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小さなナズナの開花

 先日、実家から東京に戻り、ベランダのナズナがつぼみをつけているのを見つけた。秋に蒔いたナズナの種はほとんど発芽しなかったが、たった一つだけ、カイワレダイコンのすぐ脇に生えてきた。発芽がだいぶ遅れてしまったため、1月に葉を食べられるような状態ではなかった。その後、移植し、少しずつ大きくなっては来たが、小さいまま、丈が低いまま、白い花を付けた。恐らく僕が蒔いた種のうちの一つであろうとは思うが、ひょっとしたら違うかもしれない。
Mar31_2011
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口の中の怪我

 最近、口の中の怪我が絶えない。ちょっとした切り傷が口内炎になったりして、いつもどこかが痛い。それも、活発に動くようになってきた息子を抱いていると、奴の頭が僕の口周辺にぶつかることが主因である。1歳児に言い聞かせるわけにもいかないから、僕の方で注意しないといけない。

近所迷惑

 最近、ベランダからごみを投げる人がいると注意書きが回って、いったいどういうことだろうと思いつつもあまり気に留めていなかった。ところが先日、隣のおばさんから話を聞いてびっくりである。早朝、斜め上の住人がちり取りに集めたようなゴミをベランダから放り投げているのを見つけ、慌てて叫んだのだという。つまり僕の真上、18階の住人だった。以前からごみがベランダに落ちているのは見つけていたが、まさかすぐ上から降って来ていたとは。うちの真下のおばさんも、掃除機にため込んだようなごみがベランダに落ちていることがよくあり、不審に思っていたのだという。世の中、いろいろな人がいるから、こんなのはかわいい方かもしれないが。

3日間の春休み

 今日は年休をもらって3連休。ちょっとした春休みである。その間ずっと両親の所にいたわけだが、夕方、家族を残し、独りで東京に戻ってきた。最近は1歳の息子がいて、なかなか独りでゆっくりできないことをつくづく感じさせられる。妻と息子は明日戻り、娘は日曜日に戻る。

家族で春スキー

 自分がスキーをしたいと言うよりもむしろ、娘に子供のうちにある程度滑れるようになって、その楽しさを分かってもらいたいということでスキーに出かけた。今回は、甥と、彼の親ではない方の妹との4人で白馬のスキー場を目指したのだが、途中でヤナバスキー場を見つけ、そこにした。正式な名称はヤナバスノーアンドグリーンパークに変わったらしい。スキーよりもスノーボードに重点を置いているからか。実際、妹はスキーではなく、スノーボードだった。雪はけっこう残っているのだが、震災の影響もあって客足が悪いためか、今日の営業をもって今シーズンは終わりだという。リフトが2つしかなく、別行動をしていてもすぐに会えるのでいい。雪質は、娘には不満だったようだが、春にしてはそこそこだった。未だ5回目ながら意外と上達したようなので、上級コースに連れて行ってみた。何度か転んでなかなか立ちあがれずいらいらさせられたが、なんとか滑り降りてきた。後立山連峰や青木湖の眺めが良かった。
Mar27_2011

親のパソコンをMacに

 父親が家で使っているパソコンが壊れ、起動しなくなったという。昨夏、それまで使っていたWindows 98 SEのデスクトップを廃棄して、Windows Meが入っているノート型パソコンをセットアップしたばかりだったのだが。いよいよ新品を買う覚悟ができているようだったので、Macを提案したところ、意外にもすんなりと受け入れられた。買うのについて行くのも面倒だったので、こちらから向こうの量販店に電話をして在庫を確認し、一番安いiMacを買うよう父に指示した。ほんの10万円ちょっとである。それでもメモリは4GBある。今日はほぼ丸一日かけて使用環境を整えた。どう考えてもMacの方が使いやすいと思うのだが、一番のメリットはウィルスが何かも分かっていない老親が対策等を過度に心配する必要がないことだろう。

息子を連れてバスで帰省

 急遽、家族4人と甥を含めた5人で帰省することになった。高速バスの予約をしたが、1歳の息子が騒いだら困ると妻は反対する。午後9時出発なので、寝かせてしまえば問題ないはずだ。僕の強行案に対し、妻はずっと悩み続けたいたようだが、変更することもなく夜になった。僕が寝かせようかと思ったが「ママ、ママ」と騒ぐので、妻に任せると、程なく眠った。震災によるガソリン不足が懸念されたが、もはやその問題は解決されていたのか、バスは順調に進む。諏訪辺りは雪が降っていた。

アサガオの室内栽培

 室内で蒔いて育てているアサガオ、10個の種のうち、9つが発芽していまのところ順調に育っている。2シーズン寝かしておいたにもかかわらず発芽率は90%である。1つは大学の居室にでも持って行こうと、別な容器に移植した。まだ寒い日があったりするので、風呂の残り湯に浮かべたりして大切に育てている。一度、直射日光に当ててやろうと外に出し、放っておいたらしおれてしまった。室内に移動したら元気になったので、やはり寒さは禁物のようだ。
Mar24_2011

簡素化された卒業式

 あちこちの大学で卒業式が取りやめになっているらしいが、うちの女子大では簡略化されながらも挙行されることになった。しかし、万が一の避難のことを考え、平服でとのこと。今日は2人の4年生と話したが、この日に袴を着られないとはなんとも残念なことである。理系の彼女たちは大学院に進むからまあいいとして、文系の学生たちの多くにとっては、これまで幼稚園からずっと通い続けた学校との本当のお別れの日なのである。大学の卒業式は特別なものであろう。昨年見た華やかさとは打って変わって寂しい一日だった。

暖房のない部屋

 今週から大学のボイラーによる暖房が入らない。1年も前からそう決まっていた。震災、特に原発事故による電力不足で節電が叫ばれる中、エアコンを使う気にもなれず、寒くて寒くてたまらない。去年も、この時期を境に急に寒くなったことを覚えている。寒さ暑さも彼岸までとは言うものの、事務的に事を進めるのではなく、臨機応変に対応してもらいたい。

MOとBlu-ray

 部屋の整理をしていたら3.5インチの光磁気ディスクMOが何枚か出てきた。もはや、これらを読み書きするドライブが身近にない。別な媒体にバックアップがあるし、捨てることにした。MOはなかなか便利な記憶媒体だが、あまり普及しなかった。世界的に見ると、ほとんど普及していないらしい。CDやDVDに押されっ放しだったし、もはやUSB接続のフラッシュメモリがあるので、あまり役に立たない。容量が大きい場合は、ハードディスクも安い。これからはBlu-rayかと思っていたが、デッキはともかく、ディスクの方はどうもあまり売れていないらしい。DVDに比べ、そんなに容量が大きいわけでもないし、著作権がからむコピーも厄介で、使い勝手がいいわけではないようだ。テレビの録画だったら、内蔵のハードディスクでだいたい用は足りる。Blue-rayもMOの憂き目かと思うと、買うのがためらわれる。

息子の寝息

 僕はコーヒーを好んで飲むようなことはないのだが、友人がコーヒー豆を挽いている夢を見た。なんか変な手回しの小さな機械をぐりぐりと回している。回したり止めたり、回したり止めたり。周期的に、豆を挽くにしてはおかしな音がする。そしてふと目が覚めた。その音は鼻がつまった息子の寝息だった。借景という言葉があるが、これは借音とでも言えようか。こんな夢の見方があったとは。

荏原の摩耶寺

 息子を連れて、この週末は荏原の摩耶寺に行った。立会道路をずっと西に行った所にある。もちろん自転車だが、かなり遠かった。山門がなかなかいい感じである。行くまで気が付かなかったが、彼岸で、お墓参りの檀家が数多く訪れていた。考えてみれば、お彼岸の墓参りなど、これまでしたことがない。うちの両親はしているのか。
Mar19_2011

壊れたパソコンのデータ

 妹にあれほど口を酸っぱくしてバックアップを取れと言っていたのに、パソコンが壊れて子供の写真を取り出せず、途方に暮れている。突き放して、痛い思いをさせた方がいいのかもしれないが、修復を試みることにした。OSのWindows XPがおかしくなっているだけかとたかをくくっていたのだが、どうもそうではない。ハードウェアの故障で、もはや使い物にならないような感じである。こうなればとにかくハードディスクの中のデータを取り出すのみである。KNOPPIXで起動させようと試みると、なかなかうまく行かなかったのだが、ようやくコマンドだけは打てる状態になった。このように症状が再現されないこと自体も厄介で、こんなパソコンはもはや使うべきではない。NTFSのハードディスクはマウントされない。しかし認識はされているようなので、さらに症状を悪化させることを覚悟の上で強引にマウントさせ、ネットワークにもつなげられたのでrsyncコマンドでなんとかデータを取り出した。妹には、二度とこういった作業はやってやらないと伝えた。

自分のそろばん

 娘が小学校でそろばんを習うと言うので実家の父に頼んで僕のそろばんを送ってもらった。ところが授業は、そろばん専門の先生が2回授業をしただけで、もう終わってしまったと言う。そろばんは学校の物を借りたらしい。僕が小学生だった頃は、みんなが買わされ、それなりの数の授業があったように思う。僕自身は、そろばんをやっていた仲のいい友人がいたこともあり一生懸命練習した。それにしては今、全く役に立っていないのだが。僕の名前が彫られたそろばんを娘に渡し、1から10までの整数の加算と減算をやらせてみると、なんとかできていた。僕の父や母は未だにそろばんを使うこともあるようだが、これからの時代、確かに不要かもしれない。授業が2回しかないということも頷ける。そろばんを覚えるくらいだったら、プログラミングを習得してもらいたい。あとは、息子が数回使っておしまいか。

行方不明になったビデオカメラ

 デジタルビデオカメラが見当たらない。部屋のどこを探しても見つからない。いったいどこに行ってしまったのか。一度気になりだすと、このことが頭から離れない。土曜日に息子と法蓮寺に行った時に使ったのは覚えている。そこに置き忘れてしまったか。単なる家族の動画がネットに流出したりしないだろうか。冷静に考えると、どこか特別な場所に置いたような気がしなくもない。それは一体どこだったか。一日経って、それがベビーカーの下の籠の中だったことをようやく思い付いた。そこにビデオカメラは確かにあった。

放射能と放射性物質と放射線

 帰りは妻に任せているのだが、今日は珍しく保育園に息子を迎えに行った。園長先生や保育士の先生たちが、今回の原発事故のことを心配そうに話し合っていた。そこに呼ばれ、少しばかり解説させられることになった。世の中では放射能というなんだかつかみどころのない言葉が良く使われているが、放射性物質、放射線という観点から、僕が理解している範囲で話をしたのだが分かってもらえたかどうか。普通の人はこういったことをよく理解せずにただ恐れているのは確かなようである。高校の理科の教科書に、唐突に放射線についての項目が出てきたような気がするがそれだけでは不十分だろう。大学の理学部でちょっとばかり勉強させられたし、博士課程の頃には放射性物質を使って実験をした経験もある。そうなれば、どの程度が危険か、どの程度ならば心配ないかという判断が自分でつく。まさかこんな状況になって役に立つとは思わなかったが。保育園や学校には、正しい知識を持っていない親たちからさまざまな苦情や要求が寄せられ、時には不要な対応を強いられる。放射性物質と放射線については、しっかり教育しておかなければいけないのかもしれない。

中学校の友人の死

 小学校に加え、最近は、中学校および高校の同窓仲間間のメールが流れるようになったのだが、前回に続き、今回も訃報であった。しかも今回は中学校の友人の死である。震災とは関係ない病死らしい。バスケットボール部の練習の最中によくしゃべっていたのだが、もはや顔を思い出せないほどになっている。卒業後は顔を合わせた記憶がない。どこで何をしていたのか、全く知らなかったが、奥さん、お子さんもいるらしい。全く残念なことであるが、けっこう気が合っていた彼との付き合いも中学の時だけだったかと思うと本当に残念である。この齢で世を去らねばならぬとは無念であったと思う。冥福を祈る。

自治会定期総会

 大震災の影響でさまざまな行事が中止になったりする中、自治会の定期総会は予定通り行われた。昨年一年間の決算報告を行って承諾を得、来年度の会長から挨拶をもらう程度のものなのだが、地震の影響もあってか、わずかばかりの参加者の間から活発な意見が出た。今年度の会長は、困った時には自治会が積極的に住民のサポートをしたいという希望を持っているようだったが、経験者からは「それはそれでいい考えだが、実際には苦情などが殺到してその対応のために休日が全てつぶれてしまう」とのコメントが出た。確かにそうかもしれない。そういったことは、退職し、隠居してからでないとやってられないだろう。町内会が爺さんたちで運営されているのも頷ける。とにかくこれで一年間の自治会役員の任務が完了した。積極的に関わったので、意外と時間を取られてしまい、思っていたよりもたいへんだったがいい経験になったことは事実である。2週間後に慰労会をやる予定だが、東日本のこの惨状で実行されるかどうか。

TOEIC公開テストの中止

 明日の第161回TOEIC公開テストで高得点を取るべく、数ヶ月前から万全の準備を整えてきた。目標は975点ぐらいか。勉強できない日も多かったが、土日に頑張ったりして、おおよそ計画した勉強はやり遂げることができた。しかし、まさかと思ってウェブサイトを確認すると、震災のため全ての会場で試験は中止とのことだった。今後、どういった対応になるかはまだ決まっていないとのことである。これまでの努力は報われなかったか。いや、チャンスはいくらでもあるはずだ。またさらに勉強できる時間ができたと思えばいい。とりあえず明日は暇になった。いやいや、日本のこの現状からすれば、のこのこと英語の試験を受けに行くような気分にはなれない。

東北地方太平洋沖地震

 大学の居室にいると、部屋が揺れ始めた。けっこう大きい地震だ。最初は落ち着いていたが、6階建の建物全体がギシギシと揺れ出した。なかなか収まらない。そのうちにかなり激しく揺れる。これは今までに経験したことのない大地震だ。ついに東海地震が来たかと命の危険を感じ始めた。折しもクライストチャーチの地震で多くの日本人が命を落としたばかりである。逃げ出したかったが、ここは4階。安全に外に出ることはできない。机の下に潜るのがせいぜいか。そんなことを考えている間に倒壊するかもしれない。いや、この建物は古いとはいえ耐震工事は済んでいるから大丈夫なはずだ。そう自分に言い聞かせていると、ようやく収まってきた。激しい揺れだけではなく、時間も長かった。女子大ならば悲鳴でも聞こえてきそうだが、周りは落ち着いているようだった。とりあえず、多くが外に出た。震源地は意外なことに東北の方らしい。東京でこんなに揺れたのだから、東北地方はとんでもないことになっているに違いない。大学のグラウンドに集められている間に、何度か大きな余震が来た。怖くて部屋には戻れない。そして大学の講堂に押し込まれた。東北地方太平洋岸には大きな津波が押し寄せているらしい。携帯電話は使えなかったが、インターネットと大学の無線LANは動いている。小学校からは全員無事とのメールが入った。そうなると心配なのは保育園の方である。これは一刻も早く迎えに行かなければと、大学を逃げ出すことにした。バスや都電は動いていたがその他の電車は全て止まっている。歩くしかない。明治通りをずっと南下することにした。多くの建物が倒壊したかと思ったが、そうでもないようだ。ビルの窓ガラスが割れて散らばっているような所が数か所ある程度で、見た目で大きな被害はなさそうである。電車が止まっているとはいえ、東京はそんなに柔ではなかった。地図を印刷してそれを見ながら歩いている人もいたが、電話が使えないとはいえ、3Gを介してインターネットに接続できたのでGoogleマップは利用できる。災害時のインターネットは重要である。途中、サンドウィッチをかじりながら新宿へ。ずっとトイレに行きたかったのでデパートに入ると、靴を買い求める人たちがあふれていた。公衆電話にも行列ができている。女子トイレもすごい。幸い男子トイレはすぐに利用することができた。こういう時、女性はたいへんだ。辺りは暗くなってきた。帰宅ラッシュの時間帯になり、人の数も増えている。電車は動き出しそうにないから、やはり歩かねばならない。渋谷辺りまで来ると、足にできたまめが痛い。4時間近く歩いてようやく駐輪場までたどり着き、自転車で安否の分からない息子の方へ先に行くことにした。すると、保育園の前で呼び止められた。みんな元気だったと。そしてうちの子は、すでに妻が連れて行ったと。まさか妻がやはり4時間も職場から歩いてここまで来るとは思いもよらなかった。小学校の方にも行ったに違いない。役目を果たせず少し無念に思いながら自宅に戻った。もちろんエレベータは止まっているので、17階まで歩いて上るのだが、そんなことは毎日やっている。僕が帰宅したのは子供たちが家に着いたすぐ後だった。水槽の水はこぼれ、スキー板が倒れ、鳴子こけしが本棚から落ちたりしていたが、雛人形などは無事で、被害はそれほど深刻ではなかった。電気、水道は問題なし。ガスもすぐに復旧した。うちの両親は妹達も問題なしだが、東北地方にいる妻の親兄弟とは連絡が取れない。

子供の好奇心といたずら

 1歳半にもなると子供の好奇心は行動に顕著に現れてくる。保育士の話によると、うちの子は他の子と比べてもかなり好奇心が強いらしい。親にとっては、部屋を散らかされたり、物を壊されたりで迷惑なことが多いのだが、頼もしいのは事実である。最近は僕のiPhoneのスイッチを入れ、くるくると回して楽しんでいる。重力センサーにより、回しても回しても上になるべき物が上に表示されていることが面白いらしい。僕の子供の頃にはこんな物はなかったし、こんな物が登場するとも想像できなかった。

ハイビジョン撮影

 丸々1時間半に及ぶセミナーを真新しいデジタルビデオカメラでハイビジョン撮影した。AVCHD形式である。家のビデオカメラもAVCHDで撮影できるのだが、やったことはなかった。今回のデータサイズは9GBにもなったか。1つのファイルではなく、分割保存されていたので良く分からないのだが。けっきょくはインターネットで公開するなり、とにかくパソコンで見るので、それなりの形式に変換しなければならない。それがサイズが大きいとたいへんである。せめて休憩でも入れ、2つにでも分割されていれば処理は簡単だった。試しに何かやろうと思っても、処理に1時間とか2時間という時間がかかる。それでうまく行っていなければ、問題点を見つけ、改め、またやり直さなければならない。普通の人よりは慣れているとは思うのだが、そんなに動画のフォーマットに詳しいわけではないので、かなり苦労し、勉強しながら2日がかりの作業となった。ハイビジョンなんかで撮るものではない。

赤いランドセル

 朝、エレベータの中で6年生の女の子に会ったので「そろそろ卒業だね」と声をかけた。6年間使ったとは思えないほどきれいな赤いランドセルを背負っていた。僕が小学校6年生だった頃、ランドセルを背負っている子などほんのわずかだった。壊れたとか理由はいろいろあったと思うのだが、かっこ悪いとみんなが思っていたことが主因だろう。今でこそ誇れるのだが、当時は本物の牛革のしわしわのランドセルは、僕にとっては決してお気に入りではなかった。そして6年生ともなれば、壊れてもいないのに手提げ袋で小学校に通っていたことを覚えている。今の子は高学年でもみんなランドセルを使っていると聞くが、彼女に限らず、確かにそんな光景をよく目にする。うちの娘も、少なくとも今のところは大切に使っているようである。ピンク色を買おうとしたのを、父親が諭して濃いめの赤にさせ、あとでほっとしたという想い出のランドセルである。

まともな日本語が書けない大学生

 知り合いがある私立大学の非常勤講師をやることになったという。面接の最後で学長から「ひょっとしたら中国人留学生の方が日本語が上手なほどに、ここの学生たちは日本語を書くことができませんが、そんな状況でも授業はやっていただけますか」というようなことを言われたらしい。日本の底辺の方の大学は大丈夫なのか。国は教育改革だとか言って大学教員の"academic freedom"をあからさまに無視して高等教育に口をはさんでいるが、その辺りにちゃんとメスは入っているのか。

漢字が思い出せない

 自治会の仕事もいよいよ終わりで、新役員の選出と簡単な引き継ぎをやることになった。僕には書記という役職がついており、実際にはいろいろな仕事に関わり、かなりたいへんな一年間だった。それゆえにいろいろと偉そうな説明をしておきながら、みんなの前で「監査」という漢字や、連絡の「絡」という字が、どうしても思い出せずに大恥をかいた。こんな短時間で2つもあったのだから、書けない字はもっともっと多いことだろう。コンピュータを使っている限りは全く問題ないのだが。

家族でファミリーレストラン

 娘の希望で、家族4人そろってファミリーレストランに行った。このメンバーでのレストランは初めてかもしれない。僕は青かびチーズの包み焼ハンバーグを注文し、臭かったが味はなかなか良くて楽しむことができた。しかし、息子は時間がたつにつれじっとしていられなくなり、たいへんになってくる。大声を上げるし、テーブルの上は散らかすし。例により、息子は残すし、娘も残す。僕は残飯を放っておけない質なので自分のお腹に詰め込むことになる。若かった頃は良かったが、最近はちょっと辛い。せっかくのハンバーグに対する満足感が、全く違う品で台無しになり、過度の満腹感で気持ち悪くなる。今日はもう動けない。

最適な連絡方法の模索

 僕は複数の大学をまたいで仕事をしなければならないことが多いのだが、その場合、どうしてもメールで連絡を取り合うことが多くなる。直接会ったりするのは、時間やお金がかかるし、電話もこっちの仕事が中断させられるし、向こうの仕事を中断してしまうかもしれない。だからやはりメールが便利なのであるが、活発に意見交換していると、同期が取れなくて変なことが起る。これまでのやり取りの全てを把握して誰かが発信し、それをまた別の人が把握した上で発信していればいいのだが、やり取りの頻度が高くなると、同時に複数の人が発信したりして面倒なことになる。ならばどんな連絡手段を取るのが最適か。現段階では多くの人が使い慣れているメールがいいのだろうが、将来的には考える必要がある。自治会でも連絡係になっていて、メールだけではたいへんだ。そんなことを体験した1週間だった。

女子寮の見学

 大学の新築の寮の見学に行った。女子寮なので見るチャンスはまだ学生が入っていない今しかない。そんな程度の目的だったのだが、人と人とのつながりを大切にする新しいタイプの学生寮ということで意外な発見があった。その寮は、5人で共同生活をするハウスと呼ばれる空間で区切られている。各ハウスには、5つの狭いプライベートスペースがあり、ベッド、クローゼット、机、LANなどがあるのだが、風呂、トイレ、洗面所などはハウス内で共用である。広いダイニングキッチンも共用で、そこを囲むようにプライベートスペースが配置されている。個室に閉じこもらず、みんなで集まって協調性を育む場として設計されている。1年生と2年生が交じり、学部も偏らせないという。ふと会社で寮生活を送っていた頃を思い出した。たったの1年間だったが、2人での生活にはいろいろなことがあり、社会人として成長した大切な1年だったと思う。

はじめてのObjective-C

 区立図書館に『はじめてのObjective-C』という本があるのを知って予約したのだが、すでに何人かが予約を入れているようでなかなか回ってこなかった。ようやく借りて、通勤電車の中で毎日読んでいたのだが、それだけの時間では3週間で読み切れなかった。次の予約も入っているので延長はできない。残念ながら返すしかない。この本は昨年末に出版されたばかりである。著者の紹介を見ると、プログラミングとは無縁の文系だったが、独学で楽しみながらかつ頑張ってここまで来たのだという。本の最初の方で、負の整数の表現の仕方について、signed char型のデータ11111111というビット列があった場合は-128を表すなどという誤記があり、「2の補数とか情報工学の基礎的なことが分かっていないな」と思ってしまったのだが、それにしてはよくここまで本を書いたものだと感心させられた。これだけ書くにはよほど勉強したに違いない。それに比べると、その本を読むことぐらいは大した作業ではないのだが、情けないことに決められた時間内に完読できなかった。
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Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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