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レナードの朝

 映画『レナードの朝』の朝を見た。オリジナル作品のタイトルはAwakenings、アカデミー賞にノミネートされたものの、受賞には至らなかったようだ。研究という側面からぜひ見たいと思っていた映画だが、その辺りに関しては特に感銘を受けるようなことはなかった。しかしながら、この映画の主張はそんなところにはなかった。Dr. Sayerは最後に言っている。human spirit、つまりwork、play、friendship、そしてfamilyがpowerfulで重要、こんな簡単なことが忘れられていると。human spiritと言われても難しいが、僕にとってのwork、play、friendship、familyとはと考えると具体的である。
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利休にたずねよ

 先日、映画『利休にたずねよ』がテレビ放映されていたの録画して見たのだが、正直言って何が面白いのかよく分からなかった。僕にとっては理解し難い内容だ。歴史、茶道という両観点から興味を持ったのだが、得るものが無かった。美の追求のはずが、なんか気持ち悪い。主役の実父を特別出演と称して師匠に使うという配役も気持ち悪い。撮影後、映画公開前に実父は亡くなったらしい。原作は8年前の直木賞受賞作であるから、そんなに面白くない話とは思えない。映画も決して駄作ではないから、何が良かったかと考えれば考えるほど、ネガティブなことばかりが頭に浮かんでくる。

超高速参覲交代

 映画『超高速!参覲交代』を録画して見た。2年ほど前の映画だが、続編となる『超高速!参勤交代 リターンズ』が公開されるにあたり、テレビ放映。ありがたいことである。湯長谷藩や譜代大名の内藤家など、この映画を見るまで聞いたこともなかった。磐城平藩主内藤家から1万石を分与された小藩である。真昼間の江戸市中での激しい斬り合いなどが不自然に感じられたが、けっこう楽しめた。続編も見たいが、まあいずれ、何年後になるか分からないがテレビで。

日本のいちばん長い日

 録画しておいた映画『日本のいちばん長い日』を見た。この前は連合艦隊司令長官だったと思ったら今度は陸軍大臣で、いつもに増してその配役が気に食わなかったが、何日かに分けて楽しんだ。タイトルの割に、宮城事件から玉音放送までの長さは感じられない。興味を持ってこのような映画を見る人なら誰しも結末を知っているし、2時間ちょっとの映画でその「いちばん長い日」を表現するのは困難かもしれない。それにこの作品だけで多くの登場人物の関係を正確に把握するのは無理がある。原作に当たる必要がありそうだ。

コクリコ坂のレストラン

 先日、アニメ映画『コクリコ坂から』を見た。高校生の二人がなぜ惹かれ合ったのか。それぞれの魅力は描かれていても、それを相手がどう受け取ったのか、その辺がうまく描かれておらず、残念ながら僕としては作品にのめり込めなかった。さてコクリコとはなんなのか、誰しもが疑問に思うようである。調べてみるとフランス語でヒナゲシを意味するそうだが、実はあのレストラン名が原作タイトルの由来らしい。まさかとは思っていたが、やはりそうだったか。大学に勤めていた頃は仕事仲間の友人と坂を下ってよく昼食を食べに行った。当時、原作漫画やアニメ映画を匂わす物は何一つ置かれておらず、それ以前からあるであろういい感じのレストランの雰囲気を漂わせていた。いずれまた、パスタを食べに行かねば。
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武士の家計簿

 大学生の頃、家計簿を付けていた。1年生からだったろうか、大学院生まで続けただろうか。実家に残しているので探してみれば分かる。そのうちに、当時使っていたMacintosh Quadra 610を利用して独自フォーマットでデジタル化され、THINK Pascalで書いたプログラムで集計していた。けっこう楽しかったが、まともな給料を得るようになった今にして思うと、家計簿を付けるなど、志の大きな人間がすべきことではないと思っている。そんなわけで『武士の家計簿』という映画が上映されてもタイトルに嫌悪感を持ったのだが、原作者が磯田道史で、自分で手に入れた幕末の頃の実際の入払帳や書簡を基に作られているということでいずれ見てみたいと思い始めた。そうしたらテレビで放映されていたので録画し、先日見る機会を得た。思った通り、細かいお金のやりくりや、倹約については面白くないのだが、この映画は主人公の嫡男である猪山成之の回想という形で描かれているところがいい。父親が死んだというのに算盤をはじく父。こんな馬鹿な跡取りがいるかと、成之だけでなくだれしもそう思わされるのだが、成之自身、父が亡くなるとやはり算盤をはじくのだ。一長男として、また息子を持つ父親として、考えさせられる映画である。原作はどこに力点を置いているのか、いずれ読まねばなるまい。

イタリアから来た少年

 録画していたテレビ番組ちびまる子ちゃんの『シネマな昼下がり』を見て、そうだ今、ちびまる子ちゃんの映画をやっているはず。見に行かねばと、息子の分と席を2つ確保した。そろそろ帰ってくるであろう娘にLINEで連絡をすると、行きたいと返ってきたのでもう1席取ったのだが、来週でおしまいなのでそう混んでいるわけではない。娘が帰宅してから親子3人で品川駅に向けて出発。子供達にかこつけ、この映画を見たいのは僕自身に他ならない。年々テレビは見なくなっているが、ちびまる子ちゃんだけは欠かさずに録画して見ている。23年ぶりに映画化とあっては見逃してはならぬと思っていたが、『シネマな昼下がり』などというエピソードに偶然出会ったのが幸いだった。さてそのストーリは期待以上のものだった。わざわざ映画館まで行って見た甲斐があり、また、ホームステイ希望の娘にとっても突然ながらいい話に巡り会えたことと思う。娘もあんな異国体験ができたら、どんなに素晴らしいことだろう。それにはアオンドレアのように自分の側から提示できるものがなければならない。さてさて、息子の感想は一言「つまらなかった」だ。いつも10分程度のエピソードに父親と笑い転げている保育園児に、1時間半以上の、しかも感動的な話は確かに面白くなかったかもしれない。

桜田門外ノ変の映画作品

 テレビ放映されていたので映画『桜田門外ノ変』を見たのだが、全体的に暗いイメージで、特段の主張も感じ取れず、また事件の経時性をないがしろにした複雑な場面配置に全く共感できず、つまらなかった。吉村昭の原作がここまでつまらないとは思えないし、桜田門外ノ変は日本を揺るがした大事件であることに変わりない。いずれ原作に当たってみなけれならないか。

It’s a Unix system. I know it.

 懐かしい映画『ジュラシック・パーク』のHDリマスター版がうちのレコーダーに録画されていた。実は大学4年生の時、後に妻となる女性と映画館で見たこの映画、僕の人生を良くも悪しくも大きくねじ曲げたものなのである。それもほんの一瞬のシーンである。コンピュータを前にした女の子が、これなら分かるかもとマウスであれこれ操作し、部屋のロックをかけて恐竜の侵入を防ぐという場面である。この時、悟った。これからの時代、コンピュータぐらい扱えなければ。Macintos Quadra 610を買い、Pascalでプログラミングの勉強をした。そして、あの頃は予想だにできなかったが、Linuxとプログラミング漬けの今に至る。ところであのシーン、女の子はなんと言っていたのだろう。今だったら聞きとれるはずと探し出し、英語にして再生してみた。”It’s a Unix system. I know it.” そうかUnixだったのか。やはりUnixは偉大だ。僕が生まれる前に、未だに使える仕様が設計されていたのだから。さてさてその ”It’s a Unix system. I know it.” をネットで調べてみたら、けっこう有名な言葉として扱われている。人生が変えられたのは、僕一人だけではなかったのだろう。

ALWAYS 三丁目の夕日 ’64

 前回録画して観た『ALWAYS 三丁目の夕日 ’64』は、前作および前々作に続き、とても楽しめたのだが、放映時間が93分ほどしかなく、オリジナルから50分近くもカットされているもので失望が大きかった。最近、BSでも放送され、どのくらいカットされているのか不明だったが、とりあえず録画し、また観ることにした。すると今回は142分以上あり、特に明記されてはいなかったがノーカットであったものと思われる。前回明らかになかった場面がいくつもあり、不自然に思われた流れもちゃんと繋がっていた。再び観た価値はあった。テレビで映画を流す際は、あらかじめどのくらいカットしているのかを明確にしてもらいたいものである。

思い出のマーニー

 映画『思い出のマーニー』を録画して見た。なかなか興味深い話だ。最後の方で娘も一緒になって見たが、娘は映画館で友達と見ていたらしい。結末に驚いていたが、なんでそうなったのか、よく分かっていないようだ。両祖父母がこの世からいなくなってけっこうな年月が経つ。そんな年齢になると、この話も分からなくはない。僕なりの感想を解説してやった。いろいろ考え直してみるにつれ、よくできた映画に思えてくる。結論が全く分からないところから、そのヒントとなる言動があちこちに描かれており、気づかなかった場面も多かったはず。ましてや何回にも分けて見てしまったので、映画館で一気に見た場合に比べれば感動は薄れてしまったかもしれない。いずれ、もう一回見てみよう。原作は児童文学らしく、この映画が原作に忠実に作れらているのか、脚本家たちの手が多く入っているのかは知らないが、話の骨子は大人こそが楽しめるものである。

天地明察の原作と映画

 ずっと観たいと思っていた映画があった。『天地明察』である。テレビでやらないかなと首を長くして週末に届く一週間分のテレビ欄を眺めていたのだが、いっこうに登場しない。ついに待ちきれず、原作を先に読んでみたら、とんでもなく感銘を受け、かつ、本を読んでいる長期に渡って楽しめたので、結果的には放映されなくて良かったと思っている。しかし映画は見なければならない。先日区立図書館に行ったら、ふと貸し出し用のDVDが置かれているのを見つけた。これだ、これが観たかったのだ。まさか図書館で無償で手に入れられるとは。テレビで放映されるたいていのものと違い、当然ながらノーカット版である。監督は『おくりびと』の滝田洋二郎である。もちろん良かったが、原作者が監督でなければ自然科学に対する畏怖と興奮は伝えられなかったことだろう。えんとの恋愛が違った形で表現されていたのも、原作を先に読んでしまった身としてはちょっと残念。とはいえ、天測などを含むあの力作を2時間ちょっとの映像に収めた苦労はそうとうなものだっと思われる。

テレビで放送される映画

 シリーズ第3作となる映画『ALWAYS 三丁目の夕日’64』がテレビで放送されていたので録画して見た。この作品もなかなかのもので、特に茶川と父親の関係、六子の火傷の痕あとを視る菊池などが見どころである。CMを全てカットしてDVD-Rにコピーする準備をすると全部で93分程度であった。ところがこの映画の上映時間を調べてみると142分となっている。エンドロール分もあるだろうが、なんと50分も省かれている。これには驚いた。確かに、ストーリーが飛んでいると思われる場面があったが、それがカットされた部分か。テレビで映画が放映される時、たまにノーカット版という言葉が添えられることがあるが、それ以外は全ていくつかの場面が除かれているのだろう。頑張って調べなければどれだけカットされているかが分からない。自分の作品の一部が削られて公開されることに、映画を作った人達はどう思っているのか。人に対しても作品に対しても敬意が感じられない失礼な行為のように思われるが、テレビ局だけでなく、映画関係者の策略でもあるのか。意図せず見ている子供に悪影響を与えかねない場面をカットするということもあるのかもしれない。今までかなり多くの映画をテレビ番組として楽しんできたが、だまされ続けていたことにようやく気付いた。

そして父になる

 映画を見るのは僕にとっては一種の賭けである。2時間ものまとまった時間を、面白いか面白くないか、最後までわからぬ作品に注ぎ込む。時々いい作品に出会えるからこそ見るわけだが、正直、半分以上は僕の人生の2時間を割くほどの価値がなかった駄作である。だからこそ評判から厳選して賭けをするわけだが、今回見たのはなかなか良かった。『そして父になる』である。映画館に観に行きたいとも思ったが、公開から1年半でテレビ放映されるとは嬉しい。録画して4日間に分けて見たが、無理してでも時間を確保し、一気に見るべきだった。でも、最後まで見てからでないとその価値が分からない。

ベイマックス

 息子が映画を見に行きたいと言うので、研究所の大学院生たちが子供とでも楽しめると薦めてくれたこともあり、『ベイマックス』を見に行くことにした。いい席が取れそうなのは夜しかない。今夜は妻は出かけるる予定になっている。娘は夕方に学校から帰ってくるはずだから途中で待ち合わせ、親子3人で行くことにしよう。午後6時頃、新宿で合流し、外に出た。雨がぽつぽつと落ちてくる。座席の確保と支払い手続きはしておいたので、iPhoneにQRコードを表示させて発券機にスキャンさせるだけで待つことなく3枚のチケットが手に入る。便利な世の中になったものだ。上映時刻までまだ時間があったので、道路の向かいにあったファミリーレストランで夕食。しかし注文してから店を出たい時刻まで20分しかなかった。自分一人ならまだしも、食べるのが遅い子供2人を連れてはたいへんで、僕自身も最近は急いで食べなければいけないという状況が皆無であることに気づかされた。慌てた割に上映は遅れているようで、しばらく待たされ、そして久々に映画館に入る。息子は怖がって僕の膝の上で見ることに。どんな話なのか全く予備知識がなかったが、なかなかの力作だ。娘と僕はけっこう楽しめたが、息子は「おもしろくなかった」と。それでも2時間ずっと目を開いて見ていた。もう9時過ぎで、映画館を出るなりおんぶである。最後でフレッドが父親と抱き合ったように、いずれまた息子とこの映画を見て、語り合う機会もあるだろう。

俳優よりも作品

 録画しておいた映画『清須会議』を見たが、期待したほど楽しめなかった。最近、映画やドラマを見ていてつくづく思わされるのは、あっちでもこっちでも同じ俳優が出てくることだ。そうなるとあっちでの役作りに感銘を受ければ受けるほど、こっちで混乱させられたり幻滅してしまうようなことにもなる。あっちでもこっちでもその俳優の同じ個性が強調されていれば、それらの作品の単純さに幻滅させられる。世の中に俳優、さらには俳優志望の老若男女はごまんといるはずだが、有名な映画やドラマに出てくる主役周辺配役はほんの一握りで占められている。大根役者ばかりでは作品が台無しになってしまうが、そんなにもスターを起用しなければ興行として成り立たないのか。俳優など目立たないほうがいい。役作りに徹して作品作りに貢献するのが役目である。世間の目も、個々の俳優を評価するのではなく、作品全体を評価するようにシフトして欲しい。

続・三丁目の夕日

 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を録画して見て感銘を受けたのでその続編である『ALWAYS 続・三丁目の夕日』も見ないわけにはいかない。話をどう展開させるのか、前作以上の出来は期待できないだろうなどと高を括りながら見たが、いやいやこちらもかなり楽しめる。誰が主人公なのかよく分からない構成だったが、こちらでははっきりと茶川が中心人物になっており、今ではあまり見られない、近所で支え合う生活が描かれている。原作がどのような話になっているのか知らないが、おそらくこの文学崩れの登場人物と自分を重ねているのだろう。

Shall We ダンス?

 娘と録画していた映画『Shall We ダンス?』を見た。何度見てもよくできた映画だと感心させられる。何度見ても「社交ダンスなんて」という考え方から抜け出せないからこそ楽しめる。ゆえに社交ダンスなどやる気はない。留学して間もない頃、独り寂しく自室でテレビのチャンネルをあれこれ変えていたら急に懐かしい日本語が耳に入り、英語の字幕付きで流れていたのがこの映画であった。腐ったような状態になっていたダンスの先生が、教え子との関わりから立ち直って行く姿に、カナダで心が折れかかっていた自分は励まされたものだ。今、娘とソファーに2人並んで見ていると、その若い先生と父親との会話が心にしみる。むろんその場面が、反発ばかりする中学生の娘とそれを諭す僕の姿に重なる。またいつか、もう一度見てみよう。また新たな発見があるかもしれない。

同郷の映画監督

 前々から見たいと思っていた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』をテレビ放送を録画してようやく見る機会を得た。評判通り、いやもっと高く評価していい心に残る作品だった。僕と同じく長野県出身の知り合いが、山崎監督と県立高校の同級生、しかも同じ教室で机を前後にして授業を受けていたなどと聞いて身近に感じ、ますます見なければと思っていた。原作も素晴らしいとは思うが、映画もまた凝っていて驚かされる。僕らの親の世代が見ればまた違った感慨があるに違いない。設定は東京タワーの建設が進む昭和33年の東京。それよりもずっと後に、しかも東京から遠く離れた片田舎で生まれた一人の男が中心となってこの作品が作り上げられたわけだ。畏敬の念を抱かずにはいられない。

アナと雪の女王

 日曜日の今日は息子と水族館に行き、娘と妻は映画を見に行く予定になっていた。ところが息子が直前になって「ママといきたい」と駄々を捏ね、かつ息子に甘い妻がそれを受け入れ、今日は娘と二人で品川の映画館に行くことになった。面白い映画を見たかったがもともと娘が『アナと雪の女王』を見たいということでこういう話になっていたので、残念ながら選択の余地はない。チケットを確保して軽い昼食を取ってから、久々の映画館。前の方しか空いておらず、かつかなりの大きさのスクリーンだったので、一度に全体が見渡せない。字幕だったら日本語を追うだけで終わってしまったかもしれない。ストーリーはなんでそうなるのか強引さに僕の頭がついて行けず、はっきり言ってつまらなかった。途中でトイレに行きたくなったし、早く終わらないかと、2時間もない映画なのに長く感じるほどだったが、意外な展開が最後の最後に待っていた。そんなわけでけっきょくは「久々にいい映画を見た」という感慨に浸りながら目の前で動くエンドロールを最後まで眺めてしまった。

カールじいさんの空飛ぶ家

 テレビで放映していたので子供のために録画しておいた『カールじいさんの空飛ぶ家』を、最近独りでじっくりと見た。オリジナル作品は単に”Up”というアルファベット2文字のタイトルの映画のようだが、僕が見たのは日本語吹き替え作品である。いい映画を見ると心温まるもので、久々にそんな体験をした。これは子供向けと思いきや、大人向け、特に男向けの映画である。僕はそう確信している。子供や女性が見て、僕と同じ感動が味わえるとは思えない。息子も好きなようで繰り返し見ているが、彼の感じ方は父親である僕とは違うはず。いずれ40代になった時にまた見て欲しい。その時には僕はカールじいさんと同じような年齢になっているはず。生きていればの話だが。

日本海海戦を見損なう

 電車の中で、録画の失敗は家族の問題というようなキャッチコピーを見つけ、なるほどなと思った。最近はテレビなどあまり見ないのだが。NHKが3年かけて放送してきた『坂の上の雲』を楽しみにしていたが、正直な感想はやはり小説を読んだ方が楽しめるといったところか。年末は忙しくて撮りだめしておいて全く見ていなかったのだが、最近になって実は最終回の録画が残っていないことに気付いた。録画し忘れたのか、妻や娘に消されたか、息子がおかしなボタンを押しまくったか。とにかく最終回、日本海海戦である。これこそ映像でどう表現されるのか、テレビで見ることを楽しみにしていたところなのだが、それだけを見損なった。しかしそんなに悔しくもない。もういいや、という気持ちもある。今頃になって気付く程度の関心しかなかったということ。いずれ再放送されるかもしれない。その時でいい。

ミス・ポッター

 ちょっと勉強したことがすぐに役立つことなんかが良くある。特に興味があったわけでもないのだが、この前、ピーターラビットの作者ポッターと、そのゆかりの地について話を聞いた。日本人はあまり寄付をするという習慣がないため、そこの維持管理のための寄付をしてくれないからどうのこうのでちょっとした問題が起っているそうだ。それからすぐ、BSで"Miss Potter"という、その作者の人生を描いた映画をやっていた。ハードディスクに録画だけしてそのままにしていたのだが、ただ消してしまうのもと思い、見てみると、なかなかいい映画だった。ポッターなど聞いたこともなかったがそれがまた良かった。

ドラマ坂の上の雲

 ついにこの日が来た。NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が今日からスタートである。僕自身、2年前から楽しみにしていたと言っても過言ではない。その時は、配役も決まって撮影が始まったとはいえ、本当にドラマ化されて放送されるのかといぶかっていたが、今日の第1回においては、明治初期の街並みが見事に再現され、英国製の巡洋艦一隻も登場した。期待していただけのことはあった。3年間に渡り、13回に分けて放送される。とても原作にかなうとは思えないが、第1部が放送されるこの1ヶ月間、毎週日曜日が楽しみである。

ノーカットの映画放映

 先日、録画しておいた映画『おくりびと』を見た。アカデミー賞外国語映画賞を受賞したことで初めてその存在を知り、ぜひ映画館に見に行きたいと思ってはいたものの「そのうちにテレビで放送するだろう」という考えが勝り、行かずじまいだった。それから7ヶ月、公開からは1年で地上波初放映となったわけだが「これだけすばらしい映画ならば映画館でゆっくり見るべきであった」といまさらながらに思った。家にいては家族に邪魔されて、なかなか1回で通して見ることができない。今回のテレビ放映はノーカットで、これまた良かったが、たいていの場合は多くの場面がカットされる。筋にはあまり関係ないかもしれないが、機知に富んだ台詞などが削られていることに気づいて、残念に思うこともある。初めて見る映画ならば、こんなことを思う由もない。見る側だけでなく、作った側からしても、テレビ局側の勝手な編集で作品が削られるとは不満も大きいことだろう。
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Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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