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大晦日の親子対局

 毎週末、娘にオンライン対局をさせて僕も楽しんでいるのだが、最近、親子で対局したことがなかった。今日、大晦日に、パソコンではなく、碁盤に石を並べて久々に対局してみることにした。19路盤3子局。いい勝負になるかと思ったが、なんと50目も負けてしまった。いつの間にこんなに強くなったのか。すでに僕よりも上手いのか。聞けば、僕が山形に来る前、二段の義母と6子局で何度か対局し、アドバイスを受けながら戦えば、娘が勝つのだという。今度はハンディキャップなしの互先で勝負し、どっちが強いのか、はっきりさせなければならない。
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初親子スキー

 何年か前から、娘にスキーを教えなければと思っていた。しかしなかなか寒いスキー場に行く元気が出ない。お金もかかるし、上手に滑れるようにさせるには時間もかかる。中途半端に行っても費用対効果が低いどころか、全く無意味になってしまうのではないか。けれどもあれこれ考えていても仕方がないように思えてきた。行動を起こさなければ。家族はすでに帰省しており、僕は今朝、始発の山形新幹線で山形に向かって合流し、ちょっとだけでも滑りに行くことにした。午前中にウェア、ゴーグル、手袋を買ってやり、昼食後に蔵王温泉スキー場上の台ゲレンデへ。僕はスキーを履かなくてもいいかとも思っていたが、親子で一式借り、いきなりリフトに乗ってしまった。そしてリフトを降りるところからたいへんなことになる。背中をつかんでやっていたが、もちろん娘は転んだ。実はスキーは初めてではない。4歳の頃、デイ・キャンプに参加した際、オンタリオ州のスキー場で滑ったことがある。しかし、スキーをしたこと自体も覚えていないらしい。子供の記憶とはそんなものだ。教える際に最も苦労したのは、転んでからどうやって立ち上がるかだ。なかなかそれが思うようにできない。一度転ぶと、本当に起き上がれない。これも経験が必要なのか。そんなわけで、あまり滑ることもできず、けっきょく3回リフトに乗っただけった。それが不思議なことに、3回目には独りでプルークボーゲンで下りられるまでになった。それも、到着間際に一度転んだだけ。天候には恵まれたし、楽しんではくれたようだ。これでまた期間が空いてしまうのが残念。親子で颯爽と滑り降りる日はいつになることか。娘を待たせ、僕はもう1回だけリフトに乗って独りで滑った。
Dec30_2009

中学の同窓会

 中学、高校の同窓会があった。いよいよ最後の忘年会である。今月は何度飲みに出かけたろう。直接店に行き、テーブルに案内されると、そこには2人のおじさんがいて声をかけてくれるのだが僕にはいったいだれだか分からない。初めは本気で、間違ったテーブルに案内されたかと思った。もう卒業してから20年になる。無理もないか。それからカナダで同じ研究所で働いていたもう1人も加わって合計4人。年末も年末ということであまり人が集まらなかったのは残念だ。今年、友人が連絡を取り合ってメールアドレスの一覧を作っていたのだが、今回の幹事はそこまで大きくしたくもなかったようで利用はされなかった。それでも卒業以来の2人とじっくり話せたのは良かった。来月にもっと仲間を募って集まるという話になったが、どうなることか。

ポスドク仕事納め

 仕事納め。そしてこの研究室への出勤は今日が最後となる。この期に及んで急いでやるべき仕事もないので、午前中は後片付けである。そうとは言え、3週間もかけて徐々に片付けてきたので、パソコンをシャットダウンして梱包するぐらい。IPアドレスを使ってWWWを公開していたのでそのアドレスには愛着があったのだが今日限り。開けてもらっていた80番ポートも閉じてもらう。本などは全て自宅に持ち帰ったので、新しい職場への荷物の移動はこのMac Proと、ようやく今日届いた30インチのディスプレイだけである。大きな箱2つだけだと伝えてあったのだが、これら箱の上に置いておいた研究室のみんなと教授に渡すはずだったお菓子2箱も、セミナーに出席している間に持ち去られていた。大掃除の後、研究室内で送別会。ワインの飲み比べはなかなか楽しかった。高いワインがおいしいというものでもないのは明らかで、ワイン通を自称する奴らを侮辱する一つの根拠が得られたと考えている。みんなからもらった餞別はミニ盆栽。カナダに渡航する前の1ヶ月間、帰国後の2年8ヶ月間を過ごした研究室ともこれでおさらばである。

献血ルームの医師

 帰省する妻と子供たちを見送った後、有楽町の駅前を歩いていると近くに献血ルームがあることを知った。毎年2月頃、職場に献血車が来るのでそれを利用していたのだが、来年は職場が変わるからどうなるか分からない。ここで献血しておくのも手だと思い、足を運んでみることにした。けっこう込んでいる。問診票に予防接種の有無に関するものがあり、そう言えば最近、新型インフルエンザのワクチン接種を受けたことを思い出した。わざわざ来たのに残念ながら駄目かなと思ったが、医師は意外な反応を示した。僕を羨ましがるのである。一般人扱いで接種を受けられるのはずっと後だと嘆いていたので、たいした効果は期待できないと逆に僕が諭してやった。過去の職場情報が残っていて「ゲノム機能」というような言葉が書かれていたらしく、突然、遺伝子の研究をしているのかなどと聞かれてびっくりした。どんなことをやっているのかと聞かれたので、今やっているホヤの話をするのもなんなので哺乳類のゲノムインプリンティングの話をすると、そんなことは知らなかったようでけっこう喜んでくれた。とはいえその医師も、横に遺伝学の論文を置いていて、僕には理解できない数式と格闘しているようだった。病院とは違い、ここでの仕事は暇なのだろう。だから僕の話にも真剣に耳を傾けてくれる。さて、400mlの献血は無事に終わった。ハーゲンダッツのアイスクリームが置いてあり、ボランティア気分が一転し、得したような気分になり笑顔で平らげた。1人1個と書かれていたのが残念。今夜から久々にランニングをしようかと思っていたが、激しい運動は控えるようにということなのでやめることにした。

親が子供をだます日

 サンタクロースは本当にいるのか。プレゼントを持って来てくれるのは本当にサンタクロースなのか。さすがに今年は娘も疑念を持ち始めたようで、親にもこんな問いかけをしてきた。学校でも子供たちの間で話題になっていることだろう。例によって今年も妻は、寝ている間にこっそりプレゼントを置いて娘をだました。25日の未明、娘がふと目を覚ますと枕元にプレゼントが置いてあるのを見つけ大喜びした。しかしすぐまた眠る。朝になってまた大喜びで、サンタクロースの存在を疑っている様子はなかった。しかし今日になって、あれは母親の仕業ではないかと追求するが、妻は明確な返答をしない。娘をだまし続けてきたクリスマスの楽しみも今年までか。そうなればこれからは3人で息子をだますことになる。

英検1級プラス単熟語

 過去に出題された英検1級の問題が載っている問題集は、けっこう書き込んでしまったので、ゴミ集積所に置いておいたら、誰かが持って行ったようだ。単語集もしかり。しかし、リスニング問題等が掲載されているCD付きの問題集の方は新品同様きれいだったので、他の不要な本とともに通勤途上にあるブックオフに持って行ってみることにした。過去に何度も利用したことはあるのだが、どうせ二束三文にしかならず行くだけ時間の無駄だということでもう長いこと売ったことはなかった。さてどうなるのか、小銭を稼ぐことよりも、いくらになるのか知ること自体が楽しみだ。3,000円以上もするその問題集はたったの100円。1,000円ちょっとの英検1級予想問題集のほうは意外にも50円。高校生の頃に買ったハードカバーの英語長文読解の参考書が20円。文庫本1冊、新田次郎『強力伝・孤島』が10円。やはり時間の無駄だった。ゴミにならず、誰かに読んでもらえるだけでも良しとしよう。そしてもう1冊、『英検1級プラス単熟語』は値段が付かなかった。全く書き込みはないにもかかわらず。僕の手あかが気に食わなかったのか。置いていくか、持ち帰るか聞かれ、もちろん喜んで持ち帰った。英検受験にあたり、最も愛着のあったこの一冊。以後、死ぬまで持ち続けることにしよう。

情事に触れぬ歴史教育

 最近、司馬遼太郎の『功名が辻』を読んでいるがなかなか面白い。主人公は土佐24万石の初代藩主となる山内一豊。いや御台所である千代であろうか。ともかくその仲の良い夫婦が白髪のあるなしで言い合いをしている際に「ほとの毛はまだ黒いわ」という発言が出てくる。ほととはいったい何だろうと辞書で調べてみればすぐに意味は分かるのだが、そんな表現は聞いたことがない。僕自身、若い頃に1本だけ白髪が生えていたことがあるのだが、今は1本もない。それなのに数年前から、鼻毛とほとの毛に白髪が交じってきた。30代後半にもなるとさすがにどこかに老化現象の一端が出てくるのだろうか。これは豊臣秀吉が死ぬ年の会話なので、計算してみると一豊は満年齢で53ほどになる。この夫婦、すごい。それに比べれば僕の黒髪など何の自慢にもならない。さてさてそんなことはともかく、この本を読んで得られることは枚挙にいとまがない。著者の脚色が強いとしても、歴史教育のいい教材にでもなりそうなものだが、ほとの毛はまだいいとして、なかなか子供に読ませずらい所がある。高校生であったとしても。僕自身、子供たちに読ませてもいいとは思うが、大人でないと楽しめないという一面もある。そういう部分はドラマ化に際しても描かれるようなことはない。中学生や高校生の頃、司馬遼太郎の本を読んでいるなんていう奴は周りには皆無であったし。情事抜きにして歴史教育を施そうというところに無理があるのだろう。

スタンプ集め

娘はあちこちでスタンプを押すのが好きなようななので、スタンプ帳として無地のノートを買ってやった。かなり気に入ってくれたようで、今日、さっそく1つ目として最寄りのJRの駅に、スタンプを押しに行こうということになった。暗くなり、夕食の時間も迫っているので自転車で。そしてもう一つ押したいと駄々をこねるので、隣の駅にも行くことになった。山手線周辺の77駅にこのスタンプがあるらしい。残りは75駅。思い返せば、僕の旅好き、そして幼い頃にはなかった行動力は、駅のスタンプ集めから始まったのかもしれない。小学生の頃はよく、営団地下鉄、国鉄、そして小田急電鉄のスタンプを押しに、友人と2人で1日中でも飽きずに電車に乗っていたものである。我が子にもどうやらその気があるようだ。今日は父と娘、自転車での旅だったが。
Dec23_2009

ナナカマドの紅葉

 今年の夏から育てているナナカマドが今月に入ってようやく紅葉した。虫が付いたりしてほとんど成長しなかったが、枯れなかっただけでも幸いである。そんなわけでまだまだ小さいが、なかなかいい感じに紅葉している。来春、新しい葉が出てきたら大切に育ててやりたい。
Dec22_2009

科学技術予算の縮減

 今日の新聞に「文系の人間は世の中を動かすことはできるが、変えることはできない。世の中を変えていくのは理系の人間だ」などと書かれていた。要は理系内閣である鳩山内閣に対して、科学技術予算を縮減することなく技術立国としてのさらなる成長戦略を描いて欲しいという要望である。一研究者として、予算の凍結や縮減はもちろん困ったことではあるが、けっきょくは日本を仕切る政治家が世論に従って判断すべきことであると思っている。それでも僕自身に深く関わる、仕分けの対象になっている事業が3つあるので、ここに少し書き留めておくことにする。まずは、大学の先端的取組支援(グローバルCOEプログラム)で、予算要求の3分の1程度の縮減となっている。今月までの僕の給料と研究費の一部はこの事業から出ている。来年度からは無関係になるが、他人事ではない。そして、競争的資金(科学研究費補助金(若手研究))で、こちらも予算要求の縮減。現在もらっている研究費は今年度いっぱいなので関係ないが、申請中の来年度からの研究費がどうなるのか、非常に心配である。最後に、大学の先端的取組支援(大学教育充実のための戦略的大学連携プログラム)で、こちらも予算要求の縮減。来月からの給料と教育活動に対する資金がこの事業から出されることになっている。大学教員としての身分が当初の予定通り確保されるのか、不安は払拭されない。多くの研究者、大学、および学会等から批判声明が出されており、実際の予算編成時にこれらがどうなるかはまだ分からない。僕自身は不思議と楽観視しているが、果たしてどうなることか。

長男のお食い初め

 お食い初めは生後100日目あるいは120日目にやるとか言われているが、けっきょく今日、141日目にまで伸びてしまった。その最たる理由は、些細な妻との言い争いである。娘の時は、妻の実家で祖父母、さらには先月亡くなった曾祖母も交え、食べる真似をするだけということで僕が口出しできる状況になかった。お食い初めとは、乳飲み子が一生食べ物に困らないことを願って、初めて食べ物を口にする平安時代から続く儀式である。確かに食べる真似をするだけだという主張が見受けられるが、冷静に考えてみれば、古来、その時期から食べさせたからこそ儀式となったはずである。それに今回は男だ。逞しく育てるには、押し込んででも食べさせてやる必要がある。こんな僕の考えに妻は強硬に反対し、今日に至った。娘、つまり姉が食べさせる真似をし、その後僕がリンゴジュースと、柔らかくしたご飯を食べさせてやった。おいしいと思ったかどうかは分からないが、息子はちゃんと胃袋に納めてくれたようだ。日本男児として育てるには、やはり米を食わせてやらなければならない。
Dec20_2009

新型インフルエンザのワクチン

 新型インフルエンザのワクチン接種を受けてきた。周りにいる多くはこの接種とは無縁であり、なぜ受けるのか不思議がられるが、0歳児の親だからである。小学校低学年の娘は幸いまだ感染しておらず、先日、一足早く接種を受けた。僕自身、特に受けることを希望していたわけでもないが、拒否する理由もなく、妻について行って受けてきたという感じである。これで罹ったとしても、重症にならずにすむという。風邪はよくひくのだが、これまでインフルエンザという病気に罹った記憶がないので実感がわかないのだが。とにかく赤ん坊である息子にうつす可能性が大きく下がったことは安心できる。夜はTorontoにいた頃のポスドク仲間の忘年会があり、池袋に行った。夜遅くに酔っ払って帰ってきて長風呂に浸かってしまったが、今日一日、特に問題なく終わった。

くじ引きで出会ったカナダ人

 今夜は研究室の忘年会。例年通り、教授の知り合いの研究室のメンバーも招くので、50人もの大規模な会になり、3年連続同じ店を貸し切って行われた。先週の忘年会同様、席はくじ引きで決まり、小さなテーブルを4人で囲むことになった。日本人と米国人とカナダ人。まさかこんなところでカナダ人に会えるとは思わなかった。米国人の方は奥さんが日本人であることもあり、日本語はペラペラである。カナダ人の方は、なかなか僕らの日本語の会話に割り込むのは難しかったようで、僕は英語で話しかけたが、彼は頑張って日本語で返してきた。中国系でVancouver出身。UBCを卒業しているが、Waterloo大にもいたことがあるという。Kitchenerに住んでいたと言うからSt. Jacobsに行った話をしたが通じなかった。勉強ばかりしていて出歩かなかったのだという。とは言え、カナダの話は懐かしい。

英検1級の合格証書

 ようやく英検1級の合格証書が届いた。準1級までの時と違い、和文と英文の合格証明書も1通ずつ同封されている。実は一度、名前のスペリングをパスポートと同一に直してもらうために送り返していたので、二次試験からは1ヶ月以上もかかってしまった。日付は二次試験から5日後の11月20日となっている。英検1級は「広く社会生活で求められる英語を十分理解し、また使用することができる。」とある。これにて正真正銘の1級保持者となったわけだが、今後も英語の勉強は続けなければならないだろう。1級の名に恥じぬよう。

5ヶ月間の飲酒

 8月1日、突然息子が生まれ、妻はしばらく入院することになった。その間にやっておきたかったことの一つは、手出しができなかった冷蔵庫内の整理である。その際、けっこうな量の酒が冷蔵庫内に限らず我が家に放置されているということに気付いた。友人が来たら飲もうと取っておいても、なかなかそんな機会はない。この際、全部飲んでしまえと、8月からちびちびやって、ほとんど毎晩、アルコールを摂取してきた。そして今日、ようやくそのほぼ全てを飲みつくした。残るは、お宮参りの際に松陰神社からもらってきた長州の日本酒が一口分のみ。これは主に料理に使われてきたが、日曜日、息子のお食い初めの時に飲み干す予定である。今年はあと4回は忘年会がある。そしてお正月、そして着任。わざわざ自分独りのために買おうとは思わないので、以後は急に飲まなくなることだろう。

中学受験の算数

 『予習シリーズ』と呼ばれる中学受験用の参考書のようなものがあり、僕は確か5年生の夏休み頃からほぼ独学で勉強した覚えがある。そんなに分厚いわけでもなく、数冊しかなかったように記憶しているが、中学受験で試される4教科を網羅的にカバーしており、よくできた参考書であるという印象が強い。今でもこの『予習シリーズ』があるのかどうか調べてみたところ、30年ほど前とはだいぶ変わってはいるものの、今でも中学受験の中心的な教材として存続しているようだ。娘に買い与えた 3年生の算数の問題集がそろそろ終わるので、次は『予習シリーズ』をやらせてみようと思うに至った。国語、算数、理科、社会の4教科があるが、とりあえずは4年生の算数。上巻と下巻に分かれており、上巻だけを注文した。懐かしい中野校舎に足を運んでもみたかったのだが、なかなかそんな時間は取れないので、通信販売である。価格は1,680円で、それに加え、送料手数料がかかる。さて、どんな問題集なのか、届くのが楽しみである。あの算数の勉強はけっこう楽しい。娘もきっとその楽しさを分かってくれることと思う。

ベルギー人と再会

 先週は4日間、学会で横浜に通ったが、今夜も横浜に行くことになった。大阪に移ったベルギー人が、別な学会で横浜に出てきているので、みんなで集まって飲もうという話になったわけだ。スリランカ人、キューバ人も加わり、6人で居酒屋へ。このぐらいの人数だとグループに分かれるようなこともなく、みんなであれこれと話せるのでちょうどいい。新しい職場がそんなにいい所というわけではないようだが、相変わらず元気にしているようだった。いよいよ僕も移動してしまうし、このメンバーでこうやって集まるのももう最後だろうか。

餅つき体験

 小学校のPTA主催の餅つきがあった。休日に一度集まって会合を持ち、前日の準備、そして当日である今日は朝8時から準備である。今日の午前中は娘を水泳に連れて行かなければならなかったので、もともと手伝いには申し込んでいなかった。しかし、父親の人数が足りないようで再度の募集があり、11時からということで手伝いに加わらせていただくことにした。小学生たちに餅つきの体験をさせる係を担当したが、我が娘は食べるだけで体験しには来なかった。それにしても、僕自身初めての体験で、餅つきがこんなにたいへんとは知らず、自分の非力さを思い知らされた。小学生では、高学年といえどもまともに餅なんかつけないだろう。そして、せめて後片付けぐらいはと多少頑張り、午後は反省会。かなり酔っ払って家に帰ってきた。

喪中はがきで近況報告

 妻の祖母が亡くなったため、この年末は年賀状を出さない。代りに喪中はがきを出す。妻が準備をして、彼女は今月はじめまでには全てを投函してしまったらしい。僕はどうも1日に何十枚も書くようなことはできず、少しずつ少しずつ書き進めて、ようやく終わらせた。近況報告や用件は書かないのが普通らしいが、そんなはがきをもらっても嬉しくも何ともないと僕自身は思っているので、全てのはがきに一言あるいは二言書き添えた。

学長の職務

 博士課程の時に在籍していた研究室の忘年会があり、学会会場を途中で抜け出し、冷たい雨の中、丸の内へ行った。久しぶりに会う人も多い。席はくじ引きで決まり、幸か不幸か恩師、当時の指導教官の隣となった。先生は現在、別な国立大学の学長を務めている。学長の職務など想像がつかなかったので、あれこれ聞いてみた。例えば、研究者同士がうまくチームを組んで、研究費を取得できるよういろいろなアドバイスをしたり環境の整備をしているらしい。研究室は持っていないという。誰でもできるような仕事かと高を括っていたが、とんでもない。数々の大型研究費を取得してきた経験が直に生かされる、逆に言えば、そういった経験がなければ決して務まらない、やはり僕の想像を絶する職務内容であった。

ぼったくり健康診断

 大学教員の採用にあたり、事前に健康診断を受けなければならないとのことで、所属研究所の附属病院で受けることにした。そのため、残念ながら今日の午前中は学会を休むことにした。1ヶ月ほど前に職員の健康診断を受けたばかりで、そのデータを使ってくれるのかと思ったが、「こちらにはありません」とのことで、X 線撮影や尿検査を始め、いろいろな検査がやり直しである。時間の無駄だけでなく、料金の面でも響いてくるかもしれない。血液検査や心電図などもやり、昼ごろには全ての結果を手にすることができたのだが、なんと19,907円も請求された。あまりにも高い。あれだけのことをすれば、無保険でこれだけの請求がくることは納得できなくもないが、研究所内のどこかに利用可能なデータがあるのだから、もっと効率的にやって欲しい。

ポスター発表2件

 横浜で学会発表。今の研究室に移ってから、幸運にもそのどれもが口頭発表に採択されてきたのだが、今回はポスター発表だけである。それに半年ほど前に那覇で行われた国際学会での発表をポスターに変更する程度、しかも日本語なので気楽なものである。今回は自分の発表以外にも、面倒を見てきた大学院生の発表もある。そのポスターの前に立っていると、博士課程の時に面倒を見てもらっていた先生が現れ、僕の担当ではないものの、一通り説明した。そしてまた後で、もちろん自分のメインの研究の方も説明した。次から次へと説明を求められて、けっきょくずっとしゃべりっぱなしで疲れた。驚いたことに、大学院生の方は恐ろしいほどの人気でかなりの人だかりができ、しかも発表時間中、ずっと絶えなかったという。我ながら注目されるいい研究を思いついたものだと思うのだが、認められてすんなり論文が受理されるかどうかはまた別の話である。

ハコベの芽

 ナズナを蒔いたプランタからいつの間にかいくつかのハコベが茎と葉を伸ばしている。いったいどこから種が飛んでくるのか。しつこい雑草である。とは言え、ナズナだけでなくハコベも春の七草である。摘まずにそのまま生かしておいて、正月明け、ナズナと一緒に食べてやろう。
Dec09_2009

辞職願を書く

 大学教員の正式な人事はなかなか最後まで決まらないものと聞いてきた。僕の場合は今日の役員会で承認されれば、その後、代議員会などいくつかの会議を経なければならないものの、ばほぼ間違いなく決まるとのことだったので、退職の手続きを進めることにした。なにしろ来月1日から着任予定なので、今月は師走だし、そうゆっくりはしていられない。午後4時半頃メールで連絡がきたので、手書きにて辞職願を書いた。文面は指定されている。「このたび、一身上の都合により、平成二十一年十二月三十一日をもって辞職したいのでご承認願います。」これを大学の総長宛てに提出する。なにが一身上の都合だと思うが、これと一緒に退職理由届というのも出さなければならず、「転職希望のため」としてその詳細を記入する。国立大学から国立大学に移動するだけなのに。

英検サンプルテスト

 英検受験者の中からランダムに選ばれて、サンプルテストの受験案内が届くことになる。今回で確か3回目になる。妻からは「そんな意味のないテストなど受けずに赤ん坊の世話をしてくれ」と言われていたが、無視して家を出た。会場は新宿区の成城高校。最初の筆記試験は英検1級の最初の語彙力を問う問題とほとんど同じで、60問ほどだったろうか。数ヶ月前だったら分かったかもしれないが、記憶が定かでない単語がいくつもあった。後半のリスニングは、会話を聞いて、それに合う英文を4つぐらいの中から1つ選ぶという、これも1級のリスニング問題の最初のパートとほとんど同じである。40問ほどぶっ続けで解答する。聞きとるのも難しかったし、短時間のうちに書かれている英文を読むのもたいへんで、できはあまり良くなかった。こちらも数ヶ月前だったらもっとできただろうか。後で結果の通知は受けるものの、合否が関わらないと緊張感を維持するのは難しく、気合いの抜けた受験となってしまった。それにしても、ここで英語の勉強を止めていいものだろうか。1級を取得したとはいえ、反省させられる受験だった。

小学校の同窓会

 カナダに渡航するちょっと前、今から6年半ほど前になるが、突然、小学校の同窓会が開かれた。幹事の努力もあり、それ以来ほぼ毎年、同窓生の集まり、つまり飲み会が開かれている。けっきょく僕は帰国後に1度顔を出しただけである。そろそろまた出席しておかないと、みんなに忘れられる。妻には「そんなところに行っていないで赤ん坊の世話をして」と強硬に言われたが、無視して新中野へと向かった。懐かしい街をぶらぶらと歩いてみたかったが、あいにくの雨降りだ。集まったメンバーは前回と同じようなものだが、やはり小学校の仲間ともなると本当に懐かしい。妻を怒らせてまでも来た甲斐はじゅうぶんにあった。僕を含めて13人。3クラスあったのだが、1組と3組が大半で、2組は僕ともう一人だけ。次回はなんとか2組の同窓生を集めるべく、僕もちょっとは努力してみようかと思う。

かなった夢

 娘に「子供の頃の夢は何だった?」と聞かれることがある。小学生の頃はあこがれや明確な目標などはなく、夢のない子供だったが、敢えて言えば小学校の先生だろうか。そんなわけで「小学生の頃は小学校の先生、中学生の頃は中学校の先生、高校生のの頃は高校の先生、大学生の頃は大学の先生」と冗談半分に答えてきた。すると無邪気に「かなった?」と聞かれる。常日頃、僕は自分の職業を研究者としているが、娘はその「研究者」というのがどんなものなのかよく分かっていない。大学に勤務しているが、大学の先生とは言い難い。ちょっと悔しいが娘には「かなわなかった」と答えてきた。しかし今日は言ってやった。「来月から大学の先生になるんだよ」と。娘は非常に驚いて、とうてい信じることができず、母親に本当かどうかを尋ねた。小学校低学年の彼女に大学の先生がどんなものかはよく分からないにしても、父親の夢が今頃になってかなったということに対して驚いているのだ。頑張っていれば夢はいずれかなう、そんなことを身をもって教えてやることができた。

ブロッコリーのアブラムシ

 室内飼育のアマガエルはどんどんやせ細っていく。1日1匹の虫ではとても足りないようだ。残った2匹が死ぬのも時間の問題か。ほとほと困っているところに、タイミング良く、親からうちの畑で収穫された野菜が送られてきた。特にそのブロッコリーにはおそらく100匹を越えるであろうアブラムシが付いていた。その多くは生きている。動く。カエルの餌になる。助かった。たらふく食って、ここで一気に太ってもらいたい。それにしても、どうしてスーパーマーケットなどで売られているブロッコリーにはアブラムシの1匹も付いていないのか。虫が付いている野菜と付いていない野菜、どっちを食べたいか。冷静に考えれば当然、前者だろう。なのになぜそのような野菜が市場に出回らないのか。

教員選考セミナー

 最終選考に残ったとの連絡を受けてから6日、いよいよその大学に出向いて教員選考委員会の先生方の前でセミナーをしなければならない。昨夜から今日にかけての緊張度はかなり高い。こんな経験は久しぶりである。6日間というそれなりの準備期間があり、それなりの準備をしてきたが、じゅうぶんとはいえないかもしれない。もっと練習を積むべきだったかもしれないなどと思うと、さらに緊張が高まる。どう頑張っても、落とされる時は落とされる。落とされても仕方ないじゃないか。人生が終わるわけでもあるまいし。そう言い聞かせて、久々にネクタイを締めて家を出た。とてもいい天気で、大学構内は黄葉したイチョウ並木がきれいである。セミナーは9時半から、7人ほどの先生方を前にして非公開で行われた。いったん始まってしまえば、いつもの学会発表とそれほど変わらないので、緊張も解けてくる。順調な滑り出しだったので、さらに落ち着いてきた。与えられた時間は30分だが、その後さらに30分確保してあるので、たっぷりとしゃべっていいと言われ非常に安心した。実は、話したい内容を時間内でしゃべり切れるかどうかずっと心配だったのだ。これまでの研究、これからの研究計画、学生に対する教育方針、今回のプログラム事業への貢献の可能性を話す。無事に締めくくると、何分間話したのか確認する間もなく、次々と質問がきた。研究内容に関するものが最も多かったが、採用された場合の教育関連の職務に関することも多かった。応えにくい質問もあったが、なかなか楽しい時間だった。おそらく1時間以上経ったのだろう。最後は選考委員長がそれ以上の質問を遮るような形で特に問題なくセミナーは終わった。もう次の候補者の時間帯になるらしい。来週はじめまでには結果を知らせてくれるとのこと。一度家に帰ってから研究室に行き、コンビニで買った弁当を食べていると、1通のメールが届いた。「本学の特任講師としてお迎えしたいとの方針がまとまりました」などと書いてある。決まった。この1年間ほど大学教員のポジションを得ようとずっと苦労してきたのに、最後はあっという間だった。しかも国立大学である。研究室の仲間たちもびっくりだ。ボスから「いい研究者には芸風がある。彼にも独特の芸風がある」などという言葉をいただいてみんなで乾杯。ストレスからは開放されたものの、久々にアルコールで頭が痛くなった。
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