スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キャラが立つ

 来月のシンポジウムでパネリストをやることになっているのだが、何をすればいいのか全く分からない。今日、ファシリテータを務める方との事前打ち合わせがあった。最近まで企業に勤めていたようだが、博士号を取って、現在は、僕が卒業した中学校の創立者が創立した大学の准教授をされているらしい。理学部化学科を卒業して情報系の仕事に進んだという点で、経歴がよく似ており、興味深い人だった。女性である。僕の研究内容についても生物学には疎いはずなのに興味深く聞いてくれ、話は弾む。僕のような人物でパネリストが務まるのかと聞いてみると、「キャラが立っているから大丈夫」などと言われた。キャラが立つなどと言われたのは初めてだが、もっと具体的にはどういうことなのだろう。
スポンサーサイト

他大学における非常勤講師

 突然、とある国立大学の非常勤講師に任用されて講義をすることになった。最近はその準備に追われる毎日だったが、精神的に追われるだけで進み具合は悪かった。気がかりなのは英語で話さなければならないこと。留学生はともかく、修士課程の大学院生が英語を聞いて理解してくれるのか。自分の英語に対する不安だけでなく、彼らの語学力もそう高いものであるとは思えない。あっという間に時間は過ぎ、いよいよ今日の午後6時から2コマを担当する。やはりなかなかうまく話せるものではなかった。意外だったのは学生達。はっきり言って見くびっていたのだが、うとうとしているような学生は一人もおらず、ほとんどが僕の顔かスライドをじっと眺めて僕のつたない英語を聞いているようである。英語なんてどうでもいい。このよそから来た講師の伝えたいことをちゃんと理解してやろうという雰囲気が伝わってきた。その大学の友人が事前に宣伝してくれたことも大きかったと思われる。今回、内容の面では、学生たちに話したことの何倍も自分では良く理解できていたが、やはりもっとしっかり英語でスムーズに話せるように準備をしておくべきだった。結果的に時間通りに終わらせたが、自作の問題を解いてもらう時間は確保できなかった。

中学校レベルの英文法の教育

 かなり時間がかかったが、英検3級の参考書を利用して娘に中学校レベルの英語の文法を全て教え込んだ。受動態だの、動名詞だの、関係代名詞だの文法用語もフルに使って、小学生と父親との会話とは思えないようなやり取りをしてとにかく一通りやり終えた。理解しているかどうかは別問題で、とにかく終わらせたということである。これから3級レベルの問題を解かせて、実践的な英語の習得に移行して行く。娘への英語教育を通して、小学生に英語を教えることの無意味さを悟ったのだが、帰国子女として4級に合格させるところまで突っ走ってしまったので、ここで完全に止めてしまうのもためらわれる。来年辺りには3級に合格してもらって、さて息子の方の英語教育はどうすべきかが次の問題である。小学生に無理してやらせるよりも、中学生になってから集中的に勉強させた方が、教える側としても教わる側からも時間の使い方としては無駄がないのは明らかなのだが。

英語による研究発表会

 これから海外に留学する大学院生達による研究発表会に出た。発表は全て英語である。この忙しい時に正直言わせてもらうと出たくなかったのだが、何か質問して少しでも学生の訓練にでもなればと頼まれていたのでしかたない。発表は悪くても聞くに堪えうる程度にはまとまっていて、「ああ、時間の無駄だった」などと思わされるようなものではなかったので良かった。こういった発表を事あるごとに繰り返して、研究者というのは英語によるプレゼンテーションやコミュニケーションの能力を身につけて行くのだろう。講義で面倒を見ていた学生が半分ぐらいなのだが、それ以外にも、僕には全く専門外のことをやっている学生もいる。そんなのに対しても質問をしなければならないから、一生懸命聞いて、頑張って英語で質問する。なんか以前よりもしゃべれなくなっていることを痛感させらる。数えてみると、カナダ留学から帰国し早4年と5ヶ月が過ぎ去っていた。

救急車のサイレン

 息子は救急車や消防車が大好きで、救急車のサイレンが聞こえてくると「きゅうきゅうしゃだ」と言って一緒にベランダに見に行くよう促す。うちの北側に消防署があり、そこから南側へ走って行くことが一日に何度もあるのだが、慌てて外に出ても救急車の姿を見られるのはほんの一瞬である。運が良ければうちの真下を通る。息子は飽きもせずこれを繰り返す。5年も経てば毎日こんなことをしていたことなど記憶のかなたに吹っ飛んでしまうだろうから、ここに書き記しておく。

常念の頂

 息子がいろいろな言葉を発してしゃべるようになってきた。なんとか日本語によるコミュニケーションも取れるようになり、もはや赤ん坊でないことを思い知らされる。いずれ山に行こうなどと言うと、「ぱぱとねえねえとやまいく」と答える。今から楽しみでたまらない。その一方で反抗期に入り、扱いづらくなっている娘の方は「山なんてもう嫌だね、つまんない」などと返す。登山は僕も辛くてもう嫌なのだが、子供達とともに故郷常念岳の頂(いただき)に立つのは一つの夢である。

新田次郎の年譜

 最近読んだ新田次郎の文庫本の巻末に著者の年譜なるものが載っていた。一通り眺めてみると、改めて新田次郎という男の偉大さが感じられる。特に興味深いのは僕の今の年齢の辺りである。39歳で『強力伝』を書き、直木賞受賞は44歳とあるから、作家としてのデビューは意外と遅かった。僕でもこれから何か新しいことに挑戦できる年齢なのかと勇気づけられる。しかしそこからがすごい。気象庁に勤務しながら発表し続けた作品の数には驚かされる。ここ10年ぐらい僕は筆頭著者論文を平均すれば年に1報ほど書いているが、その苦労は新田次郎が下調べから一作品を完成させるまでの苦労に及ばないかもしれない。それなのに毎年毎年、著書名の羅列が絶えない。51歳で測器課長になり富士山気象レーダー建設に携わる。なのに筆は衰えを見せるどころかますます旺盛になってゆく。54歳で退官。その後、発表タイトル数が多いというわけではないが、内容やページ数が確認できていないので何とも言えない。しかし、気象庁で働いていた時のエネルギーがそのまま作家としての活動に費やされていたのだと思われる。67歳、自宅にて心筋梗塞のため急逝。

台風でやられたベランダの植物

 今回の台風15号ではうちも被害を受けた。まず保育園のお迎え。僕が早く帰れば良かったのだが、妻任せにしていると途中で電車が止まってしまい、夜遅くになってしまったとのこと。夕方には僕も職場から動くことができないような状況になっていた。そしてベランダでは、子供の自転車を置いていたためか、隣との仕切りとなっている隔離板が粉々に割れてしまった。そして植物である。ゴーヤは徹底的に風にやられてしまった。もはや生き返ることはないだろう。とても美しく育っていて、花を付けるのを楽しみにしていたのだが、せめて数日前にビデオ撮影しておいたのが救いである。まだ小さかったから、鉢と棒ごと、部屋の中に退避させておくことも可能だったが後知恵である。そしてトマト。こちらはとても部屋に入れれられるような大きさではない。やはり葉がやられて今は死んだようにうなだれている。しかし今年はなにかとトマトという植物の生命力に驚かされてきた。これからどう復活して行くのか、せめてそのことを楽しみとしよう。
Sep23_2011

聖職の碑

 新田次郎『聖職の碑』を読み終えた。読み進めば進むほど興味深い話であった。途中、いろいろな疑問が生じるのだが、最後にはその全てが解決し、取材記も含め小説として良くまとまっている。例えば、なぜあれほどの事故が起りながら未だに長野県の子供達は2000mを超える高山に登らされるのか。この本を読めば良く分かる。登山をつまらなかったと言う子供は一人もいないのだという。僕も2つ下の妹も東京で教育を受けたのだが、一番下の妹は長野県で育ち、学校で北アルプス燕岳に登らされた。それ以前に、家族で常念岳などにも登っていたとは思うが、学校での強制登山もさぞかしいい思い出となったことだろう。書きたいことはいろいろあるのだが、ここでは上伊那教育会の西駒ヶ岳登山案内に書かれているという登山の目的を引用しておきたい。一、旺盛な気はくと忍耐力によって西駒ヶ岳に登り、身体をきたえるとともに強い意志を養う。二、高山の自然(高山植物、地形、地質、原始林、雪渓、雲海など)に親しみ、観察する。三、高山の景観に接し、自然の偉大さを味わう。四、仲良く協力の精神を発揮し、登山のよろこびをともに味わう。別に登山の目的などといった哲学的なことを無理に考えなくてもいいというのが僕の考えだったが、この4つの条文には非常に惹かれるものがある。最近、苦労して山に登るよりも家にいた方が楽でいいと思うようになってきて、この本を読んだからといってその気持ちが変わったわけではないのだが、子供達を山に連れて行ってやる必要がある、そして連れて行ってやることはこちらにとっても意味があることを強く感じさせられた。実は今日は出張で筑波山を見たのだが、筑波山のような山では駄目なのである。僕なりに高山を解釈すれば、ハイマツが生えている山だろう。2500mほど、東北の山だったら1500mほどになろうか。情緒などに流されて低い山に興味を持って登っても、自然の本当の偉大さは感じられない。そして独りでのこのこと山に行くなどということはもはや僕にとっては何の意味もなさそうだ。最初、違和感を覚えたこの本のタイトルの意味するところも大きい。ただ捨てられるだけかもしれないというのに、友人がわざわざ新品を買って送りつけてくるだけのことはある。

10連敗後に久々の勝利

 なかなかうまくならないものだが、ようやくigowinで3 Kyuまで上がった。今までの最高位である。しかしここから勝ち上がるのは難しい。3 Kyuで戦ったらもちろん初戦で負かされ、4 Kyuに押し戻された。負けた対局の棋譜は全て保存してあるので、どうしたら勝てるのか研究したいのだがそんなことをしている時間はない。一方でKGSの方はなんと10連敗を喫し、14 kまで落とされた。14 kで留まっていられるのが不思議なくらいだが、いったいどうやってランクを計算しているのだろう。概してランクが上の相手はやはり強く、いくらこっちが石を置いてもやられるケースが多い。逆もまた然りで、17 k相手に3子局で戦ったら、やはり相手は弱かった。ようやく連敗を脱出。これでは日本棋院の6級程度の実力か。

メダカの産卵から孵化までの日数

 メダカはどのくらいで孵化するのか。ウェブサイトでいろいろと調べてみると、多くの場合、産卵後10日から2週間で孵化するなどと書かれている。幅があるのは水温によるためで、もちろん温度が高いほど発生は早く進む。ゼブラフィッシュに比べるとずいぶんと長く感じられる。これを試してみようと、今月10日に採卵して様子を見ていたところ、驚いたことに17日には1匹孵化した。翌18日にはもう1匹、そして19日はもう1匹。それぞれ、7日、8日、9日で孵化したことになる。この1週間は確かに暑い日が続いたが、7日というのは記録的な早さではないか。とりあえず3匹とも元気に泳いでいる。未だ17個のうち3つしか孵化していないのだが。

メダカの成魚式

 今年6月生まれのメダカは3ヶ月になる。生き残ったのはたったの1匹。けっこう大きくなってきたのでこの1週間は意識的に多くの餌を与え、さらに少しでも体を大きくさせてやろうと頑張った。何年か前、そこそこ大きくなった稚魚を成魚のいる水槽に入れてやったら、いきなり丸飲みされたという経験があるので、慎重に事を進めねばならない。食べられてしまっては、この3ヶ月間の苦労が一瞬にして水泡に帰す。きのう、いよいよ大きな水槽に入れてやった。最初、1匹だけ残っているオスに追いかけられていたが、食べられるほどのことはないようだ。今日、恐る恐る水槽を覗いてみると、3匹の成魚とともに元気良く泳いでいた。無事に仲間に入れてもらえたようだ。

高山登山による教育

 北海道の友人が送ってくれた本を読んでいる。ちょうど半分までたどり着いた。松本で小学校の教師をしていた僕の母方の祖母の話を聞いて送ってくれた物だが、この前、甲武信ヶ岳で甥とはぐれてしまった遭難騒ぎのことも頭にあったのかもしれない。甥という言葉よりも、妹の長男といった方がいい。山に誘って連れて行っておきながら下山中に行方が分からなくなってしまい、最悪の事態が起きた場合のことを考えると非常に苦しい数時間を体験した。それに比べれば、この本に登場する校長の苦労は計り知れない。この校長の人格や行動は尊敬されるべく描かれているのだが、もう少し読み進めれば彼の最後を看取ることになるのだろう。同姓の教育者についての件(くだり)があった。実はその姓は祖母の旧姓とも同じである。ひょっとしたら親戚かもしれず、もしそうならば僕も大正2年に亡くなったこの校長と血縁関係にあるということになる。添えられていた友人からの手紙には長野県の教育界についても触れられていて、これからどういった展開になるのかかなり気になる。僕は長野県で生まれ育ちながら、小学校から高校まではずっと東京で学校教育を受けた。昔話になってしまったが、長野県は教育県であるとのことはよく耳にしたし、高山登山が行われていることはよく知っている。あんな大惨事を起こしてもなお続いているわけである。もちろん、僕の両親も登らされた。僕がこうやって生まれ、生きているのも、この木曽駒ヶ岳遭難事故とは無縁でないような気がしてならない。

名刺印刷枚数の見積り

 名刺を100枚刷っていたが、残りわずかになった。任期切れまでもう半年なのでなんとか頑張ろうと思っていたが、これから海外も含め、出張が何度もある。はっきり言って無理。名刺印刷には研究費等は使えないので自分で払わなければいけないのだが、新たに刷り直すことにした。2年ちょっとで100枚は少なかった。倍の200枚にしたってそんなに値段は変わらなかったのだから、年に100枚で考えておくべきだった。自治会でお世話になったお隣さんが印刷屋さんなので気安くお願いしたら、1ヶ月近くかかったものの、かなり安くやってくれた。100枚でお願いしたのに188枚も刷ってくれたのだが、かえって気を使わせてしまったか。

育児のための年休

 息子の体調が良くないので保育園を休ませることにした。僕は午後4時から教員間の話し合いがあって、それにはどうしても出る必要がある。妻の方も今日は休めないということだったが、けっきょく午後は年休を取ってもらうことにした。昼過ぎに帰って来て交代し、僕は丸一日年休を取ったが、午後は出勤。裁量労働制なので年休がどうのこうのなど、どうでもいい話なのだが、特に育児のために年休を取る時はきちんと関係者に連絡し、面倒でも手続きをするようにしている。自分の家庭はともかく、日本の社会全体が少しでも共働きで育児をしている家庭にとって優しい環境になってくれることを願って。

トマトにわいたカイガラムシ

 ベランダのトマトは何株か枯れてしまったが、未だに8本が元気で、少しばかりの実をつけてくれる。丈は僕の身長よりもやや高いくらいまで成長したが、先日の台風で枝が折れたり、そうでなくても多くが倒された。それでも新芽を出したり、また上へ上へと伸びようとする。なかなか強い植物である。ところが困ったことにカイガラムシが増えてきた。アブラムシならかわいいのだが、僕は気持ち悪くてこのカイガラムシは大の苦手である。とても素手で触る気になれない。なんとなく毒があるような気がしてメダカの餌にするのもためらわれる。例年、秋になると現れ、晩秋には大繁殖するのだが、今年は食用にしているトマトにわいてしまった。どうやって退治しよう。
Sep15_2011

園児の噛み付き

 先日の保育園の保護者会で噛み付きが話題に上った。園児の典型的な暴力である。うちの娘もよく噛まれたし、息子もよく腕などに歯形を付けて帰って来る。これは保育士の責任ということでひどく謝られるのだが、誰が噛んだかは教えてくれない。子供が話せるようになると、子供から聞き出すことは可能であるが。噛まれた時はたいてい激しく泣くらしい。ひどい内出血の場合、1週間も跡が残るだろうか。それでも噛み跡なんていずれは治る。僕はたいした問題ではないと思っているのだが、息子は噛み付くのかと聞いてみたところ、そういうことは一切ないと。うちの子はこれからいじめのある子供社会をうまく生き抜いてくれるのだろうか。むしろ心配だ。噛み付くぐらいの元気があって欲しいものだが。

満月の観察

 きのうは仲秋の名月。晴れていたのでとてもきれいで、写真も撮ってみた。小学生の頃、満月の夜に月の観察をさせられたことがある。1時間おきかでアパートの屋上に上がり、夜遅くまで頑張った記憶がある。いい思い出だ。さて、今日、仕事から帰ると建物の入り口にちょっとした人だかりができていて呼び止められた。良く見れば、うちの家族もいる。娘の同級生2家族も集まって、計3家族合同で宿題の月の観察をしていたのだ。何時何分、どの方角に何度の高さにあるかを記憶するらしい。僕が、重りを垂らした糸で水平を取り、細長いストローで月を覗いて角度を決めて分度器で測らないと駄目だなどと細かいことを言っていると、偶然、担任の先生が通りかかって僕らの様子を見ていたが、特に会話はなかった。さて、方角を決めるのは、どのくらい正確なのかは確かめなかったが、iPhoneの電子コンパスが非常に便利だった。そして夜10時以降の観察は親に頼むのだと。こういう時こそ夜更かしさせた方がいい経験になると思うのだが。
Sep13_2011

娘の勉強を見る苛々

 今の大学生とは年齢が20歳近くも違う。特に1年生なんかだと、僕は彼女たちの倍以上も生きていることになる。学生と同じ目線でしゃべった方が楽しいので、しゃべっている時はそんな年齢の差など感じないのだが、学生の方からはどう見られているのか。何々学科の大学生なんだからこんなことを知らなくてどうするというような批判的な目で見ると苛々してしまうのだが、自分が学生だった頃を思い出して、しょせん大学生なんてこんなもんだと半ばあきらめてから話すとなかなか楽しい。それに比べ、我が娘の勉強を見てやっている時は、そんな問題も解けないのかと、常に苛々させられ、切れることもしばしば。まだまだ小学生だから尊重してやるべき個人の考え方のようなものはしっかりしていないし、実の子だけに期待もあるし親の責任もある。そしてもちろん反抗期に入ったということもある。この苛々はしばらくの間続きそうだ。

震災で中止されたTOEICの受け直し

 大震災からちょうど半年経った今日、TOEICの公開テストを受験した。実は3月のあの日の2日後、TOEIC公開テストを受ける予定になっていたのだが、全国で実施が中止された。900点台後半を目指してせっせと勉強し、万全の態勢で臨んでいたのだがその努力は報われなかった。何冊か問題集をやり遂げ、これでもう二度とTOEICを受験する必要はないと捨ててしまったので、その後、特に勉強することはなかった。大学が夏休みのうちに受け直しておこうと今回申し込んでいたのだが、勉強する時間はほとんど取れなかった。仕事で毎日のようにある程度は使っているわけだし、英語の実力はそう簡単に落ちるわけはないのたが、リスニングではいくつか聴き取れなかった問題があった。前回は満点だったが、今回は無理だろう。そしてリーディング。前々回は時間内に全問解けたものの、前回は時間が足りなかった。この点を改善すれば高得点が期待できると作戦を立て、時間配分もじゅんぶんに考えて臨んだのだが、またしても最後までたどり着かなかった。読むのが遅いのか、もっと早く情報を拾うような読み方をしなければならないのか。いずれにせよ、高得点をねらうならば、TOEIC対策の勉強をしておく必要があった。前回の自己最高点に及ばないことは確実だろう。ならば今回、高い受験料を払って、日曜日の半日をつぶした意味はほとんどなかった。失意のうちに帰宅の途に就き、まだまだ英語の勉強を続けなければと反省させられたことには意味があったかもしれない。

連敗から抜け出せない

 最近、オンラインでの対局は7連敗中である。全然勝てない。KGS 11kから10kに上がるかと思ったところからこの連敗で、なんとか13kには踏みとどまっているものの、なぜこうも勝てないのだろう。一方で、父の対局記録を覗いてみたら、ずいぶんと勝ち越していていつの間にか5kになっている。KGS 5kは日本棋院の三段に相当するらしい。

ゴーヤの本葉

 ゴーヤの苗がみるみる大きくなってきた。子葉と本葉の形状が全く違うのは明らかだが、驚いたことに、最初の本葉の対とその後の本葉の形状もまるで違い、別の植物のようである。最初の本葉は丸っぽくて、これは本当にゴーヤかと疑った。良く見る切れ目の入った葉が出てきて、さらに蔓も伸びてきたのでようやく確信できた。ヨーグルトの容器で育てているが、そろそろ植え替えてやらないといけない。
Sep09_2011

学生のIT利用方

 学生と長い時間話した。こっちから一方的に教えることばかりかと思いきや、学生もそれぞれにいろいろなことを知っている。僕の知らない世界に首を突っ込んでいればなおさらで、たいていは興味がないどうでもいいことなのだが、ためになりそうなこともある。例えば、Evernoteの利用方について。僕はアカウントは作ってあったが、ほとんど使ったことがなかった。彼女の使い方を聞いて、いろいろと試してみる気になった。Evernoteを使っているくらいだから、もちろんDropboxも使っていたので共有ディレクトリを作った。Twitterの活用術も聞き出したかったが、やはり僕にはTwitterは何がいいのか良く分からない。彼氏とはTwitterを介して知り合ったそうだが。

便所の英語表現

 日本にはしばしばおかしな英語表現の掲示などがあって、外国人を笑わせる。一日本人として揚げ足取りのようなことはしたくはなく、通じるならば積極的に表に出して行けばいいと思っているのだが、まさか自分の大学内にそんなのがあるとは思わなかった。"Please flush the lavatory after every use." トイレで用を足しながら笑ってしまった。これは明らかにおかしい。念のためカナダにいる友人に確認を取ってみたが、思った通りである。flushするのはtoiletであって、lavatoryをflushするのは困難だし、もししてしまったらたいへんなことになる。トイレ関連の英語は整理できていない日本人が多いのか。
Sep07_2011

俳優をやっている友人

 仲の良かった小学校の同級生が俳優をやっている。そんな話はずっと前に聞いて知っていたが、実際に仕事ぶりを見たことはなかった。先日、あるテレビドラマに出演するとの情報が流れてきたので、録画して見てみた。これまで悪役が多かったが、今回は主任警部補役とのこと。なかなかかっこ良かった。去年会った時とはだいぶ雰囲気が違う。ちゃんと役作りをしているからだろう。小学生の頃の記憶からはとても想像できなかった。

メダカの二眼

 今年6月に孵化したメダカはけっきょく1匹しか生き残っていない。多くが死んでしまった原因は良く分からないが、1匹でも成長してくれているから繁殖させられる可能性はある。ちょっと寂しいので、先月末にもう10個の卵を回収したところ、そのうちの2個が正常に発生していることが確認できた。メダカの卵は孵化までにけっこう時間がかかる。産卵からしばらくすると2つの黒い点、つまり眼が現れるので、発生が進んでいるかどうかが分かる。10個のうちの2個とはこれまた寂しいのだが。その2匹が孵化したとしても、生き延びてくれる可能性はかなり低いだろうし。
Sep05_2011

娘の誕生日会

 結婚したゆえに困った事というのはほとんど何もないが、もちろん全くないというわけではない。そのうちの一つが友人を自宅に気安く呼べなくなったこと。この週末、娘が自分の誕生日会をやりたいと言い出したら妻はいきなり反対。かわいそうだし、今後のこと、そして自分の今後のこともあり、ここは娘を応援せねばならぬ。親ではなく、娘が主導的に催すということでその場はなんとか了承させたが、その後も紆余曲折があり、それでもなんとか今日の誕生日会は終了した。他の家がどうだの、掃除が大変だの、同じコップが人数分そろっていなければいけないだの、そんなつまらないことを言うから面倒になって呼びたくなくなるのだ。誕生日会の最中は、母親がいない方が楽だと出て行ってもらいたかったのだが、何かと顔を突っ込み、後で僕がいろいろと言われる。たまったもんじゃない。以後どうするべきか、娘とじっくり作戦を練る必要がある。

映画の英語

 映画『ロッキー』シリーズ全6作が地上波で放送されているので録画し、この週末にまずは第1作を見た。とても懐かしい。最初に映画館で見たのは中3の時だったか、『ロッキー4』であるが、もちろん第1作もビデオかテレビで見ている。しかし内容はすっかり忘れていた。『ロッキー』ではなく"Rocky"として最初は英語で見始めたのだが、どうしても細かいところが聴き取れない。あらすじはつかめても、ちょっとした粋な演出などを見逃してしまう。悔しいが途中であきらめ、最初から日本語吹き替えで見直した。英検1級なんてしょせんこんなものである。自分の仕事をする分にはそれほど困らなくなってはいるが、一歩違う世界に踏み出すともう何も理解できない。これまでとは違う角度からも英語を鍛える必要があるのかもしれない。

ゴーヤの発芽

 帰省した際にゴーヤの種子を採ったが、これが本当に発芽するのか。来年試してみたら発芽しなかったでは面白くないので、一つ蒔いてみることにした。一晩水に浸して土に植え、待つこと何日だろう。いっこうに芽が出てこなくて駄目かと思っていたが、昨日になって突然、元気の良さそうなゴーヤの芽が出てきた。もはや本葉も開き、苗と言えるほどの物に成長した。季節はそろそろ秋で、残念ながら収穫することはできないだろうが、育てられるところまで育ててみることにしよう。花でも見られれば楽しいかもしれない。
Sep02_2011

引き取り訓練

 朝、大学に行ったが、排水管更正工事のためとても仕事ができる状況になかったので、年休を取って帰宅する。今日は防災の日で小学校では引き取り訓練が実施される。地震注意報または警戒宣言発令などを想定した児童の引き渡し訓練である。共働きならば参加できないのが普通なのだが、今回は様子を見に行けそうだ。妻からは「お父さんはほとんどいないから」と言われたが、僕は女子大に勤めている。若い女の子の集団に比べれば、おばさん集団に潜り込むことぐらい平気である。ゆとり教育が否定される今の時代、小学生たちは始業式の日から授業があり、給食もあって午後も授業がある。そして2時から訓練。親たちは体育館に集められた。父親は他に2名ほどいたがいったいどんな仕事をしているのだろう。母親はみんな専業主婦だろうか。顔見知りはいても、話ができるほどの知り合いはいないので確かに辛かった。校長が話をしていても、私語をやめないおばさん達が多い。相手が児童なら怒鳴りつけるところだろうが、さすがに保護者相手では穏やかな顔を崩すことはなかった。ここにいる何割かはいわゆるモンスターペアレントなのだから。そして教室に上がり、担任の先生と顔を合わせる。週に一度くらいはお互いの通勤途中にすれ違って挨拶しているのだが、こんな所に僕なんかが突然現れてびっくりしてくれただろうか。実は娘からは「パパだったら来なくていい」と言われていたが、行けばきっと喜んでくれるはずだと確信して平日の昼の小学校に乗り込んだ。引き取られる準備をしていなかった娘はむっとしていた。
プロフィール

Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
08 | 2011/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
アクセスカウンター
水槽
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。