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2月末日の花粉症発症

 すでに症状が出ている人も多いようだが、ついに今日、花粉症を発症した。一年で最も嫌なシーズンが始まった。スギ花粉に1ヶ月、ヒノキ花粉にまた1ヶ月、合わせて2ヶ月間は苦しめられることだろう。
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ゼミの学生と飲み会

 学部4年生と3年生対象のゼミが終了し、成績も付け終えた。前期はそこそこの人数が集まっていたが、後期は卒業論文の提出を単位取得の条件としたので、いきなり参加人数が減ってしまった。ゼミの単位が卒業の要件になっていないので、他の授業で単位が取れていればわざわざここで卒論など書く必要はないのだろう。せっかく名の知れた私立大学に入って4年間勉強してきたのだから、最後は頑張って卒論ぐらい書けばよいものを。大半の学生は卒業して就職。これでみんなともお別れになってしまうが、一部の学生が飲み会を企画してくれた。初めての飲み会がお互いみんなの送別会である。集まってくれたのは僕を含めて6人だけだったが、嬉しいことである。ゼミの担当は今年度限り。僕のことを、また僕が教えたことを覚えてくれているかどうかわからないが、彼らと巡り会えたことに感謝し、彼らの社会での活躍を楽しみに集合写真を撮って解散した。

ナメコ菌床譲渡

 2月も既に下旬。少しずつだが、日に日に暖かくなってきたことを感じる。この冬はナメコの菌床を購入して栽培、収穫、そして食べることを繰り返してかなり楽しませてもらった。少し飽きてきたことと、この先気温が15度を下回らなくなるのではという不安、そして興味を持ってくれている友人がいることもあり、あげてしまうことにした。養分は少なくなってきているのかもしれないが、もう何回かは生えてきてくれるだろう。

ピアノのレッスンを一年間中断

 月に1回程度の習い事も含めると娘は、書道、水泳、英会話、バドミントン、囲碁など、いろいろとやってきたがその中でも好きか嫌いかは別にして最も時間をかけて頑張ったのはピアノだろう。先日、大好きだった書道をやめ、そして今日をもってピアノは1年間休むことになった。理由は中学受験。最近は母親に勉強、勉強と言われ、ピアノの練習をする時間を全く確保できておらず、それはピアノに対するやる気のなさの表れでもあった。もうやめると言い出しても不思議はないと思っていたが、やめるのではなく、中学受験が終わったらまた再開したいというのが本人からの希望である。笑顔で、また再びやる気を持ってピアノのレッスンに通えるよう、この一年間、ぜひ頑張ってもらいたい。

娘と通った保育園の校舎

 娘が1歳から通った保育園、幼稚園の校舎が建て替えられる。そのお別れ会があるとのことで、娘はもちろんだが、僕も息子を連れて後から2人で遊びに行った。未だ話すこともままならない娘を負ぶって通った日々が脳裏によみがえる。どの親も慌ただしく預けて行くが、僕らだけは動植物を見たり父と娘で語り合いながら朝の貴重な時間を過ごしていたという。それに比べ、最近は例外なく息子を急かして保育園に連れて行っている。もっと生活に余裕が必要だ。いい仕事をするためにも。その幼稚園には屋上から避難用のらせん滑り台が地上まで降りている。一度滑りたいと思っていたのだがこれまで機会がなかった。屋上には行けなかったので、息子と滑り台を下から上まで登り、一度だけだが滑り降りてきた。

制服で小学校音楽祭

 娘は公立学校に通っているのに4月から制服で通うことになっている。未だ小学生だというのに。ランドセルがあるにもかかわらず、鞄や、体操着、靴等も決められた物に新調する必要があり、7万6千円もかかった。さて今日は区の小学校音楽祭。その新しい制服を着た娘と一緒に出かけた。娘の学校のクラブは真ん中辺りに登場。全員がその新しい制服を着て、これだけそろっているとかっこいい。演奏もかっこ良ければいいのだが、いつものように失敗が許されぬビデオ撮影に集中していたため、どんな演奏だったのか残念ながら記憶に残っていない。後でじっくりビデオを見なければ。
Feb23_2013

アサガオとゴーヤーの種を分与

 九州に帰る大学院生にアサガオとゴーヤーの種を分与した。アサガオは5品種の種、ゴーヤーは2011年にうちの父が育てていた株から収穫した種をあげた。こっちがびっくりするほど喜んでくれたが、発芽して生長し、花をつけてくれるだろか。九州の地で実をつけてくれるだろうか。彼女からの報告が楽しみである。

名前のない結婚記念日

 結婚記念日が研究室の大学院生の送別会と重なってしまったので、今日、ケーキを買って家に帰った。花なんか買っても楽しくないので、いつもケーキである。数えてみるともう16年になる。16年目の結婚記念日は何婚式なのかと調べてみると、何もない。1年目から15年目まであるのに、16年目から19年目までの名称は見つけられなかった。ついにそんなところまできたかと、いつも以上に感慨に浸った。

大学病院の会計

 午前中、看護休暇を取って息子を大学病院の形成外科に連れて行った。口の外側と内側を両方縫ってもらっており、内側の方を抜歯する予定だったが、白い糸がまだ残っているもののいずれ溶けるのでこのままにしておこうということになった。まだ歯科の方は通わなければならないが、これにて形成外科は最後の診療となった。大学病院というと診療だけでなく、会計でも延々と待たされたものだが、今は誰も並んでいない会計機に診察券を挿入して機会相手に手続きをするだけだった。ずいぶんと便利になったものだ。
Feb20_2013

大地との対話

 先日、NHKによる『アラスカ 星のような物語 写真家・星野道夫 大地との対話』というハイビジョンテレビ番組を録画して見た。カムチャッカ半島でヒグマに襲撃され死んだのが1996年というから、もう17年も前のことになるのか。修士課程を終え、会社で働いていた頃である。それまでは星野道夫という名は聞いたこともなかったが、17年間、僕の脳裏から消えることはなかった。この番組を見て、彼の人生の一部を、ほんのちょっとではあるが垣間見ることができた。おおよそ僕と同じような歳で亡くなっている。ますます自分の仕事が楽しくなり、これからという時だったに違いない。

長引く低温火傷の手当て

 息子の怪我は2週間経ち落ち着いてきたが、2ヶ月以上になる娘の低温火傷の方はなかなか良くならない。毎日のガーゼの交換、入浴も大変だろうがが、じっくり治すよりしかたない。父親としては見守る以外、何もしてやれないが、この経験は今後の人生の中でいつか役に立つはず。頑張れ。
Feb18_2013

新しいフライパンで餃子

 何週間か前に自分のポケットマネーで大きなフライパンを買った。テフロン加工された物である。今夜は久々に餃子を作り、これで焼いてみたくなった。これまでよく娘が手伝ってくれていたが、もはや勉強を言い訳に何もやってくれない。息子は幼過ぎるので買い物に連れて行っただけ。野菜を洗って、切って、混ぜて、サザエさんを見ながら延々と包んで、焼くまで全て独りでやった。傷んでいないテフロンのフライパンは使い易くてとても気持ちいい。焦げ臭くなってやばいと思ったが、いい感じに焼き上がった。やはり自ら作った餃子が一番である。
Feb17_2013

親が死ぬ夢

 子供の頃から時々、父親が死ぬ夢は見ることがあるのだが、母親が死ぬ夢については記憶がない。それ故に今朝見た夢は強烈で起きてもはっきり記憶に残っていた。なぜそんな夢を見たのだろうと考えてみると、思い当たる節がないわけでもない。近くにいる大学院生から、彼女の義母の末期癌について聞いたばかりだったのだ。その話が脳裏に焼き付き、一晩かけて見るいくつかの夢の話の展開の中で、心の奥底で密かに恐れている自分の母の死へと流れていったのではないだろうか。幸い親が死ぬ夢が正夢になったことなど一度もないが。

再来年度の大河ドラマ

 通勤電車の中、いつものようにiPhoneでニュースを確認していると、2014年4月からのNHK大河ドラマでは黒田孝高、つまり黒田如水を扱うらしいことを知った。ついにきたかという感がある。司馬遼太郎の『播磨灘物語』を読んで感銘を受けたので、見逃すわけにはいかない。ずっと先のことになるが、一年以上の長きに渡って楽しみに待つということがあってもいいかもしれない。

束の間の家事からの解放

 息子が怪我をして母が手伝いに来てくれていたのだが、きのう帰ってしまった。父が来ても楽にならないが、母が来てくれると毎日の生活が楽になるので非常にありがたい。今回はうちに7泊、妹のところに1泊なので、けっこう長い滞在だった。その間、もう下の妹の方が父の面倒というか食事の世話をしていたらしい。父は独りでもじゅうぶんに生きてゆける男だが、いつまでも嫁にゆかぬ娘が家にいれば、頼るのは当たり前だろう。両親はいつまでこう元気でいてくれるだろうか。さてさて、また今日から家事に追われる毎日に戻ってしまった。

卒業したいので単位を

 後期の試験の採点をしていると最後にこんなことを書いている学生がいた。「半年間ありがとうございました。自分の生物の知識をはるかに越えた授業のレベルに毎回ついていくのが大変でした。基礎がない分、理解するのはなかなか難しかったですが、多少できたところもあり、楽しかったです。ありがとうございました! テストのできはひどいですが、卒業したいので単位下さい。」しょうがないなあと思いつつ、全員の採点を終えて集計してみると、この学生の点数は他の学生と比べると極端に低い。前回提出してもらった演習には「しっかり勉強してのぞみたいと思います」なんて書いてあったが、どう見ても勉強した形跡はない。試験の結果だけで単位を出すのは不可能だ。以上のことを親切にもメールで連絡し、対応を考えようかと思ったが、返信はなかった。こいつ、こんなことを書きながらけっきょく単位は足りて卒業できるんだろう。筆記試験は100点満点で16点、授業は2回休んだだけでレポート提出もあったが、生命科学2の最終的な評価は55点でFとした。

ブルーベリーナイ酢

 飲む健康酢ということで、ブルーベリーナイ酢というものをもらった。愛知県産のブルーベリーを長期熟成させて作った酢で、ブルーベリー果汁と、砂糖と蜂蜜を加えているらしい。個人的にはあまりおいしいとは思えず、でもせっかくだからと少しずつ飲んで頑張ってもう一割も残っていないというところまできたのだが、泊まりに来ている母に勧めたら喜んで全部一気に飲まれてしまった。酢は料理には欠かせないものだが、飲む酢というのはどうなんだろうか。

カイワレダイコンでお好み焼き

 スーパーマーケットで買ったカイワレダイコンをベランダのプランタに植えると、この寒い冬にもかかわらず、その多くは元気に育った。目的は大根よりも葉を食べることにあるので、嵩が何十倍にもなったことは嬉しい。堆肥で土を作っておき、植え、日のあたる場所に置いて、数日に1度水を上げるだけ。最近収穫するものは、根もそこそこの太さになっていて、大人の指一本分くらいの大きさがある。昼にお好み焼きを作ろうと思ったらキャベツがなかったので、最後の1本を抜いて、キャベツの代わりにこのカイワレダイコンを使ってみた。キャベツと比べるとちょっと柔らかかったが、なかなかおいしいのができた。
Feb11_2013

チンチン電車の旅

 妹の家に遊びに行った帰り、息子と都電荒川線に乗ることにした。東西線の早稲田から荒川線の早稲田まではけっこう遠い。早大の大隈講堂まで来たら息子が「お腹が痛い」と言い出したのであきらめて帰ることにした。早稲田駅のトイレでうんちをすませると元気になり、「チンチン電車に乗りたい」と言うので再び大隈講堂の前を通って荒川線の始発駅へ。そろそろ出発という状況で、写真を撮って乗ってしまった。空いていた座席は1つ。息子は座りたがらなかったので立って抱いてやった。一本待って座って行けばもっと楽しめたのかもしれないが、とにかく三ノ輪橋に向けて出発。チンチン。このチンチンという音が本当に「チンチン」と鳴るから面白い。まさしくチンチン電車である。小学生の頃、都営地下鉄の一日乗車券を買ってこの荒川線も全線旅したことがある。あの時の音と変わらない。それから乗ったことはあっただろうか。確かな記憶がない。もし乗っていなければ30年ぶりになる。腕に抱かれた息子はすぐに眠ってしまい、重い物体を抱えて立ちながら、久々の路面電車の旅を独り楽しんだ。王子駅辺りで車と並走し、路面電車の雰囲気が出てくるが、その場所はちゃんと残っていた。しかしそこまでだった。終点までは諦め、京浜東北線に乗り換えた。
Feb10_2013

その日の体調の良し悪し

 おとといは出勤後に突然の体調不良に見舞われたが、一晩眠ってきのうはある程度回復し、今日になるとすっかり元気になった。最初はインフルエンザを疑ったが、それほどの高熱は出なかったし、いったい何だったんだろう。いずれにせよ今回の件で、その日の体調は階段を軽快に駆け上がれるか否かである程度判断できることが分かった。

ヒメイカを食す

 友人にヒメイカという世界最小のイカを手配してもらい、エタノールで麻酔をかけ、解剖の練習をする。練習と言っても僕自身は見ているだけで、実際には学生にやらせるわけだ。そういうことは得意だと豪語していたが、専門家の直接の指導のもと、本物のイカを前にして遊び程度で慣らしてきた解剖の技が通用するものか。しかし意外にも彼女は数匹さばいただけで目的の作業ができるまでに至った。やるではないか。もらった分だけ何度も練習させようかと思っていたが、その必要がなくなり、何匹も余ってしまった。4匹、いや4杯と呼ぶべきか、持ち帰ってみたものの、なんか弱ってきたような感じでもうかわいそうだったので油で揚げてみた。妻と娘には嫌がられたが、たまたま来ていた母と2人で食べてみた。意外な柔らかさが絶妙な味を醸し出していた。
Feb08_2013

急に体調不良となった一日

 朝早く起きられなかったがいつも通り出勤。電車の中から体調に違和感を感じていたが、単に気のせいに違いない。気合いを入れ直してまた今日一日頑張らねばと自らを励ます。普段なら階段は一段飛ばしで駆け上がるのだが、なぜか今日はそんな元気がなかった。体調は徐々に悪くなってきた。倦怠感から始まり、軽い頭痛と軽い吐き気。悪寒がきてこれはやっぱりおかしいと初めて悟った。イカの解剖を習うためにわざわざ友人を遠方から呼び寄せ、学生にも今日は特別に来てもらっているので、昼食は何人かで集まって外に出たが、食欲不振で出されたスパゲティの一割程度しか食べられなかった。まずくはないのだろうが、今日の僕にはこれはまずくてとても手を出せない。店の人には申し訳ないがしかたない。友人と自分の分を払って外に出た。風邪をひくとたいていは鼻水に悩まされるのだが、今回はその症状は皆無。咳も出ないし、喉の痛みもない。これはインフルエンザか。これまでインフルエンザにかかったと自認したことがなく、関節痛の経験もないのだが、なんとなく指の関節がおかしいし、特に腰辺りの関節が痛い。悪寒がひどいが体温はどれくらいか。研究室にあったアルコールの温度計は、液だめをうまくわきの下に入れられる物ではなかったためか、35度より上は示さなかった。少なくともひどい高熱というわけではないらしい。学生の指導教員も来ることになっていて話し合いがある。そして夜は7人で食べに行く予定だ。なんとかやるべきことはこなし、夕食はビールを1杯飲んだだけで何も食べずにすぐ帰宅した。別の部屋に布団を敷いてもらい倒れ込んだ。とにかく食欲がなくて何も食べる気がしない。煎茶を飲み、リンゴを一かけら口にするのがやっと。横になっても体は楽にならなかった。水銀の体温計で測ると熱は37.5度程度。息子を看に来てもらっている母にはみんなと同じ部屋で寝てもらう。

布団が足りなくなっていた

 大怪我をして息子はしばらく保育園に行けず、また病院にも通わなければならないのできのうから母に来てもらっている。昨夜は掛け布団が足りなくなっていたことに気付き、夜、買いに行った。羽毛の掛け布団を1万円で買うことができ、自転車に乗って抱えながら帰ってきた。思い返せば、息子が産まれて家族が増えたのに布団を買い足しておらず、お客さん用の布団が無くなっていたというわけだ。

スパムがぷっつり届かなくなった

 今から10年近く前、母のGmailのアカウントを作った。すると途端に毎日1通以上の割合でスパムが届き始めた。本名を基にしたメールアドレスが良くなかったか。幸いGmailのフィルタリングがうまく機能しているようだったので放っておいたのだが、今見てみると、スパムはきれいさっぱり届かなくなっていた。一度リストに挙げられてしまったら二度と消されることがないかと思っていたが、10年も無視していれば抹消されることもあるようだ。

歯の並びを戻す

 昨夜縫ってもらった個所を診てもらいに形成外科へ、そして歯科へ。今日は妻が仕事を休んで息子を連れて行ったので、正確な状況は分からないが、きのう以上にたいへんなことになった。やはり折れたと思った歯は、歯茎に食い込んでいた。他の歯が欠けた可能性もあるらしいが、欠けたにしてもほんの一部のようで、一生懸命探しても見つからなかったわけだ。上前歯の並びがめちゃめちゃになっているので、元に戻す手術を受けた。いずれは元に戻るかと思っていたが、全くかわいそうな事態だ。でもこの一瞬を我慢してしまえば、永久歯に生え変わる3年後まで待つ必要はなくなる。部分麻酔で、またしてもそうとう泣きわめいたらしいが、そんな状況でも先生に向かっておしゃべりするのがうちの子の特徴らしい。夜、自宅に戻ると、痛いとは言っていたが普通に過ごしていた。まともに食べていなかったので、食欲も出てきたようだ。傷口はほとんどが口の中。感染症にならないことを祈るばかり。フレミングが抗生物質を発見する前だったら、こんな怪我でも命を落としたかもしれない。

救急車に乗る

 外出していた妻が取り乱して電話をかけてきた。息子が怪我をし歯が折れたなどと言っている。落ち着いて保険証などを持って向かおうと考えたが、医療症やどこの病院の診察券を持っていけばいいかなどと考えると面倒になってきたので、とにかく走って事故現場に向かった。思っていた以上にひどい怪我で、どうすればいいのか判断が付かず、119番に連絡し指示を請うことに。そして救急車に来てもらうことになった。息子はいつものように前を見ず、脇を見て運転していたためにバランスを崩して補助輪付きの自分の自転車から落下。花壇を作っている石に顔面から落ち、下唇の内側と外側を切り、激しい出血、そして上の前歯何本かがおかしくなっている。折れた歯を頑張って探したが、見付からなかった。ずっと泣いていたが、今度は連れて行かれるのは嫌だと泣き始めた。普段からあんなに救急車を見るのが好きだったが、いざ自分が乗るのはそうとう嫌だったらしい。すぐに到着し、息子を抱いて中に入った。怪我の状況などを診てもらい、病院を探す。これがけっこう時間がかかってなかなか出発しない。自転車を片づけ、保険証などを取りに行っていた妻も戻ってきて同乗。ようやく候補が見つかり、4つの条件を提示されてそれに同意し、連れて行ってもらう。近くの病院なのだが、外が見えない救急車の中では妙に時間が長く感じる。息子は未だに痛いと言っているが、疲れて、またとりあえずは安心したのか眠ってしまった。病院ではしばらく待たされ、ちょっとした診断を受け、折れた歯が気管に入っていないかを調べるためにX線撮影。そして形成外科医に傷口を縫ってもらうことになった。その傷は貫通している可能性も指摘されていたが、そうではなかったらしい。やや軽症の外側も縫ってもらうのか。妻は縫い痕が残ることを気にしてためらっていたが、医師、看護師を含めた4人の話し合いで、両方とも縫ってもらうことに。廊下で待たされている間、ずっと息子の泣き叫ぶ声を聞いていたが、頭の中は冷静なようで、両親がいなくなっても、また大泣きしつつも自分の主張を子供ながらに伝えていた。そんな子供相手に処置をする医師も大変だ。内側も外側も5針ずつ。歯を見ると折れたわけではなく、歯茎の中に食い込んでしまったようにも見える。今日はとりあえずタクシーで帰宅。
Feb03_2013

子育て研究会

 保育園の保護者会で、子育て研究会と称し、事例研究および発表をやらされた。父親だけでグループを作り、AちゃんがBちゃんに手をつなごうとか一緒に座ろうと伝えながらもCちゃんがいるので拒否され手を出してしまうという事例が割り当てられた。父親の数は10名ほど。まずは司会者および発表者を決めなければならないのだが、誰も立候補などしない。この1時間ほどを意味のある時間にするには、立候補すべきであったが、出しゃばって下手糞な司会や発表になったら最悪なので黙っていることに。けっきょく先生の指名で、僕は発表者に選ばれた。これはたいへんだと思ったがすぐに頭を切り替え、準備モードに入る。司会者が順番にみんなの意見を聞き、先生は書き留めてくれた。僕も必死にメモを取った。これだけの人数がいるといろいろな意見が出て、まとめろと言われたがそんなのは不可能。自分の意見を中心にして、全ての意見を紹介する形にするしかない。大学でプレゼン手法の講義をしている手前、それなりに仕上げたい。まずは自分の個人的なエピソードから入って一般性よりも独自性を出し、冗談がうまく通じて聴衆の関心を引くこともできた。園長先生も副園長先生も聞いている。みんながこっちを見てくれているから話し易い。後は出された意見を紹介しながらアドリブで僕の意見を述べて行くだけ。限られた時間と状況でで最善を尽くした。発表は父親グループの勝ちという感想を聞き、なんとかなったと安堵した。結論のないプレゼンであったが、学生たちに見られていたら何と言われたか。終わってみれば楽しい1時間だった。

研究所の図書館

 ここの研究所に移ってから、時間があったら図書館の利用説明会に顔を出してみようと思いつつ、未だに一度も行っていない。そもそも図書館にも行ったことがない。学生の頃は大学の図書館に行くこと、また図書館で時間を潰すことは楽しかったのだが、もはや大学、特に研究所の図書館の役割は激変してしまった。従来からの役割に限っては、はっきり言って倉庫以上の役割は無くなってしまっているのではないか。妙に気合いの入っている司書さんなどもいたが、そのような人たちは自分たちの立場を守ることは別として、これからの図書館についてどう考えているのだろう。時代の流れやニーズに沿い、また将来をも見据えて税金が有効に使われることを期待する。
プロフィール

Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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