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家族揃ってApple Storeの前に並んだ体験

 娘に「パパはいつもそのTシャツだね」と言われた。Apple Storeオープンの時にもらった黒いTシャツである。確かに1週間近く着続けているが、何店も回って友人からもらったのも加え、けっこうな数を持っているから家では毎日この服である。だいたい娘も4歳の時、Toronto Eaton CentreのApple Storeオープンの時に並んで、自分も1着もらっているのだが、今や何も覚えていないのだという。もはや一昔(ひとむかし)前のことになってしまったが、海外であんなにいい体験をさせてやったのに何も覚えていないとは腹が立つ。
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カナダの道路地図

 カナダ大陸横断道をドライブしたのはすでに過去の話で、記憶も薄れている。当時使った道路地図が本棚から追いやられて久しいが、その後、一度も開いたことがないので捨てる決意をしたが、同じくカナダに留学していた友人に聞いてみたら引き取ってくれるとのこと。我が家の片付けを手伝ってくれているようで申し訳なくも思うが、譲ることにした。前から地図を集め、眺めるのが好きだったが、今やGoogle Mapsで楽しめる。インターネットに接続されていれば場所をとらず、場所に関わらず、最新の情報を、自由に拡大縮小し、さらには他人と共有しつつ眺めることができる。思い出のある冊子にもはや未練はない。
Feb03_2015

閉じられなかったカナダの銀行口座

 カナダに残してきた銀行の口座残高を超えないように慎重に慎重にカナダのクレジットカードを使ってきたのだが、最後の最後で愛用していた通信販売店の経理ミスで残高を超えてしまった。たいへん面倒なことになった。以前は5,000円以上もする手数料を払って、日本の銀行から向こうの銀行に振り込んだこともあったが、それは向こうで生活していた頃の話。今そんなことをして問題なく処理が進むのか心配である。友人に相談してみたところ、親身になってあれこれと考えてくれ、結論としては、日本人向けに確定申告の書類作成代行をやっている会社に日本円を払い、僕の口座にカナダドルを振り込んでもらうことで、気苦労した割には最後はあっけなく解決に至った。クレジットカードの支払い額と、最終月の口座維持手数料から振り込みに必要な額は$46.47と計算され、それでお願いしたのだが、サービスとのことで切りのいい$47.50振り込まれてしまい、3セントの残高が残ってしまった。銀行に国際電話をかけ、クレジットカードと口座の使用中止をお願いしたが、窓口で残額を返すためにどれか1つの口座は残さなければならないと言われた。確かSavingsは維持手数料がかからないはず。3セントをそこに移してもらい、処理は無事に終了した。2ヶ月間、お金の移動がないとインターネットからのアクセスができなくなるはず。今のところ、確かにSavingsだけが残っていて残高$0.03である。アクセスできなくなった時、首の皮一枚で繋がっていたカナダとの縁もいよいよ切れてしまう。

高層アパートの火災

 カナダに住んでいる友人から火事の連絡をもらった。僕がトロントでの3年間を過ごした建物である。単身用の部屋だったが、そのうちの1年間は妻と娘と3人で住んでいた。その上の階の3部屋が焼失したらしい。負傷者等が出なかったのは不幸中の幸いである。誤動作やちょっとしたことでよく火災報知機が鳴り、消防車が飛んで来た日々を思い出す。僕の方は慣れてしまって反応しなくなってしまったが、あの迅速な行動があってこそ、この程度で済んだのかもしれない。会社にいた頃は、過剰なほどに火事に対する危機感を持たされたものだが、大学ではその辺りの意識は薄い。今や二人の子を持つ身になり、子供達に留守番をさせている時にこのようなことが起ったらと考えると非常に恐ろしい。
Feb29_2012

オンタリオ州の家族の日

 トロントで働いていた頃に稼いだカナダドルは今でも向こうの銀行に預けてあって、クレジットカードで細々とではあるが今でも使い続けている。帰国した時は1ドル100円以上してとても良かったのだが、今では円高で全然駄目。さっさと換金しておけば良かった。さて、向こうの銀行のウェブサイトに接続しているとFamily Dayのため休業するとの知らせが目に入った。Family Dayとは何だ。2月の第3金曜日、オンタリオ州では2008年から祝日となったらしい。僕が帰国したのは2007年4月なので知らなかったわけだ。確かに2月は祝日がなく、各月に祝日をという声は聞いていた。日本で言えば連休だが、向こうではlong weekendと呼ばれ、家族で住んでいた1年間はオタワやらモントリオールやらケベックやら必ず旅行に出かけていた。long weekendはいつも家族の日だった。

トロントの暴動

 日本の首相はG8でオンタリオ州ハンツビルに行っていたらしい。ハンツビルと言えばアルゴンキン州立公園への玄関である。カナダ政府も粋な計らいをするものだ。州会議事堂に続くユニバーシティー通りには当時、日本やカナダを含めたG7の国旗がひらめいていたが、今ではロシアの旗も加わっているのか。州立公園へ足を運んだのかどうか知らないが、首相はハンツビルからヘリコプターで州都トロントに戻り、次はG20。カナダ人の友人がびっくりするようなメールをくれて、今日の新聞を見てみると、国際面に小さくではあるが確かにそのニュースが出ていた。グローバル化反対を訴える市民団体のデモが暴徒化して、ダウンタウンのあちこちが破壊されたらしい。幸い、大きな怪我はなかったようだが、相当な数の逮捕者が出たという。トロントでそんなことが起るとは夢にも思っていなかった。

頬骨骨折から4年

 あの日も冬季オリンピックの真っ最中だった。病院の救急診療の待合室で、テレビ中継を見ることができた。しかし顔面を骨折して激痛に苦しんでいた僕にはそんなものを見て楽しむような元気はない。あれから今日でちょうど4年になる。未だに顔は左右非対称になっているが、もう何事もなかったかのように治った。正直、ここまで快復するとは思っていなかった。捻挫、脱臼、骨折など、数々の怪我をしてきたが、やはりあれがもっとも大きな怪我だったろう。しかも母国語が通じぬ異国の地で。

バンクーバー五輪開幕

 冬季五輪が思い出深いバンクーバーで始まった。新婚旅行に次いでの海外がこのバンクーバーで、いきなり路線バスで迷ってしまい、カナダ人に助けられて始まった独り旅は僕のその後の人生に大きな影響を与えた。イースターの休暇でバンクーバー島に行く際は家族で訪れたし、3年間のカナダ滞在を経て最後の独り旅もバンクーバーだった。五輪開催が決まった時には「娘と見に行こう」などと思っていたが、なかなかそんなことをできる状況にないのが残念だ。いずれはウィスラーにスキーをしに行かねばと思っているのだが。そのウィスラーで競技をすることになっている若者の服装の乱れで、マスコミが大騒ぎしている。そんなことに乗せられ何を思ってかJOCなどに抗議の電話をする輩もいるらしい。多文化主義を誇るカナダから見れば、いい恥さらしである。そのスノーボーダーにはぜひ自分の実力を存分に発揮して、非難めいたことを言う奴らを黙らせてやって欲しい。そう独り不愉快に思っていたら、夕刊に藤原名誉教授の「国に対する誇りが感じられない」という批判的な談話が載っていた。批判の矛先は、若者に対してではなく、国を動かすマスコミをも含めた人たちに向けられているように感じられたが。
Feb13_2010

英検5級に挑戦

 オンタリオ州の幼稚園は、多くの場合、小学校と一緒になっていて、義務ではないが無償である。日本で言うところの2年保育で、juniorおよびseniorと区別される。娘のカナダ滞在はちょうどjuniorと重なり、4歳の1年間、現地の幼稚園に通い、貴重な体験を積むことができた。最初は苦労した英語も、最後にはなんとか慣れてきたと言う感じだったが、そこで帰国し、もはや何も覚えていない。クラスにはもう1人だけ日本人がいた。彼女はもっと早くから現地の保育園に通っており、英語では苦労していないようで、娘は多いに助けられたことと思う。その子はもう向こうでは3年生になる。英検3級まではほぼ満点で、2級も8割解けるという。残りの2割は、ほとんど使われないような表現だとか。久々にそんな連絡をもらった。現在、こっちの小学校では希望者に英検を受験させている。来年、5級ぐらい取れるようちょっとは教えてやらねばならないか。一度は娘への英語教育を断念したのだが。

くじ引きで出会ったカナダ人

 今夜は研究室の忘年会。例年通り、教授の知り合いの研究室のメンバーも招くので、50人もの大規模な会になり、3年連続同じ店を貸し切って行われた。先週の忘年会同様、席はくじ引きで決まり、小さなテーブルを4人で囲むことになった。日本人と米国人とカナダ人。まさかこんなところでカナダ人に会えるとは思わなかった。米国人の方は奥さんが日本人であることもあり、日本語はペラペラである。カナダ人の方は、なかなか僕らの日本語の会話に割り込むのは難しかったようで、僕は英語で話しかけたが、彼は頑張って日本語で返してきた。中国系でVancouver出身。UBCを卒業しているが、Waterloo大にもいたことがあるという。Kitchenerに住んでいたと言うからSt. Jacobsに行った話をしたが通じなかった。勉強ばかりしていて出歩かなかったのだという。とは言え、カナダの話は懐かしい。

サブフォー達成から早5年

 日曜日、英検の試験が終わってのんびりしていた頃、カナダではトロントマラソンが開催されていた。僕が第10回大会に参加してからちょうど5年になる。あの頃はサブフォーを目指して毎日頑張って走り込んでいた。そして積年の夢を叶えた。クイーンズパークのメープルはもう紅葉している頃だろうか。リスたちはそろそろ冬支度か。懐かしい。最近は全く走らなくなってしまったが。

皇后としゃべった友人

 現在、天皇および皇后がカナダを公式訪問中である。新聞で総督夫妻と映っている写真を見たりしてそんなことは知っていたのだが、きのう、友人からメールが届いた。なんと、僕が働いていた病院を現地時間の9日に訪問するらしい。詳細は分からないが、一目でも見てみたいと書かれていたので、どんな感じだったかまた連絡をくれるよう返信しておいた。そして今日、びっくりするようなメールが届いた。"YOU ARE NOT GOING TO BELIEVE IT."で始まる。病院の西側の入り口の方に行って10分ほど待っていると、2人が到着し、彼女たちのいる方へやって来た。日本人の作法を多少は知っている彼女が会釈をすると、天皇はにっこりしてそのまま歩いて行った。すると皇后が話しかけてきた。理解できなかったのできょとんとしていると、上手な英語をしゃべったという。"She is beautiful, gracious and spoke excellent English." ここまでの話もすごいが、そのメールの文面から窺われる彼女の興奮ぶりがすごい。"I am still in cloud 9 and won't get much done today." このcloud 9とはどういう意味か。"Just imagine, she represents 2,600 years of history." 2600年。確か神武天皇は紀元前660年に即位したから、このことを言っているのだろう。representという単語は訳しにくい。"OK, admit it, you're jealous right!" 確かに、皇后と英語で話してみたい。"Talk to you another time when I am "normal" again." 続報が楽しみだ。

麗しのルーネンバーグ

 普段、あまりテレビを見る方ではないのだが、夜、何気なくスイッチを入れると懐かしい風景が目に飛び込んできた。ノバ・スコシア州のルーネンバーグである。45分もの間、その番組に見入ってしまった。ユネスコの世界遺産に登録されている北米植民都市だが、地球の反対側にあることもあり、多くの日本人は知らないだろう。番組では、積極的に現地の人とおしゃべりをする形式を取り、消極的な観光旅行では決して知ることのできないカナダ東海岸一都市の一面を紹介していた。家族で3年前に歩いた場所ももちろん撮影されていて、楽しかったつかの間の旅行が思い出される。テレビの英会話番組なんかでは決して聞けない、カナダ人のあの軽い英語も懐かしかった。
May22_2009

北米の新聞配達

 朝、子供向けのテレビを見ていたら、それはおそらく米国で制作されたアニメだと思われるが、新聞配達の際、新聞が庭に放り投げられる場面が出てきた。日本では考えられないが、カナダではそんな光景を見たことがあるので、懐かしく思った。さすがに大都会であるTorontoではどうだか分からないが、例えばNiagara-on-the-lakeでは、庭にまだ読まれていない新聞が落ちていた。僕はといえば、定期購読したことはなく、無料の新聞を毎日取りに行っていた。読むことはまれであったが、手に入れることだけには熱心だった。Metroや24 hoursといったこういう新聞は日本ではあまり見かけない。ところで、来年度からSteveのところに日本人2人がポスドクで行くということで、何通ものメールが届いていて、彼らの期待と不安が伝わってくる。本当に懐かしい。

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Author:Glires
生物学者の端くれ

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