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理解されない僕の子女教育

 品川駅前にあるホテルパシフィック東京は本日をもって閉館となるらしい。そんなわけで昨夜は、博士課程の頃の研究室のメンバー4人で、その中にある中華料理店に行った。男は僕1人で最初はおとなしくしていたのだが、娘の教育の話になると熱が入ってきた。特に新体操を習いたいということに対して大反対した件では、いつものように厳しい批判が浴びせられ、こっちとしても頑張って反論する。楽しい議論ではあったが、残念ながら、うまく説得できたとは思えない。でも、そんなことはどうでもいい。僕の願いは、突き詰めれば毎日の育児を楽しむことであり、そして娘や息子の幸せである。
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研究のアシスタント

 短期間ではあるが、大学が育児中の教員に教育・研究活動を技術的・事務的に支援する補助者を付けてくれるとのことで、僕もこの恩恵に浴することとなった。かといってあてがあるわけでもないので、大学の卒業者の中から探してもらい、今日、面接をして話した。英文科卒のけっこう年配の方で、翻訳などの仕事を家でしているらしい。TOEICの点数ではかろうじて僕の方が上回り面目を保った。ちょっと元気がなさそうなのが気になったが、来月から3ヶ月間、息子の育児で時間が取れない分、研究の手伝いをしてもらおうと思っている。さて、生物学もプログラミングもよく分からない彼女に何を手伝ってもらうか。そこが問題だ。

日本人の居眠り

 学会最終日。自分の30分はあっという間に過ぎるものだが、つまらない講演を聴く30分は異様に長い。信じられないくらいに。そしてどうしても眠くなってうとうとしてしまう。けっこう長い間眠ったかと思っても、まだ講演は続いている。今日、研究の打ち合わせも含めてインド人としゃべったのだが、彼女はどうして日本人はこんなにも居眠りをするのかと半ば嘆いていた。確かにそうかもしれない。僕も決して例外ではないし、カナダの地下鉄でうとうとしている人などめったにいなかった。

学会中日

 若い頃は前の晩に飲んでも大した影響はなかったのだが、最近は翌朝起きるのが辛い。つまり飲むとその晩と翌朝は何もできなくなってしまう。歳のせいか、それとも気合いの問題か。そんなわけで、今日は軽く食事でも取って帰ろうと思っていたのだが、そうも行かなかった。早稲田駅の近くで男3人、ビールを飲んで夕食を取り、帰ろうと思ったのだが、誘われて別な店へ。うちの大学の学生と大学院生も加わり、今夜も帰りが遅くなった。学会は明日まで。

早大で国際学会

 午前中、小学校の運動会に顔を出し、娘の最初の種目だけを見て、学会会場に向かった。短距離走が見られなかったことが特に残念である。今日もいい天気である。早大の中央図書館とつながって井深大記念ホールと呼ばれる国際会議場がある。そこが今回の会場である。国際学会での30分に及ぶ口頭発表。一度、学内における英語でのセミナーで発表しているので、それほど負担はなかったが、独りで何度も練習した。最大の問題は、時間通りに話し終えることである。原稿を用意して、その通りはしゃべらないにしても、あまりに逸脱してあれこれと話し出して時間オーバーというのがありがちなパターンである。今回は5分でこのスライド、10分でこのスライドというように頭に入れていたのだが、iPhoneのストップウォッチを押すのを忘れて話し始めてしまったため、また本番はスライドの時間配分を気にする余裕もなく、とにかく時間内に終わるように早口でしゃべった。質問も3件ほど出て、とりあえず無事に終わった。そして学会の軽いパーティーの後、懐かしい面々と早稲田の街に飲みに繰り出した。
Sep26_2010

順延になった娘の運動会

 とてもいい天気になったのだが、娘の小学校の運動会が順延となった。もともと今日の土曜日に予定されていたのだが、天気が悪くなるとの予報のためか、金曜日の午後には決定が下され、保護者にはメールにて連絡が届いた。問題は明日の学会と重なることである。しかも国際学会の口頭発表。もろにぶつかってしまった。まさか娘の運動会を理由に学会をサボるわけにはいかない。仕事で子供の運動会など出たことがないという話を良く聞く。これまで幸い、カナダにいたことを除けば全ての運動会で歓声をおくり、娘の勇姿を写真やビデオに収めることができた。明日は自分の発表の時だけ参加するとしても、最初の演技しか見てやることができない。

ついに壊れたポケットコンピュータ

 最近、ポケコンの電源を入れても、何も表示されない。起動しているのだが、どうもディスプレイ機能に問題があるようだ。もはや時々、電卓代わりに使うだけだったので、いよいよ捨てる時が来たか。このポケコンは大学1年生の時に買ったシャープ製PC-1490Uという物で、20年も動いてくれたことになる。当時、授業ではFORTRAN 77を習っていたが、なんだか良く分からないので自宅でも勉強したいと確か2万円ほどで購入し、BASICはこれで覚えた。プログラミングにおける判断や繰り返しなどの制御も、このBASICで初めて覚えたと言っても過言ではない。8ビットのCPUで、メモリはFDの1割もない。それでも僕の大学生活において大きな役割を果たしてくれた。もはやポケコンでプログラムを組むなどということはないし、ちょっとした関数電卓だったらiPhoneにも付いている。長い間、よくここまで壊れずに付き添ってくれたものだ。
Sep24_2010

トマトの開花

 野菜くずを肥やしにしているためか、毎年、トマトの芽が自然と出てきて育てるのだが、今年も例外ではない。しかし、育て始めたのがいつもよりちょっと遅かった。今頃になってようやく花が咲いた。今年の夏は暑かったが、これからは涼しくなってしまうだろう。赤くておいしいトマトが実るか否か。ちょっと心配。
Sep23_2010

録音される

 学生と一緒に論文を読み始めた。僕にとってはちょっとだけ新しい分野になるが、これまでやってきたことと関連がないわけではない。一方、学生にとっては、特に情報系の学部学生であるので、全く新しい分野への挑戦である。英語を一文一文読ませ、日本語に訳させ、英語を理解した上で著者の言いたいことを理解できているかを確認する。必要に応じて、僕が生物学的な事柄の解説をする。まだまだ駄目だなと思わされる反面、驚かされるようなこともいくつかある。例えばその一つが、始める前に録音したいと言って、iPhoneで全会話を録音していること。かつては僕も大学生の頃、そんなことをしたいと思ったこともあったが、マイクの性能やデバイスの大きさ、コストの面から難しかった。今やiPhoneを使えば簡単である。そして場合によっては、僕が死んでも僕のその解説は残る。そんなことはどうでもいいのだが、問題は、彼女がそれをどれだけ有効利用するかどうかである。一年後、どう成長しているのか楽しみだ。

富士登山失敗に対する反省

 登山において、登っている途中で計画を変更することは良くあるが、どの頂上にも立たなかったということはあまりない。それゆえに富士登山を途中で断念するということになると、全く目的を果たせずに下山するということを体験することになる。もちろん登頂することだけが目的ではないが、富士登山ともなれば日本一の山に登ってなんぼといったところはある。このメンバーで登れないことは覚悟はしていたが、やはり落ち込んでの下山となった。富士山はこれまで2回とも剣ヶ峰まで登頂していたこともあり、甘く見ていたのが最大の原因であろう。これまで同様、日帰りで日程を組んだのが良くなかった。3連休を利用しての、しかも絶好の好天に恵まれたのだから、小屋泊まりを検討するべきだった。レンタカーの利用を24時間としてしまったのも、途中で下山の決断を下す大きな要因となった。次妹の体力、気力、そして高所恐怖症も想定外だった。実は今から23年前、その妹を含めた家族4人で同じルートを登っている。幼稚園児であった妹は、強風のため七合目手前で泣き出し、両親とともに下山した。良く頑張ったと思っていたのだが、今やあの頃の面影はない。娘の頭痛は、下山後も続いていたので、高山病であったかどうかは疑わしい。前日も頭痛を訴えていたし、体調が良くなかったのだろう。そして僕も風邪を押しての山登りで、下山後の夜は悪化してしまった。そんな状況で先に進んだ甥と長妹の気力が、空気の薄い中で持続されることはなかった。次の挑戦がいつになるのか、またしても天気に恵まれるとは限らないのだが、最低限、今回の失敗を良く省みて、家族とともに日本一の頂を目指さねばなるまい。
Sep21_2010

些細な親孝行

 この3連休、初日は準備で、中日は富士登山、そして最終日の今日はお疲れ休みである。その程度にしか思っていなかったが、今日は敬老の日ではないか。もはや僕の祖父母、義理の祖父母を含めると8人は全て死んでしまい、対象は両親、それから義父、義母であろう。先日、プレゼントなんかよりも家族とのコミュニケーションの方が望まれているという話を読んだ。確かにそうだろう。今回の登山では、娘は祖母、僕の義母にもらったザックを初めて使ったということもあり、報告の電話をさせることでちょっとした親孝行をすることにした。娘は、電話越しだとかなりぶっきらぼうなのだが、幸い、両祖父母と話をすることができたようである。4人とも富士山の八合目より上に行ったことがあるとは思えないから、未体験の話を孫から聞くことができたはずである。

家族で富士登山

 中央道河口湖ICから富士スバルラインに入り、真夜中の樹海を進んで高度を上げて行く。途中、何頭かのシカを見た。そして五合目には都心部からほんの2時間ちょっとで着いてしまった。正確には五合目の駐車場から800mほど手前で止められた。信じられない話だが、満車なのだという。9月もそろそろ下旬であるというのに。辺りは真っ暗で、天の川が夜空を真っ二つに分け、満天の星空が広がっていた。半袖半ズボンではかなり寒かったが、そのまま1時間ちょっと仮眠を取った。ここはすでに標高2300mであり、この高度に慣れるためにもじっとしていることには意味がある。4時に起きて朝食。5時前にはやや明るくなってきたので出発。もちろん長袖長ズボンでないと寒くて歩けない。五合目から先、泉ヶ滝までは下りである。左側にはどこまでも続く雲海。そして泉ヶ滝に着く頃、真っ赤な御来光を拝むことができた。この先は山頂まで登りが続く。小学生2人を連れているので、高山病を恐れ、ゆっくりゆっくり進む。甥は興奮して前日はよく眠れなかったらしく寝不足状態であり、最初は調子が悪かった。心配したが、次第に調子が出て、むしろ前を歩くようになる。しかし、次妹の方の体力と気力は予想以上に弱かった。それに加え、高所恐怖症だとか言って、岩場をすいすいと登れない。最初に登頂をあきらめたのはその次妹だった。七合目を超えると、娘が「頭が痛い」と言い始めた。恐れていた高山病か。実はきのうも頭痛を訴えていたので、別な原因も考えられたが、今回は子供が高山病の症状を示したら登頂を潔くあきらめるつもりだったので、もはやこれまでだ。しかし八合目までは登れと励ました。次妹もなんとか頑張る。そして5人、八合目の太子舘にそろった。やはり富士登山を楽しみにしていた長妹は未だ元気そうで不憫に思えたので、甥と親子2人でせめて吉田口の頂上までは行かせることにしたが、僕がいないと不安なようで、娘と次妹を残し、後から追いかける。早足で八合目を登って行くとやはり息が切れる。もはやここは3000mを超えており、普通の山とは違う。急いではいけない。それでもすぐに妹親子に追いついた。甥は元気そうだったが、もはや気力がなかった。空気が薄いし、やる気をなくした仲間の存在も大きい。最も気合いが入っていたと思われる長妹も「ここまで登れて満足」と言い出した。僕としては、最高峰剣ヶ峰まで行く時間がじゅうぶんに確保できないことにやる気を失ってしまい、下山を提案した。絶好の登山日和ながら八合五勺にも至らなかった。太子舘から5人そろって下山ルートに抜ける。初秋の炎天下の中、延々と続くジグザグの砂利道を下って行く。登山慣れしていれば、こんな下りなどひょいひょいと下って行くものだが、家族山行ではそうはいかない。登りはゆっくりでほとんど疲れるようなことはなかったが、この長い下りで疲れ切ってしまった。
Sep19_2010

富士登山前日

 朝、富士山がきれいに見えた。明日の今頃はあの山に登っている。明日もこれだけ天気がいいといいのだが。これで3度目の富士登山となる。今回はずっと前から富士山に登りたいと言っていた妹達のために、そしてそれを利用する形で、娘にも、そして甥にも、日本で飛びぬけて一番高い山に登らせる。込んでいる8月は避けたいのでこの時期になった。体力的な準備はしてこなかったが、新田次郎の『芙蓉の人』、『凍傷』、『蒼氷』、『富士山頂』を読んで精神的な準備はばっちりである。ところが、おとといからの喉の痛みに加え、今日はなんか熱っぽい。朝は大丈夫だったのだが、午後には37度を超えていた。午睡後、車を借りに。再度眠って、真夜中に出発。富士スバルライン五合目を目指す。
Sep18_2010

臓器提供意思表示

 健康保険証が新しくなった。5ページ目に臓器提供意思表示欄があり、驚かされたが、さっそく臓器を提供する意思を表明しておいた。全くおかしなもので、意思表示カードと、運転免許証の裏面に貼るシールに署名しているので、これで3ヶ所目となる。正直言って、他人の臓器を移植してまで患者の命を救おうとする医療行為には疑問を感じざるを得ないのだが、法整備がなされこれだけの実績がある現状においては、社会の流れに乗っていた方がいいというのが僕の考えだ。家族だけの同意による移植も多くなっているので、自分の考えは生きているうちに示しておいた方がいいだろう。もっとも、脳死だろうと何だろうと、死んでしまった自分の肉体をどうされようと、そんなことはどうでもいいのだが。

メダカとエビの新天地

 水槽を買って、娘にメダカとミナミヌマエビを小学校の教室に持って行かせ、世話をさせていたのだが、どうもたいへんらしい。とりあえず夏休みは家に持ち帰らせ、どうしようかと悩んでいたのだが、やはりこれ以上世話をさせるのは断念することにした。先日の息子の保育園の保護者会で、このことを話してみたら、保育園で世話をしてくれるというので、水槽ごと渡したのが3日前。今のところ、メダカも、ミナミヌマエビも、そしてカボンバも元気にしている。新天地で元気に育ってくれるといいのだが。

無料ウェブサイトサービスの終了

 ふとスパムのフォルダを眺めていたら「【重要】インフォシーク iswebライト 終了のお知らせ」というメールが目についた。Infoseekから来るメールはどれも迷惑メールとして分類していたのだが、これは文字通り重要だ。派手な広告が入るとは言え、CGIまで利用可能な無料ウェブサイトを長年利用させてもらってきたが、ついにサービスを終了させるらしい。有料サービスは存続するので移行すればいいのだろうが、そんなことには1円たりとも払いたくない。ということで、別なサイトに移動させなければならない。来月いっぱいまでなので、早めに気付いて良かった。ともかくInfoseekにはかなりお世話になった。このサービスを利用してコミュニケーションを取った友人は数知れず、それどころかここに開設したサイトをきっかけに新規に知り合いとなった友人も何人かいる。突然データが消えたり、予告なしにサーバが止まったりしたこともほとんどなかった。

ミス・ポッター

 ちょっと勉強したことがすぐに役立つことなんかが良くある。特に興味があったわけでもないのだが、この前、ピーターラビットの作者ポッターと、そのゆかりの地について話を聞いた。日本人はあまり寄付をするという習慣がないため、そこの維持管理のための寄付をしてくれないからどうのこうのでちょっとした問題が起っているそうだ。それからすぐ、BSで"Miss Potter"という、その作者の人生を描いた映画をやっていた。ハードディスクに録画だけしてそのままにしていたのだが、ただ消してしまうのもと思い、見てみると、なかなかいい映画だった。ポッターなど聞いたこともなかったがそれがまた良かった。

アクアリウム完成

 大学の居室に、10リットルの水槽、ミナミヌマエビ8匹、カボンバ2株、メダカの稚魚17匹を無事に運び終えた。週明けの今日、確認してみたが、特に異変は起っていないようだ。動き回るメダカを17匹も数えるのはたいへんで、ちゃんと確かめたわけではないのだが、どれも無事であることを祈る。今日はイワシの稚魚を餌として与えた。こいつらの世話で仕事ができないほどになってしまっては困るが、疲れた時のちょっとした息抜きになればいい。青々としたカボンバや、水槽の中を動き回るエビやメダカを眺めるのは心が安らぐひとときである。

寺田屋騒動

 毎週、NHKの大河ドラマ『龍馬伝』を見ている。ついに寺田屋騒動で坂本龍馬が大怪我を負うところまで来た。薩摩藩士らに救助され、伏見の薩摩藩邸に運ばれる。今から2年前、やはり当時の大河ドラマに魅せられて伏見近辺を独りで歩いたことがある。寺田屋から薩摩藩伏見屋敷跡、この辺りを龍馬はほっつき歩いていたわけだ。それから2年もたたずに龍馬は暗殺される。その近江屋跡にも足を運んだ。こちらは京都の街中である。4話ごとにDVD1枚に保存し、すでに9枚になった。また見ることがあるのかどうか疑問だが、ここまで来たら、最後まで保存するしかない。
Sep12_2010

保育園の保護者会

 息子の通う保育園の保護者会があり、娘には家で留守番をさせ、親子3人で参加した。同学年は7人で、ほぼみんな家族3人での参加であった。毎朝いつも合わす顔は決まっているので、こういうイベントでもないと全員と知り合いになる機会はない。みんな共働きで育児真っ最中。ほとんどが第1子なので、小学生の子供がいるうちらはいつの間にかかなり年寄りになってしまった。担任の先生のうちの息子へのコメントを一言で言うと「探究心が旺盛」。他の子と比べて確かにそういった傾向があるのか、それとも両親ともに大学に勤めているということで、先入観が入ってしまってのコメントか。

音楽の才能

 娘が小学校で合唱のピアノ伴奏に抜擢されていたのだが、なんらかの理由でその曲をやらなくなってしまったらしい。全く残念である。しかし実力があればまた機会は巡って来るだろう。最近はソナチネアルバムまで進み、文句は言いながらも毎日頑張っている。僕の妹も、特に下の方の妹は暇さえあればピアノの練習をして、天才少女と呼ばれていたこともあったらしい。しかし決して天才などではない。毎日の練習の積み重ねの成果である。音楽に関しては殊に才能がどうのこうのという輩が多いが、これまで成功してきた人たちの陰にはたゆまぬ努力があったに違いない。実は先日、映画"Amadeus - Director's Cut"を見た。ところどころ記憶があるので昔、どかかでオリジナル版を見たのだろう。サリエリの平凡さでモーツァルトの天才ぶりが巧みに描写されている。かのモーツァルトも父から厳しい特訓を受け、天才と呼ばれたわけであるが、奴は確かに天才であったのかもしれない。残念ながら僕にはそれを評価できるだけの能力がないのだが。

傾聴のスキル

 先日のコーチング講習会で本間氏は夫婦間の会話についても何度か話を振っていた。円滑にコミュニケーションを取るには、向こう側はともかく、こちら側で傾聴のスキルと質問のスキルを意識する必要がある。時々、妻が何が言いたいのか良く分からない話をだらだらと語ることがある。「いったい何が言いたいんだ」と思うのだが、決してそんなことは言ってはいけないと。人には共感欲求と有能性の証明欲求というものが潜んでおり、特に前者は女性で、後者は男性において顕著だが、必ずしも女性や男性に限ったことではないというが、確かに女性には共感欲求が強いのだろう。理系で、研究をしている妻も例外ではない。ただ聞くのではなく、あいづちを打ちながら、時にはうなずいて、要点など求めず共感している様子を示せばいいのだ、いやそれがきわめて重要だ。新聞を読みながら黙って聞いていては相手の共感欲求は満たされない。

雑菌が増えた自家製ヨーグルト

 カスピ海ヨーグルトがはやっていた頃、分与してくれた友人が教えてくれた。「変な臭いがし始めたら、種菌を凍らしてから再び起こすとおいしいヨーグルトができる」と。冷凍した場合、クレモリス菌も雑菌も多くは死ぬのだろう。その一方で一部は生き残る。再び、室温で醗酵させれば、その条件で増えやすいクレモリス菌が優勢に増えていいヨーグルトができるのだろう。この前、冷凍保存していた自家製ヨーグルトの種を起こしたばかりだったのだが、すぐに悪臭がする変なヨーグルトになってしまった。それでも娘と僕は頑張って食べたのだが、もはやこれを種に作り直したくはない。そこで一度、凍らせてみることにした。そして増やす際には、冷房の利いた涼しい部屋で醗酵させた。すると再びいいヨーグルトができた。息子も砂糖なしで喜んで食べる。この猛暑でクレモリス菌だけでなく雑菌も増えてしまっていたようだ。どんな雑菌だったのか、顕微鏡なんかで見たら卒倒してしまうかもしれない。

オクラの収穫

 今年、小学校でホウセンカかオクラのどちらかを育てることになったらしい。娘は何の迷いもなくオクラを選んだ。花より団子、つまり食べられる方を選んだわけだ。そうはいってもオクラは実だけでなく、かなり見栄えのする花も付ける。最初、ちょっとだけ学校で育てていたようだが、家に持ち帰り、娘はそんなに興味があるわけでもないので、いつの間にか世話係は僕になる。化学肥料も少量与えたし、息子の排泄物を肥やしにもした。そしておととい、初めての収穫。そして今日ももう1本を摘んで家族で食べた。せっかくだから息子にも食べさせた。量は少ないが、格別の味である。残念ながらもうこれ以上実りそうもないのだが、このオクラ、どう処分しよう。
Sep07_2010

娘のデジタルアルバム

 娘が生まれてからこれまで、いや生まれる前の胎児の頃から、写真などをHTMLで整理して成長アルバムを作ってきた。プライベートなものだが、友人に一部を見せてやったりすると誰しもが驚いてくれる長年にわたる自慢の作品とも言える。写真や動画などの数は5000近くに及び、それらを300以上のHTMLで表示している。全体で3GiBをちょっと超える程度なのでもちろんCDには入らず、DVDであれば1枚に収まる。古い写真は画質が低く、また当時は高解像度の写真を一度に何枚も表示できるわけでもなく、モニタの画面解像度も良くないので、徐々に表示方法を換えてきた。技術の進歩とともに歩んできたデジタルアルバムである。できることなら成人するまで、あるいは嫁に出すまで作ってやりたかったが、同様なことを息子にもやってやろうとすると負担がかなり大きい。先月を持って、この作業は終了することとした。これからは娘自身に任せる。それができるだけ娘はいつの間にか大きくなってしまった。そして子供を持つような歳になれば、今は理解してもらえない父親の思いを、たとえ僕が死んでいても感じ取ってくれることだろう。
Sep06_2010

日本芝の栽培

 我が家の西洋芝が害虫により絶えて久しいが、ちょっと前に、家の前の公園の芝生から道路に向かって伸びている匍匐枝を1本抜いて、ベランダの鉢に刺してみた。なんか最近、それが元気良く成長して、次から次へと匍匐枝、ガーデニング風に呼べばランナーを四方八方に伸ばしている。匍匐枝を伸ばすことからしてこれは日本芝である。日本芝は西洋芝と比べ、この匍匐枝で勝手に増えてくれる、刈る必要がない、夏の高温に強い、病害虫に強いなどといった長所があるが、冬はあの美しい緑を失ってしまうのが玉にきずである。葉が若干硬いのも、これまで西洋芝を育ててきた僕としては気になるところではある。とにかく今日はこれを植え換えてみた。ひょっとしてこのクローンが、うちのベランダをきれいに覆い尽くすことができるか。
Sep05_2010

海からの贈物

 友人がしみじみといい本だと紹介してくれたのが、リンドバーグ『海からの贈物』、大西洋単独横断飛行を成し遂げたリンドバーグの奥さんの著書である。彼は、どんな状況でこの本が書かれたかの背景も話してくれたのだが、訳者のあとがきにも書かれているように、実際にはただの一人の女性という立場で書かれている。非常に薄い本ではあるが、僕の感覚からするとこれは非常に長い詩である。そして頑張って読んだのだがなかなか集中して読みふけることができない。どうしても気が散ってしまう。著者の言いたいことが分からないわけではないし、簡素な生活を求めることには大いに共感できるのだが、ああいった世界にのめり込めない。やる気のない状態で現代文の長文問題を解かされているような高校生の感覚がよみがえった。三分の一ほど読み進んだところで、情けないことだがこれ以上読むことを断念した。最も印象深かったのは、聖者が結婚しない理由を禁欲などではなく何よりも気が散るということを避けたかったためだと理解したという個所である。それは著者の特異な体験に基づく解釈であるとは思うが。

コーチング講習会

 本間正人氏の講習会があったので参加した。タイトルは「学生の学ぶ意欲を引き出すコミュニケーション」というものでなかなか興味深い。学生の学ぶ意欲を引き出すことの重要性はもちろん分かっているのだが、コミュニケーションに重点を置いた講演で、僕のこれまで考えてこなかった視点からあれこれと自論を展開していた。ティーチングとコーチングを区別し、特に後者ではすでに内部にあるものを引き出すものであると言っていた。これから猛威をふるうであろうインターネットや電子媒体を利用した教育ではなしえない、人と人とのコミュニケーションによる学習の重要性を強調していた。今回聞いた話は、学生はもちろん、子供たちに対しても通ずるものである。それだけではない。大学教員である僕自身に対しても。

ピアノをやめたい

 夜、娘がピアノをやめたいと駄々をこねた。そう言うのも無理もない。練習を始めてから今日まで、ピアノを弾かなかった日は片手の指で数えられるほどしかなかったことだろう。僕がバイエルを教えること1年半、そして先生について習い始め、まだ2年にもならないが、最近はソナチネアルバムまで進んだ。日々の遅々とした進歩を見ているといらいらしてしまうのだが、長い目で見てやると、驚嘆すべき実力である。これも短時間ながらも毎日欠かさずに頑張ってきたがゆえのことである。他にもいろいろやりたいことがあって、ピアノの練習を後回しにすると、どうしてもねぼけまなこをこすっての練習となる。ピアニストやピアノの先生になりたいわではないから「ピアノなんて将来何の役にも立たない」と言い、やめたくもなる。しかしピアノを弾くことは楽しいはずだ。それを親子で分かっていたから、ここまで頑張ってこれたのだ。最近は放ったらかしで、「早く練習して寝ろ」と怒鳴るだけだったが、ピアノを弾くことの楽しみを再確認してやらなければならない。

花期を終えたアジサイ

 花期を終えたアジサイは目立たなくなりながらも無残な姿をずっと残すことになる。この夏は猛暑のため、葉もだらりとしている。しかしながら今朝、大学内の多くのアジサイが剪定されていることに気付いた。来年も程よい高さにきれいな花を咲かせるためには重要な作業かもしれない。慌てて、まだ剪定されていないアジサイを写真に撮った。そうしたら後で、学生から「何の写真を撮っていたんですか」と聞かれてしまった。見られていたか。ちょっと不審な行動だったかもしれない。
Sep01_2010
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Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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