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JALの個人情報漏洩

 JALマイレージバンクなんて確か羽田と小松間を往復した時に一回貯めたことがあったぐらいだったと記憶しているが、突然、個人情報についてのメールが届いていた。顧客情報システムにアクセスするための社内パソコンに何かが仕込まれ、約19万人分の会員情報が漏洩した可能性があるとのこと。こういった事例がこうも続くと、集めた情報は不要と判断されれば即廃棄した方が安全なのかもしれない。怖い世の中だ。
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ブログを活用して本の紹介

 職場の友人と読書の話になり、僕の好きな本をいくつか紹介した。それはあくまで、あの親に育てられ、自分なりの経験を積んだ40代のこの男の趣味であって、必ずしも、特に女性の趣味と合致するかどうかは別問題であるとの前置きをした上での紹介である。その際、このブログが非常に役に立つことを知った。検索もできるし。多少無理してでも、いい加減でも、魂を込めなくても、書き続けてきた甲斐があった。魂を込め過ぎていたら、続かなかっただろうし。

去年漬けた梅酒が尽きる

 昨年6月に漬けた梅酒、この夏の毎週末、炭酸水で割ってちびちびと飲み続けてきたがついに尽きてしまった。今日はガラス瓶に炭酸水を注ぎ込んで、最後の一滴まで飲み干した。梅の実もどれもおいしかった。秋分も過ぎて暑さも和らいだことだし、ちょうどよかったかもしれない。今年漬けた梅酒は来年、暑くなってきた頃に飲み頃を迎える。今年は氷砂糖を多めにしたら実がしわしわになってしまって、実を食べる楽しみが半減である。氷砂糖は少なめでいい。

自転車の自力発進の練習

 毎週末、息子の自転車に乗る練習につきあっている。僕は自分の父親から教わった記憶はないが、こればかりは父親の役目だと思っている。ようやく乗れるようになってきたが、次の難関は発進。自転車は動き出してしまえば楽だが、速度0から安定した走行まで持って行くところが、特に力のない子供には難しく、転び易いところでもある。今日は緩い下り坂を利用して乗り始めの練習をした。傾斜を利用して軽く滑り出し、そのままペダルを漕ぐ。この練習法が功を奏し、平地でもなんとか自力発進できるようになってきた。

9月になって咲くゴーヤーの雌花

 9月になってからゴーヤーの雌花の咲く勢いがやや上がったような気がする。今朝は2つの雌花が開花し、今月だけで20個となった。これらが全て実をつけてくれるのか否かは分からないが、それを期待し、受粉作業をする。今年は育ったのがたったの2株であるが、園芸ネットをベランダのてっぺんまで張ったので、上の方に咲かれると、椅子に乗っても手が届かないほどである。

東京マラソン当然の落選

 今度の東京マラソンの抽選結果がメールで届いた。「落選」の2文字がすぐに目に入り、とりあえずは安心した。10.7倍もあるのだから落ちて当たり前。当ったらたいへんなことで、また極めて幸運なことであり、それを胸に練習が始まる予定だったが、そうならずにすんだ。職場で他に2名、申し込んでいたが、全滅だったようだ。また来年、申し込もう。いつか子供達と一緒に走る日を夢見て。

中学校の成績

 僕が通っていた中学校は、試験の度にびりまで含めて全員の点数と順位が印刷して配られた。当時はそんなのが当たり前だと思っていたが、今ではそうでもないようだ。娘の中学校では夏休み明けに実力テストと称して、一学期に習った範囲の試験があり、今回は初めて成績上位者だけだが掲示されたらしい。娘はなんとか最後の方に名を連ねたようだ。無理して、そして運も味方にぎりぎり滑り込んだだけに、入学後の成績がどうなるかは親も本人も心配だった。それゆえに入学前から入学後も緊張してけっこう頑張ってきた結果が今にあるのだと思う。このまま上位15%程度、できれば上位10%以内に食い込んで、高校生まで相対的な学力を維持してくれれば親としては安心だ。

入笠山と大阿原湿原

 娘を初めてそれなりの山に連れて行ったのは年長の夏休み、霧ヶ峰だった。それからなんとか毎年欠かさず一緒に山に登っている。息子は現在年中に相当する学年で、去年、鍋冠山で苦労したこともあり、まだ連れて行くには早いかなと思っていたのだが、けっきょく連れて行き歩かせることにした。そんなわけで、今年の登山は南アルプス入笠山とし、甥、妹に加え、末妹も加わることになった。息子は鍋冠山の苦痛を未だに忘れていないようであったが、いざ行くとなると何日も前から楽しみにしていた。中央線特急の始発はあまり早くない。午前6時過ぎに親子3人、自転車で自宅を出た。新宿で妹親子と合流し、7時発のスーパーあずさ1号。少し遅れて小淵沢着は9時近くになった。ここで車で来た末妹と合流。2年前の八ヶ岳登山の際、真っ暗な中この駅から歩き出して赤岳山頂まで歩き通したという懐かしい場所だ。今回はありがたいことに妹の車に乗り込み、総勢6名で沢入へ。水や食料を背負い上げて山頂で昼食を作って食べる予定だったが、母がおにぎりや唐揚げなどを用意して末妹に持たせていたので、しかたなく出発前の腹ごしらえ。登山道に入ったのは10時過ぎとなった。特に急な登りはなく、息子も楽しそうに歩いていた。入笠湿原までは1時間ちょっと。すっかり秋の様相で、青空、そして赤とんぼも加わって気持ちのいいハイキングである。スズランの群生地となっている傾斜を登り、湿原を左回りにぐるりと回って御所平峠へ。防寒対策はしっかりしてきたが、半袖でじゅうぶんな暖かさ。ここから30分ばかり最後の頑張りで入笠山の山頂にたどり着く。標高は2000mに満たない南アルプス最北部に位置する山である。なんと言っても八ヶ岳連峰の展望が素晴らしい。2年前、ここにいる4人で、あの駅から、そして翌朝は嵐の中をあの赤岳まで登ったのだ。八ヶ岳最高峰は白い雲に隠れたり、姿を現したりを繰り返していた。登り損ねた阿弥陀岳にはいずれ再挑戦せねば。ここでスパゲティーを茹で、自宅から採ってきた辛いシシトウでペペロンチーノを作る。飲料水に加え、調理用の水を4リットル持って来たが、ようやくそれからも解放されるが、高校生の頃から使っていたEPIコンロのつまみが壊れ、回せなくなっていた。腹を満たしてからの故障で助かった。午後1時から1時間半以上を晴れた山頂で過ごし、もう帰ろうかという気も過(よぎ)ったが、予定通り大阿原湿原まで歩くことにした。予想通り末妹の下りは遅かったが、意外にも息子が速く下る。甥には下り方のこつを教えたことがあり、かなり速く下れるようになって一人で仏平峠まで行ってしまったのだが、息子が転びながらもそれについて行く。頼もしいことだ。そして一周30分の大阿原湿原は入笠湿原よりもずっと広々としていて素晴らしかった。紅葉にはもう少しだったかがそれでも黄色い葉が低くなった陽に照らされてまぶしいくらいである。車で上がれるようだから、ここだけでも散歩に来る価値があるかもしれない。車道を御所平峠まで行き、あとは往路と同じ道を下る。少し気温が下がってきたが、寒いというほどのことはない。入笠湿原でパイナップルの缶詰を食べ、息子も最後の頑張り。駐車場が見えた時には嬉しかったようだ。下山は予定よりもかなり遅れて5時半近く。もう妹の車しか残っていなかった。急いで小淵沢駅まで行ってもらい、上りの特急に駆け込んだ。
Sep23_2014

ピーマンの収穫

 シシトウばかり実り、なかなかピーマンができなかったが、ようやくいくつか食べられるくらいの大きさになった。普通に売られているピーマンと比べるとやや小さいが肉厚である。きのうの朝食に、うちで採れたピーマン、そして辛いシシトウもちょっとだけ加えて青椒肉絲を作った。数が少なく、ほとんどがスーパーマーケットで買ったピーマンで、うちのピーマンがどれなのかよく分からなかったが。
Sep22_2014

娘に登山靴

 嵐の中、小学生だった娘と赤岳に登った。あれだけの苦労をすればもう山登りなど嫌いになるかと思えば娘の感想は「しっかりした登山靴が欲しい」である。買ってやらねばと思いつつ、2年の月日が流れ、娘の意欲は薄れてしまった。今年はまだ娘と山に行っていない。今日は娘の登山靴を買いに新宿へ行った。日帰りのハイキング用から、小屋泊まり用、テント泊用といろいろある。要は軽さ、材質の柔らかさ、丈夫さのバランスであろう。いずれはテントを背負って森林限界を超え、何泊も縦走したいのだが、とりあえずは1泊の山小屋利用の想定でいいか。父親の気合いは入っているが大袈裟な物は買わないことにした。1万5千円ちょっと。息子も「欲しい」と騒いでいたが、おまえはまだいい。

続・三丁目の夕日

 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を録画して見て感銘を受けたのでその続編である『ALWAYS 続・三丁目の夕日』も見ないわけにはいかない。話をどう展開させるのか、前作以上の出来は期待できないだろうなどと高を括りながら見たが、いやいやこちらもかなり楽しめる。誰が主人公なのかよく分からない構成だったが、こちらでははっきりと茶川が中心人物になっており、今ではあまり見られない、近所で支え合う生活が描かれている。原作がどのような話になっているのか知らないが、おそらくこの文学崩れの登場人物と自分を重ねているのだろう。

論文アクセプトの小さな喜び

 一つ、論文というか、簡単な報告が受理され、ジャーナルへの掲載が決まった。本文は英単語500語以内という制限があり、記述できる内容がかなり限定される一方で執筆作業にかかる時間は大幅に少なくてすむ。準備に要する時間は指数関数的に違う。それでもアクセプトされた喜びは大きい。論文執筆に取り掛からねばならない研究テーマがわんさと転がっているので、日々、少しずつでも進めねば。この小さな喜びを味わうためにも。

金魚すくいの金魚の生死

 日曜日、息子と近くの神社のお祭りに行き、金魚すくいに挑戦。息子は今年も1匹捕まえたが、水の中で大物を狙おうと速く動かし過ぎてすぐに破れてしまった。その1匹に加え、もう3匹をもらって来たが、次々と死に、ついに残り1匹となった。仲間を失っても、今は一つの水槽の中で元気に泳いでいる。死ぬ金魚と生き残る金魚、いいたい何が違うのか。

ドナルド・マクドナルド・ハウスへの募金

 職場のすぐ隣にあるドナルド・マクドナルド・ハウスの増室の話があり、募金の話が何度も出ている。僕の寝坊罰金はもともと自治会がやっている募金活動への寄付を想定していたが、いい機会である。海外出張などがあって4時までに起きられないことは多々あり、5月からの累計寝坊分数は6345分で額は6,345円に達している。ちょうどいい。クレジットカードが利用でき、1円単位で申し込めたのでおととい募金した。そうしたらいきなり礼状が届き、税額控除制度についての案内も添えられていた。こんな額でわざわざ郵送してこなくてもいいのにと思うが、繰返しの募金を請うための有効な戦略なのか。それはともかく、重病の子供を抱えるご家族の苦労が少しでも軽減されるよう、また何かしらの形で貢献したいと思う。

第一次世界大戦

 今年は第一次世界大戦が勃発してから100年とのこと。新聞の一文に木村靖二の『第一次世界大戦』という本がよくまとめられているなどとあったので、さっそく図書館で予約したが4人待ちであった。一歩遅かったか。ようやく僕の番になり読み始めたが、次の予約が入っていて延長できない。情けないながら、このような本を2週間で読み切ることはできなかった。しかも、また水に濡らしてしまった。前回、濡らしたことを自己申告して注意されたばかりだったが、またやってしまった。前回ほどひどくなかったので、ブックポストに入れて返却した。印象的だったのは、日本が最も小さな犠牲で最も大きな利益を得た国だとの話。それからサラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されただけでなぜ世界を巻き込む大戦争にまで発展したのか個人的な謎だったが、その辺りのことは読んだ範囲でも理解することができた。図書館で本を借りて読む場合、返却期限が一つのモチベーションになるのだが、それをうまく利用できないと今回のようになってしまう。

娘と初ランニング

 朝夕の暑さも和らいできた。そろそろランニングを再開してもいい頃だ。通学で歩くことしかしない娘を強引に誘い出し、二人で近くの公園までの往復を走ってきた。ちょっとした距離だったが、娘は脇腹が痛いとお腹を押さえての帰還。娘とこんなことをするのは初めてかもしれない。今後もできれば週に一度、いずれは親子で大会に。

チューリップの球根の準備

 きのう、息子とホームセンターに行き、チューリップの球根を買って来た。なかなかりっぱな球根だが、税込みで1個43円。1日も1時間も待てない息子が早く植えようと言っているが、もうちょっと暑さが和らいでからの方がいい。せめて秋分の日以降、できれば10月に入ってから。10月になったら植えようと約束した。

Shall We ダンス?

 娘と録画していた映画『Shall We ダンス?』を見た。何度見てもよくできた映画だと感心させられる。何度見ても「社交ダンスなんて」という考え方から抜け出せないからこそ楽しめる。ゆえに社交ダンスなどやる気はない。留学して間もない頃、独り寂しく自室でテレビのチャンネルをあれこれ変えていたら急に懐かしい日本語が耳に入り、英語の字幕付きで流れていたのがこの映画であった。腐ったような状態になっていたダンスの先生が、教え子との関わりから立ち直って行く姿に、カナダで心が折れかかっていた自分は励まされたものだ。今、娘とソファーに2人並んで見ていると、その若い先生と父親との会話が心にしみる。むろんその場面が、反発ばかりする中学生の娘とそれを諭す僕の姿に重なる。またいつか、もう一度見てみよう。また新たな発見があるかもしれない。

計算機がついに本格稼働

 ついにHA8000/RS210にUniva Grid Engineがインストールされた。これにていよいよ本格稼働である。ここまでの道のりは長かった。最初に計算機購入の問合せを行ったのは2012年12月21日で、年の瀬27日に直接話を聞き、それから仕様を固めて入札の準備。2013年2月26日落札で、3月29日納品。しかし動かすための200 Vの電源がないのでただの鉄屑状態。1回路だけ引いてもらって4月30日に初稼働。とはいえ35ノードのうち連続した3ノードしか動かせない状態。そしてここからが長かった。研究所の何らかの都合で仮置き状態が続き、行き場候補が二転三転、電源工事どころではない。ようやく決まっても、200 Vを14回路も引く分電盤を作ってもらうのに何ヶ月もかかる。年が明けて年度末の2014年3月27日、ついに35ノードを稼働できる状態に。しかし空調設備が不十分で10馬力のが導入されたのが4月23日。そうこうしているうちに、Red Hat Enterprise Linux等のソフトウェアライセンスは切れてしまった。どうせ使えないのでUniva Grid Engineはインストール、設定さえされていなかった。ようやくライセンス更新の予算のめどが立っても、委員会での承認を得るのに時間がかかり、ついに2014年9月12日、Grid Engineが動き始めた。もはやGrid Engineは使わないかもしれないが、とにかく当初予定していた本格稼働状態に。遅々として事が進まない国立の研究所には呆れていたが、いずれは何とかなった国立の研究所。ようやく環境は整った。後は僕らがこの計算機を使って何を成し遂げるかである。

雲は10種類

 息子は毎朝テレビでやっているお天気検定に合わせて起きる。字が読めない上に、質問もよく理解できていないはずだが、正解を得てポイントを増やすことに執念を燃やす。したがって誰かに3択の答えを教えてもらわねばならない。その点、圧倒的な正解率を誇る父親に絶大な信頼を寄せている。今朝は雲の基本的な種類数を問う問題で、妻は30、僕は10を選んだ。基本的なという日本語がポイントであり30もあるわけがない。正解は10で、息子からの信頼はますます向上した。

パナマ運河100年

 新聞でふと目にしたが、今年はパナマ運河開通100年の年になるという。100年も前にあんなものを作ったアメリカ合衆国、しかも当時コロンビアから独立したばかりのパナマから建設権を得たセオドア・ルーズベルト、決して侮れない。そしてかつて本で読んだことのある青山士のことも思い出した。日露戦争目前の明治時代、何を思って単身米国に渡ったのか。

論文の輪読を再開

 長らく中断していたが、論文の輪読会を再開することにした。初回の今日は自分を含めて4人集まり、基本的に英語の音読。みんなが理解できるようにゆっくり読んで、難しい箇所などは読んでいる人が説明したり、随時誰でも質問して参加者みんなで理解する。日常の仕事や勉強に過度に負担がかからないように、一回1時間以内、週に2回程度を考えている。

ヒットを打つための感覚

 久しぶりに息子と野球の練習をした。しばらくの間、バットを握らせていなかったのでボールを打つ感覚を失っていたかと思いきや、びっくりするほど当ててくる。しかもいい当たりが多い。こういったことは毎日練習していないと駄目かと自分を含め多くの人が信じているのだと思うが、そう単純ではないようだ。何が重要なのかは分からないが、時には手を抜くことも上達の秘訣なのかもしれない。

月夜の浜辺

 娘が夜になって何やら焦っている。国語の宿題が全然分からず、解答できないらしい。それは中原中也の『月夜の浜辺』という一つの詩だった。「詩なんて俺の知ったことか」という考えだが、まあ娘と一緒に読んでみようと、ゆっくりと音読させた。中学生の頃、中原中也の詩を読まされて僕が何を感じたかなど、何も覚えていない。敢えて言えばこんな詩の何がいいのかさっぱり分からないと反発したことぐらいである。それが30年を経た今、中原中也が描くその情景と心情がありありと頭の中で理解できるではないか。それなのに娘にはどうしても分からないらしい。僕が思ったことを質問する形で娘に納得させながら説明してやると、面白いことにそれらが宿題の問題文となって書かれている。中学生なんて半分大人のようで高々10年ちょっとしか生きていない。しかも親や学校の先生など周りの大人に守られて生きてきた。人間だれしもそうやって成長するものである。一方、子育てを経て40年も生きているといろいろなことを経験する。この詩に描かれている孤独感や寂寥感もさまざまな場面で体験してきた。大人になっていつの間にかこういったものが理解できるようになっていたのだ。それに比べ、中学生はどうだろう。どんなに優秀な、特に国語に関して優秀な中学生がいて、中原中也の詩を理解できたと言っても、それは40代のおじさんの理解とは異質なものに違いない。ひょっとしたら大人の押し付けに過ぎないかもしれない。大人達は中学生にこのようなものを教えていったい何がしたいのだろう。中学生には中学生なりに読んで理解すべき相応の作品があるのではないか。

同郷の映画監督

 前々から見たいと思っていた映画『ALWAYS 三丁目の夕日』をテレビ放送を録画してようやく見る機会を得た。評判通り、いやもっと高く評価していい心に残る作品だった。僕と同じく長野県出身の知り合いが、山崎監督と県立高校の同級生、しかも同じ教室で机を前後にして授業を受けていたなどと聞いて身近に感じ、ますます見なければと思っていた。原作も素晴らしいとは思うが、映画もまた凝っていて驚かされる。僕らの親の世代が見ればまた違った感慨があるに違いない。設定は東京タワーの建設が進む昭和33年の東京。それよりもずっと後に、しかも東京から遠く離れた片田舎で生まれた一人の男が中心となってこの作品が作り上げられたわけだ。畏敬の念を抱かずにはいられない。

倫理委員会に申請

 これから行うヒトのゲノムに関する研究について、職場の倫理委員会に審査してもらうための申請を行っている。まずは書類での質問がきたのでそれに回答する案を作った。重大な指摘はなかったのでとりあえずは安心している。後日、委員会に呼ばれ、本審査となるようだ。ヒトゲノムの研究のなど15年も前からやってきているのだが、対象が特定の個人となると話はそう単純でなくなる。今更ではあるが、この倫理委員会のプロセスを体験しておかねば。

口頭発表に採択されず

 今度の学会は病因解析・診断というセクションに演題登録をしていたが、残念ながらワークショップへの採択なしでポスター発表のみとなった。もう一件、ゲノム塩基配列を処理するためのプログラム開発の仕事を友人に発表してもらうことになっているが、こちらも同様。大騒ぎしてもらうほどの研究でもないが、そこそこいい仕事になりそうかなと思っていたのでちょっと残念だが、ポスター発表ならば準備の負担はかなり軽くなる。ほっとしたという一面もある。とにかく論文発表の方を優先させねばならないから、そっちに労力を注がねば。

カエルにミナミヌマエビ

 長崎旅行、ニューヨーク旅行を経ても、ベランダのアマガエル一匹は未だ健在である。少し痩せているように見えるので、餌が不足しているに違いない。適当な虫でもいればいいのだが、生きていなければ食べないので難しい。現在、水槽の中にミナミヌマエビがうじゃうじゃといるが、ひょっとしたら食べてくれないかと口の前に持っていってみた。カエルは虫などの動きをしばらくじっと観察した上で突然食いつくのが普通で、エビが水の外に出されて苦しむような見たことのない妙な動きにはなかなか反応してくれなかった。最後にはようやく食いついてくれたが、僕の苦労虚しく吐き出してしまった。

一人のメモ魔の趣味

 織田信長については『信長公記』という一代記が残されており、その人生の激動を正確にありありと、また細々(こまごま)とした出来事の多くまでをも知ることができる。僕が直接『信長公記』を読んだことはないが、織田信長に限らず、彼に関連するその時代の人物を扱った話でも『信長公記』の記述を元にしたものが多いに違いない。これまで『信長公記』とは本人が命令して側近に記録を取らせていたものとばかり思っていたが、実はそうではなかったようだ。帰国する飛行機の中でNHKの太田牛一という人物の生涯を扱った番組を見て、そのことを初めて知った。織田信長という男に魅せられた一人の人物が謂わば勝手にまとめたものである。この書物がなかったら、今の日本人の戦国時代に対する思いはどうなっていたことだろう。一人のメモ魔の趣味に大いに敬服させられた。

太陽とともに帰国

 ニューヨークからJL3便、太陽とともに日付変更線を越え、14時間のフライトで成田に着陸した。無事に母国に帰ってきた。こっちはもう9月である。娘は始業式のはずだが、宿題は無事に終わったのか。2万円を米ドルに替え、現金はあまり使わなかったのでけっこう残っていたが、出発時よりも円高になっていたので、日本円に戻す気が失せた。幸い、向こうでは雨に降られなかったが、こっちはまたしても雨である。夕方、保育園に息子を迎えに行ってびっくりさせてやった。夕食は自分で餃子を作った。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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