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高層アパートの火災

 カナダに住んでいる友人から火事の連絡をもらった。僕がトロントでの3年間を過ごした建物である。単身用の部屋だったが、そのうちの1年間は妻と娘と3人で住んでいた。その上の階の3部屋が焼失したらしい。負傷者等が出なかったのは不幸中の幸いである。誤動作やちょっとしたことでよく火災報知機が鳴り、消防車が飛んで来た日々を思い出す。僕の方は慣れてしまって反応しなくなってしまったが、あの迅速な行動があってこそ、この程度で済んだのかもしれない。会社にいた頃は、過剰なほどに火事に対する危機感を持たされたものだが、大学ではその辺りの意識は薄い。今や二人の子を持つ身になり、子供達に留守番をさせている時にこのようなことが起ったらと考えると非常に恐ろしい。
Feb29_2012
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Ubuntuを動かしてみる

 LinuxのディストリビューションであるUbuntuの名を初めて聞いたのは確か2005年になった頃だった。当時、僕はRed Hat Linux 9を使っていたが、インターンシップか何かで研究所に来ていたカナダ人学生がUbuntuを試しに使い始めたとか。ちょっと変わった女子学生だった。Linuxに詳しい友人達に話を振ってみても、誰もUbuntuなど知らなかった。あれから7年、これほどまでに普及するとは。触ることはあっても、自分でインストールしてみたことはなかったので、今さらではあるが僕も試してみることにした。あくまで試すだけなので、Fedora 16に仮想マシンを構築してそこにインストール。Linuxの上にLinuxを動かすというあまり意味のある行為ではないのだが、僕の手で初めてUbuntuが動き始めた。
Feb28_2012

お下がりプラレール

 妹から大きな段ボール箱が届いた。甥からうちの息子宛てになっていて「大切に使ってね」とメッセージが添えられている。大量のプラレールだ。息子は大喜びでいろいろな電車や機関車を走らせている。眠くなっても床に寝そべってじっと眺め、なかなか寝ようとしない。うちのプラレールは少しずつ買い増ししてきて、誰かにお下がりでももらえればなと思っていた所でちょうどいいタイミングだったのだが、まさかこんなに、しかも予告なくもらえるとは思わなかった。息子はいいが、親にとってはどう整理するかが問題だ。

東京マラソン初出場

 東京都小学校管楽器演奏会で娘が演奏するらしいのだが、そんなことよりも東京マラソンである。妻が聴きに行っている間、息子の面倒を誰が見るのか。山形から義母に来てもらい、僕は意を決してスタート地点である都庁へと向かった。体調はいい。包丁で切った指の怪我も気にならない程度には癒えた。それに今年はスギ花粉の飛散が例年になく遅れていることが嬉しい。気温は適度に低い。頑張ればサブフォーを達成し、自己ベスト更新も夢ではなくなってきた。混雑の程度は想定内で、時間の読みはかなり良く、荷物を預けて走る恰好をしてスタートラインに立った。スタートラインとは言っても、実際のラインからはどれくらい離れているのか分からないほどに離れている。寒い中、半袖短パン姿で30分もここで待たねばならないのが心配だったが、それほど苦にはならなかった。9時10分、いよいよスタート。スピーカーから号砲が聞こえたが、もちろんまだ一歩たりとも前へは進めない。ここに3万6千人もの幸運な物好きが集まっている。ようやくのそのそと動き出し、スタートラインを切ったのはほぼ5分後だった。最初の10kmは60分で、以後55分ペースで行く予定だったが、いきなりその5分を使い切ってしまった。いつものことだが、最初は楽に走れる。込んでいて走れないかと思っていたがそれほどでもなく、抑えなければと思いつつも軽快に飛ばして行く。最初は下りが続くこともあり、この辺りで稼いでおかなければという意識も働いた。防衛省の前を通り、皇居の東側、そして日比谷公園へ。10kmの部はここでおしまいとなる。これではあまりにあっけない。さて気なる10km通過タイムは56分15秒ほどだった。当初の計画よりも4分近く早いハイペースだ。しかも最初の5分があるから10kmを51分で走っている。ちょっと速過ぎる。危険だと思いつつも、貯えができたと思うと嬉しかった。その後の励みにもなる。ここからは1kmあたり5分30秒ペースを守ることを心掛けた。1kmごとに表示があるのは走り易い。この日のために買った腕時計の3本の針を見て、計算しながら走る。給水はまだいい。不用意に水を取ることはない。調子良く走り続ける。どのような服装で走ればいいのか、不安がいろいろとあった。最近の市民ランナーが着ているような物を新調したほうがいいのかとも考えたが、面倒だったので昔ながらのスタイルである。長袖、脚全体を覆うスパッツを履いているランナーがほとんどだが、僕は半袖短パン。寒いかと思ったが、これだけ体が温まってくると、自分の選択に間違いがなかったことを確信する。15kmで初めての給水、スポーツドリンクを取った。品川折り返しでは最も自宅に近付く所で、だれか知っている人でも沿道にいないかと探すが、いたとしても見つけるのは難しい。5分30秒ペースを守り、20km地点では1時間50分30秒である。やや足に痛みを感じてきた。9km程度の練習では感じることのできない痛みである。そして中間点。1時間57分である。計画していたタイムよりも4分も早い。ハーフマラソンとしても悪い記録ではない。これは自己新記録間違いなと思ったのだが、その先はそう甘くはなかった。やはり長距離の練習をしていなかったことがここまで来ると響いてくる。息が切れるような疲れはないのだが、足が痛い。そう思うとペースがしだいに落ちてきた。気力も落ちてきたのか、時計を見る気もなくなった。ペースはどんどん落ちていた。これまで抜いてきたランナー達に次々と抜かれて行く。ナンバーカードを見ると、スタート時におよそどのくらいの位置にいたのかが分かる。僕はEブロックなので、AからDまでは僕よりも前、恐らくサブフォーの連中だろう。Aのナンバーをつけたランナーをけっこう抜いたが、けっきょくは抜き返される。そしていつの間にか、周りの歩いている人と変わらない速さになっていることに気付いた。もはや自己ベストも4時間半も無理だろう。でも最後まで走り切ろう。トロントマラソンで4時間を切った時も、少し歩いてしまい、文字通りの完走は果たせなかったという後悔がある。せめて今回は完走しようと願い続けたが、26kmを過ぎた辺りでついに力尽きた。もう膝が思うように動かなくなっていた。歩くしかない。せめてここまでは来た。あと16km歩けばゴールにはたどり着ける。浅草の雷門で折り返し。東京スカイツリーも良く見える。東京マラソンを楽しもうと思っていたが、歩いていると暖かい声援がかえって耳に痛い。悔しいがしかたない。この脚ではどうしようもなかった。歩いても痛みは引くどころかひどくなっているようにも思われた。この脚でこれから10km進む意味がどれだけあるのか。普通ならば棄権して止めるべきであろう。しかし収容車などに乗せられては帰宅は何時になるか。娘に、そして友人達に何といわれるか分からない。やはり這ってでもゴールまでは行かねば。そしてもう一つの大きな問題は寒さである。ずっと4時間走り続けることを計画し、そんな服装で臨み、最初はそれで良かったのだが今や大問題となっていた。2月の東京、しかも例年にない寒さである。そんなところを半袖短パンでびっこを引いて歩いている。マラソンの真っ最中だからいいようなものの、周りにたくさんのランナーがいなければ全く以って異様である。せめて長袖にすべきだった。疲れではなく、この寒さで意識を失って倒れないかと心配になってきた。棄権するべきかとも思ったが、歩き続けた。時々雲の間から顔を出す太陽の存在は嬉しかった。林立するビルの中、日陰と日なたを走るのでは大きく違う。歩く速度はどんどん落ちて、時速4kmも出せないような状態になってきた。考えもしなかった関門閉鎖時刻が気になり始めたが、そこまで遅くはないようだ。しかし右側を対向している多くのランナーは通過できないのだろうとかわいそうに思う。築地を過ぎて晴海まで来ると残り5kmになる。ここからは今までの表示に加え、残り5km、4km、3km、2km、1kmの表示も出る。歩きながらせめて最後の5kmぐらいは走れないものかと画策していた。そしてその表示を超えたところで走る恰好をした。恰好だけで速さは伴っていなかったがそれでもいい。不思議なことになんとか走ることができた。これだけで気分も全く違う。耳に痛かった沿道からの声援も、心に響くようになった。頑張ろう、もう少しだ。ラストスパートに入っているランナーもいるが、今や周りの多くのランナーも僕と同じペースである。ゆっくりでも、とにかく前へ前へ。冷え切っていた体も多少は温まってきた。41kmから最後までは特に長く感じられが、前へ前へと進んでいれゴールである。5回目にして最も遅い記録となる5時間45分。自分としては完走ではないのだが、完走者に与えられるタオルとメダルを受け取った。僕の体はフルマラソンに対応できるほど丈夫ではなかったようで、週に1度9kmを走る程度の練習ではとても対応できなかった。東京マラソン、とてもいい経験をさせてもらい、出場できたことは本当に良かったが、懲り懲り。これでおしまいにする。
Feb26_2012

東京マラソン前日

 雨は午前中に上がったがまだ寒い。そんな中、息子を連れてりんかい線に乗り東京ビックサイトへ。東京マラソンのランナー受付である。本人確認を行い、ナンバーカード、計時チップなどを受け取る。3万6千人が出走するとのことで、何時間並ばされるのかと思ったが、比較的良く流れていた。それでもすごい人の数で、これだけを集める東京マラソンの魅力には恐れ入る。参加できなかった希望者を含めれば35万人である。大会が近付くにつれ、意味があるのかどうか疑わしいと思いつつもカーボンローディングを意識し、炭水化物をいつも以上に摂取した。2年前に体重を3kgほど減らして以来、60kgを超えたことがなかったが、今日は61kgになっていた。明日はこの体に蓄えたエネルギーを使い尽くす。心配していた指の怪我はある程度癒えた。足腰も問題なさそう。びくびくしていたインフルエンザの発症もなかった。
Feb25_2012

水晶婚式のケーキ

 これまでもらった名刺を全てスキャンしてコンピュータに保存し、整理している。ここに至るまではなかなかたいへんだったが、欲しい情報がほんのいくつかのコマンドを打つだけで得られるのでなかなか便利である。最近は全く連絡を取っていない人も多いし、誰なのか全く思い出せないのもある。自分の結婚式関連でもらった名刺が多いのが意外だった。あれから15年もの歳月が流れ、先日は水晶婚式となった。ケーキを買ってきて家族4人で食べようとしたら息子は自分の誕生日と勘違いしているので、ろうそく3本を立てて火を付けたら、歌を歌い始めた。

インフルエンザの功名

 インフルエンザに罹った娘は6晩、別な部屋で独りで寝た。そして出席停止と学級閉鎖のため、今週の日中はずっと家で独りである。これまで家族そろって寝ていたし、8時間以上もの留守番をしたことはなかっただろう。最初は頭痛や高熱のため、寂しいとか怖いとかそんなことを言える状況になかったことがかえって良かったのかもしれない。この一件で、人としてずいぶんと成長してくれたような気がする。

東京マラソン2012まであと4日

 事務局から、東京マラソン2012まであと4日というメールが届いた。10月に参加が決定して以来、20回の練習をこなしてきた。最初は週に2回のペースで練習したかったが、なかなかそうも行かなかった。また、長い距離を走ると体へのダメージも大きく、週末に9km走ることに落ち着いた。最後の練習は土曜日。いつもの立会川、旧東海道、山手通りのコースでGPSによると9.098kmを46分40秒で走ったとなっている。フルマラソン換算タイムは3時間36分。1kmあたり5分7秒はこれまでの最高記録である。もう無理かもしれないが、できれば再びサブフォーを狙って、自己新を出したい。それには1kmを5分30秒ペースで走る必要がある。気がかりなのは、どれくらい込んでいるかということ。最初は自分のペースで走れないだろう。まずは10kmを1時間で。その後5分30秒ペースで刻むと、2時間1分3秒で中間点。この段階では2時間を切らなくてもいい。そのペースで走り続ければ3時間57分5秒を切れる計算である。問題は一定のペースで走れるか否か。最初、調子が良くても飛ばしては行けない、絶対に。サブフォーを達成、自己ベストを出した2004年のトロントマラソンの時と比べれば、練習量ははるかに足りない。そこを年の功と戦略でカバーできるか。
Feb22_2012

学生による自主研究の祭典

 学生による自主研究の祭典ということで、今年度からサイエンス・インカレというのが文部科学省の主催で開催された。僕は全く関わっておらず、詳しいことは分からないのだが、参加した学生が先日、状況を報告しに来てくれた。彼女は卒業研究とは全く関係のないテーマをポスター発表したのだが、審査を受ける発表時間の短さ、審査委員の分野、学生同士の研究発表の場という観点からいろいろと不満を述べていた。確かに問題があるようだ。それも第1回なのだから仕方ないかもしれない。この半年間、講義、アルバイト、サークル活動などで忙しい学部1年生から3年生に研究をさせてみて、この時期に研究に携わらせる意義がどれほどあるのか疑問に思ったが、国の方針はこれからどういう方向に進んで行くのだろう。その一方で、修士課程の大学院生には、米国に倣って研究よりも講義をという風潮もある。試行錯誤している状況なのだろうがなんかめちゃめちゃだ。ゆとり教育などそんなことに翻弄されてきた学生達である。そんなことに振り回されず、個々に確固たる信念を持って勉学に励んでもらいたい。

出席停止と学級閉鎖

 インフルエンザのため娘は初めて小学校を欠席した。悔しかったことと思うが、出席停止のため欠席扱いにはならない。今日はそんな児童が多かったようで、学級閉鎖になってしまった。この判断が先週金曜日に出ていれば、娘は発症したとしても出席停止を回避できただけにやはり残念である。出席停止解除は、医師の判断により保護者の署名捺印をもって行われる。解熱後2日間とされているが、最近は薬で体温を下げてしまうことも多いからまだウィルスをもった子も登校してしまうのだろう。そうして今回のような学級閉鎖、大流行となる。子供や若者にとってはむしろ感染した方がいいのかもしれないが、生まれたばかりの赤ちゃんやからだの弱った老人なんかのことを考えるとやはり心配である。今のところ、我が家の家族内感染は認められていない。

買ったばかりの包丁で

 包丁が切れなくなってきた。もう5年以上も前に僕が買った物で、当時はよく切れたが、研がずに使い続ければ切れなくもなるだろう。砥石があるので研げばいいのだろうが、素人がやってもたかが知れているし、かえって刃を駄目にしてしまう可能性もあるから買い直した方がいい。それに切れない包丁を使っていては変に力が入ってまた怪我をするかもしれない。14年前に左小指の先を切り落とした嫌な思い出がある。というわけで今日、新しい包丁を買ってきた。これが恐ろしいくらいに良く切れる。さっそく昼食のチャーハンを作ろうとすると、またしてもタマネギでやってしまった。一瞬のことで、どうしてそうなってしまったのか状況がよく分からないのだが、左人差し指の先を爪の上からざっくりと切ってしまった。切り落とした爪が刻んだタマネギの中に紛れてしまい、探すのに一苦労だった。今回は動脈は切らなかったようで出血はじわりじわりとにじみ出てくる程度だったが、傷は浅くない。右手の傷がようやく癒えたと思ったら今度は左手。よく切れる包丁で怪我をするとは夢にも思わなかった。切れ具合が甚だしく違い過ぎたことが原因だろうか。
Feb19_2012

A型インフルエンザ発症

 昨夜帰宅すると娘が高熱のため別な部屋で寝かされていた。今朝、妻が診療所に連れて行くとA型インフルエンザの診断。小学校入学以来、一度も休んだことがなかった娘がついに倒れた。インフルエンザとあっては、例えこの週末に回復したとしても学校には行けないだろう。かわいそうに。とは言えやはり娘は丈夫にできているようで、特段苦しんでいる様子はない。年齢の問題でタミフルは処方されず、リレンザをもらってきたが、薬嫌いの僕の判断で飲ませなかった。次の関心事は家族の誰かにうつるか、特に息子にうつったらたいへんなことになるかもしれない。親が仕事に行けなくなることも含め。

電気シェーバーの手入れ

 今の電気シェーバーはたまった髭を捨てるだけで何の手入れもせず2年近く使い続けてきた。ふと刃を替えてみようという気になり、外刃も内刃も替えてみたら、見違えるように剃れるようになった。刃を長持ちさせるためのオイルが付いているが、そんな物、これまで使ったことがなかった。今までは剃れないから何度も何度もシェーバーをあてて皮膚を痛めていたかもしれない。今後は、ちょっとは手入れすることにしよう。

大学生の頃の書簡

 古い葉書や手紙を整理しているのだが、僕の友人達は先輩も後輩も含め、けっこういろいろと書いてくれている。文面を見ると、どうも僕がいろいろと書いた上での返信も多い。大学生の頃の筆まめは愛読書であった『遠き落日』の影響、より具体的に言えば野口英世の影響が大きいように記憶している。葉書や手紙を書くのはけっこう楽しいことだった。しかし、今や状況は一転している。あんな手紙のやり取りをするようなことはもはや皆無である。これは電子メールをはじめとするインターネットのせいであることは間違いない。ブログや、僕は好かないがSNSの存在も大きい。初めて電子メールの存在を知ったのは大学1年生になってからだが、本格的に使い始めたのはその4年後、大学院生になってからである。以後、受信メールは全て保存してあり、自分が送信したメールもここ10年ぐらいは人生の記録として全て保存しているが、大学生当時に僕が送った葉書や手紙が残っていないのは残念である。いや恥ずかしいからそんな物は見たくないか。友人達は僕からの書簡など捨ててしまったか。実は僕も捨てつつある。よほどの物はスキャンして保存してから捨てているが、捨てるのがためらわれる葉書や手紙もある。

文部科学省検定済教科書に習う体積の単位

 先日の授業参観でとても気になることがあった。算数の授業において、体積を表す単位リットルに大文字Lが使われていたのだ。後で娘の持っている文部科学省検定済教科書を見せてもらい確認してみても、確かに大文字Lが使われている。デシリットルはdLとなっている。僕は小文字lで習い、教科書にもlと書かれていた。しかしブロック体ではなく筆記体が使われていたような気もする。とにかく小文字を正しいと信じて今までずっと使い続けてきたのだがいったいどうなっているのか。調べてみると確かに正しくはlのようだが、それはSIの主張であって、実際の状況は複雑なようだ。世の中、そう単純には行かない。では今日からどっちを使うべきか。Lにした方がいいような気もするがかなり抵抗がある。

オンタリオ州の家族の日

 トロントで働いていた頃に稼いだカナダドルは今でも向こうの銀行に預けてあって、クレジットカードで細々とではあるが今でも使い続けている。帰国した時は1ドル100円以上してとても良かったのだが、今では円高で全然駄目。さっさと換金しておけば良かった。さて、向こうの銀行のウェブサイトに接続しているとFamily Dayのため休業するとの知らせが目に入った。Family Dayとは何だ。2月の第3金曜日、オンタリオ州では2008年から祝日となったらしい。僕が帰国したのは2007年4月なので知らなかったわけだ。確かに2月は祝日がなく、各月に祝日をという声は聞いていた。日本で言えば連休だが、向こうではlong weekendと呼ばれ、家族で住んでいた1年間はオタワやらモントリオールやらケベックやら必ず旅行に出かけていた。long weekendはいつも家族の日だった。

学生の帰朝報告

 数ヶ月間ドイツに短期留学に行っていた大学院生が帰国の挨拶に顔を出してくれた。僕の講義のおかげでとても楽しい留学生活だったと。そんな何回かの講義を受けたからって何かが変わるわけでもない。でも、僕の留学体験の話は参考になったと。確かに僕が学生の頃、先生が留学のことを話すことはあっても、それがいかに楽しかったかということはあまり耳にしなかった。いずれにせよ、こうやって立ち寄ってくれることは教えた側にとっては嬉しいことである。頻繁に、また長時間居座られたりすると迷惑だが、学生はもっと先生と軽いコミュニケーションを取るように心掛けたらいいと思う。僕は決してそんなことをするような学生ではなかったが。

危険な消臭除菌スプレー

 玄関で下駄箱の上の高い所に息子を坐らせ、靴を履かせていたら、近くにある消臭除菌スプレーを取っていたずらし始めた。そしてまさか意図したわけではないだろうが、自分の顔の真ん中に向けたまま噴射。目にも口にも入ったことだろう。妻はなんでそんな所に座らせたのかと怒っていたが、僕からしてみればなんでそんな特に必要もない毒物を玄関なんかに置いておくのか理解できない。幸い愚息の様子に変化はないので、大きな問題にはならなかったようだ。

娘に算数を教える

 娘に算数を教えていると苛々してしょうがない。簡単に言えば何でこんなに頭が悪いのかということだが、もうちょっと正確に言うと、なぜあれこれアイデアを駆使して試行錯誤し正解を導きだす努力をしないのかということである。大学で学生に教えている時はあきらめもあるのかこういった感情は起らないのだが、我が子を相手にしていると、自分の子ならこんなことが分からないはずがないという思いがあるのか、本当に苛々する。でも思い返すと、子供の頃は僕もそんな感じだったかもしれない。父親は数学は好きだったので、算数だけは時々見てくれた。なんかよく怒っていたように記憶しているが、当時の僕も今の娘と同じような態度だったのだろう。

息子と突っ切った砂利道

 保育園に向かう小径、舗装された通路の脇に砂利道がある。込んでいて急いでいる時はその砂利道を自転車で突っ切ることもあるのだが、その砂利道走行が息子のお気に入りである。しかし、はっきり言って危険である。とくに雪道で転倒してからは怖い。それでも息子が「じゃりじゃり」と要求するので、ある程度スピードを出し姿勢を正しくしてから慎重に突入する。子供は危険の程度をよく分かっていないから楽しいことを要求するものだ。僕も幼い頃は高速道路でやたらとスピードを出す母の運転の方が好きだった。さてこの小径であるが、今日でおしまい。園舎の耐震工事のため娘の小学校を間借りしていたのだが、来週からもとの場所に戻る。

医師になった友人の死

 メールで訃報が届いた。去年に続き、中学、高校の友人である。数年前に小さな集まりがあって顔を合わせ、いろいろと話したが、急逝とはいったい何があったのか。医者になり、子供にも恵まれ、楽しそうな雰囲気だったが。子供の年齢はうちと同じような感じだったと思う。遺されたご家族の今後が思い遣られる。

けっこうまともな音声合成

 半年ほど前から使っている電子辞書は、英単語を発音してくれる。以前は「発音記号が読めればそんな機能は不要」と思っていたが、けっこう便利である。今日、Mac OS X固有のコマンドでとても面白いものを見つけた。コマンドsayで、その意味する通り、引数として与えられた単語を発音してくれる。単語だけではない。文章を入力してもかなりまともなイントネーションを付けて読んでくれる。驚いたことにそれだけではない。日本語をローマ字で打っても英語らしく読んでくれる。このようなことを日本語でやろうとしたら、できないことはないだろうがかなり複雑になり、間違いも多くなるだろう。その点、英語は単純でいい。世界の共通語として少なくとも日本語よりはずっといいし、初期のコンピュータ開発期にあっては、日本語なんかでは務められない重要な役割を担っていたはず。しかし複雑であってもそれを使いこなせるようになってしまえば、かえって便利になるだろうし、愛着も湧く。日本語などインド・ヨーロッパ語族でない言語が今のコンピュータ開発に貢献しているところは大きいはず。これから千年後、一万年後、人類がまだ存続していたとしてこのように書き残した日本語は多くの人に読んでもらえる状況にあるのだろうか。

TOEICの受験申し込みを逃す

 先月の同窓会の際、英語がどのくらいできるかという話になって英検1級を自慢したのだが、どうもみんな英検に対して古いイメージを持っているようで、TOEICは何点だと話を逸らされる。それでも950点だと言えば驚いてはくれるが、僕としては英検の方がずっと価値があると思っている。TOEICなんてリスニングとリーディング、つまり受動的なスキルしか試されておらず、英文の内容は陳腐だし、高得点を取ったからといって特に話せるかどうかはかなり疑問である。されどTOEIC。学生と話していても、TOEICの点数の威力は認めざるを得ない。そんなテスト、もっと訓練を積めば点数は上げられるはず。満点を取るとかえって人格が疑われることもあるらしいから、970点から980点辺りをねらえばいい。リピート受験割引が効く来月の公開テストは確か今日が申し込み締め切りだったから申し込もうかと思ったら、正午で締め切られており、残念ながら間に合わなかった。ならば、その次のテストに向け準備を始めるか。

受験で大切なのは家族

 先週、桜陰中出身の学生と話す機会があった。中学受験のことを聞いてみると、塾に行かなかったからあまり参考にならないかもと返されたが、それこそ大いに参考になる。学習塾や進学塾に通っている子は多く、最近はうちの子も周りの親などから塾に通っていないのかと聞かれることもあるらしい。現状、娘を塾に通わせたいと思っていない。もちろん塾でいい先生に巡り合い、楽しんで勉強できるならばそんなにいいことはないと思っているが、その可能性は決して高くない。塾に通わせればそれだけで満足する親が多い中で、そうはなりたくないという気持ちも強く、娘と一緒に勉強したいという気持ちもある。夜9時には勉強をやめ、10時には寝て、朝に勉強したとも言っていたが、塾に通ってはこの生活スタイルは難しくなる。塾に行こうが行くまいが、要は勉強して理解してくれるかどうかが重要なのである。その学生の話では、通わなかった分、親が勉強を見てくれたという。受験で大切なのは家族だったとも言っていた。その通りだ。しかし彼女の母親は専業主婦だったらしい。うちではどう対応すればいいのか、よく考えてみなければならない。それに彼女は塾に通わなかったと言いつつも、低学年の頃は公文で勉強し、高学年では毎週末試験を受けに行っていたという。この点も考えてみなければなるまい。

夕焼けの丹沢

 先週、保育士からこんなことを聞いた。うちの息子は、窓から射し込む光にきらきらと輝く埃を見て興奮し、これは何かと尋ねたという。いろいろと質問し始める年頃になったのか。保育士の先生はその科学的な観点に感心してくれたようだったが、僕は息子が自らの純粋な判断基準で物を見て美しいと感じてくれたことを特に嬉しく思った。そしてきのうの日没後には、赤く染まった丹沢の山を見つけて「やま、きれい」と興奮して叫んでいた。自分が先に見つけたことも誇らしく思っていたが、やはり美を感じる感情が確かにあるようだ。これから教育を受けるようになると美しくもない物を美しいと押し付けられることが多々ある。そんなことに惑わされず、自分の純粋な気持ちを大切にしていって欲しいと願っている。「大きくなったら山に一緒に行こうね」と言うと、嬉しそうに返事をしてくれた。

娘と2人で中華料理屋

 妻と息子が出かけてしまったので、娘と駅周辺を散歩して、夕食に中華料理屋に入った。日本語があまり上手でない夫婦が経営しているぱっとしない店だったが、娘はおいしいと喜んで食べていた。カナダに住んでいた頃はこんな感じのレストランに家族3人でよく行ったものだが、もう何も覚えていないらしい。あの頃に比べるとずいぶんと成長したものだ。アルコールをたしなむまでにはまだまだ時間がかかるが。

鬼の面

 毎年節分では鬼の面をかぶって子供を怖がらせるのが慣例となっているが、もちろん娘はもはやそんな年ではないので、対象は息子である。さてどうなるかと思ったが、そうとう怖いようで予想以上に泣き叫び、いい感じの写真や動画が撮れた。寒い日が続いているが、いよいよ明日は立春。これから温かくなるか。日の出は日に日に早くなっている。

基金化された科研費

 今年度の科研費で最後の買い物、文房具などこまごまとした物。大学から会計処理を2月3日までにと言われているが、あまりにも早過ぎる。守らなくても良かったのかもしれないが。今回から科研費が基金化されているので、全額使わなくても残金が来年度に繰り越される。この点、かなり気が楽だった。執行率は85%をちょっと超えたぐらい。途中で執行率が低いと内部監査が入ったが、このくらい行けば問題ないだろう。

段ボール箱で負傷

 約500通のダイレクトメールを用意した。アルバイトを雇って2日がかりの大作業だった。大きい封筒も小さい封筒も信書が入っているわけではないので、メール便にて一律80円で送るのだが数が多いので合計金額は高い。これを段ボール箱に入れて台車で運んでいる最中、崩れ落ちた。どうせ崩れるのだからただ見ていればよかったものを、抑えようととっさに手を出してしまったため、指先を切った。右手中指と薬指から血が噴き出した。すぐに止血できたが、先日の転倒で右手人差し指と中指を負傷しているので、右手の3本の指に傷を負った。これからしばらく右手は水仕事には使えない。冬ということで皮膚が傷つきやすくなっていたのか、それとも年齢のためか。なんか紙を扱うのが怖くなってしまった。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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