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誰の何のための授業か

 僕の授業に出てくれている学生とちょっと話した。回を重ねるにつれ、出席しない学生が増えてきている。特に授業の最初。朝9時からなので、彼女たちにとってたいへんなのは、僕自身の大学生時代を思い出せばよく分かる。やらなければならないことが多いので、9時ちょうどに始め、最初にけっこう重要なことを話すので出てきて欲しいのだが、顔を出しているのは半分もいない。大半の学生にとっては必修の演習のはずなんだが。そんな状況でどうやら不満が出てきているようだ。真面目に出席している学生からである。博士課程の後半や、ポスドクくらいにもなれば、そういった平等思想はなくなると思うが、彼女たちはまだ若い。出席を取るなりして、そういった不満が出ないような配慮が必要だったかもしれない。
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生き物の売買

 先日のフリーマーケットでミナミヌマエビを購入してくれたお父さんに会ったので「どうですか」と声をかけてみたら、神妙な顔つきをされた。まさかと思ったが、やはりそうだった。全滅してしまったと言う。息子さんと楽しんで育て始めたのだが、餌のやり過ぎで水が汚れ、それが原因らしい。真相ははっきりしないが、もっともらしい原因だ。多少は責任を感じ「たくさんいるのでただでもっとあげます」と言ってみたが、乗ってこなかった。生き物を買い、すぐに死なせてしまったことに対して奥さんが厳しく言っているらしい。どこも女性は同じようなものだ。それはさておき、生き物を売るにはちょっと無責任だったことを反省せざるを得ない一件となった。

懐かしい芋煮会

 父が何回かに分けてサトイモなど、秋に収穫された野菜などを送ってくれる。妻は自分の立てた計画に従って、食料を調達し、料理するから、そんな物には目もくれない。僕が何かしなければ腐らせてしまうことになる。というわけで、ここ何回か芋煮を作った。東北地方では秋の風物詩と言ってもいい。芋煮の本場と言われる山形出身の妻からすれば、僕の作るのはただの豚汁に過ぎないらしいが、そんなことはともかく、自分が作った芋煮の味は格別である。会社に勤めていた頃、博士課程の学生の頃、こっちでも2回ほど野外で芋煮会を開催したが、それっきりだ。近いうちにまた企画して、バーベキューをすることしか能のない奴らに、あの独特の雰囲気を味わせてやらねばならぬ。

川越へ日帰り旅行

 家族3人、カナダで暮らしていた頃は、毎週末欠かさずどこかに出かけていた。月に1度の泊りがけの旅行も欠かしたことはほとんどなかった。それに比べ最近はどこにも出かけていない。つまらないことで忙しく、また赤ちゃんが産まれたということもある。娘が泊まりがけでどこかに行きたいと言い出したのも無理はない。よしそれならばと、日帰りで川越に行くことにした。今年、サクラが咲いている頃、友人の結婚式で初めて訪れたのだが、今度は家族みんなでゆっくり見て回りたいとの思いからである。クレアモールから大正浪漫夢通りを通り、蔵づくりの街並みへ。なんか最初に見た時ほどの感動がなかった。妻と娘にはどう映ったか。ベビーカーの息子だけは妙に楽しそうだった。時の鐘は思ったよりも小さい。中に入れるのかと勝手に思っていたが、大勢の人が入れるような大きさではなく、開放されてもいない。娘がソフトクリームが食べたいと騒ぐから、名物の紫いもソフトを食べるように言ったが買ったのはバニラ味。歩いて川越城本丸御殿へ行ってみると工事中のため閉鎖されていた。もともと娘は、紅葉が見たいと言っていたので、次は喜多院まで歩く。期待していた大自然の紅葉とは違い、庭園の紅葉だったがなかなか見事である。年賀状に使えそうな家族4人の写真も撮ることができた。最後に五百羅漢を見て、駅まで歩く。あまり楽しくなかったかと思ったが、娘は日記に「楽しかった」と書いていた。
Nov27_2010

今年のメダカの稚魚

 今朝、研究室のメダカが泳いでいなかった。ようく探してみると水槽の底の方で横になっている。かろうじて動いてはいたが、もう駄目だろう。そして夕方、死んでひっくり返り、水面に浮いていた。後はミナミヌマエビの餌になるだけだ。17匹もいたメダカの稚魚。3匹になり、2匹になり、1匹になり、そしてその1匹も孵化から2ヶ月半で死に、1匹たりとも成魚になることはなかった。初夏に生まれたのも含め、今年のメダカの稚魚は全滅である。なぜ元気に育ってくれなかったのか。

鈍い腹痛

 夕方の会議の途中から、お腹が痛くなってきた。激しい痛みではなく、鈍い痛みがずっと続く。家に帰っても治らない。妻にはまたかと「頼むから早く病院に行って胃カメラを飲んでくれ」と頼まれる。確かにいずれはそうしなければいけないことは分かっているのだが、胃カメラを飲む勇気が未だに持てない。いつも、ちょっと我慢すれば治ることだし。今夜はもう何もする元気がない。布団に潜ることにした。

CDの傷

 息子は機械いじりが大好きである。ほとんど使わなくなったVHSレコーダは挿入部にガムテープを張って指を入れられなくしてあるが、CDラジカセ、DVDデッキなんかは恰好の標的で、すぐにいたずらされる。今日はそこからCDを取り出し、その辺に転がして踏んだり蹴ったりでもしたのか、CDが傷だらけになった。娘の英語教材である。このぐらいの傷ならば大丈夫かと思ったが、部分的に聴き取れなくなってしまった。市販のものだから、まあどうでもいいが、バックアップをとっていない重要なデータが入っていたらたいへんなことになった。CDやDVD、少しの傷ならばと思っていたが、扱いは気をつけなければならない。今後はBlu-rayやそれ以上の大容量のディスクメディアが主流になるだろうから、軽微な事故が大損害をもたらす可能性は大きくなる。

ちょっとした事故

 休日、息子と公園で遊ぶ。その辺を歩かせて、僕は芝生に寝っ転がって本でも読んでいようかと思ったが、階段やそこらで派手に転ぶからそうもしていられない。そのうちに息子は、胸の辺りまでくらいしかない低い柵によっかかって、押したり引いたり、そして向こう側を覗き込んだ瞬間、真っ逆さまに頭から、いや顔から反対側へ落ちて行った。手は柵を握っていたからもろに顔面で着地し、その後、首がひん曲がって海老反りになって落下。死んだかと思ったが、泣き出したので少し安心した。抱き上げると顔は土まみれで、口の中にも土が入っている。外傷はないようだが、口の中で出血している。首が折れはしなかったと心配だったが、手足は動くようだ。元気に泣き続けている。安心して僕の顔には笑いが出た。抱き上げたまま、とにかく家へ連れて行く。妻は何と言うだろう。男の子なんだから、これからこんなことはしょっちゅうある。しかし今回は不幸中の幸いだったかもしれない。この幼さだったからこそ、大事にならずに済んだのかもしれない。もっと注意深く見てあげるべきだった。息子に「ごめんな、もうこんな思いはさせないからな」と語りかけながらきつく抱いて家へと急いだ。

子供の情景

 娘と連弾をすることが決まってそろそろ1ヶ月が経つ。1日に1小節は新しいところを練習しようと決意したのだが、なかなか毎日コンスタントに練習時間を確保できるものでもない。それでもなんとかシューマンの『トロイメライ』を通して弾くことができるまでになった。まだまだ、親子でなかなかうまく合わせれれるものではないし、僕はダンパーペダルを踏まなければならないのだが、その練習には至っていない。こんな状態でもう一曲『大事件』をやると宣言している。『トロイメライ』の直前に演奏される『子供の情景』の中の元気のいい曲である。今日のピアノのレッスンで、早く次の曲も練習するようにと苦言を呈されたらしい。それは娘へではなく、僕へのお叱りの言葉だろう。早く取りかかり、頑張って練習しなければ。さもなくば、発表会ではとんでもないことになってしまう。

フリーマーケット開催

 今月の自治会の仕事はフリーマーケットの開催。出店募集や開催案内のポスター等を作って、当日はちょっとだけ手伝えばいいと思っていただけだったが、娘が出店したいと言い出してけっきょく積極的に関わることになった。娘の夢の一つにスーパーマーケットのレジ打ちをしたいというのがあったが、レジはないにせよ、フリーマーケットの一店の店長ともなれば夢がかなったに等しい。自分が幼い頃に着た服や、履けなくなったローラーシューズを出すらしいが、僕からも何か出せないかと、1週間前からあれこれと考え、最近は全く聴かなくなったクラシックのCD、それに水槽内で増殖しているミナミヌマエビを売ってみることにした。僕にとっても初めての体験である。隣のおばさんに手伝ってもらい、娘の店はそれらしくなった。そして期待通り、ミナミヌマエビは注目を集めた。500mlのペットボトルに6匹ずつつめて50円で売ったのだが、すぐに3本が売れ、1本を急遽追加した。CDは7枚売れて700円。娘の方はカナダで買った黄色いドレスが150円で。それに新品のよだれかけが50円で売れた。別な店から依頼された物のうち、オルゴール100円と、キーホルダー10円が売れ、けっきょくは娘の小遣いに。2時間も経つと飽きて、早めに切り上げてしまったが、なかなかいい経験ができた。
Nov21_2010

木炭で焼き芋

 保育園のやきいも会。PTAの役員になっているので、早めに行って火を起こすよう頼まれていた。さてどうやって焼き芋を作るのか。焚火の中に数個放り込んで作るようなことがあったが、今回はダンボール箱3箱分のサツマイモを焼く。用意されていたのは穴が開けられた一斗缶5個に、新聞紙、落ち葉、そして木炭。つまり僕の重要な役割は炭に火を付けることであった。落ち葉は勢い良く燃えたのでこれは楽勝かと思いきや、もちろんそう簡単なものではない。周りのお父さん方はけっこう気楽にやっていたが、しだいにみんな集まってきたので僕は必死だった。とにかく火をつけないことにはこの会は先に進まない。焼き芋を食べられずにずっと待つことになる。頑張ってうちわであおいでようやく真っ赤に燃え出した。これを別な一斗缶に移し、底を木炭で埋め尽くしたところの上に紙とアルミホイルで包んだサツマイモを密に詰め込む。そして蓋をして、やはり一生懸命あおぐ。木炭に触れているところはいい感じになるが、上の方のイモは硬いままなのでしばらく経ったら場所を入れ換える。それでもおいしくできた芋と、そうでない芋が混在していて子供達や保護者の方々には申し訳なかった。時間オーバーでようやく全部焼き終え、煙で目が痛くなるし、服や体は炭の臭いが付いてしまい、たいへんな作業である。しかし炭で焼き芋を作る経験をし、なかなか楽しい一日だった。
Nov20_2010

保育園の送り迎え

 娘の場合はよく保育園に迎えに行っていたが、今日初めて息子を迎えに行った。6時半までに行かなければならないから職場を5時20分頃に出た。定時はいちよう5時15分なので、もちろん守る気はさらさらないが、ぎりぎりである。もはや息子は最後の最後で、保育士と1対1で遊んでいた。僕を見ると「おやっ」とした顔付きだったが無理もない。いつも母親が迎えに来ているのだから。今日は朝も夜も父親。そして耳鼻科に連れて行った。パソコンのモニタを見ていると、中耳炎を患っている息子の鼓膜が鮮やかに見える。今回もなかなか治らず、また違う抗生物質が処方された。家に帰って遅い夕食。そしてお風呂。今日は寝かせつけるまでやるつもりだったが、意外と早く母親が帰ってきた。

メルマガとミニブログとSNSとブログ

 みずほ銀行から毎月メールマガジンが届く。内容は金融商品の紹介などで読むことなどないのだが、編集後記だけには目が行ってしまう。いつも心が和むようなことが書かれている。ああいう話を毎日聞かされたら、理系の僕としてはいらいらしてくるのだが、月に1度くらいだとちょうどいい。それはともかく、僕は未だにミニブログとソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用価値を見いだせずに悩み続けている。ミニブログに関しては、メディアが馬鹿みたいにTwitterを取り上げるからなのだが、登録はしているものの基本的に使っていない。後者に関してはFacebookを時々利用しているが、Twitterへの投稿はFriendFeedを介してFacebookにも投稿されるようにしている。Google Buzzへの投稿もFacebookに同期されるようにしたが、けっきょくは1度しか投げていない。Facebookは、友人に家族の写真などを見せたい時などには積極的に利用してはいるものの、有効な利用法が見つからず、満足感が得られていない。ブログだけはだらだらと毎日続く。他人のブログはRSSでちらっと眺める程度だが、自分で書くのはけっこう楽しい。

ごくごく自然な祖母との再会

 朝方、祖母の夢を見た。元気な頃の祖母と、大人である僕がごく普通におしゃべりをしていた。数えてみると、祖母が亡くなってから早15年の歳月が流れた。夢を見ている最中は、もうとっくにこの世にはいないなどとは全く考えずにごくごく自然に。実は昨日、マクドナルドの株主優待券で友人から昼食をおごってもらい、その優待券を資産家の祖母からもらったなどと聞いた。それで僕の方でも祖母のことにちょっと触れたのだが、そんなことが今日の夢に結びついたのか。

iPhone買い換え

 iOS 4になってから、iPhone 3Gを積極的に使う気が失せてきた。何と言ってもあらゆる動きが遅い。遅過ぎる。そのうちに、駅の改札を出る時にズボンのポケットに入れておいたiPhoneをどこかにぶつけたのが原因か、液晶の表示がおかしくなって、真ん中に表示できない帯が入ってしまった。それでも我慢して使っていたが、他人に画像や動画を見せる際には気になるようになってきた。この本体は2年間の分割払いで、ようやく払い終えたこともあり、いよいよiPhone 4に買い換える決心がついた。そしておととい、息子を胸に縛り付けたまま店に行って買ってきた。今回も2年間の分割だが、24ヶ月間払い続ければ、実質0円で負担はない。決心するほどのことでもなかった。さて、使い心地だが、予想以上にいい。速いのはもちろんだが、iPhone 3GSに付いた電子コンパスが今回ちゃんと付いている。時計を手動で合わす必要がない。画面解像度が向上し、とてもきれいである。カメラの画質が著しく良くなっている。動画も撮影できる。しかもHDである。ガラス面は手の脂等で汚れないように改善されている。それに今回初めて気が付いて、実は3Gでもできたようなのだが、Google Calendarと勝手に同期してくれる。これからさらに使いこんでみれば、利点は枚挙にいとまがないことだろう。

寺田寅彦と宇田道隆

 宇田道隆の『寺田寅彦』という本を読んだ。これも義父から譲り受けた物で、前回読んだ『寺田寅彦との対話』と同じ出版社から出された本である。今回読んだ方が2年早い昭和23年に出版されており、こちらから読んだ方が概略をつかめて良かったかもしれない。いずれにせよ、やはり、寺田の偉大さだけでなく、著者の師に対する思いには敬服する。寺田とその師、つまり夏目漱石や田丸卓郎との関係もよく描かれていて、自分が持っていない世界を感じる。僕にはこれほどまでに尊敬すべき師が、これまでいただろうか。実はいい先生はいくらでもいるのに、僕の方から避けていたためにそういった関係を築けずにきただけなのかもしれない。この点、年上の人たちに対しても、年下の人に対しても、考えてみなければならない。

校舎お別れ会

 娘の小学校は今年度いっぱいで取り壊され、新築される。その間、隣の中学校に仮住まいとなるらしいが、今日はPTA主催で校舎お別れ会というのがあった。児童、保護者だけでなく、卒業生や周辺地域の人たちも招かれているらしい。確かに、小学校とはそれだけの存在価値のあるものだ。いざ行ってみると、よく見るPTAの顔ぶれがオレンジ色のTシャツを着て役員をやっている。僕だけ普段着で非常に後ろめたい。朝早くから準備していたそうで、また、校舎に土足で入れさせていたので後片付けもたいへんだったことだろう。そもそも、手伝いの依頼を受けただろうか。娘が僕に渡さなかったに違いない。それはともかく、夏まつりで寝泊まりしたこの校舎が壊される。娘にとっては毎日通った学舎(まなびや)である。残念で悲しいような気もするが、子供たちにとっては新しくできる校舎の方が楽しみかもしれない。屋上に上ると、すぐ横を新幹線が通り抜けて行く。

外山滋比古と土屋賢二の対談

 娘と大学祭に出かけた。外山滋比古と土屋賢二の対談があるらしいので、ぜひとも生でその2人がどんなことを話すのか見てみたかった。その企画シンポジウムのタイトルは「大学で何を学ぶのか」~未来を創るあなたへ~である。お二方とも有名人とは言っても文系の先生で、期待外れではあったが、ためになることも言っていた。外山名誉教授は、専門外の人とおしゃべりをして刺激を受けることが重要、挫折の経験をすることが重要などと言っていた。土屋名誉教授の方が司会をするような流れになっていたが、雑談ばかりする名物教師がいなくなってしまった、答えがなく教師もなんだか分からないような状況で学問するのが大学だとか言っていた。僕はまじめに時間いっぱい、学生に向かって講義をしたが、果たしてそれが本当に良かったのか。少しばかり考えさせられた。案の定、娘にはつまらなかったらしく、90分のところ30分も耐えられずに会場を出ることになった。後半で先生方は何を話したのか気になるところだが、しかたない。娘は、みんなが笑っていたけど何が面白いのかさっぱり分からないと。それから、大学で何を学ぶのかとは全く関係ないことを話していたと、小学生にしてはそれなりに聴き取っていたようにも思う。ピアノを聴きに行ったりもしたのだが、大学祭全体を通して、娘にはあまり楽しめなかったようだ。久々に親子2人での外出だったがちょっと残念。

女子大生による大学祭

 明日の大学祭のため、今日、学部生の講義はない。キャンパスのあちこちで準備が進められ、金槌で釘を打つ音などが鳴り響く。それがだれしも女の子なのだからなんかすごい。あらゆる役割分担が女子大生なのである。明日は娘を連れて顔を出してみようと思っている。

進化系統ネットワーク

 生命の進化は系統樹で表現できるが、実は木構造ではなくネットワークで表現されるのが正しいという。今日のセミナーでそんなことを聴いた。確かにそうである。遺伝子の水平伝搬や、植物によく見られる異種間交雑がいい例らしいが、属や種のレベルではなく、進化の最小単位としての個体レベルで系統樹を書こうと試みれば、それはもはや木構造ではなく、家系図に見られるようなネットワークになるはずである。異種間ではないにせよ、種間交雑も異なるゲノムを持った異なる生物の交雑である。

ブランド列伝

 先日の新聞にクラビノーバのことが出ていた。ヤマハの電子ピアノである。生まれたのは1983年というからもう27年にもなる。僕が購入したのは確か1991年。CLP-560という演奏専用のシンプルなタイプで、そろそろ20年というのに調子の悪いところはどこもない。僕が使い、妹が使い、そして最近では娘が毎日欠かさず弾いている。ずいぶんと高い買い物だったと、特に一部を負担してくれた母が言っていたが、買った以上の価値があったと思う。しかし常々思わされる問題は軽い鍵盤である。いざ、本物のピアノに向かい、ちょっと長い曲でも弾こうものなら指が疲れてしまって動かなくなる。新聞にも「求め続ける本物の音」などと書かれているが、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。20年前のクラビノーバでもじゅうぶんすぎるほどの音質である。しょせん、電子ピアノなど、ピアノの代用品でしかない。今の住宅事情ではなくてはならない代用品である。代用品ならばタッチこそ本物に似せて欲しい。クラビノーバは単なるキーボードではないのだから。

毎週火曜日の講義

 英語によるプレゼンテーション演習の講義は、あっという間に半分を過ぎてしまった。期待していたほど、学生たちは万全の準備をしてきてくれるわけではないが、発表を聴けばどれも何をやっているかはちゃんと伝わってくるから、まともと言えばまともである。僕も頑張って、専門外の分野でも一つは英語で質問するようにしている。そして学生を名指しで当てると、何らかの質問をする。ちゃんと聞いてはいるようだ。基本的には彼女たちはみなできがいいはずで、そんな彼女たちとの90分間は確かに楽しい。帰り際に一人の学生に会い、話をした。別な英語の演習よりも実戦的でためになっているという感想を聞き、僕は嬉しかったが、そんなのはお世辞かもしれない。僕がああだこうだ念仏を唱えても馬の耳には入らない。彼女たちだって大学院生で研究しなければいけないんだから忙しい。しかし、1ヶ月半後に迫った本番ではそれなりにこなして欲しいから、やはりとにかくプレゼン繰り返しやらせるしかない。

めくられないカレンダー

 カナダにいる頃からスケジュール管理はYahoo!カレンダーを使うようになり、手帳や紙製のカレンダーは使わなくなった。Google Calendarは最初、Macではあまり使い心地が良くなかったのだが、そのうちに便利になってYahoo!カレンダーから移行し、今ではiPhoneに週に1回同期させて、家族間でも共有して使っている。そんなわけで部屋にカレンダーを飾っていても目を向けることがないから、平気で数ヶ月前のがめくられることなく垂れ下っている。今はマチュピチュの写真だ。ペルーに行ったのはもう5年以上前のこと。懐かしくて、なかなかめくる気になれない。

デュアルブートから仮想マシン

 Windows VistaとLinux (Fedora 9)をデュアルブートで使ってきたが、何かと不便なので、今月Fedora 14がリリースされたこともあり、Windowsで仮想マシンを構築してLinuxを使うことにした。Fedora 9はもういらないと、そのパーティションを安易にNTFSでフォーマットしてしまったら、Windowsが起動しなくなってしまった。ブートローダGRUBの本体も消してしまったのだ。Windows再インストールかと思ったが、データはそのまま残っていることは確認できたので、インターネットであれこれと調べて、ようやくWindowsが起動するようになった。やはりデュアルブートは注意が必要だ。

糖尿病予備軍

 献血の際にしてくれる血液検査の結果が届いた。どれも標準値の範囲内でほっとしたが、よくよく読んでみるとそうでもなかった。1年ほど前からグリコアルブミンという糖尿病の検査項目が加わっている。その説明を読むと「標準範囲内でも15.6%以上の場合は注意が必要」とある。過去2回は15.6%未満であったが、今回はこの値を超えている。いつの間にか糖尿病予備軍に加わってしまった。一難去ってまた一難。血圧管理でほっとしたのもつかの間、今度は糖尿病である。これまで通りの嗜好品を食べ続けるには、やはり規則的な運動が必要だろう。

湯島聖堂

 医科歯科大に用事があって出向いたのだが、カレンダーに予定よりも30分早い時刻を書き込んでいたため、早く着き過ぎたことに気付いた。仕方なく御茶ノ水駅周辺を散歩することにした。すぐに目に留まったのは湯島聖堂である。名前は聞いたことがあったが、一体何なのか。孔子像があることからも分かるようにもともとは孔子廟だったようだが、ここはあの昌平坂学問所である。なんとなく東大の本郷キャンパスの辺りかと思っていたのだが、こんなところにあったのだ。いやいやここにあったのは東大ではなく、現在の筑波大とお茶大である。学問所跡地の大部分は現在では医科歯科大のキャンパスとなっている。この場所が日本の学校教育発祥の地である。
Nov05_2010

趣味のお菓子作り

 大学の食堂で独り寂しく昼食を食べていたら、隣で、ケーキを作ってきたと友人に振舞っている学生がいた。女の子同士できゃあきゃあと楽しそうに騒いでいる。会話を聞いていると、お菓子作りが趣味らしい。だいぶ慣れはしたが、ここはやはり女子大である。

夢と現実の落とし所

 きのうの新聞に野村総一郎という精神科医が「人生は夢と現実の落とし所を探る作業とも言える」と書いていた。なるほど、確かにそうかもしれない。見方を変えればそうとも言える。僕にとって夢とは何か、甘んずるべき現実とは何か。そしてその上で落とし所がどこなのか。それを考えて行かなければならない。

慌ただしい朝

 病み上がりの今日は朝一の講義がある。いつもより30分ほど早く家を出て保育園へ。今朝は、息子の担任の保育士が出て来ていた。少しばかり話したが、きのう休んでいて元気がなかったことと慌ただしかったこともあり、じゅうぶんに会話できなかった。そして自転車で駅へ行くと、なんと娘の担任の先生に会った。お互い驚いて僕の方は「いつもお世話になっています」と言うのがやっとだった。今から思えば、話したいことがいろいろとあったのだが。朝、慌ただしいのはどうも良くない。一日の始まりで元気がないのも良くない。要改善である。

親子で病欠

 昨夜も嘔吐したので、念のため今日は保育園を休ませることにした。さてどちらの親が仕事を休んで家で息子の世話をするか。これまではほとんど妻が看てきた。あまりひどい病気をしない息子なので、それでもまだ年休はたくさん余っているようだ。僕の方もこれまで息子のためには半日休んだだけである。そんなことよりも実は僕自身の体調が悪くて、まともに出勤できそうもない。というわけで、病人の僕が年休を取って息子の相手をすることにした。息子は元気なだけに、僕の方にとっては非常に辛い一日となった。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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