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不注意と怠惰の延滞

 自由に本や雑誌が借りられる区立図書館の存在はとてもありがたく、そのサービスがあればこそ喜んで区民税を払う気にもなれる。一回許されている延長処理をしたにせよ、期限内に返却するよう常に心掛けているのだが、この前借りた本は、うっかり返却期限が過ぎて延滞状態になっていた。こうなってしまうと気が緩むのか、早く返そう返そうと思いつつも、ついつい忘れてしまって行動に結びつかず、返却したのはけっきょく一週間も後になってしまった。読み終えることができなくて確信的に延滞するならばともかく、不注意と怠惰の延滞はよくない。無料であるが故になおさらよくない。
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他山の石

 職場の会議で募金のプレゼンを聴かされた。その中で動画を見せるといってもなかなか再生できず、再生されても音量が小さく聞き取れない上、最後はPCのバッテリー切れで中途半端なプレゼンとなった。重い病気を持つ子どもと家族を支援するための極めて重要な募金活動のはずだったが、これではあまりにひどい。ここまでの醜態は滅多に見ないが、PCやプロジェクタのトラブルで聴衆を苛々させるような事例は頻繁に目にする。高給取り何百人を前に、彼らの勤務時間中に与えられたせっかくのチャンスである。入念な準備を怠ってはならない。他山の石以て玉を攻むべし。

せめてこれだけは覚えて欲しい高山植物3種

 中学生の夏休み、娘は2泊3日で林間学校に出発。八島湿原にも行くようなので、昨夜は図鑑の写真を見せながら高山植物を3つ教えてやった。ニッコウキスゲ、ハクサンフウロ、そしてクルマユリ。妻に似て、植物の名前なんか興味ないと言うが、せめてこのぐらいは覚えて欲しい。今朝、3つの名前を復唱させ、必ず見つけてこいと送り出した。

Google+の利用法

 Google+という存在意義がよく理解できぬSNSがあり、アカウントは持っていてもこれまで投稿したことはなかった。ふと3ヶ月前から思い立って毎日毎日1つずつ書き込みを続けてきた。プログラミング言語FORTANを勉強し直そう、そしてその記録をこの意味不明なGoogle+に放り込んでおこうと考えたわけである。この作業が意外に楽しく、順調に進み、1日も欠かすことなく続いたため、たったの3ヶ月でFORTRANの基本的なことはカバーできた。フォロワーは10人以上いるようだが、わけが分からぬプログラミングの話題を毎日見せつけられて辟易していたことだろう。いつの間にかそれこそがこちら側の意図になり、毎日続けるという結果に至った。当初の目的は果たしたので、ここでしばらく休止することにする。今度は最新のFortranを勉強したくなった時に利用を再開しようと思う。Google+の一つのうまい利用法を見つけた。

5m泳げた

 海の日だった月曜日、そして日曜日の今日、区立小学校のプールの夏季一般開放を利用して、息子と泳ぎに行った。いつも温水プールなんかで泳いでいると、屋外のプールは本当に気持ち良く、夏を感じることができる。息子とプールに通うようになってそろそろ1年になるが、泳ぎはなかなか上達しない。体を真っすぐに伸ばせと言っても、それだけのことができない。それでも今日、ようやくだが初めて5mの赤いラインに到達した。「5m泳げた」と息子も喜び、家に帰って母親と姉に報告。これを機にもっと好きになってもっともっと泳げるよう頑張って欲しい。

消えたシマミミズの集団

 連日、暑い日が続いている。小バエ対策のため、堆肥を作る容器はパッキン付きの透明な物に変えたので内部は相当な高温になっていることだろう。直射日光にさらされる時間帯もあるはずだ。シマミミズ達は何十匹も体を寄せ合って苦しんでいるようだった。しかし今日、中を覗いてみると一匹もいない。シャベルで穿り返してみても一匹も見つけられない。外に十数匹、乾涸びているのがいたが、こいつらはどこから出てきたミミズか。近くの鉢やプランタからなら理解できるが、ひょっとして堆肥の中からか。ようく見ると、パッキンのところにまだ生きている小さく細いミミズが数匹いた。ひょっとして奴等は体を薄っぺらにして外に抜け出したのか。それにしても数が合わない。まさか群を成して隣家に行ってしまったのではあるまいか。

FORTRAN再入門

 大学生、大学院生の頃に購入したB5サイズの3冊のプログラミングの本がある。培風館の電子計算機のプログラミングというシリーズで、第8巻がFORTRAN 77、9巻がPASCAL、11巻がCの3冊である。ぼろぼろでどれにも愛着があり、捨てられずに今に至っていた。FORTRAN 77は大学1年生、PASCALは4年生、Cは修士課程1年の時に買ったように記憶している。PASCAL、特にCについてはこの本の隅々まで目を通して勉強したのだが、FORTRAN 77は全体を通して読んでおらず、習得もできていなかった。もはやFORTRAN 77など死語のようにも思われるが、古典的なプログラミング言語として計算機の分野で果たしてきた役割は大きく、今でも分野によっては使われているし、OS XやLinuxでもコンパイラがそろっているから問題なく使える。どうせなら勉強してこの本を捨てようと思い立ち、毎日少しずつ読み進めていたら、だいたい3ヶ月でおおまかなことは理解でき、FORTRAN 77でプログラムも書けるようになった。最近のプログラミングの本と比べ、昔のこのような本は例として挙げられる題材がプログラミング自体よりも難解であることが多い。それはそれで面白いのだろうが、今回はFORTRAN 77を自分で書けるようになることに重点を置き、難しいところは軽く読み流したことが功を奏し、20年以上かかったが、経験ある40代のこの頭脳を持ってすれば実質3ヶ月での読了となった。当時、大学生協の書店には山積みだったし、多くの学生が購入したベストセラーとも言えるプログラミングの教科書だったと思うが、FORTRANでなくてもはやこういった本は売れないだろう。覚え書きを作ったので、予定通りこの本は捨てることにする。
Jul25_2014

仕事と人生の変わらない法則

 一時帰国していたドイツ在住の友人に会った別れ際、一冊の本をもらった。本田健の 『金持ちゾウさん、貧乏ゾウさん』というゾウが主人公になっている物語。お金がテーマになっていることにやや嫌悪感を覚え、しばらく放っておいたのだが、読み始めてみると童話っぽいところと教訓じみたところにやや抵抗感が残っていたものの、読むのをやめようなどという気にはならず、最後まで読んでしまった。なかなか興味深い話ではあったが、重要なのは最後に書かれている作者による解説。さすがに童話を読んだだけでは作者の伝えたかったことは汲み取れない。しかしこの解説を読むと、この本が扱っているお金、仕事、人生、幸せに対する作者の考えが説得力を持って伝わってくる。特に3つの表現に感銘を受けたので、ここに挙げておきたい。まずは「人生で起こるさまざまな事件は、自分を知るために起きている」ということ。そういった立場で毎日起こる、特に嫌なことに対しても客観的に対処して行けば意外な側面も見えてきて、苦境を乗り越え、むしろ楽しむことができるのかもしれない。それから恐らく一番重要な主張は「効率や生長を求めすぎず、自己卑下せず、まわりと調和して生きることが幸せの秘訣」という彼の結論ではないだろうか。幸せとは人それぞれであり、必ずしも彼の意見が正しいとは言い切れないが、多くの人に当てはまるであろうことは間違いない。そして最後にもう一点感銘を受けたのは「見失っているかもしれない、父親や祖父との絆」である。物語には確かにこのテーマも隠されていた。しかし、こうやって指摘してもらわなければ綿々と受け継がれてきた親子の絆について考えるようなことはなかっただろう。僕の場合、祖父は農業、父は銀行員、そして僕は研究者をやっていて全く関係ないように思っていたが、実は見失っていた絆があったのだ。そのことを気付かせてくれた一冊だった。

5日にわたって放置された自転車

 連休明けの火曜日、仕事を終えて帰ろうとすると自転車が見当たらない。別な駐輪場所も見て回ったが、僕の自転車がない。盗まれたか。鍵はかけてあったはずだが。しかたなく歩いて駅まで行き、念のため駅の駐輪場を覗いてみると止めてあった。まずは盗まれていなかったことにほっとしたが、僕の頭の中でどこかに勘違いがあったようだ。たいてい週末は職場に自転車を置き放しにしている。駅前の駐輪場の料金を抑えるために。特に今回は3連休だったからそうしたかったのだが、金曜日の夜、無意識のうちに自転車に乗って帰ってしまったのだろう。今朝、出勤前、5日ぶりに自転車を引き出すと普段は150円ですむところ、950円も請求された。連日の暑さで頭がやられていたか、研究のことで頭がいっぱいだったんだろう。

珍しくセキに

 完全に劣勢な状況で無理に右辺の白地に入って行ったら、意図せずセキになった。欠け目が一つあるなんか珍しい形だ。最近、セキになるような、特にこっちからセキに持って行って相手の地を荒らすようなことはなかったので意外な展開である。けっきょく対局は20目以上の差がついて負けたが、このことで少しは相手を驚かすことができただろうか。偶然ではあったが。日本棋院が出している『囲碁入門ガイド』というリーフレットを見ると囲碁のルールは5つだけで、セキのことは書かれていない。息子はセキを理解できるだろうか。そのうちに教えてやらねば。
Jul22_2014

銭湯で言掛りをつけてきた目付きの悪い男

 夜、息子と温泉に行こうと思ったが休業日だった。せっかく歩いて来たのにここですごすごと帰る気にもなれず、近くの銭湯に行ってみることにした。近くといっても歩くとけっこうな距離になる。裸になって親子二人で入って行くと、太った初老の男がじろじろとこっちを見る。嫌な予感がした。シャワーの湯が熱くて浴びられないと息子が我が儘なことを言うので、しかたなく出る時に体を流すところのシャワーを浴びさせていると、そのおじさんが何かよく理解できない言葉で文句を付けてきた。公共の風呂でどうのこうのと言っているが、とにかく聞き取れない。銭湯独特の音の響きもある。「おまえの悪い目付きとそのでかい図体でそんなところに座られたらみんなが迷惑なんだよ」といい返してやりたかったが、息子もいることだしそこは耐え、無視するにとどめた。そのおじさんはそのうちに出て行ったが、せっかく遠い銭湯まで来たのに全く不愉快な体験となった。思うに、見慣れぬ悪餓鬼とひ弱そうな父親が入って来て、文句でも言わずにはいられなかったのだろう。機嫌が悪かったり、子供嫌いならば大いに起こりうる。客層の多い温泉に比べ、客が固定している銭湯ということもある。今夜はかなり腹が立ったが、常日頃から、生きていればそんなこともあるということを承知の上で行動せねばならない。

サクランボの木にスモモが

 この3連休、息子と2人で長野県の実家に帰ることになった。例年、盆暮正月や5月の連休ぐらいしか滞在しないのでこの時節ならではの別な楽しみ方があるかもしれない。娘が生まれた13年前、ベランダに置いていたプランタから何かの芽が出てきた。調べてみるとどうやらサクランボの実生らしいということになった。佐藤錦の食べかすを堆肥にしようとして、その種の一つが発芽したのだろう。そうならば佐藤錦とナポレオンの雑種の可能性が高い。娘誕生の記念樹として大切に育てているとぐんぐんと生長し、とても自宅では栽培できなくなった。実家の片隅に植えると生長は加速し、母が剪定をしたりしてくれていたが、もはや手に負えないほどの大きな木として今に至っている。サクラの木だからきれいな花が咲けばという期待があったが、お世辞にも美しいとは言えない白い花が咲き出し、8年ほど経っていくつか実も付くようになったのだが、サクランボにしては大きいし対に成っていない。ウメのようだが形がとんがっていておかしい。いったいこの木は何なんだと思っていたのだが、今回、おいしそうなスモモが実っていた。齧ってみるとちょっと酸っぱめのおいしいスモモだった。なんとこの植物はスモモだったのだ。発芽から13年。長いようで短くもある13年。一時は切り倒そうかと思った木だが、娘とともに育った木である。来年以降もこのスモモを齧って年月の流れに思いを馳せたいと思っている。
Jul20_2014

アブラゼミの羽化

 きのうは早めに職場を出て、保育園の夏まつりにちょっとだけ顔を出した。そして家に帰って来るとびっくり。セミの幼虫がズボンを這い上がっている。あれよあれよという間に上半身へ、そして肩にまで登ってきた。ベランダで育てているシシトウの根元に置いてやるとまたしても登り始める。羽化は明け方かと思っていたが、寝る前、10時半頃にベランダを眺めると、すでに白いセミが出てきていた。羽根が緑色っぽいのでミンミンゼミかと思ったが、翌朝、アブラゼミであったことを知る。午前中、長い間じっとしていたが、捕まえようとするとようやく大空へと飛び立って行った。
Jul19_2014

大黒屋光太夫

 友人に勧められて吉村昭『漂流』を読んだのは2年以上前だが、その興奮はなかなか冷めない。吉村が『漂流』の発表から20年以上経った晩年に『大黒屋光太夫』という小説を書き残していたことを新聞で知り、再びあの興奮をと図書館から文庫本上下2巻を借りてきた。小説の雰囲気は執筆時の30歳近い年齢差を感じさせないもので、若い頃の成熟度に畏れ入ったが、その一方、人生の締めくくりをこの小説にかけた意気込みも感じられ、期待以上に読み応えのある話だった。それに1700年代後半、謎に満ちた大国ロシアでの実話である。知らなかったことばかりで書かれている一文一文が興味深く、知識として得たこと、感じたことを書き留めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。僕にとっての圧巻は女帝への謁見を光太夫が遅れてペテルブルグに入った水主新蔵に語る場面である。新蔵の反応が理解できないと思ったら、意外な展開があり、宗旨替えという一つの大きなテーマと向き合うことになる。そして同じく宗旨替えをした水主庄蔵にけじめをつけて離別を伝える場面も印象的である。読み書きを嗜む身として、そして水主達の命を預かる沖船頭としての光太夫の一つ一つの言動には責任ある者の取るべき行動が示されており、僕のような身にも参考になる。大黒屋光太夫については三重県に記念館があるらしい。この興奮をまた思い出すため、いずれ訪れてみなければと思っている。

クラスター計算機の故障と対応

 保守員による遠隔設定作業があるので出勤した際にクラスター計算機の全ノードを起動しようとしたら、そのうちの一つにエラーが出ていた。ランプの点灯パターンからまたCPUエラーと思われる。シャットダウン時のCPUに偶発的に発生したと考えられるがログからはそれ以上の問題を特定できず、これまでの2回とも両CPUを推定交換して様子を見るということになっており、交換したノードについては同じ症状は起こっていない。全35ノードのどれにもXeon E5-2670というCPUが2つ載せられており、一ついくらなのか詳細は知らないが、決して安くはない。これまでのエラーと保守員による対応を数えてみると、去年の6月にマザーボード交換、12月にSAS交換、4月にCUP交換、5月にマザーボード交換、5月に電源交換、5月にマザーボード交換、6月にマザーボード交換、7月にCPU交換、そして9回目になる今回も恐らくCPU交換。昔と違い、今の機器は集積回路を組み合わせたものだから、修理といえば部品交換になる。35ノードもあると保守契約がなければとても運用できない。

医学部学士編入学を目指していた学生

 写真の整理をしていたら、数年前に担当していたゼミの飲み会での一枚を目にした。当時の四年生、三年生は特に問題がなければいずれも卒業しているはずで、今頃みんなは何をしているのだろう。社会に羽ばたいて行き、将来の活躍を夢見て頑張っているだろうか。そんな中に医学部への学士編入学を目指す男がいた。軽くメールを送ってみたら、すぐに丁重な返事が返ってきて、丹念に書き上げられた卒論まで添えられている。彼は「付け焼き刃」などという言葉を使っていたが、医学部への道は当初思い描いていたほど楽ではなかったようだ。しかしまだまだ諦めてはいない。それに未だ大学出たての二十代前半である。また古い写真を見返して、たまに教え子達にメールを送ってみようと思う。

おばあさんに腕を掴まれる

 車内でおばあさんから目的地への経路を聞かれ、よく分からなかったができる限り丁寧に対応した。一緒に駅で降りることになり、プラットフォームに立った途端、「脚が悪いから掴ませてください」と言われいきなり左腕にしがみつかれた。僕は半袖を着ていて素肌を露出していたし、正直かなりびっくりし、とっさに不快感を示す動作に出てしまった。しかしおばあさんは気付かないのか、気付いても動じないのか、必死について来る。僕の方も自分の行動を反省し、歩くペースを緩め、エレベータのところまで見送って別れた。いや、もっと一緒について行ってあげるべきだったか。他人に触られるということに慣れておらず、その場で冷静な判断ができなかった。

冷たい麦茶で便秘解消

 ここ数ヶ月間の長きに渡って悩まされていた便秘からようやく解放されてすっきりした。一週間ぐらい出なくたっていずれ出る物は出るから気にする必要などないなどと思い込み、大らかにしていたらかえって不快感が溜まっていってしまった。解消させるために行った具体的な努力は、毎朝起きたらすぐに冷たい麦茶を飲む、朝食後に積極的に台所の流しに立って皿洗いをするということである。以前は、熱い煎茶を淹れて飲むのが常だったが、その前に麦茶でなくてもいいのかもしれないが、冷たい物を飲む。父方の祖父が生前、毎朝の健康法として、起きたらまず冷たい水を一杯飲むとか言っていたような気がする。それは便秘対策ということではなかったが、今回のことに通ずるのかもしれない。

父のニンニク

 父が初めてニンニクを作ったらしく、先週、土の付いたニンニクが送られてきた。店頭に並べられているニンニクに土が付いていないのはなぜなのか。それはともかく、まだ食べ切っていないニンニクが残っていたが、父のニンニクを包丁で刻んでみると、採れたてのようでたまらないしゃきしゃき感がある。きのうはニンニクご飯を作って娘と食べた。今まで毛嫌いされていたが「今日のニンニクご飯はタマネギをたくさん混ぜてニンニクは少なくした」と嘘をついたらちゃんと食べてくれた。今日はニラを買ってきて息子と餃子を60個作った。いつもニンニクの量に妻が文句を付けるので今日も1つしか使わなかったが、もっと入れてもよかった。新鮮なうちに食べてしまわなければ。次はペペロンチーノにしよう。
Jul13_2014

堆肥を作るための容器

 堆肥を作っているので家(うち)からは生ゴミはほとんど出ない。シマミミズが景気よく繁殖しだしてからは効率がかなり上がったと思われる。問題は悪臭と小バエ。悪臭はなんとか抑えられるのだが、最近は小バエの大繁殖に悩まされていた。というのも、今まで使っていたバケツに代え、量が増えてきたので新しい米櫃を買ってきてそれで作り始めたら、隙間が空いており、小バエが増える環境を作ってしまっていたようだ。試しに、3週間前に密封できる30リットルの透明の容器を買ってきてそれに移した。空気の関係か、日中に内部が高温になるためかよく分からないのだが、とにかく小バエが急激に減った。生ゴミを入れる必要があるので日に少なくとも一度は開ける。その時の換気だけでシマミミズは元気に生きているようだ。このままもう少し様子を見ることにする。

オンライン英会話サービス終了

 最近はもう、2日に一度でもやれればいいような感じになっていたが、とにかくフィリピン人とのオンライン英会話を続けていた。今朝、予約を取ろうと思ってウェブサイトにアクセスしたら、なんと「サービス終了のお知らせ」などと書かれていてびっくりである。いったい何が起こったのか。毎日10分で月3,000円程度だから、1回100円程度でマンツーマンの授業が受けられる。米国人や英国人の発音とは異なるものの、僕にとっては話し相手としてじゅうぶんであった。2日に10分程度しか利用していないから10分200円としてもかなり安いと思う。そろそろ始めてから1年。飽きたてきた感もあるのでいい機会かもしれないが、残念である。その後の英語勉強法を考えねばならない。

台風8号の接近に備える

 当初は土曜日に近付くと言われていた台風8号だが、速度を上げて東京に近付いている。午後になり、研究室から外を眺めると暴風雨の様相だ。一番心配なのはとにかく自宅ベランダの植物である。娘にLINEでメッセージを送り、移動できるプランタは玄関か風呂場に待避するように伝えた。職場から外に出ると、強風と雨でいきなりびしょ濡れになる。自転車はあきらめ、今夜はバスで帰ることに。そのうちにだんだんと収まってきたような気がするが、これからである。家に着くと、園芸ネットにくくりつけられているゴーヤーとミニトマトはどうにもできないから、風除けのシートを張り、ちょっとした補強をした。園芸ネットの支柱ももう1本ずつ紐を張って万が一に備えた。あとは祈るしかない。いつも通り、早めに床に潜り込んだ。

大学院生を破門

 以前勤めていた大学から外研で来てくれていた大学院生を破門にした。滅多にいない極めて優秀な学生だったが、生命科学の研究室で一学生として研鑽を積むべき態度、いやそれ以前に、まともな大学を卒業した一人の大人としての行動に問題が多過ぎた。一つ一つ解決して行こうと二人で約束したのだが、けっきょく守れなかった。職場の周囲への迷惑もある。もはや外研先の指導者が面倒を見るようなものではないと大学院側の指導教員の先生に伝え、今後の関わりを辞退させてもらうことにした。セミナーには来ない、自分が担当の時でさえ何の連絡もせずにすっぽかす。週に一度の掃除にも顔を出さないし、昼過ぎに来たかと思えば、夕方早くに帰ってしまう。好きなところだけは頑張って卒業研究はなんとかまとめたが、自ら飛びつきてきたテーマなのに楽しんでいるようには見えない。僕が指導教員ならば卒業研究の単位などあげていない。卒論が筆頭著者で学術誌に掲載されてしまっているからこのままでは修士号が授与されてしまうことだろう。僕の意向は伝えてあるが、他の大学院生との公平な扱い、実際の指導教員としての立場もある。僕ならば学位など出さないが、外研ということもあって下手をしたら博士号まで授与されかねない。こういったケースは実は多いようで、学位の質や標準化を騒ぐ以前に議論すべきところがありそうな気がする。指導者として力のなさを思い知らされた一件ではあるが、学生に対する直接的な教育よりも自分の研究の方が大事であり、その態度こそが研究者を育てる上で重要だと信じているので、何度言い聞かせても付いて来れなかった学生はもはや見放すまで。外研ならば任せてもらいたかったが、週に一度のセミナーは、あの授業にもこの授業にも、あの学会に行ってと、二方向から言われ、僕の方でやりにくかっただけでなく、学生の方もたいへんだったことだろう。彼女は身体的、精神的な問題も抱えている。そろそろ3週間になるが、元気にしているだろうか。研究なんて人生に比べれば全く小さいことだが、そんなことに囚われず、いっそのこと大学院をやめる覚悟で少しばかり後戻りでもして、独立自尊、社会貢献できる女性に成長してもらいたいと願っている。焦ることはない。まだまだ若いんだから。

ムラサキクンシランの季節

 サクラが散って、ツツジが咲き、6月になればあちこちでアジサイが咲き始める。東京にいても、こんな流れで季節を感じることができる。最近気になっていたのは淡い紫色の花を咲かせる比較的大きな植物。Googleの画像検索であれこれ探ってみたところ、どうもムラサキクンシランという植物らしいことが判明した。紫だけでなく、色素を失った変種と思われるが、白い花のムラサキクンシランも目にする。
Jul08_2014

アザミウマを撮影

 毎朝の害虫生け捕り作戦、休まずに続けた努力がようやく功を奏し、我が家のベランダからアブラムシは根絶された。そうなると数は少ないのだがアザミウマと思われるあの小さな虫が目立ち始めた。実はこっちの方が質(たち)が悪い。アブラムシは植物の生育を悪くする程度だが、アザミウマにはこれまで西洋芝やネギなど、家(うち)の多くの植物が殺されてきた。しかし奴等は本当にアザミウマなのか。存在は見えても、小さくて肉眼では観察できない。試しに掌に乗せてデジカメで何枚か接写してみたら、その中によく撮れたものがあり、初めて我が家のその害虫の実体が明らかとなった。アザミウマはアザミウマ目に分類される昆虫である。写真を見れば頭部、胸部、腹部に分かれ、脚が6本あることが辛うじて分かる。ゴーヤー、ハツカダイコン、ネギ、そしてニラにまで広がっている。爆発的に増えているわけではないので、毎朝5匹ぐらいを見つけて潰す程度だが、このやり方で根絶させることはできるのか。戦いは続く。
Jul07_2014

東京のノコギリクワガタ

 職場で友人がクワガタを捕まえたようで、息子にと譲り受けることになった。クワガタと聞いて、なんとなくコクワガタのオスを想像していたが、けっこう大きなノコギリクワガタである。メスだったら何クワガタか僕には判別できないので、当然ながらオス。野生なのか、どこからか逃げたのか、東京にも意外と多くのカブトムシやクワガタムシがいるらしい。掌に乗せたら、指の皮に6本の爪先をしっかりと差し込まれ、そう簡単に離せない。僕の方が力があるので思いっきり引っ張ればいいだけだが、そうすれば皮膚が破れるし、それ以上にクワガタの脚が取れそうなので容易ではない。久々の扱いに苦労する。バナナ、そしてブドウを与えているがおいしそうに食べ、もらった時よりも元気になったような気がする。息子も楽しんでいるようなので、週末には大きな飼育ケースとくぬぎのマットを買ってきた。昼は潜り込んで身をひそめている。餌に、霧吹きに、掃除などなど。世話をどれだけ息子に任せられるかが今後の課題である。

録画したテレビ番組をiPhoneで

 ブルーレイディクスレコーダーを購入した際、録画したテレビ番組をiPhoneやiPadにコピーできると聞き、ぜひ試してみたいと思っていた。Wi-Fiでデータをやり取りするので、長いLANケーブルを買い、レコーダーと無線ルータを接続する必要がある。それからTwonky Beamという無料のアプリをダウンロードすればできると言われていたが、実はそこに落とし穴があった。ホームネットワーク内コピー防止の規格DTCP-IPというのに対応した有償版でなければデジタル放送はコピーできないらしい。価格は700円。安いようで高い。ちょっと考えたが、ここでやめてしまうのももったいないので購入することに。有償のアプリをダウンロードするのは2度目になる。700円で僕のiPhone 5とiPad miniの両方に入れることができた。最初、動作が不安定に思われるところがあったが、あれこれ試していると、ようやく動画が見られるように。レコーダーで再生して見ることもできるし、ちょっと時間がかかるがダウンロードすることもできる。これで自宅のテレビの前だけでなく、どこにいても録画しておいた番組が見られるようになるので時間の有効利用もできそうだ。

息子に19路盤の打ち方を教える

 これまでの9日間、コンピュータ相手に9子、8子、7子というように徐々に減らして、息子に19路盤の打ち方を教えてきた。初心者に毛が生えた程度の僕が教える打ち方だから教えたという表現には語弊があるかもしれないが。入門者には、特に息子はまだ4歳で、19路盤は広過ぎる。ある程度の打ち方を示してやらなければならない。そして今日、KGSのアカウントを新規に作成し、30k申告でオンライン対局させてみた。見ていると苛々してくるのだが、じっと堪えて何も言わない。眺めるだけ。何度も何度も伝えてあったのに、最初からくっつけて打ち、相手の石を囲もうとして、死んでいるのに取りにいく。三々や、それ以外にも広いところがあって入れるのに入ってゆけず、終盤では自分の地を埋め始める。相手も入門者だろうから終局にならない。苦労して教えてきたつもりだったが、息子は全然分かっていなかったことが判明した。やはり囲碁は難しいのか。負けて痛い思いをした上で自分自身で考えなければ強くなれないのか。負けるのは嫌だが、囲碁自体は嫌いではないようなのでいずれ強くなってくれることだろう。

花が咲かなかったチューリップの球根

 今年のチューリップは咲かないどころか球根の育ちも良くなかった。花が咲かなければ球根は大きくなるだろうと期待を持っていただけに、裏切られたショックは大きい。収穫しても部屋の隅に放っておいたが、整理しなければ。より小さい球根は咲かないだろうけどと母にあげたのだが、電話ではきれいに咲いたなどと言っていた。本当に僕があげた球根か。1個100円もしないのだから、毎年秋に新しい球根を買って育てるというのも楽しいだろうが、自分が育てた球根で花を咲かせればもっと楽しいはず。いったい何が悪かったのか。肥料が足りなかったか、陽当たりか。秋までに検討しなければならない。

赤アリの発生3年目

 今年もベランダの赤アリの数が増えてきた。隣家のベランダからちょこちことやって来て餌になる物を探し回る。小バエが大繁殖していたところなので大歓迎である。奴等は羽化したばかりのまだ飛べない小バエを捕まえてくれる。ゴーヤーの花にも潜り込むので、雄花の花粉を雌花に運んでくれているかもしれない。特に悪さをしているとは思えないので、どんどん来て欲しい。巣は作ってもらいたくないが。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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