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脆弱なICチップ

 先週、学会の年会費を郵便局のATMで振り込もうと思ったらうまく行かなかった。再度試しても同じ症状だ。どうもキャッシュカードがうまく機能していないような気がして、現金で支払ったところようやくうまく行った。窓口でこのことを話すと、キャッシュカードに埋め込まれているICが壊れてしまっていることが判明した。特に何かやったというわけでもないのに。電子マネー機能も付いていたようだが、使っていなくて良かった。今日、再発行願いを出したが、新しいカードが届くまで2週間ほどかかるという。最近は、あらゆるカードに、そしてパスポートなどにもICが組み込まれている。こう簡単に壊れるものなのか。多少、用心しておかなければならない。
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ドラマ坂の上の雲

 ついにこの日が来た。NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が今日からスタートである。僕自身、2年前から楽しみにしていたと言っても過言ではない。その時は、配役も決まって撮影が始まったとはいえ、本当にドラマ化されて放送されるのかといぶかっていたが、今日の第1回においては、明治初期の街並みが見事に再現され、英国製の巡洋艦一隻も登場した。期待していただけのことはあった。3年間に渡り、13回に分けて放送される。とても原作にかなうとは思えないが、第1部が放送されるこの1ヶ月間、毎週日曜日が楽しみである。

長引く風邪

 風邪をひいてから10日ほどになる。さすがにもう熱はないようだが、鼻水と咳がおさまらない。家族の中でこれほど重症になったのは僕だけである。どうしたことか。最近、運動をしていなかったのが良くなかったのか。娘からか、僕からか、生後3ヶ月の息子にも風邪をうつしてしまい、鼻水を垂らしている。母親と同じ抗体を持っているためか、僕ほどに重症になっていないのは幸いである。

アマガエルの餌

 室内飼育に移行してからカエルになった3匹は、餌もないのにしばらくの間、元気に生きていた。オタマジャクシだった時の尾を消化して、そこからエネルギーを得て生きてきたのか。そのうちに、一番小さかった1匹が死んでしまった。そろそろまずい、餌をやらなければ。問題は、カエルは生きて動いているものしか食べないということである。しらす干しを糸で垂らして、カエルの前でぶらぶらさせても決して食べてはくれなかった。ベランダにはいくつもの鉢やプランタが置いてある。その下に、クモ、ムカデ、ダンゴムシなどがいるので、それを毎朝捕まえてカエルに与えるのが日課になった。ヨーグルトの容器にアマガエルと生きた虫を入れて閉じ込めておくと、いつの間にか食べてくれる。こうやって細々と生き続けてくれてはいるが、餌の絶対量が少なすぎる。いずれベランダの虫も尽きてしまうかもしれない。何とかしなければ。

大学教員の公募

 数えてみると、もう22件も大学教員の公募に応募してきた。そのうちすでに15件から不採用の通知を受けており、未だ1件とて採用とはなっていない。それどころか、どれも書類選考で落とされて、面接に呼ばれたこともなかった。いったいどれだけの公募が本気で募集しているのか。そんなことが分からないから、とにかく出すしかないと思っている。そして今日突然、1つの大学から、最終選考の候補に残ったとの連絡がメールで入ってきた。急な話ではあるが、来週、セミナーをしなければならない。任期付きのポジションではあるものの、現在の自宅から通えるそれなりの国立大学である。決して悪い話ではない。いったいどれだけの応募者がいて、何人が最終選考に残ったのか。2名採用するということになっているが、ここからの採用率はいかほどか。せっかくつかんだチャンスだ。何とかものにしなければ。

医学研究への協力

 健康診断の際、がんに罹りやすい体質を解明するための研究に協力するよう依頼された。健康な人の血液を対照試料として集めたいとのことである。もちろん、嫌ならば断われるのだが、採血の際に7ml多く採られるだけだというので、喜んで協力させてもらうことにした。13の説明項目があり、理解した項目に印を付けるように言われる。とは言え、説明などしてくれない。不満そうな顔を見せると、要はこの紙に書いてある通りで、うんたらかんたらと一言述べただけ。これがインフォームド・コンセントか。まあ、僕も暇なわけではないのですぐに採血してもらうことにした。すると7mlしか採られなかった。どうも今回、僕は血液検査対象外だったらしい。連結不可能匿名化されるため、結果の開示を求めることはできない。右腕の傷を見ると、かなり損した気分になる。

念願の英検1級に合格

 待ちに待った合格発表の日。サイトにアクセスすると、合格の2文字が目に飛び込んできた。やった、合格だ。念願の英検1級についに合格した。3級を取ってから24年、2級を取ってから21年、準1級を取ってから12年もかかった。「英語話せますか」などと聞かれた場合に「英検1級を持っています」と応えられる。これにて長年にわたる英語の勉強も一区切りである。「どうせ受からないから行くのをやめよう」とまで思ったが、受験して良かった。受けてみれば思ったほど難しくもない。案ずるより産むが易し。こういうことは多々ある。さて、得点を覗いてみると、スピーチは30点中21点、応答は30点中18点、文法と語彙は20点中14点、発音は20点中10点という結果だった。それぞれ得点率を計算すると70%、60%、70%、50%となるので、5段階評価で、スピーチは4と4、応答は4と3、文法と語彙は4と4、発音は3と3という評価をもらったと考えられる。あんな論理的にいい加減なスピーチの評価が高かったのが意外である。それから、発音の評価が低いのも意外だった。平均点等が示されていないので、相対的にどの程度なのかということが分からない。とにかく合計63点で、合格点よりも3点高いだけだった。危なかった。それでも合格は合格だ。今日から年間2,500人ほど出る英検1級保持者の1人である。

スーパーコンピュータ開発

 次世代スーパーコンピュータの開発予算を凍結するだの、凍結することは見直すだの騒いでいるようである。スパコン開発とはいえ、実際、高速化とはあまり関係ない部分にも多大な予算が割かれており、よくよく検討すれば予算の削減も可能であると思えるが、一度決められたものを突然変更させられれば、あちこちで問題が生ずるのも仕方ない。僕自身、しばらくの間、スパコン開発に携わっていたことがある。毎年2度、スパコンのランキングが発表されており、1996年上半期に世界一となった東大のSR2201、同年下半期に世界一となった筑波大の CP-PACSは、後に僕がコードしたプログラムも埋め込まれた超並列スーパーコンピュータである。それぞれ220 GFLOPS、368 GFLOPSを誇った。GFLOPSは浮動小数点演算を1秒間に何十億回行えるかを示す単位で、スパコンの性能比較によく用いられる。僕の入社は1996 年4月であり、その部署に配属になったのはそれよりもずっと後になるので、世界一を勝ち取る上で僕の貢献度など何もなく、何百人という先輩方の血と汗と涙の結晶であると思っているが、その後、世界中に何台か売れ、実際に使われたスパコンで僕のコードが動いていたのかと思うと、感慨深いものがある。現在のランキングを見てみると、トップはなんと1759 TFLOPSである。TFLOPSはGFLOPSの千倍であるから、5千倍速くなっている計算になる。現在僕が使っている所属研究所のスパコンは 54210 GFLOPSで84位にランクされていた。

孤島での生活

 トイレに貼ってある日本地図、目立たないところに「あほうどり繁殖地」と赤字で書かれているのだが、座ると目の前に来るので意外と目立つことになる。これが太平洋上に火口だけを露出しているような鳥島である。新田次郎の短編集の最後に載っていた『孤島』とはこの鳥島の話であり、昨日、熱にうなされながら読んだ。なんら物語性のない短編だったが、僕の全く知らなかった、しかも僕の冒険心をくすぐるような事実が多く書かれている。その中でも、絶滅したと考えられていたアホウドリの発見談は非常に興味深い。ちなみに、ゴルフ好きの父は、アルバトロスがアホウドリのことをであることを知らなかった。僕はゴルフはやらない。それはともかく、今日は、義父から送られてきたダンボール箱をあさり、最初に目に留まった司馬遼太郎『功名が辻』を読み始めることにした。このタイトルは良く聞くが、何の話なのかよく知らなかった。2006年、NHKの大河ドラマとして放送されたそうだが、確かにそのとき僕は国内にはいなかった。土佐藩山内家の家祖、山内一豊とその妻千代の話である。山内家と言えば、四賢侯の1人に数えられる山内容堂しか知らない。それほど興味があるわけでもない戦国時代から安土・桃山時代の話だが、なかなか面白そうである。熱が出て動けないと、さらに妻からは家の中を歩き回るなと言われるし、読書でもするしかない。

学芸会のビデオ撮影

 木曜日頃から風邪をひいたらしく体調が良くないのだが、昨夜からさらにひどくなってきた。今朝は、喉は痛いし、鼻はつまっており、頭痛、それにだるくてトイレにさえ行くのもためらわれる。熱を測ってみると37.6度だった。これなら、動けないことはない。今日は娘の学芸会なのである。ビデオを撮ってやらないと、後で何と言われるかわからないし、一生、言われ続けるかもしれない。本来ならば、子供の学芸会ともなれば楽しみに出かけるところだが、苦痛を押し切ってのことで、始終、早く終わってくれないかと願っていた。娘はしっかりした声で自分の役をこなしていた。学年全体でこれだけの劇を完成させるにはそうとう練習したことだろう。しかし僕にはそんな感慨にふける余裕もない。無事に責任を果たし、家に帰ると、熱は38.1度まで上がっていた。一瞬、新型インフルエンザを疑ったが、その後、熱は37度後半で上がったり下がったりだった。後日、娘とゆっくりビデオ観賞することにしよう。今日は「よく頑張った」などと声もかけてやることもできなかった。

ニホンオオカミ

 先日、新田次郎の短編『おとし穴』と『山犬物語』を読んだ。ともに山犬、つまりオオカミの話である。普通は狼という字があてられるが、大神の意味があり、読み方はそこから来ているはずだ。日本のニホンオオカミやエゾオオカミは絶滅したとされているが、多くの目撃情報や遠吠えを聞いたなどという情報もあり、前々から興味を持って、オオカミには親しみを感じていた。しかし、この本を読んでそんなのは、絶滅した現代における幻想に過ぎないことを思い知らされた。それでも、江戸時代まで、日本の各地の山にはオオカミがいたはずである。カナダのキャンプ場で寝袋にもぐりながらオオカミの遠吠えを聞いたことを思い出した。

論文投稿

 今日の勤務時間は全て論文投稿に費やした。1年以上空けてしまったので久々の投稿だ。この研究は、海産生物ホヤのDNAメチル化状態のパターンがヒトやマウスなどとは全く違うことを知ったのをきっかけに思いついたもので、当時、DNAメチル化に興味を持ちながら、うまくテーマを見つけられなかった早大の大学院生を引き込んで、あれこれと指示して進めてきたものである。僕は別のテーマに取り組んでいたし、彼の貢献度を上げてやる必要があったので、解析はほぼ全て彼に任せた。初めから思い描いていたような結果が出たので、先月、論文を書き、途中でいろいろと問題はあったにせよ、無事にこの日を迎えることができた。すんなりと受理されるとは思っていないし、たいへんなのはむしろここからかもしれない。でも、彼は良く頑張ってくれた。いろいろと問題のある男だが、ここまで来れたのは彼だからこそという面もある。家庭の事情で博士課程への進学を断念しており、そのことが、研究への熱意を失わさせているように思われるが、修士課程ならばそんなものだろう。論文が掲載される日までともにもうひと頑張りし、大学院を無事に修了し、社会に旅立って行って欲しい。

生物学と性教育

 久しぶりに娘とお風呂に入っていた時のこと。突然、「どうやって赤ちゃん、生まれるの」と聞かれた。真意がよくわからない質問であったが、ようはどうやったら赤ちゃんができるのかという問いだった。これまでもそして今日も、僕が母から教えてもらったように「結婚するとできる」、いや「結婚するとできることもある」と答えておいたが、娘はそんな回答にはあまり満足した素振りを見せない。なんらかの結果には、なんらかの原因があるはず。自然科学の基本的な考え方が、おのずと身についている。ABO式血液型の遺伝の仕組みはすでに理解しているから、母親のお腹の中にできる赤ちゃんに父親のAとかBとかOとかいう物質が入り込むのか不思議に思われるのは当然だ。娘に対する性教育は妻がやってくれるのか。ちょっと頭の痛い問題だ。

愛用していた英和辞典

 週末、家の片づけをしていたら古い辞書が何冊か出てきた。そのうちの一冊、小西友七編集主幹『ジーニアス英和辞典』は、高校生後半で愛用していた辞書で、主に使ってきた英和辞典としては、グローバル、ニューカレッジエイトに次いで3代目に当たる。その後はまたニューカレッジエイトを使うようになり、リーダーズへとに移行した。辞書を引いたことなどないだろう娘に、frogのところを見せて、カエルという意味以外にもフランス人という意味があることを教えてやった。さすがにこれ以上とっておいても紙媒体の辞書を使うことはもはやないだろう。今朝、新聞紙やダンボールを捨てる資源ごみ置き場にそっと置いておいた。夜確認するときれいになくなっていた。文庫本などもここに置いておくとよくなくなっている。興味を持った人が持ち帰ったのか。古本屋に持って行って小銭を稼いだのか。いずれにせよ、喜んで利用してくれる人がいるならば嬉しいことである。高校生の頃の僕の手あかが付いた辞書ではあるが。

ナズナの芽

 けっこうな数のナズナの種を蒔いたはずだが、芽が出てきたのはほんのわずかである。それに、これらが本当にナズナの芽なのかどうかという確証はまだない。その蒔いた種というのは、去年収穫したものだったのだが、後になって今年収穫した種が出てきた。つまり二代目からとれた種である。こっちも追加で蒔いた方がいいかもしれない。新年に収穫して食べるためには。
Nov16_2009

英検1級二次試験

 朝9時過ぎに家を出て四谷の日米会話学院へ向かう。今日は朝から素晴らしい青空だ。英検1級二次試験の控室に入り、面接カードに名前などを記入する。しばらくして、8人ずつ試験会場へと案内される。その8人のうち、僕よりも歳をとっていそうなのはおばさん2人だけで、予想外に受験者層が若い。男は僕と、熱心に参考書を読み続けている若者が1人だけであとは全て女性。中学生と思われる子もいた。制服を着ている高校生も。少なくとも彼女らはあの一次を突破しているわけで、帰国子女にしてもかなりのつわものであることに間違いはない。いよいよ面接室の前に移動する。この時、先日の模擬面接で一緒になったおじさんに会い、軽く挨拶することで緊張がややほぐれた。問題漏洩防止のため受験者間で話し合うことは禁じられているため、会場内はとても静かである。耳をすますと内容までは聞き取れないものの、試験の様子が伺える。みんななかなか流暢で、試験官の笑いを誘っている奴もいる。けっこう待たされ、自分の番が来る。タイムキーパーから中に入るように指示され、試験官2人に挨拶をして入る。日本人の試験官から荷物を置いて座るように指示される。自己紹介をされたので、こちらからも自己紹介。そしてもう一人の試験官も自己紹介。僕がどこから来たのかと質問をし、けっきょくはこの話題で導入の会話が終わった。彼はコロラド州出身の米国人。米国に来たことがあるかと尋ねられたので、ニューヨークに何度かと応えると、どうだったかと。古い建築物が素晴らしかったなどと応えた。そして本番。まずは1分間で、カードに書かれている5つのトピックを読み、1つを選んで2分間スピーチをする準備をする。どれも苦手そうなトピックだったが、4つ目は「最近の家族の価値は下がっているか」という質問で、5つ目を読まずにこれにすることにした。一次試験の作文で僕が書いた主題とよく似ていたからだ。その時に触れた核家族と、最近日本で話題になっているモンスターペアレントを引き合いに出し、家族の価値はむしろ上昇していることを話そうと決めた。1分でできることなど、この程度だ。そして頑張ってしゃべった。面接の前に受けっとった受験者心得には2分以上続く場合は、途中でも中止させられると書かれていて、多少動揺しており、早口でなるべくオーバーしないようにいろいろと話すことを心がけた。最後で切られると困るので、最初に家族の価値はとても重要であることを主張してから、例を取りあげた。和製英語であるモンスターペアレントを持ち出すことで笑いを取ることができ、一つの独自性をアピールできたことと思う。タイムキーパーが合図をする前に締めくくったから、けっきょくは2分未満だったらしい。日本人の方も米国人の方も、けっこうまともな質問をしてくる。それに的確に応えられないにしても、とにかくしゃべることを心がけた。ここではスピーチの試験が行われているわけではない。実用英語の運用能力が試されているのだ。物事に対する考え方が稚拙でも、それなりの英語を話せればいいのだ。そう信じて頑張った。家族の話題ならば、自分の経験をいくらでも語ることができる。僕をかわいがってくれたおばあちゃんのことや子供たちのことなど。2人の子供と言うべきところを、つい口が滑って2人の娘と言ってしまい、言い直すのも何なので、最後まで2人の娘がいるという嘘を通した。むしろその方が会話に花があって良かったかもしれない。怪我の功名ということにしておこう。タイムキーパーがそろそろ時間だと合図し、和やかに3者による面接は終わった。帰り道、駅でふと思った。例を挙げて、家族の価値は上がっていると主張したものの、論理的な結論付けが全くできていなかった。まあ、いいだろう。不自然に止まったりすることなく、ちゃんと話すことができたことだし。面接は、スピーチ、応答、文法と語彙、そして発音の4つの観点それぞれについて5段階の評価がなされる。日本人とネイティブスピーカーそれぞれが独立に採点するものと思われ、短いコメントを書き込む欄もあった。自己採点では、それぞれ3、4、4、4点。今回、応答は比較的うまく行った。語彙はどうかわからないが、会話における正しい文法運用能力は平均以上のはず。発音、アクセント、イントネーションには多少自信がある。100点満点換算すると65点。合格点は60点なので、なんとか合格。結果は10日後には確認できる。

大逆転勝利

 ここしばらく自分では打たなくなったが、毎週末、娘にオンライン対局をさせて、それを一緒に楽しんでいる。まだまだ僕の棋力の方が上なので、あれこれとアドバイスをしながら打つことになり、負けるのが嫌な娘も、僕に確認を取ってから打つという良くないやり方が定着してしまった。今日現在、KGS17kというランクになっている。実際はもっと下手なはずで、自力で対局させるには、何度か負けてランクを落としてやらなければならないと思っている。そうとは思いつつ、なんとか相手の度肝を抜くようないい手を見つけたいし、見つけたら、娘に教えてやりたくもなる。下辺の白石が殺されたかと思ってあきらめていたが、左下隅の黒の守りが弱そうだ。中央へと延びる石がまだちゃんとつながっていないではないか。191手目で黒石の連絡を絶ち、193手目のオキ。下辺を活かしたどころか、左隅も勝ち取った。ことの重大さに驚いた相手も、チャットメッセージを送ってきた。負けを確信していたのに大逆転勝利である。不本意ながら娘は16kになってしまったが、親子で大喜びである。
Nov14_2009

晩秋の上陸

 今年の5月末に連れてきた21匹のオタマジャクシは、次々とカエルになっていったが、どうしたわけか最後の3匹の発生が進まない。待てども待てども変化がないのは、最近寒くなってきたためか。このままではオタマジャクシのまま冬を越してしまいそうである。アマガエルのオタマジャクシは冬を越せるのか。ちょうど5ヶ月になる先月末に、室内に入れて育てることにした。すると細い後ろ脚は徐々にではあるが逞しくなってきた。前脚が出れば、もう上陸はすぐそこである。しっぽが付いたままでも上がってくる。今日1匹、明日にでももう1匹、そして最後の1匹も近々カエルになるだろう。もはやこの寒さで外には出せまい。餌になる小バエやアブラムシもほとんどいない。室内では飛び出さないように飼わねばならないし、生きた餌しか食べないアマガエルの飼育は困難を極めそうだが、ここまで生き残った奴らを見殺しにはできない。
Nov13_2009

二次試験対策模擬面接

 英検一次試験を受けた際にもらったチラシの案内に従い、語学学校のメールを受け取るための登録をしたのは、合格予想点などの情報を得るためであった。もちろん、勧誘があることは分かっていたが、それに応ずる必要はない。奴らの逞しい商魂につられてはならない。そうは思っていたものの、いざこれから二次試験の面接を受けなければならない状況になり、それなりの準備をする必要性を感じてきた。けっきょく、8,000円を払い、二次試験対策の模擬面接クラスを受けることにし、仕事帰りに2時間、みっちり練習してきた。米国人の講師に、男性と女性1人ずつ、それに僕を合わせて生徒は3人である。 1人2回やるので、2時間の間に6回の模擬面接が行われた。2人ともさすがに一次通過者だけあってけっこう上手で、特に公務員の男性は合格は間違いないだろうと思わせるほどの腕前だった。女性の方は「今回のクラスはレベルが高かった」と言っていたが、それを真に受ければ僕もそれなりということか。どんなトピックでスピーチをさせられるのか、運にも大きく左右されるだろうが二次もなんとか合格したい。30代後半での英検一級とはずいぶん遅くなったと思っていたが、今日は講師も含めてみんな40代と思われる。彼らに比べれば僕はまだまだ若い。それでも30代での合格を確実にするために、残り数日、もう少し努力しなければなるまい。

ヨセ名人

 娘が読んでいる本をぱらぱらとめくっていたら、サルスベリのことが書かれていた。サルスベリとはヨセの一つなのだが、びっくりするような手である。実際、どんな状況でどう打てばよいかなど、とうに忘れてしまっているので、そのページをじっくり見ていたら娘が話しかけてきた。「サルスベリってすごいよね」と。娘は素直にこの手に驚き、理解し、感動していた。本を眺めていただけかと思っていたが、自主的に読み進めて、自分の頭で考えて納得しているようだ。そうでなければこんな発言が口から出てくるわけがない。すでにサルスベリが打てるようになっている。あんなところに打った石を活かす打ち方を心得ている。すでにどうにもならなくなったピアノに続き、娘の棋力に負かされる日もそう遠くはなさそうだ。

仏教徒に鳥居をくぐらせる

 研究所の構内にちょっとした稲荷神社がある。神社というよりも祠と呼んだ方が正しいような気もするが、稲荷神社と書かれているので神社と呼ばせていただく。先週は寺に連れて行ったので、きのうは留学生たちをこの神社に連れて行ってみることにした。よりによって今回は、小乗仏教の国から来たスリランカ人とタイ人がいる。その2人が敬虔な仏教徒であることは日頃の言動から容易に察しがつく。しかしここは大乗仏教の国、日本である。現代日本人の緩い仏教との関わりも教えてやらねばならない。それには神社の鳥居をくぐらせてやるのが一つの手である。昼食後、日本人を含めた何人かでその稲荷神社へと散歩した。「ここをくぐるともう後戻りはできない」と伝え、どういった行動に出るかと楽しみに見ていたら、あっさりと3つの赤い鳥居をくぐってしまい、祠の前に出て僕らと一緒に参拝の真似をした。おかしなことに、いい加減な仏教徒である中国人だけはくぐらなかった。

娘の寝相

 山形から戻り、この2晩は娘と2人で寝た。妻がいないと僕の言うことを素直に聞くので扱いが非常に楽である。しかしいつも通り、寝相はかなり悪い。父親である僕の方に足を向けるように向きを変えて平気な顔で寝ている。単に足を向けるだけでなく、その足がどこかに触れていないと安心しないらしい。お腹の上に乗せてきたり、僕の顔を蹴ってきたり、今朝も何度もそんなことで目を覚まさせられた。この寝相の悪さはいくつになったら治るのか。

水泳教室の見学

 月に2度、娘は区が主催する水泳教室に通っている。いつもは連れて行った後、図書館で本を読んだりしていて、泳いでいるところを見たりはしないのだが、今回から級が上がったので、ちょっとだけ様子を覗いてみることにした。クロールの息継ぎ、背泳ぎの腕の回し方などに加え、飛び込みや、クイックターンの練習もしている。下の級では回転が遅くて泳ぐ機会が少なかったが、ここではどんどんと泳がされる。あまり知り合いがいないところに突然入れられたためか、娘はもじもじとして常に列の最後の方に行き、元気のいい男の子たちに抜かれて行く。彼らが6回ぐらい泳いでいるのに、娘は4回ほどで終わってしまったような状況が幾度もあった。珍しく上から眺めている僕を見つけ、手を振ってきたが、無視して応えなかった。後で、しっかり説教してやらなければならない。もっと貪欲になってさらに上を目指せと。

祖母のお葬式

 水曜日、妻の祖母が亡くなった。享年99歳。かつて、働いている母親に代ってずっと面倒を見てくれた祖母が死ぬなど考えられないことだと妻は言っていたが、さすがに最近は年々体が弱くなり、誰にとっても死は免れないことを受け止めざるを得ない状況だった。今日は山形で告別式があるのだが、妻は行くかどうか迷っていた。3ヶ月の赤ん坊がいて、さらに新型インフルエンザに感染する危険性があるとはいえ、あれだけ世話になったのだから、参列するのは当然だろう。お葬式は死者を悼むためだけのものではなく、日頃会えない親族に会い、自分の気持ちを整理するいい機会でもある。妻だけを行かせることも考えたが、けっきょくは家族4人、未明の5時半に家を出て、始発の新幹線で東京から山形に向かった。今日はとてもいい天気である。映画『おくりびと』のロケ地である山形県へ行き、お葬式に参列する。映画の背景にも写し出されていた月山が見られるかもしれない。ところが県内に入ると濃霧で、奥羽本線の列車に遅れが出て、乗車した下り新幹線の到着も少し遅れてしまった。このため、出棺に立ち会うことができなかった。息子には、せめて焼かれる前に曾祖母に会わせたかったのだがかなわなかった。妻と娘は火葬場に向かい、午後には葬儀に参列したが、僕は妻の実家でずっと息子の世話をすることになった。娘は初めて体験した一連の出来事を話してくれたし、いとこ、はとこ、伯父らにも会い、いい経験になったことと思う。残念ながら月山は見られなかったが、夜はみんなで食卓を囲んだ。僕と娘は最終の新幹線で東京に戻ったが、家に着いた頃には0時をまわっていた。

新聞購読

 最近はよく新聞を読むようになった。特に、8月末の総選挙の頃からかと思われる。3階に住んでいた頃は上まで配達してもらっていたが、17階に移り住んでからは、建物全体のセキュリティ上の問題もあり、1階まで新聞を取りに行かなければならなくなった。朝の忙しい時にそんなことをしている余裕はなく、そのうちに購読を止めてしまった。今やインターネットがある。新聞なんてわざわざ購読料を払って読むほどのものでもない。そう思っていた。しかし、よく読むようになってみると、手っ取り早く、そしてそこらのサイトでは得られない有益な情報を偏らずにさらうには格好のメディアであることがこの歳になってよく分かってきた。テレビのニュースを聞いているよりも、自分で読んだ方がずっといいと思えるようになった。おそらくこれからもずっと新聞は購読することになるだろう。しかし僕は、情報源としての新聞を評価しているのであって、いずれはごみとなるあの印刷物を評価しているわけではない。現状よりもより快適な環境でページをめくれる電子媒体になってくれるならば、そちらの方が歓迎だ。

エビのアスタキサンチン

 ミナミヌマエビは概して元気であり、とても飼育しやすいのだがもちろん死ぬこともある。先日、水槽の近くに干からびたエビが2匹転がっているのを見つけた。ジャンプすることもあるとは聞いていたが、初めてだった。水槽に蓋をかぶせているわけではないので、あまりに水位を高くしておくと、こんなことになってしまう。狭い水槽から逃げ出そうとジャンプしても、そこには水はなく、死を待つのみである。かわいそうなことをした。それにしてもその2匹は、きれいな赤色で、塩で味付けでもすればそのまま食べられそうな雰囲気だった。また、月曜日、原因が分からないのだが、友人にあげた3匹が水中で死んでいるのを見つけた。エビ全体ではなかったが、どの遺骸も赤色に変わっていた。基本的にはミナミヌマエビは透明であるが、この赤色はビタミンAに似たアスタキサンチンという天然の有機色素物質であるらしい。エビが生きている時はタンパクと結合しているので別な色を呈するが、死んでしまったり、加熱されてタンパクが変性したりするとこのアスタキサンチンが遊離して色が付くということだ。このことはミナミヌマエビに限らず、多くの甲殻類で見られる現象である。

瑞聖寺大雄宝殿

 仏教徒であるというタイ人留学生と話していて、これまで日本の寺院に行ったことがないということが判明した。みんなで東京周辺の有名なお寺はどこだろうとあれこれと考え、浅草寺などが思い浮かんだが、すぐ近くにあるではないか。この時、やはり仏教徒であるというスリランカ人留学生がいなかったのが残念だが、一緒に昼食を取った中国人留学生も含めた6人で、瑞聖寺に散歩に行ってみることにした。これまた仏教徒であることを自負している僕としては、日本の仏教の何たるかを教えてやらねばならないと思っている。とりあえず、宗教自体よりも建物の方に対する興味が強いので、国の重要文化財に指定されている大雄宝殿を持つ瑞聖寺はちょうどいい。都心近くににこんな寺があることに留学生たちだけでなく、日本人もみんな少しは驚いてくれたが、タイ人は「タイのお寺の方が大きい」などと食ってかかってきた。やはり国宝級の寺院に連れて行ってやらねばならないか。ベルギー人留学生は簡単に感化されてよく鎌倉に行ったりしていたのだが。

温水プールの更衣室

 最近はほとんど運動をしなくなってしまった。それと時を同じくして、ほとんど風邪をひかなくなった。前々から思っていたが、ジョギングやランニングをすると風邪をひきやすくなる。その発汗が体を冷やすのか、口を使った激しい呼吸が良くないのか。マラソン大会などに参加するために練習をしていると、風邪やそれに似た軽い症状を頻発したものである。自転車での通勤と、月に数回通う娘との水泳がせめてもの運動になっている。そして今日は、2人でちょっと遠くの温水プールに行った。娘に女子更衣室に行かせることも多いのだが、ロッカー代が余計にかかるし、お互いに待ったりするのも面倒なので、今回は男子更衣室で一緒に着換えてプールサイドへと行った。すると、意外なことに「次回から女子更衣室に行かせるように」と注意を受けた。この注意の表面的な内容はともかく、僕に対しては一つの衝撃的な宣告であった。いつまでも赤ん坊だと思っていた娘は、ようやく3ヶ月になった息子と比べれば、明らかに赤ん坊などではない。そして、ついに同じ更衣室を使えないほどまでに大きくなってしまっていたことを気付かされた。プールの監視員は一目で気付いても、父親である僕はこれまで全く気付いていなかったのだ。なんとも悲しい宣告である。いや、これは嬉しい宣告なのかもしれない。そうだ、確かに嬉しい宣告である。

韓国岳の遭難事故

 宮崎鹿児島県境に韓国岳という変わった名の山がある。すぐ近くにある隣国とはおそらく無関係で、読み方も違う。初めてこの山頂に立ったのは 1993年3月21日午前10時37分のことだった。そこには写真で見た通りの大きな火口が口を開けており、名山と呼ぶにふさわしい。おととい、家族とこの山に登った地元の小学校5年生が行方不明になった。今朝からも千人を超える規模の懸命な捜索が続いている。最近は新聞を読む時間を確保するために、インターネットではニュースを見ないようにしているのだが、今日のこの件ばかりは気になり、勤務時間中ながら、ときどき最新情報をチェックした。そして残念なことに、その男の子の死亡が報じられた。大浪池北の避難小屋近く、登山道からちょっと外れた沢に転落し、顔面を骨折していたらしい。死因は低体温症と思われるとのこと。当日は多くの観光客がいたらしいが、下山ルートを家族でしっかりと確認しておかなかったのか。そうであっても、道を誤った可能性もある。山登りに慣れていないと、目の前にちゃんとした登山道があっても変な所に迷い込みかねない。今年の夏、娘や甥に先頭を歩かせた時もそうだった。小5にもなれば、親としては独りで行かせてやりたいだろう。僕ならぜひ冒険させてやりたいし、させねばならぬとも思う。しかしこの子は、山で道に迷った際に何をするべきか、経験がなかったようだ。遭難死した登山者の話を聞いても、特に何も感じることはなかったが、今回ばかりは残念でならない。というのも、いずれはうちの息子も山に連れて行かねばと思っているからである。16年前のその日、僕らは西側から大浪池に入ってその避難小屋に泊まり、登頂は翌日の予定だった。理由は忘れたが、急遽、登山口から行程までも変更し、その家族と同じコースで入って霧島をずっと縦走し、高千穂河原まで歩き通した。2週間分の荷物を背負っていたこともあり、そんなに容易だったという覚えはないが、韓国岳だけだったらたいしてたいへんなコースではないらしい。霧島は我が国最初の国立公園であり、月の国立公園とも呼ばれるほど火口が多くすばらしいところである。いずれまた行きたいとは思っていたが、この遭難事故は僕自身にも大きな教訓を残してくれた。

凍傷

 先日、本棚を整理していたら新田次郎の『強力伝・孤島』という初期の短編集が出てきた。単に『強力伝』を読みたくて買っただけのように思われ、2編目の『八甲田山』まで読んだ記憶はあるが、その先に収録されている4編は読んでいないはずだ。映画『劔岳 点の記』が公開され、山岳雑誌に新田次郎の特集が組まれていたのを目にしたことがある。『強力伝』が読者の人気度という観点からけっこう上位に挙がっていたが、僕に強い印象を与えたのは、『槍ヶ岳開山』、『八甲田山死の彷徨』、『アラスカ物語』あたりだろうか。それはともかく、この機会にと、その短編集を再び最初から読み始めてみることにし、今日、3つめの『凍傷』まで読み終えた。この『凍傷』は短編とはいえ、明治40年から昭和7年までのけっこう長期間を扱った小説で、実在した一人の気象台技師を、事実に忠実に描いているらしい。扱っているテーマも、タイトルの『凍傷』からは想像できないもっと大きなものである。なかなかの力作だ。自然を愛する研究者としても、その主人公から学ばされることは多々ある。
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生物学者の端くれ

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