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教授ですか

 学生が僕の部屋に本を借りに来た。生物学科の4年生だという。ちょうど昭和と平成の切れ目がこの学年である。いろいろ話しているうちに「教授ですか」と聞かれた。気を使ってそんなことを言ってくれたのかもしれないが、けっこうショックだ。僕の話の内容、話し方、態度が教授らしいならまだいいが、外見でそう判断されたとすると、自分をまだまだ若手だと思っていた僕には悲しいことである。確かにいいかげんいい年である。しかし教授への道のりは現段階では限りなく遠い。
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仮想マシンでLinux

 これまでLinuxはずっとFedora 9を使い続けてきたが、いつの間にかサポート期限が切れ、最新版はすでにFedora 13にまでなっている。そこで入れ換えようかと思ったが、まずは試しに、仮想マシンを利用してインストールしてみることにした。仮想マシンに関してはすでにParallels Desktop 5 for Macを利用してMac ProのMac OS XでWindows 7を使えるようにしてあるのだが、今度はFedora 13も使えるようにしてみた。とりあえずうまく行った。あまり意味がないかもしれないが、これでMacでLinuxが使えるようになった。そして今度は、HP ProBookのWindows 7をホストOSにして、Oracle VM VirtualBoxというフリーウェアをダウンロードしてきて、Fedora 13をインストールしてみた。仮想化支援機能を有効化できないとエラーが出たが、BIOSの設定を変更すると、こちらもうまく行った。WindowsでもLinuxが動く。

トロントの暴動

 日本の首相はG8でオンタリオ州ハンツビルに行っていたらしい。ハンツビルと言えばアルゴンキン州立公園への玄関である。カナダ政府も粋な計らいをするものだ。州会議事堂に続くユニバーシティー通りには当時、日本やカナダを含めたG7の国旗がひらめいていたが、今ではロシアの旗も加わっているのか。州立公園へ足を運んだのかどうか知らないが、首相はハンツビルからヘリコプターで州都トロントに戻り、次はG20。カナダ人の友人がびっくりするようなメールをくれて、今日の新聞を見てみると、国際面に小さくではあるが確かにそのニュースが出ていた。グローバル化反対を訴える市民団体のデモが暴徒化して、ダウンタウンのあちこちが破壊されたらしい。幸い、大きな怪我はなかったようだが、相当な数の逮捕者が出たという。トロントでそんなことが起るとは夢にも思っていなかった。

PTA夏まつりの準備

 小学校のPTA夏まつりまであと3週間である。毎週日曜日、準備作業があるのだが、これまでいろいろとあって一度も参加していなかった。今後もなかなか参加できそうになく、今日ぐらいしか顔を出す機会がない。というわけで、今年初めての参加となった。作業内容はくす玉の中に入れる垂れ幕の文字をペンキを使って描く。こんなことをするのは久しぶりで、恐らく高校生の時の体育祭の準備以来で、考えようによっては楽しい。そして2時間半ほどで解散となった。毎週末、これくらいの時間だったらボランティアで手伝う気になれる。

全勝なのに20級

 昨年に続き、今年も娘を区主催のジュニア囲碁フェスタに参加させた。今回、かなり嫌がっていたが、どうせ楽しんでくれるはずだと強引に会場に連れて行き、置き去りにした。結果は7戦全勝で20級の日本棋院認定状をもらって来た。負けなしであるから、案の定楽しかったようで、自信もついたようである。しかし去年21級で、今年は20級。1級しか上げてもらえなかった。去年の認定状に従って21級で申告したのが良くなかった。20級以上は19路盤なのだが、21級までは13路盤。どんなに勝っても20級までしか上げてもらえなかったのだ。19路盤で打てる子は20級に上げると最初に言われ、娘はそう希望したのだが、最初の13路盤の対局相手にとどまってくれと言われ、21級のままこの日を過ごしてしまったのだという。まあ、とにかく、去年の3勝5敗よりは明らかに強くなった。恐らく13路盤コーナーでは最強だったことだろう。よく頑張った。来年は10級認定を目指そう。

久々の論文アクセプト

 久々に論文がアクセプトされた。筆頭著者として2004年から毎年少なくとも1報ずつ学術論文を出してきたのだが、2009年は出せずじまいだった。2008年に2報出したからいいではないかという甘えがあったかもしれない。2009年は子供が生まれ、それに職探しもしなければならず、たいへんだったという言い訳もあるかもしれない。今年中にあと何報投稿して、何報アクセプトされるか。2010年もそろそろ折り返しである。

アジサイの原種に思いを馳せる

 息子の保育園の入り口にきれいなアジサイが咲いている。非常に濃い色をつけるガクアジサイである。アジサイは日本原産だと言うが、園芸種ではなく原種はどんな色だったのだろう。7月に山に登るとノリウツギという真っ白な花を見ることができる。ガクアジサイにそっくりなのだが、調べてみるとアジサイ科アジサイ属である。属名がHydrangeaだかられっきとしたアジサイではないか。もともと白かったのか。それともノリウツギが色を失ったのか。特に目を引く花でもないが、また山に登って直にノリウツギを見てみたい。
Jun24_2010

女子大生たちの夢

 学生が僕のところに大学院進学に関する相談に来た。話を聞くと、なかなか難しい状況でどう判断すればよいのか分からない。僕にできることは知る限りの情報や経験を伝え、彼女自身で判断してもらうしかない。けっきょく判断はつかず、今日から5日間、身を入れて勉強をしてみてそれから判断してはどうかと提案し、とりあえず納得してもらった。それはともかく、女子大生たちと話していて面白く感じられるのは、親たちからいろいろなことを言われているにもかかわらず、それをうまくかわして自分たちの夢を追いかけて行こうという姿勢である。親に対する感謝の気持ちを捨てているわけではないので、悪い言い方をすれば親に嘘をついて心配させないようにして、自分のやりたいことに向かって行く。今小学生の娘も、いずれはそうなるのであろう。非常に参考になる。

友人の波

 丸の内で働いている友人から情報センターJAXA iを見に来いと言われ、いつもよりちょっと早めに職場を出て東京駅へと向かった。こんなところに宇宙関連の見学施設があるとは全く知らなかった。小惑星探査機はやぶさに関するビデオを見て、この8年間の軌跡を大雑把に把握することができた。その後、2人で丸ビルのラーメン屋に入った。大学時代の友人たちの知る限りの消息を語り合ったが、けっこうな数の友人とご無沙汰している。今でも連絡を取って会ったりしているのは、もちろん妻とは毎日顔を合わせているわけだが、それを除けば彼ぐらいなものだろうか。留学した際には、けっこう多くの友人ができた。その反動で、帰国後には寂しい思いをしたが、娘が小学校に上がると、知り合いが増えてきた。今年から大学を移り、また寂しい思いをするかと思ったので、積極的に知り合いを作ろうと思っていると、こんな年でもけっこうな友人ができるものだと今頃になって思う。旧友との連絡が疎遠になってしまうのも無理もないことかもしれない。

娘とお風呂

 久々に娘と一緒にお風呂に入った。職場が変わり帰宅時間が遅くなったので、平日はほとんど一緒に入る機会がない。それに、当然かもしれないが、父親よりも母親がいいらしい。半ば強引に誘って風呂場に連れ込んだ。一度入ってしまえば、父と娘の、2人だけのいいコミュニケーションの場である。しかしこんなこともそう長くは続かないだろう。これからは、娘と一緒にお風呂に入った日を記録しておく。その時その時が人生の中で最後の機会になるかもしれないから。

娘からのプレゼント

 娘が父の日のプレゼントを買ってくれるとのことで2人で出かけた。娘は自分の財布は持って来ない。プレゼントを渡す父親の財布をあてにしている。文房具のコーナーに行き、ボールペンなんかを買おうとするから、さすがにそれはやめてくれと止めた。学会等でもらったボールペンが何本もある。けっきょく、ポケットに入るくらいの小さなノートを渡された。僕がよくメモを取るからだという。確かに親の行動をよく見ているものだ。しかし、ノートやメモ帳などほとんど使ったことがない。反故を1枚ポケットに突っ込んでおいてそれにメモを取るか、iPhoneに手書きで書き込むかである。プレゼントのノート、いつ使う機会を得るか分からないが、とりあえずは大切にしまっておこう。

製本された学位論文

 部屋の掃除をしていたら、何冊もの学位論文が出てきた。卒業論文、修士論文、そして博士論文。とくに博士論文は不必要に多数印刷製本していたことに今になって気付く。僕はこれらを全文PDFにしてインターネットで公開している。その研究がジャーナルに出ているならば、製本した学位論文などコンピュータでタイトルや本文を検索できないので存在価値がない。全て処分することにした。どれも片面印刷なので、計算用紙にはなる。

お母さん学生

 ひょんなことから2歳の子供がいる学生と話す機会を持った。旦那さんはちゃんとした企業で働いているようだが、学業の方では苦労しているようで、なかなか卒業できず、未だ学部学生である。今、一生懸命勉強していて大学院への進学を希望しているとのこと。実験が好きだから研究したいようだが、確かにそう語る顔に嘘はなさそうだ。でも、子供のことを話している時の目が一番輝いていた。毎日たいへんだろうがやれるところまで踏ん張ってもらいたい。

手の焼ける息子

 つかまり立ちをして、また上手に座って高速はいはいをするようになった息子は元気がいい。何でも口の中に入れてなめてみるし、部屋中の物を何から何までひっかきまわして散らかす。おもちゃなんかを与えてもすぐに飽きて、見慣れぬ物を探し出していじくり回す方が楽しいようだ。娘と比べても、この点では手が焼ける。やはり男の子である。危険が潜んでいるかもしれないから目が離せない。人間だれしも、こんな時期を通過して大人になって行く。片時も目を離さず見守ってくれたのは、親だったかもしれないし、祖父母だったかもしれないし、保母さんだったかもしれない。満員電車に乗っている周りの人たちの顔を見て、ふと、人間社会とはすごいなと思ってしまった。

将来の自分のための父の日

 今度の日曜日は父の日である。2年前から父と義父にちょっとした贈り物をしている。今年の分も今日、慌ててインターネットで手配した。そして家族のメーリングリストに情報を流しておいた。そのメーリングリストとは、自分と妻と娘と息子の4人がメンバーである。子供達はとりあえずは見ない。ましてや息子は未だ0歳である。しかしいずれ保存されている過去のメッセージとして読むかもしれない。子は親を見て育つ。僕が父の日になんかしらをしたことは子供達に伝えておかなければならない。別にプレゼントが欲しいわけではない。子供達はいずれ親から離れて行くが、何らかの接点を持っておくことは重要である。一緒に山登りに行くことなんかは最高の接点だろう。それに比べれば些細ではあるが、父の日のプレゼントもいい家族の接点になりうる。

はやぶさでタイムトラベル

 小惑星探査機はやぶさが地球に帰還し、あちこちから絶賛の声が聞かれる。トラブルに次ぐトラブルで、まさか帰還できるとは思っていなかったが、それもマスコミに踊らされていただけのことかもしれない。大半の故障は想定されていたというし、これだけのプロジェクトならば当然のことだろう。今から8年前、日本惑星協会が主催する星の王子さまに会いに行きませんかミリオンキャンペーンというのがあった。小惑星イトカワに着陸するために落とすターゲットマーカーに百万人の名前を残してくれるというものである。まだ娘が生まれたばかりの頃で、家族3人の名前を書いてもらうことにした。今でもその名前はイトカワに残っているはずである。はやぶさは7年以上の歳月をかけて地球に戻ってきた。ふと8年前のことを思い返すと、当時の赤ん坊は息子ではなく娘である。そんなことを懐かしく思っていたら、タイミング良く、同じミリオンキャンペーンに応募した友人からメールが届いた。「その時には息子はまだ生まれていなかった」と。みんな同じことを考えるものだ。はやぶさは僕らの心をちょっとだけ8年前に戻してくれた。

今年の新茶

 僕は煎茶なしでは毎日を平穏に過ごせず、いつも静岡から通信販売で取り寄せている。今年は天候不順で新芽がうまく育っていないと聞いており、ずっと心配していた。けっきょくは時期が少し遅れたものの、通常の価格で新茶を手に入れることができた。妻も娘もほとんど飲まないので、今日も独り煎茶を入れ、ほっと一息である。

我が子は天才か

 まさかとは思うが、我が子が神童かも知れない、という期待が全くないわけではなかった。ここしばらく、娘が比較的難しい算数の問題を解く様子を観察してみたのだが、残念ながら、いやあたりまえかもしれないが天才には程遠いと確信した。しかも集中力が欠如していて、つまらない計算間違いさえする始末である。じっと見ているといらいらしてしかたない。こいつは自分より明らかに馬鹿だと思ってしまうが、実際のところどうなのだろう。自分が小学生の頃はこんなにも馬鹿だったか。しかし、多少なりとも努力しようという姿勢があり、ちゃんと毎日机に向かうのだから、僕なんかよりも見込みはあるのかもしれない。神童でなかったのは残念だが、それゆえに頑張って見守ってやらないと。

ピアノ教員の公募

 これまでと違い、今の大学にいるといろいろな公募を目にすることができて楽しい。最近、特に興味深かったのは、ピアノ実技の准教授または講師1名募集というもので、しかも藝大音楽学部器楽科ピアノ専攻である。そして初めて藝大のドメイン名がgeidai.ac.jpであることを知った。それはともかく、冗談半分で妹にも知らせてやろうかと思ったが、二次審査では1時間も自分でプログラムを組んで演奏しなければならないようだ。いったいどんな人物が書類選考を通過するのか。公募とは言えすでに採用される人物は決まっているのか。日本中でどれだけの人物がこのポストに憧れていることだろう。僕自身もなれるものならなりたいが、手が小さ過ぎる。腕もセンスもないだろうが。応募締め切りは8月25日である。

ピーター・フランクからの問題



 学生からピーター・フランクからの問題というものを振られた。1から6までの数字を1回ずつ使って、四則演算で2004を作れというもの。6!が2004に満たないから、数字を並べて2桁、3桁などの整数を作ってもいいはずである。あれこれ筆算してみたがうまくいかないのであきらめた。後で彼女と顔を合わせ、スマートなやり方があって、知人のうち2人が解けたと聞くと、なんとかして解かねばと答えを聞くのを拒否した。昨夜は酔っ払って帰宅したのでけっきょく名案が思い浮かばなかったが、今朝、歯を磨いている時にひらめいた。大学に出勤してから計算して確かめると、確かに答えを出すことができた。彼女からは「私の中のひそかなやっぱり頭いいすごい人」とおちょくられたが、教員としての面目は保たれたか。実は月曜日、埼京線で統計の本を読んでいたら、隣に座っていた外国人がピーター・フランクルであることに気が付いた。それを学生たちに伝えたのだが、反応があったのが彼女だけで、しかもピーター・フランクルなど全く知らず、ウェブで検索したらしい。そして見つけたのがこの問題だったようだ。

今年のアサガオ

 数年前、娘が学校から間引きされたアサガオの苗を持ち帰った。真っ赤な鮮やかな花をつけたのだが、8月になるとそれ以上育つことなく枯れてしまった。妙なアサガオだった。暑い時期に咲いたアサガオは種を残せないのが普通だが、7月に咲いたのでいくつか収穫することができた。今年はその種を全て、正確には7つ蒔いてみたところ、発芽したのは4つ。そのうちの1つは子葉がうまく開かずすぐに枯れ、もう1本は息子に折られた。さらにもう1本は子葉がしおれて今にも死にそうである。というわけで順調に育っているのは1本のみ。成長が遅いような気もするし、また7月いっぱいで枯れてしまう可能性は大きい。残りの種はないことだし、今年のアサガオは、例年と違ってずいぶんと寂しくなりそうだ。
Jul10_2010

ペットボトルのリサイクル

 全部で130を超える戸数から捨てられるペットボトルのおかげで、自治会に年間10万円以上もの収入があるのだという。これまで繰越金が毎年膨らんで、かなりお金がたまっている状態である。うまい使い道はないか、住民に還元できる方法はないかということで、非常用保存水ということでペットボトル入りのミネラルウォーターを買って配るという案が出た。そしてまたペットボトルを捨ててもらうわけである。妙案である。僕の仕事がまたも増えてしまうのだが。

独りで習い事

 これまで娘の英会話にはいつもどちらかの親がついて行っていたのだが、今日は独りで行かせた。両親ともに戻っていない時刻に独りで下校させ、独りで行かせる。その時、僕は大学にいたわけで、娘の携帯電話に電話をかけ、問題がないことを確認しようと思ったのだが、電源が入っていないか電波が届かないかでつながらない。少しばかり気になりながらも、まあ大丈夫だろうと思っていた。妻が帰宅するような時間になっても特に連絡は入らなかったから無事だったのだろう。どうも携帯電話の電源を入れるのを忘れていたようだが、特に問題はなかったらしい。次回以降も独りで行けそうだ。娘の携帯電話とは、防犯ブザーとGPS機能があり、両親の携帯電話と自宅との3個所としか通話できない近隣セキュリティシステム端末機である。

登山後の腹痛

 登山帰りの小田急線、運良く3人とも座ることができた。しばらくするとお婆さんが目の前に立ったが、席は譲らなかった。子供たちにも座ったままでいてもらいたかった。普段だったら譲るところだが、僕らの疲労度はかなりのものである。その疲労も一因だったかもしれないが、その後、腹が痛くなってきた。軽い腹痛かと思ったが時間とともに激しくなる。これはやばいと思った。終点一つ手前の南新宿を通過する際にはもうその場に倒れそうなほどになっていた。席を譲っていたら、ここで倒れてたいへんなことになっていたことは間違いない。そして新宿に到着。ホームに降り、ザックを抱えて座り込んだ。もはや一歩も動くことはできなかった。誰かの助けが必要だったが、話すことさえ辛い。すぐ近くに子供達2人がいるのだが役に立たない、というか何もしてやれなくて申し訳ない。迎えに来ていた妹から電話があり、ホームまで来てくれるよう頼んだ。間一髪だった。

山小屋初体験2日目

 起床は4時。ガスが出ていて御来光は期待できそうにない。子供達を起こして朝食の準備に取りかかる。パンと、お湯を沸かしてスープを作る程度だ。朝は僕らのほか5人ほど自炊していた。独りで来ていたおばさんは「父が同じように幼い頃から山に連れて行ってくれ、こんなになっちゃった」と言っていたが、うちの娘もこのおばさんのようにいずれは独りで丹沢の山奥に来て子供相手にこんなことをしゃべるのか。想像がつかない。みんな子供達にはとても親切で、そのことがなおさら子供達を山好きにさせた。特に甥。あんなに辛い思いをしてここまで来たというのに。予定通り5時に出発。僕らが最も早かったと思う。霧の中の出発だった。今日は、きのう歩いて来た道を忠実に戻る。2日目ということで疲れてはいるが、2人ともよく眠れたようで頑張って歩いてくれた。僕の方は荷が軽くなったが、きのうの重い荷物で肩が痛い。去年までは下りでスピードを出せなかったが、慣れてきたのか、とりわけ娘の方はすいすい下れるようになった。そして2人とも、登山道を見失わずに歩けるようになってきた。あせらずに、しかもあまり長い休みを取らないようにもくもくと歩き続ける。丹沢山、そして塔ノ岳へ。やはり激しいアップダウンはきつい。下山は大倉尾根ではなく、鍋割山稜へ向かった。大学生の頃、母と妹と歩いたことがある。2人からみれば祖母と叔母である。そんな道を3人で歩いて行く。鍋割山は山というほどの山ではない。ここでインスタントラーメンを作った。こんな物もこういう状況で作って食べれば最高の食事である。ゆで卵を作ったりして昼食にかなり時間を取られたので下山を急がなければならない。あとは本当に下るだけである。そして最後は長い長い車道歩き。この時ばかりは2人の不満は爆発していた。しかしとにかく歩かせなければ登山は終わらない。アイスクリームを買ってやると約束して元気を出させる。途中、休憩してツナの缶詰を食べていたらヤマビルが尺取り虫のように荷物に這い上がって来た。やはりヤマビルが出るのだ。意外と移動速度が速い。さすがに歩いている最中に靴から上がってくるとは思えないが、休憩中は要注意である。そう言えば今回、シカなどの動物には遭わなかった。そしてようやく大倉に戻ってきた。蛭ヶ岳からなんと8時間半の強行であった。
Jun06_2010

山小屋初体験初日

 娘も甥も疲れる登山には嫌気がさしていたようだったが、山小屋に泊まるという計画に飛びついて来た。梅雨入り前にどこかに行きたいと思っていたが、大人も子供も忙しくてなかなか2日連続で空いている週末がない。ようやく見つけたのが今日明日で、家から見える丹沢に久しぶりに行ってみることにした。大倉尾根を登るのは高校生以来となる。当時、先生を含めて7人のパーティーで塔ノ岳まで3時間40分かかったが、僕ら3人もちょうど同じだけの時間をかけた。やはりこの登りが一番辛かっただろうか。花立でミカンの缶詰を開けた時は2人とも大喜びである。この旨さはこういう状況でなければ味わえない。塔ノ岳登頂の喜びももちろん大きかった。持参した昼食を食べ、いよいよ丹沢主脈縦走である。この先、登山客の数ががくんと減るが、それでも週末とあって少なくはない。白や濃いピンク色のツツジがきれいである。甥は「将来、登山家になる」なんて言い出したから、「死ぬからやめろ」と説得したら意外と素直に従った。一昨年の筑波山、去年の妙高山、そして今回のように何度か山登りに誘ったことが遠因で事故でも起こされたら妹に合わす顔がない。僕が子供達に教えたいのは登山というよりもむしろ、こうやってみんなで苦労して登る楽しさである。自宅から眺めると、塔ノ岳から丹沢山、蛭ヶ岳までの稜線はほとんど平らなのだが、実際には激しいアップダウンの連続である。子供たちの荷物は減らして、僕はかなりの量を背負っている。3人合わせて飲み物は4リットル、炊事用の水をさらに4リットル持ち込んだ。かなり辛かった。2人とも去年よりも体力がついているので常に僕が遅れる。次回からは重いのを持たせるから覚悟していろよと歯を食いしばる。丹沢山まではまだいいが、蛭ヶ岳まで歩くのはそう簡単ではない。今回、記録用に安いボールペンを持って来ていたのだが、途中でインクが全てポケットの中に漏れてしまった。ズボンがもう使えないのは仕方がないにしても、記録を取れない。しかしちょっとしたメモを取るにはiPhoneが使えた。そしてようやく丹沢最高峰蛭ヶ岳に着いた。ここも高校生以来である。途中ぱらぱらと雨に降られたこともあったが、合羽を着るほどのこともなくたどり着いた。麓の大倉から8時間である。よく頑張った。周りの登山客も子供たちがこんな山奥まで歩いて来たと知り、びっくりしてくれる。しかもあの通称バカ尾根、大倉尾根を上がって来たのだ。褒められれば子供達も得意気になり、ここまで頑張ったことを素直に喜ぶ。僕の方も「いい体験をさせてあげていいお父さんだ」と言われるので悪い気はしない。娘よりも甥の方が背が低いので姉と弟だと思われるが、いとこ同士である。甥は父親の記憶をほとんど持っていない。伯父である僕がせめてこんな体験をさせてやらねばと思っている。それでも、子供たちがここまで頑張ったのは山小屋に泊まるという単純な夢を持っていたからである。蛭ヶ岳山荘は山頂のすぐ脇である。なんと子供達は無料だった。来年来ていたら素泊まりで2,500円ずつ取られるところだったが、僕の5,000円しか取られなかった。今夜は30人ほどの宿泊で、そこそこ込んでいるが、寝るにはじゅうぶんのスペースが与えられる。子供達にはベッドのようになっているロフトスペースが与えられた。宿泊料も払わずに、登頂証明書をもらったり、至れり尽くせりである。自炊は僕らともう1組だけだった。レトルトのカレーを持って来たが、ご飯はコッヘルで炊いた。我ながら会心のでき栄えだった。こんなおいしいご飯は本当に久しぶりである。子供達も喜んでくれた。いずれはこいつらの炊く飯を食ってみたい。8時消灯とのことだったが、7時過ぎには眠りに就いた。
Jun05_2010

魚を捕まえる喜び

 きのう、ペンシルベニア大の梶教授の講演があった。Nirenbergの遺伝暗号解読との関わりの話や、こんなことも言っていた。他人がやっていないことをやる方が、有名にはなれないかもしれないけど科学者としては面白い。子供の頃、魚を捕まえるために川に仕掛けのあるかごを沈めたという。翌朝、フナか何かが入っているか、わくわくしながら引き上げ、入っていれば大喜びしたものだと。そんなつまらないことで。しかし、研究の喜びとはそれとたいして変わらない。こうしたらどうなるかと実験を組み立てやってみる。たいていは予期した通りには行かず、また失敗することの方が多い。懲りずに何度も挑戦する。そのうちに何かを見つけて大喜びである。講演の後、幸いにも先生と直接話す機会を得た。80歳だという。確かに爺さんらしい話しっぷりだったが、まさかそんなにも高齢だとは思わなかった。米国では法律で首にできないことになっているから、いつまでも働けるのだと言う。もちろん研究業績あっての話である。

頭痛

 ここ1週間ほど、原因不明の片頭痛が続いていた。そしてきのうは頭全体が痛かった。これまで頭痛に悩まされることなどほとんどなかったのにどうしたことか。昨夜は早めに床に就いた。それが良かったのか、今日にはすっかり良くなった。いったいなんだったのか。歳をとって、体のあちこちにガタがきているのは事実なような気がする。

児童の呼び方

 土曜日、娘の授業参観に出て、びっくりしたことがある。女の子も男の子もみんな、先生から苗字に「さん」を付けて呼ばれるのである。去年まではそんなことはなかった。男の子は「君」を付けて呼ばれていたし、うちの娘は苗字でなく名に「さん」を付けて呼ばれていた。何かあったに違いない。僕は小学生の頃、名を呼び捨てにして先生から呼ばれていた。なかなかこういう例はなく、先生にから親しみを持って呼ばれているようで誇りに思ったものである。小学生の男が、友達や先生から「さん」なんかで呼ばれたら、気持ち悪くてしかたない。

キャンパスのアジサイ

 初夏とは思えぬ今年の5月だったが、いよいよ6月となった。衣替えはまだ先でもいいような感じである。しかし大学のキャンパスのあちこちに植えられているアジサイは、つぼみがどんどん大きくなり、花を付け始めた。青いの赤いの、そして僕の好きな青いガクアジサイもある。東京はツツジの花が終わると、いよいよアジサイの季節である。大学内に限らず、街のそこらじゅうでいろいろなアジサイの花を楽しむことができる。
Jun01_2010
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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