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茶わんの湯

 山形に帰省した際、義父から「寺田寅彦全集があるので好きに持って行って」と言われた。さすがに全てを読む気にはなれないが、一つ、中学生の頃から気になっていた随筆があるので探してみることにした。それは『茶わんの湯』で、竹内均がNHK教育の番組で自身がこの本を読んで学者になろうと決心したと話していたのを聞いてのことである。ちなみに僕自身にもそんな本があり、それは朝永振一郎『物理学とは何だろうか』である。さてさて『茶わんの湯』であるが、1960年に岩波書店から第1刷が発行された全17巻からなる全集の第3巻に収められていた。妻が東京に荷物を送ると言うので、この一冊だけ押し込んでもらった。そして今日、通勤電車の中で読み始めたのだが、すぐに読み切ってしまった。とても短い話ながら内容は豊富でしっかりしており、国語の教科書にも載せられるような話である。今の子供たちにこの本を読ませたら、どう感じるのだろうか。物理学を初めとする自然科学に関心を持ってくれるだろうか。この随筆の果たした役割の大きさは想像に難くないが、発表は大正11年とある。だいぶ年月(としつき)が流れ、その間、研究の流れも大きく変わってきていることだろう。この夏、自由研究のテーマを決める前に、娘に読ませてみれば良かった。
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科研費獲得の方法とコツ

 図書館から小島将康『科研費獲得の方法とコツ』という本を借りてきて読んだ。研究費獲得のためのアドバイスがあれこれと書かれている。こういった実用的な本、しかも研究者といった限られた人たちにしか必要がない本が、公立図書館に置かれているとは驚いた。僕自身も科研費申請のためにあれこれと情報を収集して少しばかりの努力はしてきたので、良く知っていることも多かったが、正直言ってかなり参考になる本だった。審査する側からのアドバイスなので特に説得力がある。著者の研究室のいい雰囲気も伝わってくる。それに研究費の申請だけではない。この本から得た知識は、大学教員のポジション探しにも役立ちそうだ。目下、研究費よりもこっちの方が重要である。

名前の間違い

 仕事上の書類を確認していて人の名前が間違っているのを見つけた。良く起こりうることだが、たいへん失礼になる場合もあるので、しくじった方ではかなり恐縮するのが普通である。人の名前はコピペしておくのが安全だ。僕は学生の名前を覚えるのにそれほど苦労しないが、度忘れすることも多い。ふだんならば名前を効果的に使って会話を弾ませるところだが、この子の名前は何だったかとずっと悩みながら話し続けることもある。逆に、学生から名前を間違えて呼ばれることも多い。特に名字の方。いろいろな人から間違えられる。面倒だからもう言い返すこともない。そして名の方は漢字を間違えられる。毎年のように年賀状の宛名が間違っているのでその度に指摘していたのだが、結婚式の席次表でも間違えられた。うちの子供達の名前も、ちょっとばかりひねったものなので、なにかと苦労するに違いない。

東京総合車両センター

 きのうは家族4人で東京総合車両センターの夏休みフェアに出かけた。うちの近くなので歩いて行ける。ある程度の混雑は覚悟していたが、こんなに大勢の人が集まっているとは思わなかった。いわゆる鉄道マニアだけでなく、うちのような家族連れが多い。みんな電車が大好きなのだ。幼いうちの息子でさえあんなに好きなのだから、幼稚園児や小学校低学年の男の子たちに至っては、たまらないことだろう。そしてまた父親たちだけでなく、そんな子供達を持つ母親も鉄道ファンなのだ。僕自身もけっこう好きだと思っていたのが、車両を見たところで何が面白いのかというのが正直な感想である。電車は乗って、どこかに行って初めて価値がある。そんな車両を安全に運行させるための保守工場のようなところが無料で一般開放されていたわけだが、埃やオイルの臭いが充満するそんなところにみんなの目は向けられない。かっこいい車両に人だかりができ、フラッシュが浴びせられる。
Aug28_2011

中学受験合格ガイド

 デパートのレストランでの待ち時間、隣の書店で『中学受験合格ガイド』という本を買った。本というか雑誌であるが、とにかく自分のお金で書籍を購入するのは本当に久しぶりである。特にこういった情報はインターネットで手に入れればじゅうぶんと思っていたのだが、居間に転がしておいてちょっとした時間に、また妻や娘が眺めて何か考えてくれればと思い、財布の紐を緩めた。中学受験というと僕にとっては今でも非常に苦い思い出である。小学生の僕にとって受験勉強はとても楽しく、勉強することの楽しさはこの時に知ったと言っても過言ではないのだが、なにしろ有名中学に入学するという点で気合いが全く入っていなかった。中学受験に対する認識も甘過ぎた。男子御三家と呼ばれるうちの一校を受験し、なんとなく合格するのかと思っていたが、そんなはずはない。今から思えば合格点にははるか及ばなかったことだろう。国立中学4校は全て抽選で落とされたし、有名私立大附属校も難しくて入れるわけがなかった。不合格を知って慌てた母が勝手に願書を取り寄せ受験させられた中学になんとか滑り込み、僕は公立に行くつもりだったが親に説得されてその私立中学に進んだ。雑誌では東京男子人気校5校のうちの1つに挙がっていて偏差値は55。第一希望の69には水をあけられている。どうでもいいことなのだが、一流中学に入学して中高6年間の一貫教育を受けた、この場合の教育とは勉強以外のことも含めたもっと広い意味での教育であるが、そんな教育を受けてきた人に対しては未だに羨ましいという気持ちを隠せない。この悔しさはいつか晴らさねばと密かに思っていたのだが、娘や息子に託すというのもいいかもしれない。こんな理由で中学受験を押しつけられては子供達にとっては迷惑千万であることは百も承知なわけだが、まずは娘である。本日より、娘を有名私立あるいは国立中学に入学させるための父親としての活動を開始する。

勝手ながら1冊献上

 職場に小包のような小さい郵便物が送られてきた。文庫本のような大きさだが、一体なんだろう。それは北海道の友人から送られてきた新田次郎『聖職の碑』という一冊だった。新品だが、いつ頃の本だろうと見てみると今年の6月に第1刷発行とだけ書かれている。おや、藤原寛人は僕が小学生の頃に死んだはずなのに。良く見ると新装版と書かれている。僕の祖母が長野縣で国民学校の教員をやっていた話を聞き、送ってくれたらしい。こんな本の薦め方は反則だろうと苦笑いしつつも、いずれ真似してみようかとも思ってしまった。とりあえず自宅に持ち帰り、これから読む予定になっている本の横に立て掛けた。いつ手をつけられるかは今のところ未定。北海道はだいぶ秋めいてきたらしい。
Aug26_2011

梯子酒の二日酔い

 今朝はなかなか起きられなかったし、一日中調子が悪かった。二日酔いである。英語ではhangoverと言う。カナダにいる頃、教えてもらった。年を取ったことを感じさせられることはあまりないのだが、深酒した翌朝に仕事ができなくなったことは数少ないそのうちの一つである。朝にいろいろとやりたいことができなくなってしまうのは問題が大きい。ましてや翌日調子が悪くて研究が進まないというのは許しがたい事態である。以後、飲む量には気をつけなければならない。決して研究が一番楽しいとは僕は言わないが、飲酒より楽しいのは自明である。

梯子酒

 ずっと前から計画していたのだが、今日は4つの大学の事務関係者と教員を交えた会議を開いた。しかも僕が司会をしなければならないので、まあ楽しみにしていたという面もあるのだが、気が重かったのは事実。もっとスムーズに進行できたのではないかという反省もあるのだが、とりあえず無事に終わって良かった。その後は飲み会。けっこう酔っ払った。もともと重なっていて行けないと思っていたのだが、その帰り、イェール大に留学する友人の送別会にも顔を出すことにした。これぞ梯子酒というやつか。帰りは午前様となってしまったが、懐かしい面々とも話すことができ、楽しい一夜だった。出発はあさって羽田からとのこと。

自分の写真の撮影

 あるシンポジウムのパネリストとして参加してくれるよう言われていて、何をすればいいのか全く分からない状態なのだが、今度は広報用のポスター作製のために写真を送ってくれと依頼が来た。履歴書に使っている写真はつまらないし、最近、どこかに出かけた時に撮った写真に使えるようなものはなかった。そこで、誰かに手伝ってもらうのも良かったのだが、大学の居室で独りで撮ってみることにした。20枚か30枚撮っただろうか。ようやくまともなのが1枚だけ撮れた。表情を作るのが難しい。特に独りでカメラに向かっているだけだと。
Aug23_2011

クモの子誕生

 最近、クモの子がたくさん生まれたようで、大学の居室の中をぴょんぴょんと飛び回っている姿を見かける。体長は2mmから3mmほど。空中を飛んでいるかのように跳ねるから面白い。壁を伝ってどんどん登って行ったりもする。奴らの空腹を満たすだけの餌食がここにはあるのだろうか。部屋から出て行った奴もいるだろう。ひょっとしたら共食いもあるのかもしれない。
Aug22_2011

40人の大家族

 昨日、義理の祖父母の法事があり、その子孫、および配偶者たちに集合がかかった。子、孫、曾孫、総勢40人を超える。孫同士はいとこの集まり、曾孫同士ははとこの集まりとなる。何人か来れない人もいたがほぼ全員の40人近くが集まった。子孫最年少がうちの息子で、法事の最中に騒ぎ出し、外に連れ出さねばならず、またしても和尚さんの話を聞きそこなった。夜は黒沢温泉の旅館に集まり宴会である。それにしてもこの大家族の結び付きはすごい。結納の時、その祖父母はまだ健在だった。その時も多くの親戚が集まってくれたが、結婚によってこんな大家族の一員になるとは夢にも思わなかった。今度は東京周辺に住むいとこ同士でいとこ会をするらしい。僕は義理の孫に当たり、れっきとしたそのいとこ会のメンバーの一人である。

車窓から眺める福島

 新幹線に乗り独り山形へ。ふと気が付いたが大震災後に東北地方に入るのは初めてである。しかもここは原発事故の影響が強く残る福島県。曇天のもと、田んぼの稲は青々としてとても美しかった。
Aug20_2011

いらいらさせられるプリンタの故障

 大学で使っているレーザープリンタが故障した。印刷しようとするとエラーになってどうにも動いてくれない。数ヶ月前も同じような症状になりつつも自然治癒したので、今回もしばらく様子を見ることにしたのだがいっこうに直る気配がない。1年半前に8.4万円ほどで買い、まだ3400枚ほどしか印刷していない。修理の見積りをお願いすると、訪問料1万円、技術料1万円も含めて約6万円。買い直すという選択肢もあるが、トナーを何本も買ってあるし、今年は自由に使える研究費もあるので、きのう修理に来てもらった。重要な基板を1枚交換しただけのようである。その部品代が約3.8万円。ようやく自由に印刷できるようになった。世の中にはすぐに調子が悪くなるプリンタが多々あるが、そういうのにはいつもいらいらさせられる。

気楽な独り暮らし

 妻と娘と息子が、妻の実家に帰省してしまった。今夜は独りである。こんな状況はいつ以来だろう。共働きの家族4人、特に息子が幼いこともあり、慌ただしい毎日で、家では好きなことにじっくり取り組めない。今夜はなぜか、単身赴任していたころではなく、独り暮らしだった学生の頃を思い出した。あの頃は全く気楽だった。

火の島、毛髪湿度計、ガラスと水銀

 一年半ほど前に友人から薦められた新田次郎『火の島』、最近になってようやく余裕が出てきたので、図書館から借りて読んだ。噴火による死の恐怖の末はどうなるのかとはらはらしながら読み進めたが、特に驚かされるようなことは起こらなかった。以後、鳥島はどうも噴火していないようだが、観測所は閉じられてしまった。これにて本は返却しようかと思ったのだが、せっかくなので巻末に添えられていた2つの短編『毛髪湿度計』と『ガラスと水銀』も読んでみることにした。この全3編、どれも僕の研究者としての姿勢を問うような物語なのだが、特に後ろの方が強烈である。研究者というべきか、技術者というべきか、職人というべきか。時代は流れ、今や職人という言葉は特に研究者と区別するためにも使われているような雰囲気すらある。そんな中で新田次郎が遺したこれらの作品は、成果だけが重視される今の研究者たちにとってたいへん貴重である。最後に添えられていた奥野健男による解説も非常に的を得たものであった。残念ながらこの文庫本は絶版となっているらしいから、図書館の存在は本当にありがたい。

スーパーあずさで帰京

 行きは息子と2人、帰りは娘も加わって3人である。ともに2席、指定席を取った。この親子3人ならば、2席にちょうど並んで座れる。娘は疲れていたのか窓ぎわですぐに眠ってしまった。息子はしばらくぐずついていたが、ようやく座ったまま眠りに就き、3人そろって熟睡。家に着いたら、子供たちのために遅い昼食を作ってやらなければならない。

中房温泉とたる沢の滝

 今年のお盆の帰省はのんびりしているつもりだったが、妹がどこかに行こうと言うので、中房温泉を提案した。別にこの暑い時に温泉に浸かりに行きたいわけではなく、来年辺りの燕岳登山の下見といった感じで。実際には合戦沢へのピクニックである。子供たちは大喜び。意外なことに、幼い息子も渓流の中に喜んで入って行く。もちろん支えてやらないと流されて行ってしまう。帰りにはたる沢の滝も見に行った。常念岳から燕岳へ縦走しここへ下ったのは高校1年の時、ここから燕岳を経て槍ヶ岳に登ったのは大学1年の時である。あれからずいぶん時が流れた。実家から車で1時間もかからない。そろそろ家族で登りたくなってきた。
Aug15_2011

オオバコむしり

 安曇野の実家の周りを歩き回ってみたが、どこの家も庭などの手入れが行き届いてきれいである。雑草が生えて荒れ放題なのはうちくらいなもの。畑の雑草は抜いても、庭の雑草は気にならないようだ。僕がちょっと手を入れたところでどうこうなるわけではないが、一面にはびこっているオオバコが気になったので、もくもくと草むしりをした。これから両親はどんどん年老いて行く。同居している妹は、親以上にそういったことには無関心である。いずれどうなるのだろう、この家は。

ゴーヤの種子

 父が先日の交通事故で、肋骨を何本も折った。車は大破にもかかわらず、それだけの怪我で済んだのは不幸中の幸いである。もうだいぶ良くなったようだが、ジャガイモの収穫を手伝えとのことで午前中は畑で汗を流した。食べ切れもしないのにあれこれと育てていて、ゴーヤは大きいのがいくつも成っていた。今年、東京ではあちこちに貧弱なゴーヤが実っているので、これだけすごいのを見ると気持ちいい。中には取り損ねて熟れて割れ始めている実があった。もはや食べられないだろうから、開いてみると真っ赤な種があり、その中に本物の種子があった。来年、蒔いてみることにしよう。
Aug13_2011

息子と二人で帰省

 今日から夏季一斉休業ということで、昨夜は大学の仲間と飲みに行った。今朝は早く起きて帰省の準備をするはずだったのだが起きられなかった。若い頃はそんなことはなかったのに。娘はすでに帰省している。妻は出勤。そして僕は9時には息子を連れて出発しなければならなかった。大好きな電車に乗って興奮気味。ちょっと騒がしかったが、機嫌が悪いよりはいい。避暑に来たつもりだったが安曇野も東京並みに暑い。

学生のプログラムのデバッグ

 学生からJavaのデバッグを頼まれる。そんなことも理解してくれていなかったのかという落胆があったが、僕が講義で教えたことを自分の研究に積極的に生かそうという姿勢は嬉しい。プログラムが期待通りに動けば感動してくれるし、シェルスクリプトを書いて、似たようなコマンドを繰り返し実行する方法も教えてあげたらまた感動してくれた。明日から大学は夏季一斉休業。実家に帰省するだけで特に予定はない。ちょっと勉強でもしようと思っている。

トマトの裂果

 少ないながらも毎日のようにミニトマトの収穫がある。息子は「トマト、トマト」と言って喜んでもぎ取っている。実はその中に1株だけ、ちょっと枝振りのいいのがあった。そのうちに花が咲いて実が付いたわけだが、その実はどんどん大きくなり、どうやらミニトマトではなかったらしい。多くは息子のうんちから発芽したものだが、普通のトマトも混じっていたのだろう。きれいな実だったが、収穫時には割れてしまった。裂果という現象らしい。こういうトマトは売り物にはならないだろが、実際には多く発生しているはず。食べられないわけではないだろうが、無駄に捨てられているのか。
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東北百名山

 東北山岳写真家集団による『東北百名山』という本というか、ガイドブックというか、写真集がある。確か、ワンダーフォーゲル部をやめ、独り、あるいは数人の友達を連れ、東北地方のあちこちの山を登ろうと、大学1年生の頃に買った物だと記憶している。最近は存在すら忘れていて、もはや見ることはないだろうと捨てることにした。どれだけ登ったかを数えてみると、白神岳、岩木山、八甲田・大岳、南八甲田・櫛ヶ峰、八幡平、早池峰山、鳥海山、虎毛山、栗駒山、月山、面白山、泉ヶ岳、大東岳、大朝日岳、船形山、蔵王・熊野岳、蛤山、磐梯山、蔵王・熊野岳、飯豊本山、飯豊・北股岳、飯豊・杁差岳、田代山、会津駒ヶ岳、蔵王・屏風岳、霊山、安達太良山、三本槍岳の28座だろうか。若い頃は決して忘れることなどないだろうと思っていたのだが、記憶があいまいになっている山もあって、山登りに対する熱意が失われていることがよく分かる。思い出深い山もあれば、つまらなかった山もある。名山と呼ばれる山でも。独りで、身軽に、日帰りで行った山などは、今から思い返せばただ行ったという意味しかない。その一方で、友達と共に苦労して登った山は良く覚えていて、今でも思い出してみればとても感慨深く、涙さえ出ることもある。悪天候なんかもいい思い出である。大学で仙台なんぞに行かなければ、こういった山々のすばらしさを知らずに一生を終えたかもしれない。秋田駒、焼石岳など、登りそびれた山も多い。いずれまた機会を見つけて東北の山に行かなければ。娘や息子にも教えてやらなければならない。

JCBは使えない

 先日の国際学会は参加費無料だったのだが、そんなのはまれである。11月末にマレーシアに行くことになり、今日、参加費を払って登録を済ませたのだが、なんと500米ドル。いつも使っているJCBのクレジットカードは使えなかった。国内最大手とは言え、海の向こうに行くとやはり駄目か。そうなると、VisaかMasterCardなのだが、今使っているVisaはカナダドルで支払うカードなので、研究費から出してもらうにはいろいろと問題が起りそう。けっきょく、あまり使っていないMasterCardを利用した。クレジットカードを何枚も持ちたいわけではないのだが、とりあえずどれもそれなりに機能しているようだ。

パンクで狂った予定

 学校のプール一般開放、今日が最終日である。娘は帰省してしまったので、独りで泳ぎに行くことにした。今回もこれまで行ったことのないちょっと遠い小学校に行くことにした。自転車を漕いでいると、後輪に何か絡まったのか変な音がしたので、止まって見てみたが、特に変わった様子はない。再び走り出すとガタガタといった感じになり、どうやらパンクしてしまったようだ。タイヤを回して確認するとヘアピンのような物が刺さっており、最初の音はそれが泥除けを擦っている音であることが判明した。パンクとは久しぶりである。道路の端はいろいろな物が落ちているので気をつけないといけない。実は最近、この自転車の後輪がかなり摩耗していることに気付いていた。交換も時間の問題と思っていただけに、パンクはいい機会だったかもしれない。しかも自転車屋もそこから遠くなかった。ところが、タイヤ交換の修理には順番待ちもあり、5時間もかかるとのことで、水泳は断念せざるを得なくなった。パンクは突然起こるから困る。

災い転じて福となす

 おとといきのうと妹が、うちの娘を海水浴に連れて行ってくれた。外房の鴨川。台風の影響もあり、波がかなり高く、ゴーグルを流されたりして、さんざんな思いをして帰って来たようだ。これまでヒューロン湖などに連れて行ってやったことはあったが、あれは淡水なので海水浴ではない。いずれ、内房のさざ波を見せてやることにしよう。そして今日は妹が帰省するというので、娘も一緒に連れて行ってもらうことにした。新宿駅まで送る。荷物は2つの手提げ袋とナップザック。僕は手ぶらだったのでナップザックぐらいは持ってやった。妹に頼み、せっかく新宿に来たのだからと、LEDのヘッドライトを買いに行くことにした。そして店に向かっている最中にふと気が付いた。娘の荷物を背負ったままだ。最初に背負った時に嫌な予感がしていたのだがその通りになってしまった。時計を見るとちょうど発車時刻。ボケているとこんな大失態をしでかす。ここで慌ててもしかたがないので、買い物を済ませてから家に戻り、近くのコンビニへ持っていて送ってもらうことにした。しかし配達は明後日になってしまうという。そんなわけで、集配郵便局まで持って行くと、こちらはどうやら間に合った。送料はともかく、週末の貴重な時間をロスしてしまったわけだが、災い転じて福となすために、途中で見つけた宝くじ売り場で東日本大震災復興宝くじを買った。当たらなくても、寄付したと思えばいいか。

徘徊性のクモ

 大学の居室には、建物が古いためか何なのか、何匹ものクモが住んでいる。網状の巣を張る造網性のクモもいるようだが、むしろ徘徊性の方が多い。つまり、こいつらの餌となる小さな虫がたくさんいるのだろう。たまに動いているのを見かけるが、それを退治してくれているのだからクモには感謝している。植木鉢の周りをうろうろしていることもある。有機肥料を使っていたから、変な虫がいるのだろう。クモを見つけて気持ち良くはないが、気持ち悪い虫やゴキブリなんかよりはずっとましである。

2歳半の老いぼれMac

 毎日の仕事で使っているMac Proは2年半前に科研費で購入した物である。年度末で、使える予算が限られており、メモリをもっと増やして買いたかったのだが4GBで我慢した。当時、4GBもあれば特に問題はなかったのだが、それから仮想マシンを使ってWindowsやLinuxを動かしたりし始めるととても4GBでは足りない。今また科研費が使えるので、メモリを買いたすことを思い付いていろいろと調べ始めたのだが、なんと僕のMac Proに増設できるメモリはもはや売られていないようだ。中古品を探せばなんとかなる状況だが、そこまでやる意味があるか。ほんの2年ちょっと前のパソコンでこんな状況である。まだまだ先のことになるだろうが、新しいのを買うことを考えた方がいいのかもしれない。今年からもらっている科研費は基金化されているため、特に申請しなくても来年度に繰り越すことができる。

ミニトマトの初収穫

 いつになったら赤く熟すのかとずっと待っていたが、ここ数日の間に急にミニトマトに色が付いてきた。今朝、初収穫。3つをもぎ取り、そのうちの一つを半分に切って、息子と分けた。息子、そしてメダカやエビの排泄物を肥やしに育ったミニトマトである。ちょっと酸っぱいような気もするが、もちろん自分が手塩に掛けて育てたものがまずいわけがない。酸っぱい物が好きな息子もいつもと変わらぬ表情で食べていた。これからしばらくの間、毎日のように採れそうだ。
Aug03_2011

江戸城の一ツ橋

 きのう今日と、江戸城平川門のすぐ近くにある一ツ橋という橋を渡った。家康が移封されて来た時には丸太が一本渡されていただけで、こう呼ばれたと言う。御三卿の一つ一橋徳川家はこの辺りに屋敷を構えた。のちに水戸徳川家から慶喜を養子にもらい、紆余曲折はあったものの、最後の将軍を立てることになる。現在の外語大と一橋大は、もともと一つの学校としてこの辺りにあったが、東京商科大学の方が関東大震災の影響で移転し、そののちに一橋大学と改称された。コンクリートの現在の一ツ橋は震災後の大正14年に作られたものらしいが、かなりしっかりしている。
Aug02_2011
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Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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