番は4ヶ月もかかって今週ようやく合格した。こんな調子では100番を弾く頃には何歳になっていることか。実はこのツェルニー100番練習曲は、バイエル終了者が使うものと思いきや、後半はかなり難しいらしい。60番辺りまで行ったら打ち切りにして、いよいよあの30番練習曲集に進むようである。娘に教えてもらいながら、僕も挑戦してみるか。

発表会のスタインウェイ

 発表会のピアノはスタインウェイだった。幼い頃からヤマハのピアノに慣れていた僕としては抵抗があったのだが、なかなか弾きやすかった。本物の象牙かどうかは分からないが、白鍵の表面は象牙質で触り心地がとても良く、黒鍵は木でこちらもいい感じであった。家の電子ピアノとは大違いである。ホールでの演奏はけっこう響くようで、ダンパーペダルの効果をあまり聴き分けられず、踏みっぱなしでも何ら変わらないような感じだった。大学の図書館に置かれているピアノはなんか古い感じの物だと思っていたが、ベヒシュタインらしい。これらにベーゼンドルファーを加えると世界3大ピアノメーカーとなる。グランドピアノでなくてもいいが、本物のピアノを家に置けるような生活はいずれは訪れるのだろうか。
Jan30_2011

発表会のデータ整理

 昨日のピアノ発表会のデータ整理に追われた一日だった。自分たちの分、そして娘の友人の分しか撮る予定はなかったのだが、妻の希望で、またコンセントがすぐ近くにあったので、全ての演奏をデジタルビデオカメラで撮影した。最初は試行錯誤があり、ぶれたりしてしまったものもあったが、概してうまく撮れた。先生の終わりの挨拶を撮り逃してしまったことが反省点である。これまで撮影した動画は撮影順に並べて保存してきただけだったが、今回ばかりは簡単な編集をしたかった。つまりMPEG-2動画のある一部だけを取り出して別に保存したかった。MacのiMovieから、いくつかのフリーフェアをダウンロードして試してみたが、どうも思うように編集できない。こんなことで多くの時間を費やしてしまったが、けっきょくはビデオカメラに付属のWindowsで動くPMBというソフトウェアを利用することで目的は達成された。我が家の3曲分は動画共有サイトとSNSにアップロードした。祖父母に送るためにDVDも作ったし、オフラインのパソコンやiPhoneで見られるようにもした。静止画に関しては、ビデオカメラの映像からキャプチャーした方がきれいなようだ。僕が幼稚園児の頃に出た発表会とはえらい違いである。さて、肝心なピアノ演奏であるが、娘の独奏に関しては、最後の方のミスの連続が残念だが、なかなかいい演奏である。連弾の1曲目『大事件』は、僕の低音部の方の力が入り過ぎ、かつテンポが速くて合わない部分があり、正直言ってあまり美しくない。あのスタインウェイのピアノで一回きりでなく、もっと練習させてもらいたかった。『トロイメライ』の方はまずまず、いやなかなかいい出来だが、それは自分たちのできる限りの範囲内での話であって、音楽を良く聴いている人たちに自信を持って披露できるような演奏では決してない。とはいえ、娘との連弾の夢をこのような場で実現することができ、とても意味のある数ヶ月間であった。

初めての発表会

 ビデオ撮影の場所取りをしたかったので早めに会場に出向いた。ピアノ演奏の撮影には3通りあると思っている。ステージに向かって右側から主に顔を撮る、左側から手を撮る、そして正面から両方を撮る。僕は手を撮るのが好きだし、画像や動画を公開する際に顔が映っていないと好都合なこともあるので、今回も迷わず左側に陣取った。幸い、両端一列は少し高くなっていたので、前の人の頭などに邪魔されずに済む。独奏の第1部は恐らく学年順で、うちの娘の出番は真ん中辺りの9番目。お辞儀をして椅子の位置をずらして座ると、間を取ることなくいきなり弾きはじめた。モーツァルトのソナタ第15番第1楽章、よく知らなかったが最近では番号がずれて第16番になっているらしい。前半部と後半部がきれいに分かれていて、それぞれを繰り返して演奏するのが作曲者モーツァルトの指示であるのだが、先生からは「繰り返さなくてもいい」と言われたらしい。しかし父親からの厳命に従い、娘は繰り返した。後半部の繰り返しになって調子が悪くなってしまったが、それまではややゆっくりではあるもののこれまでにない完璧な出来栄えだった。「練習は本番のように、本番は練習のように」という校長先生の言葉を胸に、落ち着いて弾いたようだ。初めてのピアノ発表会にしてはよくやったものだ。ビデオ撮影も無事に終わり、一安心である。さて、第2部は連弾で、多くは母子であるが、兄弟や、友人という組み合わせもある。特異なのは生徒の中では最後に登場するうちの娘と僕という娘父の組み合わせである。いよいよ出番がきた。ビデオ撮影は妹に任せた。僕が楽譜を持ち、娘の後に従ってステージ上を進み、礼をする。椅子に座り、ダンーパーペダルに右足を置いて、両手を鍵盤上の最初の音の上に置く。落ち着くためにしっかり間を取らせて、娘が「一、二の」と小さな声をかけ、シューマンの子供の情景から第6番と第7番に相当する『大事件』および『トロイメライ』を弾いた。少し間違ったが、低音部でのミスだったので、玄人でない限り分からなかったはずだ。「大きなミスだけはしないで」と言われていが、娘に叱られずに済んで良かった。そして演奏が終わり、余韻を味わって楽譜を取り上げる。その際、鍵盤にぶつけて不要な音を出してしまったのが残念だった。こうして娘の初めての、そして僕としても成人後初めての発表会は、2ヶ月半のほぼ毎日の練習を経てここに終わった。
Jan15_2011

30年ぶりのレッスン

 娘と2人でピアノの先生のところへ行った。親子2人でピアノのレッスンを受けるのである。ここに来たのはちょうど2年前。家でバイエルを終わらせ、娘が先生に付いて習いたいと言うので相談に来た時以来となる。家ではもちろん、ずっと電子ピアノで練習してきた。今日、グランド・ピアノを叩けることを楽しみにし、強弱もよりはっきりと、感情豊かに弾けるものかと思っていたが、いざ弾いてみるとそう甘くはなかった。レッスンを受けるなど、僕の方は小学校2年生以来だから、30年以上経ったことになる。あの最後の日のことは今でも良く覚えている。ピアノがいやでいやでしかたがなかったのだが、まさかこんな日が来るとは。先生は何点か注意してくださったが、僕なんかにはそんなに期待はしていないだろう。発表会であまりに見苦しいようなことがなく、そして親子で楽しく弾いている様子を醸し出せればそれでいいのだ。娘の方が僕よりも多くの注意を受けていた。娘にはかねがね、もっと先生とコミュニケーションを取って積極的に取り組んで欲しいと思っているのだが、言われたことに対して分かっているのか分かっていないのか頷くだけである。僕がいかに嫌がる娘との練習時間を確保することが難しいかを訴えると、先生は「お父さんと一緒にピアノが弾けるなんて、こんなに幸せなことはないよ」と言ってくださる。このことを娘が実感してくれにはあと20年くらいかかるかもしれない。

自分の演奏のビデオ

 一通り連弾ができるようになった。娘と弾くシューマンの『大事件』と『トロイメライ』である。先日録音してみて、今日はビデオ撮影をし、自分の演奏を外側から聴いたり眺めたりしてみた。いつも娘に「姿勢が悪い」と注意しているのだが、親子並んだビデオを見ると明らかに僕の方が姿勢が悪い。しかもピアノ演奏であんな猫背ではきわめて格好が悪い。常に意識し、直さなければならない。そして演奏の方は、思っていたよりも下手であった。まだまだ直すべきところは多い。日曜日には娘が師事している先生の所へ行って聴いてもらう、いや診てもらうのだが、練習は怠れない。

子供の情景

 娘と連弾をすることが決まってそろそろ1ヶ月が経つ。1日に1小節は新しいところを練習しようと決意したのだが、なかなか毎日コンスタントに練習時間を確保できるものでもない。それでもなんとかシューマンの『トロイメライ』を通して弾くことができるまでになった。まだまだ、親子でなかなかうまく合わせれれるものではないし、僕はダンパーペダルを踏まなければならないのだが、その練習には至っていない。こんな状態でもう一曲『大事件』をやると宣言している。『トロイメライ』の直前に演奏される『子供の情景』の中の元気のいい曲である。今日のピアノのレッスンで、早く次の曲も練習するようにと苦言を呈されたらしい。それは娘へではなく、僕へのお叱りの言葉だろう。早く取りかかり、頑張って練習しなければ。さもなくば、発表会ではとんでもないことになってしまう。

ブランド列伝

 先日の新聞にクラビノーバのことが出ていた。ヤマハの電子ピアノである。生まれたのは1983年というからもう27年にもなる。僕が購入したのは確か1991年。CLP-560という演奏専用のシンプルなタイプで、そろそろ20年というのに調子の悪いところはどこもない。僕が使い、妹が使い、そして最近では娘が毎日欠かさず弾いている。ずいぶんと高い買い物だったと、特に一部を負担してくれた母が言っていたが、買った以上の価値があったと思う。しかし常々思わされる問題は軽い鍵盤である。いざ、本物のピアノに向かい、ちょっと長い曲でも弾こうものなら指が疲れてしまって動かなくなる。新聞にも「求め続ける本物の音」などと書かれているが、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。20年前のクラビノーバでもじゅうぶんすぎるほどの音質である。しょせん、電子ピアノなど、ピアノの代用品でしかない。今の住宅事情ではなくてはならない代用品である。代用品ならばタッチこそ本物に似せて欲しい。クラビノーバは単なるキーボードではないのだから。

トロイメライを弾く夢の実現

 発表会で娘とピアノの連弾をするという話、断ったはずだったが、先生からこの曲ならばどうかと、ベルティー二とモーツァルトの曲を1曲ずつ勧められた。しかも、みんなお母さんと弾くので、お父さんと弾いてくれるといいという注文までついている。娘が僕の真意を伝えていなかったらしい。下手な僕が上手な娘と弾きたくないから断ったのだ。しかしここで考え直すことにした。先生から渡された連弾曲集を眺めてみると、より馴染みのある曲も載っている。例えばシューマンの『子供の情景』。もちろん『トロイメライ』も入っている。娘を介してではうまく意思疎通ができないと思い、直接先生に電話して『トロイメライ』でもいいかと聞いてみたところ、楽しくやってくれるならば何でもいいという話だった。幸い、オーバーラップもないようだ。短いからもう1曲か2曲弾いたらいいとも言われた。ならば『子供の情景』から数曲選ぶか。しかしそんな余裕はあるだろうか。ともかく『トロイメライ』を弾くという夢は未だにかなえていなかった。それを娘との連弾で、しかも発表会で弾くことになるとは。いやいやそれまでに相当量の練習が必要だ。

父親の重要な任務ビデオ撮影

 紆余曲折があったが、けっきょく娘はリコーダー演奏のピアノ伴奏を担当することになった。そして今日が本番、学校公開である。1校時の国語の授業を最後まで参観してから会場の体育館に行ったら、いい場所が取れない。僕にはビデオ撮影という重大な任務がある。しかたなく立った場所のすぐ前には髪の薄い2人の大男が居座る。なんとか隙間から撮影したとしてもその頭が映り込むとも限らない。幸い、学年の入れ替わりでその2人はいなくなり、ほっとして撮影を始めた。しかし、急にピアノの手前に大太鼓が置かれてしまい、全く見えなくなった。これはもう移動するしかない。今は歌っているが、次はピアノ伴奏である。娘が見える位置まで人込みの中を慌てて移動し、買ったばかりのデジタルビデオカメラを頭の上に上げて撮影を開始した。後ろの人には迷惑だったかもしれないが、そんなことに気を使っている余裕ははい。演奏は1分も経たずに終わってしまった。リコーダーの音に押され、ピアノの音は良く聞こえなかった。次の合奏ではバスオルガンを弾いていたが、この音は僕の場所からは全く認識できなかった。まあ、とにかくいい経験をしてくれたことと思う。とりあえず映像は残すことができたし。

連弾を断念

 ピアノ発表会で娘はモーツァルトのソナタ(K.545)を弾くことになった。とても楽しみである。そう思っていたら、ピアノの先生から親との連弾も勧められているとのこと。もちろんその発表会の場でである。妻はそこそこ弾けそうなものだが、無理だといきなり辞退。僕は興味があったのでちょっと話を聞いてみると、低音の難しい方を親が、高音の易しい方を娘が弾くのだという。娘と『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』を連弾したのは、彼女がバイエルをやっていた頃の話。もはや娘の方が桁違いに上手になってしまい、そんなことをして楽しめるような状況にない。残念ながら僕も辞退だ。ピアノに関しては娘は、いつの間にやら雲の上の存在になってしまっていた。

音楽の才能

 娘が小学校で合唱のピアノ伴奏に抜擢されていたのだが、なんらかの理由でその曲をやらなくなってしまったらしい。全く残念である。しかし実力があればまた機会は巡って来るだろう。最近はソナチネアルバムまで進み、文句は言いながらも毎日頑張っている。僕の妹も、特に下の方の妹は暇さえあればピアノの練習をして、天才少女と呼ばれていたこともあったらしい。しかし決して天才などではない。毎日の練習の積み重ねの成果である。音楽に関しては殊に才能がどうのこうのという輩が多いが、これまで成功してきた人たちの陰にはたゆまぬ努力があったに違いない。実は先日、映画"Amadeus - Director's Cut"を見た。ところどころ記憶があるので昔、どかかでオリジナル版を見たのだろう。サリエリの平凡さでモーツァルトの天才ぶりが巧みに描写されている。かのモーツァルトも父から厳しい特訓を受け、天才と呼ばれたわけであるが、奴は確かに天才であったのかもしれない。残念ながら僕にはそれを評価できるだけの能力がないのだが。

ピアノをやめたい

 夜、娘がピアノをやめたいと駄々をこねた。そう言うのも無理もない。練習を始めてから今日まで、ピアノを弾かなかった日は片手の指で数えられるほどしかなかったことだろう。僕がバイエルを教えること1年半、そして先生について習い始め、まだ2年にもならないが、最近はソナチネアルバムまで進んだ。日々の遅々とした進歩を見ているといらいらしてしまうのだが、長い目で見てやると、驚嘆すべき実力である。これも短時間ながらも毎日欠かさずに頑張ってきたがゆえのことである。他にもいろいろやりたいことがあって、ピアノの練習を後回しにすると、どうしてもねぼけまなこをこすっての練習となる。ピアニストやピアノの先生になりたいわではないから「ピアノなんて将来何の役にも立たない」と言い、やめたくもなる。しかしピアノを弾くことは楽しいはずだ。それを親子で分かっていたから、ここまで頑張ってこれたのだ。最近は放ったらかしで、「早く練習して寝ろ」と怒鳴るだけだったが、ピアノを弾くことの楽しみを再確認してやらなければならない。

ピアノ教員の公募

 これまでと違い、今の大学にいるといろいろな公募を目にすることができて楽しい。最近、特に興味深かったのは、ピアノ実技の准教授または講師1名募集というもので、しかも藝大音楽学部器楽科ピアノ専攻である。そして初めて藝大のドメイン名がgeidai.ac.jpであることを知った。それはともかく、冗談半分で妹にも知らせてやろうかと思ったが、二次審査では1時間も自分でプログラムを組んで演奏しなければならないようだ。いったいどんな人物が書類選考を通過するのか。公募とは言えすでに採用される人物は決まっているのか。日本中でどれだけの人物がこのポストに憧れていることだろう。僕自身もなれるものならなりたいが、手が小さ過ぎる。腕もセンスもないだろうが。応募締め切りは8月25日である。

ピアノを習い始めて1年

 娘がピアノを習い始めて1年になる。ずいぶんと上手になってしまい、もはや僕は手出しができない。「習いたい」と言っても、家でバイエルの全106曲を弾くまでは駄目だと僕が強引に指導して引っ張らせた。せっかく先生に習うというのにバイエル程度では面白くない。それにバイエル自身は前書きで「親にとっての入門指導書として」と書いている。娘はそれまでの1年8ヶ月間、毎日練習していたし、習い始めてからも毎日練習している。なかなか自分からピアノに向かおうとはしないが、言われて弾き始めると、けっこう集中して頑張っているようだ。ツェルニー100番練習曲は第40番まで突入し、すでにブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』も弾きこなす。この年でここまで到達するとは思わなかった。まさかピアニストにさせようなどと思ってはいないし、本人にもその気はない。でも毎日練習する。練習して弾けるようになれば楽しいのだ。そしてその成果が自信へとつながる。継続は力なりを我が子から思い知らされる。少しの時間でもいいから毎日続けることは重要だ。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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