スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

棚から米ドル札

 部屋の整理をしていたら思いがけず、留学から帰国した時にしまっておいた米国のドル紙幣が出てきた。10ドル札1毎に1ドル札6枚で、合計$16。昨夏、ニューヨークに行く際にはこの存在が頭の片隅に残っていて、どこかにあるはずだと軽く探してはいたのだが、その時は見つけられなかった。まあ、その後、円安になったからかえって良かったか。円高にならないうちに両替してしまわなければ。
スポンサーサイト

大規模メモリを搭載した計算機

 なんと夢の4 TiBメモリの計算機が手に入った。Dell PowerEdge R920である。去年の7月1日に初めてその可能性について話し合ったが、入札等、半年以上という長い道のりを経てついに手元にやってきた。USB 3.0のカードを挿してもらい、4U分の筐体をラックに納め、単相200 Vの電源に接続。研究所のLANにも接続。OSは何も入っていないので、DVD-RからCeontOSを起動。30分ぐらいかかったようだが、問題なく動いている。夜遅くなってしまったので、来週、RAIDの設定、OSのインストール、各種ソフトウェアのインストール、設定を自分で行い、再来週あたりから研究に使えるか。
Jan30_2015

一日一投稿を6年間

 気が付けばこのfc2でブログを書き始めて6年になる。ものすごい量を書き溜めて、やる気を失ってしまったことも何度かあったが、毎日一投稿を目標に、こつこつと借金を返すようになんとか挽回し、投稿数は2200に達している。このために多大な時間を失っている一方で、得ていることも意外と多い。いつまで続けられるか分からないが、まだまだ止(や)める気はない。

職場のメールマガジン配信

 先月、職場のメールマガジン執筆依頼が届き、いったい何を書こうかとしばらく悩んだ。事務も含めた医療関係者、医学研究者向けである。計算機に関連することも考えたが、それは僕にとっては手段であって目的ではないので、あまり前面に出したくない。専門とする分子遺伝学をということで、ミトコンドリアのDNAを例にゲノム配列のアセンブリの話をして、それがどう医療に結びついているかでまとめることにした。年末、帰省してから数日で書き上げた。あまり長く書きたくはないが、600から1200字程度はかなり短いので伝えたいことをまとめるにはけっこう苦労した。大晦日に提出して、年明けに校正があり、もともと起承転結4段落構成にしていたが、メールマガジンという性質上、多数の段落に分けられた。そしてようやく昨日になって配信。このことは周囲の誰にも伝えていなかったが、みんな気づいてくれただろうか。数人が声をかけてくれたが。

計算の訓練

 息子の数字に対する関心や計算力は日に日に磨きがかかり、簡単な整数の割り切れる割り算までできるようになった。ちょうど公文式の無料体験学習というのが開催されるようで、息子も行きたいと言うので連れて行き、話を聞いてきた。まず簡単なテストをやらされたわけだが、せいぜい3を加えるような簡単な足し算で、息子の関心からはかなりかけ離れていて、これが本当にこいつのやりたいことかといきなり心穏やかでなくなった。繰り上がり、繰り下がりの処理を書かせないという方針なども聞き、目先のことに捕らわれて本来目標とすべきことを見失っているように感じられて同意し難い。年中という幼い子が今、公文式に取り組むとなるととりあえず二つの問題があるように思われた。第一に、まだまだ書くという動作がうまくできないこと。第二に集中力の持続である。2桁と1桁の掛け算ができるということで今そこから始めたとしても、そのうちにすぐ引っかかって先に進むのに時間がかかるから、書く訓練として簡単な計算から始めた方がいいとの話であった。これまで、勉強という観点でなく、ゲームや日常生活の中で登場する数字に興味を持ち、楽しく計算してきた。そんな状況を維持、発展させてあげられればと思ったが、ここで公文に通い始めれば速さも重視され、訓練、訓練で事態は一変する。そのやり方は一つの観点からは評価できる一方、今の息子にやらせるべきかは疑問である。まあとりあえず2週間、無料体験学習ができるというので、息子が嫌がらない程度に頑張らせてみるべきか。実際、寝る前にストップウォッチで測ってやらせてみたら楽しそうに取り組んでいたことだし。

貝割れ大根の奇妙な食害

 貝割れ大根の芽を植えて育てている。いい感じで本葉が伸びてきたと思っていたが、何者かに食われている様子が見受けられた。以前のようにダンゴムシかと思っていたが、どうも違う。この鉢の周りだけに何かの糞のようなものが散らばっているのだ。食害に遭っているのはこの貝割れ大根だけで今では壊滅的な状態に。未だ犯人の正体は掴めていない。
Jan26_2015

親子三人でジョギング

 今年は毎月一度は娘とランニングをすることとした。約束の今日になり、昼食前に走ることになったが、息子も一緒に行きたいということに。そこそこの距離を走るつもりなので、息子は足手まといになると端から決めてかかっていたが、もはや赤ん坊ではない。毎朝走って保育園に通い、長距離走の実力は園内でも驚かれるほどになっている。そんなわけで父親と中学生と幼児という組み合わせの親子三人で出かけることにした。コースは立会川沿いを河口まで下り、そして戻ってくる往復コース。折り返しは土佐藩の浜川砲台跡である。Googleマップで測ってみると、片道2.4 kmで、信号待ちが多かったがその時間も含めて往路18分、復路21分ほどかかった。特に帰り、息子は急に遅くなって遅れたり、信号待ちでは道路に座り込んだりしたが、走れないこともなく、諭せばちゃんとついてきた。来月は逆に立会川の暗渠を遡ってみよう。
Jan25_2015

新しいiPhoneの大画面

 今使っているiPhone 5に特に不満があるわけではないが、娘に買ってやったiPhone 5sには指紋認証があるので羨ましく思っていた。パスコードなど設定したくないのだが、万が一、紛失したり盗難されたりした場合のことを考えるとそうもいかない。指を触れればすぐに使えるから便利である。iPhone 4からiPhone 5に変えてもう2年以上になる。それに、通勤電車の中で録画したテレビ番組を移動したり、学術論文を読んだりするので、ディスプレイがもうちょっと大きい方がいいなと思っていた。というわけでiPhone 6に機種変更することに。完全な移行作業を終えるにはもう少し手間がかかりそうだが、指紋認証と4.7インチの大きな画面は期待通りで使い易い。従来より大きなサイズに不満を漏らす声も周囲から聞こえていたが、僕にとっては満足できそうだ。実質負担額はずっと低いが、実機代は7万円以上。けっこう高いが、有効に使えばそれ以上の価値があるはず。最初に買ったiPhone 3Gはすぐに通話機能が壊れて交換してもらったことがあるが、それも含めるともう5台目になる。

松本出身理系夫妻の対立

 松本は就学前の数年を過ごしたとても懐かしい一つの故郷である。職場にその松本出身の大学院生がいて、時々、中信地方の話で盛り上がる。彼女は小学生の時に両親に頼み込んで中学受験をし、高校卒業まで親元を離れ、全寮制の私立学校で勉強、さらに遠く離れた私立大学の医学部に進み、今は東京で研究をしつつ、産婦人科医として、そして母として頑張っている。彼女の旦那さんには会ったことはないのだが、やはり松本出身で、僕の父と同じ県立高校を卒業しているのでなんとなく親しみを持っている。そんな理系夫婦がまだ一歳にもなっていない我が子の将来について、ほとんど冗談ではあるとは思うが、中学受験をさせるか否かで対立しているらしい。そんな話を聞くと、僕の多くの友人たちが自分の歩んできた道に対して強い誇りを持っていることをひしひしと感じさせられる。周りに流されず、若い頃の偏りのない友人関係を望む父親と、松本と違ってここは東京なんだからと主張する母親の姿を想像するとほほえましい。僕自身、娘が私立中学に入ってくれてとても助かったと思っているが、それは我が家のさまざまな環境を考慮した上での総合的な話であって、あらゆる家庭に当てはまるものではない。

繰り上がりと繰り下がり

 数や計算に凝っている息子は、まだ字を書くのが苦手なだけに全てを暗算でやってのける。多少、手の指を使うことはあるが。これで2桁整数の足し算と引き算ができる。最近、九九はだいたい覚えてしまったが、覚える前は、足し算に置き換えて1桁整数の掛け算も暗算でやっていた。そろそろ筆算を教えてやる頃かと娘と協力して、きのうは足し算の繰り上がり、そして今日は引き算の繰り下がりを教えてやった。なかなか理解してくれず、こっちが真剣に教えているのに、息子にはこれは遊びでしかないので、ふざけられたりするとかなりいらいらさせられるのだが、けっきょくのところ一両日で習得してくれた。なかなかの年中保育園児である。これも数に対する興味あってのことだと思う。筆算ができるようになると、暗算能力は落ちてしまうかもしれないが、これからどうなるのか楽しみだ。

算法少女

 娘の夏休みの宿題の一つに『算法少女』という文庫本を読むというのがあった。もともとは同書名で江戸時代に出版された和算書なのだが、当時親子二人で執筆されたこの本の成立過程を史実を基に小説にしたのが遠藤寛子著『算法少女』である。娘の本棚から引っ張り出して読んでみた。分かりやすく書かれていて子供向けの本とされているようだが、僕のような大人でもじゅうぶんに楽しむことができる、読む価値のある一冊だった。いくつもの興味深い事柄が、一冊の和算書が書かれるという一つの話に織り込まれている。実生活に活かすわけでなく算術を究める父、父に習って懸命に算術の勉強を積む娘、一方でそういったことに理解を示さぬ現実的な母。当時の算術の流派間の対立が物語を展開する原動力になっていて、主人公の少女あきもそんな争いに立ち向かってゆくのだが、算術を究めるという観点からはいかに無意味かということを諭される。多くの場面で理想的な女の子のように描かれているのでここは異彩を放っていて、科学者という立場から見ても非常に興味深い。一揆など当時の社会問題に、藩主の不自由さ、そして町人の自由さ、当時の人々の好奇心が見事に描かれている。算数や数学を嫌う子が多い現代、当時と今とで何が違うのかを考えてみる必要がある。

大学入試センター試験の英語リスニング

 大学入試センター試験では10年ほど前から英語のリスニングの試験が行われている。これはどの程度の問題が出題されるのかと気になっていた。新聞には問題、実際に読まれた英文のスクリプト、正解などが書かれていたが、ウェブサイトを覗いてみると音声ファイルが公開されていたので解いてみることに。形式はTOEICなどと似ており、聴き取る力だけでなく、選択肢となっている英文に短時間で目を通せるリーディング力も必要である。リスニングという科目名に惑わされず、このことをしっかり認識しておく必要がある。TOEICとの大きな違いは、各問、2回同じ英文が読まれるということ。一回聴き逃しても、もう一回チャンスがある。とはいえ、比較的簡単な問題が続き、かつ、そんなに間があるわけでもないので、一回目で自信を持って解答できるようにし、二回目は聴かずに次の問題の選択肢を読むべきだろう。二回目を聴いても解答に迷ってしまい、次の問題が流れ始めて焦ってしまうようの状況が何回かあったが、なんとか全問正解だった。18歳の頃の僕が受験したとしたら、平均点以上は取れるだろうができは良くなかったことだろう。

焼き魚の小骨

 昼食に弁当が出るという午後からの会議に参加した。予想していた通り、なかなかの弁当だった。焼き魚を食べていると小骨が口に入った。このぐらい飲み込んでしまえと思い、そうしたのだが、喉の右奥に引っ掛かってしまったようだ。ご飯を飲み込んだりしたが、飲み込む度に痛みが出る。やばい。これからプレゼンをしなければならないのに。焦るがどうにもならない。やばいやばいと思っていたが、食べ終えた頃には胃の中に落ちて行ってくれたのか違和感はなくなった。大人になってからはこんなことはなかったので魚の小骨をなめていた。

被用者年金制度の一元化

 自分は独立行政法人の任期付き常勤職員であり、国家公務員共済年金に加入している。その他全ての共済年金は今年の10月から厚生年金に統一されるとのこと。主に二つの理由があるらしい。財政範囲を拡大して制度の安定性を高める。そして、制度の公平性を確保して公的年金に対する国民の信頼を高めるというのがもう一つ。ということは年金制度は公平ではなかったということか。よく知らなかったが、共済年金はやや保険料が安く、職域加算という上乗せ制度があるらしい。

オンライン英会話レッスン再開

 以前利用していたオンライン英会話のサービスが終了してしまい、しばらく英語を話すことから遠ざかっていたのだが、別会社のサービスで再開することにした。話し相手は同様にフィリピン人。前のは毎日10分間という形態で、毎日やれば1回分が100円にもならなかったと思う。最初は毎日やっていたがが、そのうちに2日に1回になった。それでも1回分200円である。そのうちに3日に1回になりという感じで、とにかくほんの10分でも毎日は辛かった。今回選んだのは週に25分を4回、家族3人のアカウントを作れるという形態でちょっと割高になってしまうのだが、10分あたりに換算してみると140円だった。週4回でもきついので、娘と息子に1回ずつやらせ、僕は週2回という感じで計画を立てている。娘の同意は未だ取れていないのだが。これまで何回かやってみたが、10分間に慣れていたので、25分は正直長い。息子は英語など何も知らないので、しばらくは横についていてやらねばならないか。

さらば百人一首

 中学校で配られた『古典の学習 小倉百人一首』という本を今までずっと捨てずに持っていた。以前は競技かるたに凝っていて、高校生の時には校内大会で優勝したこともある。百首覚えるなんてことは当然で、決まり字を覚え、かつ体と連携させ敵よりも早く札を取るためにいろいろと書き込みがしてある。しかし今になって冷静に考えてみると、特に面白い競技とも思えない。娘に札を買ってやったことはあるが、数回広げたぐらいか。短歌集としての文学的な価値はどの程度のものなのか。安倍仲麿の故郷を想う歌など、少なからず好きなものはあるが、大半はつまらない恋心を表現しただけのもので愛でる気にはなれない。古文の教材として使えたのかもしれないが、興味のない若い頃の僕には何の役にも立たなかった。ずっと持っていてもしかたがないから捨てることにする。

お下がりの玉突き

 職場の友人から男の子用のスキーウェアやサッカーウェアなどを譲り受けた。うちの子の方が大きいということで全て僕がもらってしまったので、代わりにうちの息子が着れなくなった古着を玉突きのように譲ったら、親子揃ってずいぶんと喜んでくれ、さっそく試着したという写真を見せてもらった。しょせん古着だが、活用してくれればまったく嬉しいことである。

独楽を回せるようになった息子

 息子自身も保育園の先生も、独楽(こま)を回せるようになったと言うのだが、僕の目の前で回せたことがない。しかもまだまだ練習が必要で、回せるようになるまでにはそうとうな時間がかかるような感じだった。ところが今朝、保育園で、紐を使って息子が投げた木製の独楽がきれいに回っているではないか。僕の驚いた反応に息子も得意気になる。嘘だと思われていたかもしれないが、ようやく父親に認められたと。ここまでたどり着くには、何度も何度も、いつ成功するともわからない失敗を繰り返したことだろう。よく頑張った。

休み明けの試験

 冬休みが終わり、学校では三学期が始まっている。娘の通う中学校では、夏休み明け、そして冬休み明けに、実力テストと称してこれまで勉強してきた範囲で試験を行うようだ。中間考査、期末考査に加えてである。勉強好きでない娘も、不真面目ではないのでけっきょく休み期間中を通して宿題に加えこのテストに向けて勉強せざるを得ない。親としてはとりあえずのところ安心である。聞くところによると、公立中学に通っている知り合いたちは、うちの娘の授業料よりも高額な費用を払って塾に通い始めているようだ。

年中にして九九をマスター

 数に凝っている息子は、まだ書くことが苦手なだけに計算は全て暗算である。時々間違えるが、負の数も含めて整数2桁の足し算、引き算ぐらいならば理解して答えを出せるようになった。この年でそんなことができるとは驚きである。褒めてやると調子に乗って、もっと問題を出せと得意気になり、算数習得のためのいい循環ができている。今のところ、奴にとっては勉強ではなくて遊びである。2週間前から九九も教え始めた。時間をかければ足し算を繰り返して整数1桁のかけ算は答えを出すことができるほどで、そっちの方がすごいような気もするが、やはり九九ぐらいは覚えたほうがいいだろう。短期記憶が必要な暗算はできても暗記は苦手なようで、「し」と「しち」の区別も困難だったようだが、ようやく九九も覚えたような感じである。割り算も教え始めているが、引き算を教えた時のように理解は容易ではなく、未だ6割る3もできない。56という数字を見て、勝手に7かける8だと分解はしているのだが。

娘と和風スパゲティーを作る

 娘と二人、厨房に立って料理をした。子供達は野菜たっぷりのペペロンチーノを嫌うので、今回はシメジを入れた醤油味のスパゲティーを教えながら作った。同時にマカロニサラダも作った。「簡単だろと」と言うと「うん」と言うので、今度は独りで作らせてみよう。いきない独りでは無理だとは思うが。

杉田玄白墓

 虎ノ門に行く機会があり、都営三田線の御成門から歩いた。愛宕神社の出世の石段経由で散歩してみようとiPhoneのマップを眺めていたら愛宕神社のすぐ近くに「杉田玄白」と書かれている。坂を下ってその辺りをうろうろしてみると、案内があったのですぐに見つけることができた。栄閑院という小さくも風情のあるお寺の山門をくぐり、本堂右の小径をちょっと歩いたところにその墓があった。史跡というだけあって手入れがされているわけだが、古臭くないのが意外である。『解体新書』の筆頭訳者である杉田玄白が亡くなったのは文化十四年。『蘭学事始』を出したのがその数年前である。僕の高祖父の祖母であるきくが文化八年生まれであることを考えると、そう昔のことでもないようだ。ほんの200年前のことである。
Jan10_2015

デビットカードのお役ご免

 Visaデビットを利用し始めて一ヶ月になる。還元率は0.25%なのでたいていのクレジットカードより良くないのだが、発行月の翌々月までに5万円以上を支払うと、キャッシュバクに加え、1,000円のギフトカードがもらえるということで、挑戦してみることにした。当然のことだが、こんなことにつられて不必要な物を買ってはならない。2ヶ月ちょっとで5万円、お金を使うのもけっこうたいへんである。前々から欲しいものがあれば別だろうが、届くかどうか怪しかった。細々(こまごま)とした物で、クレジットカードで支払えるものは全てVisaデビットで決済してきたが、やはり5万円は遠い。しかし今夜は米国から招待した研究者を囲む夕食会が開かれ、幹事を頼まれたので、今までの苦労無関係に突然あっさりと5万円を超えた支払いをすることができた。これにてVisaデビットカードのお役はご免か。

佃島ふたり書房

 読売新聞人生案内の一愛好者として、出久根達郎の作品を一冊でも読みたいと常々思っていた。直木賞受賞作である『佃島ふたり書房』が最有力である。一回、図書館から借りて読み始めたのだが、何が面白いのか理解できず、いつの間にか返却期限が迫り、かつ次の予約が入っていて延長できず、それっきりになっていた。この年末年始の休みに再挑戦ということで借りてみると、普段よりも一週間余計に借りられるようでゆっくり読めそうだ。しかし油断せず、つまらなくとも毎日少しずつ読み進めようと決意した。直木賞受賞作というからには区内の図書館全てに単行本か文庫本ぐらいあるかと思っていたのだが、一番大きな図書館の書庫資料として一冊あるに過ぎなかった。初版は1992年10月で僕が大学生の頃だから、そんなに古いわけでもない。手元に届いたのは翌年2月の第4刷の単行本なので、受賞決定後に刷られたものと思われる。「書庫で保存している貴重な資料です」なんて書かれた栞が挟まれている。直木賞の面目丸潰れではないか。さてさて小説の内容であるが、僕の趣味に合わない気持ち悪いもので、二度と読みたいとは思わないが、一方で次は何が書かれているのかと気になりながら、正直、怖いもの見たさの楽しみで読んだ。中学を卒業して古本屋に勤めたという著者の経験が必要以上に活かされていて、僕のような常人に編みだせるような話ではない。僕の好きな人生案内回答者としての一面も見られなかったが、読み終えて振り返ってみると、ああいった濃い人生経験あるいは空想あっての奇抜な回答だったのだろうと思い知らされ、改めて出久根達郎という男の凄さを感じることができた。ダクばあさんが死ぬ前に語った言葉が印象的である。「あたしらの仲間に加われ、とはすすめん。加えたくとも、資格を問われるから無理だ。ただ、あたしらのような者が、こうしてひそひそ活動していることを胸にしまっておいて、お前の励みにしてほしい。お前は、やりたいことを信念をもって続けるがよい。正しいか正しくないことかは、浮世の評価ぞ。ひとつことをつらぬく一念こそが、現世の正義ぞ」ここに引用させてもらう。

長野県の観光地

 毎週日曜日の夕方、サザエさんのオープニングでは各県の名所をアニメで紹介しているが、先月は我が生まれ故郷長野県であった。年が改まり、次はどこかと思ったら、また長野県で、別な観光地が紹介されている。県内、いろいろな所に行ったが、さすが観光県だけあって枚挙にいとまがない。しかも知らない場所もけっこうある。特に北信さらには南信も実はよく分かっていない。せっかくの機会なので、紹介された場所をここに列挙してみる。先月分が、軽井沢、浅間山と小海線、松代城(長野市)、戸隠神社(長野市)、姨捨の棚田(千曲市)、道祖神(安曇野市)、開田高原(木曽町)、天竜舟下り(飯田市)、麻釜(野沢温泉村)、岩松院・北斎の天井画(小布施町)、米子大瀑布(須坂市)、奈良井宿(塩尻市)、上高地(松本市)、そして今月分が善光寺(長野市)、松本城(松本市)、旧開智学校(松本市)、地獄谷野猿公苑(山ノ内町)、臥竜公園(須坂市)、日本土人形資料館(中野市)、白馬ジャンプ競技場(白馬村)、野沢温泉スキー場(野沢温泉村)、寝覚の床(上松町)、諏訪大社下社秋宮(下諏訪町)、大町山岳博物館(大町市)、黒部ダムカレー、栂池自然園(小谷村)といった感じである。行った所もあるが、行っていない所も多い。特に息子なんかはほんの少ししか行っていないはずだ。死ぬまでにこれらぐらいは全て訪れておかねば。

独楽回しに挑戦

 保育園で独楽(こま)の回し方を覚えたらしい。家にある独楽でやらせてみたが何度やっても回せない。回せる気配もない。独楽回しはそう簡単にできるものではない。僕にも苦い経験がある。小学校一年生の正月だったろうか。はやっていたので母にねだってようやく一つ買ってもらい、練習したのだが、いっこうに回せない。誰も教えてくれる人はいなかった。独りでもくもくと練習したのだが、どうしても回せない。独楽がおかしいのではないか。母にそう訴えたら、返品しろと言われ、べそをかいてお店に行ったが、そんな傷だらけになった独楽を引き取ってくれるわけがない。独楽がおかしいと信じ、泣き続けていたが、友人の一人が僕の持っている不良品をかっこいい独楽だと言って鮮やかに回してくれた。それを見ておかしくないことを悟り必死に練習を続け、その甲斐あってけっきょくは人並み以上に上手になった。きのう初めて独楽回しに挑戦したうちの息子が、そう簡単に回せるわけがない。今朝、保育園に行ったら、先生は確かに回せたと言っていたが、僕の前ではやはり回せなかった。この悔しさを胸に秘め、頑張るんだ。お前の父親も涙を流して頑張ったんだから。

済生学舎の講義と今の大学の講義

 新聞を眺めていたら、全面を使った広告の中に済生学舎の文字が目に留まった。日本医科大学の広告だったが、この大学の前身が済生学舎だったようだ。済生学舎のことは『遠き落日』に詳しく書かれていて、何度も読んだので馴染み深い。帝大の若い先生などが自分の知識を整理するために済生学舎に来てアルバイトの講義をしていたというのが印象的である。当時の苦学生は、そんな一見劣悪とも思われる教育環境の中で必死に勉強して目的を達成し、日本という近代国家の礎となったのであろう。今の大学、特に僕が以前勤めていた大学での講義とはずいぶんと様子が違う。実はどっちが劣悪な教育環境なのか、学生たちが何を得て何を成し遂げたかを客観的に検討してみる必要がありそうだ。

息子と初泳ぎ

 年末に反省したように今年は定期的に子供達と水泳をしたい。娘は絶対に行きたくないと主張するので来週という約束にし、息子と二人で初泳ぎに出かけた。三ヶ月ぶりになる。息子は未だに体をまっすぐにして水に浮くという動作が身についておらず、いらいらさせられる。娘同様、就学前にクロールで25 m泳げるようになるというのが目標であり、父親としての務めでもある。あと1年ちょっとある。焦らず、頑張ろう。

越境する垣根の応急処置

 隣接する新家との垣根の木が、手がつけられなく大きくなっていて、多数の枝が越境している。切ってくれと言われているが父はいっこうに切る気配がない、というのが母の主張である。隣の家に迷惑をかけるなど、ある程度しかたのないことはあるだろうが、可能な限り避けねばならぬものであると考える。雪が降り積もっている状態であったが天気は良かったので、鋸で切り払える枝だけはなんとかした。今回の年末年始の帰省では、家のことはこれくらいのことしかしなかった。

英語の文型の理解

 甥の英語の勉強を見てやった。三人称単数現在形の動詞にsを付けることさえよく分かっていないのだから、授業を聴いていないことは明らかである。家で勉強なんてしなくていいから、せめて学校ではしっかり先生の言うことに耳を傾け、その場で理解することを心掛けてもらいたいものだ。自宅学習最低2時間などと勝手に設定されると、そっちの遂行で満足し、授業がおろそかになってしまうのかもしれない。それとも中学校の英語の教師たちはちゃんと英語を教えているのだろうか。中等教育の中で最も幼稚な内容に留まったことしか教えない奴らには、手段としての英語の重要性をしっかり認識して仕事をしてもらいたい。助詞を使う日本語と違い、英語は文の構造、より具体的に言えば文の構成要素としての単語の並び方が重要である。それを未だに理解できていない甥は、重要な動詞と主語が見抜けず、文末の副詞句の中に収まっている名詞などを勝手にキーとなることばとして持ち上げ、強引に意味のある日本語文を作り出そうとする。文法用語のオンパレードで3つの文型を繰り返し教えてやった。中学生に対する英語の教育方針がどうなっているのか僕は知らないが、文法を細かく教えるにせよ教えないにせよ、英語の文型が区別できるような教え方をしっかりしてもらいたい。
プロフィール

Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
12 | 2015/01 | 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
アクセスカウンター
水槽
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。