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ハードディスクのクラッシュ

 ファイルサーバにしているLinuxに、SATAのハードディスクをまとめたものを接続しようとするとIOエラーが出て、どうもおかしい。これまでこんなことはなかったのに。このトラブルのせいで勤務時間の2時間半以上が失われた。原因は最後まで明確にはならなかったが、明らかな事実は1つのディスクがクラッシュしており、外すと問題はなくなるので、どうもその一つが全体に悪影響を与えていたと思われる。幸いそのディスクは、数週間前に空き容量がなくなって担当者がバックアップを取っていたとのことでデータに関する被害はなかったようだ。コマンドfsckなどで修復を試みたが Could this be a zero-length partition? と出て駄目そうなので諦めることに。最近は普通の人がびっくりするような数のハードディスクを扱っているが、そうもなると年に一つぐらい壊れてもおかしくないか。
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パセリにたかる虫

 変な匂いのする植物には虫が付きにくいとか言う人がいるがそんなのは嘘である。臭い植物ほど虫が湧く。うちのベランダには今、ネギ、ニラ、パセリが生えているが、明らかにこれらを好んで嫌な虫が集まってくる。最近はパセリに潜むアザミウマ、ハダニ、そしてアブラムシに手を焼いている。アザミウマも小さいが、ハダニは赤くて目立つものの恐ろしいほど小さい。アブラムシの方は、これまでよく目にするアブラムシとはやや違って扁平でやや硬い違う種のような気がする。素手で捕まえるのは困難なので、濡らした竹籤にくっ付けて捕らえ、指先で一匹一匹潰してゆく。
Jun29_2015

小学生相手に誇らしい3勝

 昨年の棋力認定大会は辛い体験となってしまった。この一年間、楽しく囲碁を打ったというようなことはあまりなかったので残念ながら棋力はたいして上がっていないだろう。いろいろと考えた結果、24級申請から3級落とし、27級で今年の大会に臨むことにした。3歳、4歳はいなかったので、最年少に近い参加と思われる。プロ棋士は6人参加、開会式ではどこかで見たことある女性が司会をしているなと誰だったか思い出そうとしていたら戸島花でびっくりさせられた。うちの子は開会式の挨拶や説明をおとなしく聞くような我慢ができず、早く対局場に行きたいと落ち着かない。第1局目は2年生の男の子。26級申請のようだからうちの子が黒を持って先手になるルールだったが、なぜか向こうが黒で打ち始める。うちの子は不満顔をこっちに向けるが、主張できず、9路盤対局は進む。様子を見ていると、どうも向こうは変な石のとり方をする。スタッフがちらっと見てやり直しを提案しているようにも思えたが、続行しておりなんだからよく分からない。ルールがわかっていないようだと別なスタッフに声をかけてみたが、何の役にも立たない若者だった。5分経つと親は部屋から追い出される。めずらしくセキになっているように見えたが、奴らがセキを分かっているはずはない。うちの子が相手の石が死んでいると判断して取り上げて、なんだかよく分からない状況で勝ちになったようだ。見ているといらいらしてくるので、本でも読んでいることにした。息子よ、どんな状況であろうとも自力で頑張れ。後で様子を見に行くと、指を三本立てていたから3勝はしたのだろう。最初の対局とは違い、誇らしげで、また楽しそうだった。そして「パパ、3勝して敢闘賞をもらったよ」と大喜びで出てきた。いやいや3勝できれば敢闘賞じゃなくて級位の認定状だろう。どうも間違えられてしまったようで確認してもらったところ、申請通りの日本棋院27級の認定状をもらってきた。今回は厳しく2勝止まりだと敢闘賞だったらしいので、危うかったが去年の悔しさをようやく晴らすことができた。しかも2局目か3局目ではウッテガエシが決まったと言っていた。3連勝した後の男の子、そして女の子の二人は相手にならなかったらしい。3勝したところで全勝同士で当てられたのだろう。怪しげな第1局で負けておいたほうが26級、さらには25級への昇級の可能性があったかもしれない。希望すればもう2局打てたようだが、サッカー教室があるので慌てて帰宅した。
Jun28_2015

中学生までの14年間

 娘の通う中学校の生徒が電車に飛び込んで命を落としたらしい。一つ上の学年で知っている人ではなかったようだが、部活の後輩は号泣していたという。以前にもこんなことがあったと聞いたことがあるが、有名中学に通う生徒ゆえのストレスがあるのかもしれないし、全く別のことかも知れず、原因など知らされていない。どんな家庭で育った子なのか、まったく分からないが、これまでずっとその子を育ててきたご両親のことを思うと心痛み、今日は落ち込んだ一日を過ごさざるを得なかった。第一子である娘が生まれてそろそろ14年になる。ようやく子が授かって、山形で生まれ、東京に戻ってきて、今のところに引っ越し、保育園に通い始め、僕は単身赴任。カナダに呼び、一年間向こうの幼稚園に通って、帰国。英語も日本語も中途半端なままこっちの幼稚園に通い、ピアノの練習を始め、小学校に入学。友人とのトラブルもあったが、学校嫌いになるようなことはなくほぼ皆勤、金管クラブの練習をしつつ、だらだらとだったが自分なりには頑張って中学受験対策を進め、運良く合格し、今や何かと反発する中学生となった。人生、何度でも死にたいと思うこともあるだろう。そんな時は勇気を持って別な道に逃げ出せばいい。その子がどんな生き方だったのか僕には分からないが、こんな年齢で自ら命を絶つか。まだまだ世の中のことを理解できている歳ではないのに。残念でならない。

PPTPで京大とVPN

 初めてPPTPというプロトコルを利用して、こっちから京大のLANに接続し、VPNによるVLANを構築してみた。どういうわけかこっちの研究所のLANからはアクセスできなかったので、Mac ProからiPhone 6のテザリングを利用してSoftBank 4G経由で接続した。繋がったときは感動である。なるほど、こうなっているのか。しかしその詳細はどうも複雑で、一筋縄では理解できそうにない。サーバとクライアントを自分で構築してみるには、もっと理解が必要だし、自分でやってみなければ理解もできないかもしれない。それにしてもこんなサービスを提供している京大には感服させられる。セキュリティがどうのこうのと言い訳をして何もかも遮断してしまううちの情報管理部とは大違いである。

日帰りで京都へ

 朝、みんなが起きる前に家を出て、東京駅まで行き、6時半の新幹線で京都へ。学生の頃は友人もいてよく遊びに行ったものだが、京都はいつ以来になるだろう。バスに乗ると、周りはほとんどが観光客だった。この路線は観光客が多いらしいが、休日だったらたいへんなことだったろう。予定よりもちょっと遅れてしまったが、詳しく場所を教えてもらっていたので、なんとか自力で目的地に到着。もともと一泊で来るという話もあったのだが、それを日帰りにしてしまったため、時間は慌ただしく過ぎた。1時近くになり、イタリアンのレストランで昼食、夜は和風のお店でハモなどをいただいた。酔って帰りの特急券を買い、新幹線に乗って帰宅するともうみんな寝ていた。新幹線があれば京都なんて日帰りで余裕なんて思っていたが、東海道の両端である。歩けば早くて半月、普通なら1ヶ月くらいかかる旅だろうか。

退職した父に向かって仕事中だよ

 朝、iPhoneに父から「カメラからパソコンに写真を移動する場合の接続方法が分からなくなりました」とメッセージが入っていた。先月丁寧に教え、メモも残したじゃんと思いながら、忙しいので返答しなかった。これまではそんなことにはたいして興味がなかったようだが、今年の春になって仕事から退き、パソコン、デジカメ、スマートフォンを前よりもいじるようになり、先月帰省した時にはあれこれと聞かれた。そして昼前、父からその内容で電話がかかってきた。よほど写真を早くパソコンに移動したかったらしい。いきなり「仕事中だよ」と答えたが、まあ数分ぐらいならと話すと、USBケーブルでカメラとパソコンを接続するという作業だけが抜けて理解していなかったようで、書き漏らしていたのか。それはともかく、仕事をしていた時に退職したばかりの父親から電話がかかってきて、いきなり「仕事中だよ」と言ってしまうその息子と父の会話が新鮮でおもしろかった。

思いもよらなかったいじめと学校嫌い

 土曜日の夜、新橋にトロント留学仲間5人が集まった。夜遅くまで飲んで帰宅し、日曜日はよく眠ったつもりだったが、これまで安定していた午前4時前に起きるという生活のリズムがすっかり狂ってしまった。歳(とし)のせいか。さてその夜、なんとなくうちの息子が保育園で友人関係でトラブルを抱えているという話が出てきて、一人が保育園でもそんなことあるのかと驚くと、もう一人が俺は保育園から中学校までずっといじめられていて学校嫌いだったなどと語り始めてみんなを驚かせた。その話っぷりからはとても想像できない過去の暗い話らしいのだが、集団で向かってくる奴らに対する強い思いは、今の彼の言動と通ずるものがなくはない。今に至るには、そういった経験が大きな糧になっていたのだろう。うちの子も強い意志を持って頑張ってもらいたい。

小遣いで釣ってピアノの練習

 中学受験に本格的に取り組み始めて以来、そして中学校に進学した後も、娘は全くピアノに触らなくなってしまった。しかし、ずっと練習していたことはとてもいい経験だと思っているようで、また僕としても、あの練習は単にピアノという楽器の練習にとどまらず、これからの長い人生を送る上でのとてもいい鍛錬になったと思っている。娘のピアノに向かう姿勢から僕が学ばされることも多かった。そんなわけで息子にもピアノはやらせたいとずっと思っていた。幼い頃から触らせはしていたが、定期的に練習してくれるような状況にはなっていない。父親である僕がこんな歳(とし)になると、なかなかピアノの練習なんかにつきあってやれない。そこで「100円をやるから毎日弟にピアノを教え、そのうちの10円をご褒美として弟に払ってやれ」と娘に提案してみた。なんかこれがうまくいってそろそろ2週間ぐらいになる。娘も再びピアノに触れるようになったし、弟の面倒を見るようになったし、息子も興味を持って少しの時間ではあるが毎日ピアノの練習をするようになった。順調にゆけば1年半でバイエル全106曲を弾けるようになる。

ゴーヤーの初開花が雌花

 今年の夏至は22日、明日のようだが、その一日前にゴーヤーの花が初開花した。しかも雌花である。雄花よりも雌花が先に咲いてしまったのは、たぶん、積極的に摘んでいたからである。残念ながら雄花は一つも咲いておらず、明日にも咲きそうなつぼみもなく、せっかく雌花が咲いてくれたのに受粉ができない。ミツバチがどこかの花粉を付けて飛んできてくれることを祈るしかない。去年収穫した種から、今年は5株を1つのプランタで育てている。今のところ順調に育っている。

氷砂糖少なめで梅酒作り

 夜に乾かしていた青梅を氷砂糖と一緒にホワイトリカーに漬け、梅酒を作った。去年は隙間に氷砂糖をせっせと突っ込んだためか、多くの梅がしわしわになって堅く、食べてもおいしくなくなってしまったので、今年は氷砂糖少なめで漬けてみた。すると氷砂糖はどんどん溶け出し、小さくなって底に沈んでしまった。代わりに青梅は浮いてくる。これでいいのかもしれない。まずは砂糖が溶けこんでいないエタノールや水を青梅がたっぷり吸い込み、膨らんで、底に溜まっている砂糖が溶け込んだ濃厚な液体が拡散してきて、あるいは撹拌することで膨らんだ実と接し、今度は浸透圧で青梅の成分が外へと出て行く。実際は何が起こっているのかよくわからないが、おそらくそんな感じだろう。大瓶も小瓶も含め、全部で8瓶。
Jun20_2015

実家の青梅

 梅雨の時期になれば梅酒を作らねばならない。今年は実家のウメを使ってみようと、先月下旬に帰省して取ってこようと思ったのだがまだまだ実は小さかった。母に送ってくれと頼んでおいたのだが、なかなか送ってきてくれない。調べてみると、千葉県に住んでいた友人から青梅をもらって作ったおととしは6月8日、うちの近くの店で買って作った去年は6月14日。長野県、北アルプスの麓にあるうちの実家のウメは、ちょっと遅れてしまうようだ。そう思っていたら今日、父から送ったと電話があった。帰宅すると大量の青梅が届いており、大きな鍋で洗って、新聞紙を敷いてその上に並べて乾かす。折しも梅雨(つゆ)の雨がしとしと降っているような時期なので、室内で扇風機を使って乾かすことにした。明日にも漬けられるように。

閏秒とNTPとLinuxカーネル

 SEの方々との話し合いがあり、そのついでにサーバのNTP設定を見てもらった。今月末に閏秒の挿入がある。厳密に日本時間で書けば、2015年7月1日午前8時59分59秒の1秒後に、普通では存在し得ない59分60秒という1秒間が加わり、その結果1秒遅れた午前9時0分0秒となる。問題はntpdとLinuxカーネルとの関係で、その正の閏秒のちょうど1日前からNTPサーバが警告情報を流し始めるらしい。これを受け取ったntpdの予期せぬ動作によりカーネルがhangする可能性があるから、念のためntpdは止めておいた方がいいという話だった。ユーザたちにはその可能性は伝えるにしても、実際どうなるのか観察するのもおもしろい。1日前は6月30日の火曜日、午前9時頃である。ntpdを止めるかそのままにしておくか、結論を出すのはもうちょっと待ち、しばらく考えてみよう。

息子と手をつないで保育園へ

 毎朝、息子と手をつないだりして保育園へ行くのだが、最近、この幸福感を噛みしめている。いったいいつまでこいつと手をつなげるのだろうか。父と息子なんか、小学校中学年にもなれば手なんかつながなくなってしまうかもしれない。そういえば娘と最後に手をつないだのはいつの頃だったろうか。

隣家に棲みついてしまったアマガエル

 毎朝、5時50分から6時の間にごみを持って外に出るのだが、ときどき出勤前の隣のおばさんとエレベーターでいっしょになる。うちで放ったアマガエルが一匹、隣のベランダに行っているらしい。みんないなくなってしまったかと思っていたが、一匹は隣で生きていたようだ。うちよりも隣の方が居心地がいいのか。つまり、隣の方が餌となる虫が多いのか。

Segmentation faultのバグを取る

 最近はCでプログラミングをすることは滅多にないのだが、以前作ったプログラムを修正する必要が出てきて、処理を実行したらSegmentation faultが発生し、バグを取るのに時間がかかった。今回修正したところにメモリを直接いじるようなところはないのだが、なぜこうなるのか。いくつかの関数をバイパスする処理を作ったのだが、あるポインタの初期設定がそのうちの一つの関数で行われていて、それを経ずにそのポインタをいじったための問題であったことがようやく判明した。Segmentation faultが起こらないよう気をつけているのだが、ずっと前に作ったプログラムを、全体を見ずにちょこちょこっと修正してしまうとこんなことになるわけだ。そもそもの設計、そのポインタの初期設定のやり方が良くなかったのかもしれないが。

プールで負傷

 日曜日、プールで、トイレに行ったはずの息子が半泣き状態で戻ってきた。重い扉に右足の親指をぶつけて怪我をしたらしく、爪の下からひどく出血していた。怪我をしてもトイレまで頑張って行き、用を足して戻ってきたようだ。応急処置をしてもらったが、もうこれ以上は泳げないか。9 mまで泳げるようになり、10 mに挑戦しようという矢先のことだった。きのうは風呂に入ってそのまま寝てしまったが、今日になってテーピングを解いてみると、指の先端の皮が、厚くぺろんと禿げて、肉が覗いているような状態だった。爪はどうか分からないが、骨には異常はないようだ。痛みのため歩くのに少し不自由があるようだが、一週間も経てば普通に生活できるだろう。

酸っぱい煎茶

 愛用の急須が汚れてきたので、試しにクエン酸で洗ってみた。そして煎茶を淹れて飲んでみると、これがもう酸っぱくてまずい。頑張って何度もすすいだのだがなぜか酸っぱい。クエン酸がどこかに残っているんだろう。しかたがないので今度は重曹で洗ってみた。水垢にはクエン酸だが、茶渋は重曹の方がよく落ちる。落ちた茶渋が混じってあまりいい気分で飲めないのだが、重曹で洗った後の煎茶はそんなにまずくなかった。クエン酸は要注意。酸っぱい煎茶はまずい。

父の日のプレゼント選び

 先月帰省した際、単三のエネループが何本もあるのに充電器がなかった。そこで太陽光で充電できるライトにもなる充電器を父の日のプレゼントとして送った。今の時期、けっこう充電できる。さて、義父のほうはどうしよう。同じものを送っても、遊んでくれないかもしれない。去年送ったブドウの木は、嬉しいことにまだ育ててくれている。よほどのことをしないと成らないと思うのだが。さて、ウェブサイトであれこれ探していると、黄色いハイビスカスの花が目に留まり、その鉢植えを送ることにした。充電器を選んだ時もそうだったが、インターネットは全く便利である。これをわざわざ中学生の娘と話しながらやる。昔はインターネットなどなかったんだよと言いながら、心の底ではおまえも稼ぐようになったら父の日を忘れずに何かしろと。

せっかくの機会をすっぽかす

 今日は職場に献血バスが来る日であった。年に2回、その都度、欠かさず献血してきたのだが、今日は忙しかったのかすっかり忘れてしまっていた。いつもならGoogleカレンダーに書き込んでおくのだが、それをしなかったのがいけなかった。献血をしなかったということは、これまで半年に一度の割合で受け取っていた血液検査の結果ももらえないということになる。どうしても欲しかったら、どこかの献血ルームにでも足を運ばなければならない。

人の名前の記憶

 先日、駅で娘が小学生だった頃の担任の先生に会った。先生たちも帰りが遅くてたいへんそうである。そして他の担任の先生たちのことを思い出した。しかしどうしても一人の名前が思い出せない。顔や話している情景はありありと頭の中に浮かぶのに、名前が出てこない。出てきそうで出てこない。度忘れというやつか。歳(とし)のせいかもしれないが、若くてもこういうことはありそうである。そして今夜も駅で別な先生に会い、またこの件が気になった。家に着くまでの間、ずっと思い出そうと頑張った。ようやく名は出てきたのだが、姓が思い出せない。ほかの先生たちの姓が頭をよぎって邪魔をする。確か珍しい苗字ではなかったはず。だからこそ出てこないのか。最後の最後まで努力したがだめだった。家に着き、娘の通知表を見て、ああそうだったと思い出したものの、何時間頑張っても思い付きそうにない漢字二文字だった。忘れていたわけではないのに、どうにもこうにもその記憶を引き出せなかった。

根絶されたネギアブラムシ

 日々の努力の甲斐あって、ネギやニラに湧いていたネギアブラムシは根絶されたようで、もう全く姿を見なくなった。あの黒いアブラムシである。よく見かける緑色の普通のアブラムシは、ゴーヤーに湧いてくる。きっと近所から羽を生やして飛んでくるんだろう。そう考えるとネギアブラムシの方はこの辺では見ないから、うちの親が育てていたネギを持ってきた時に一緒にくっついて来たのが由来かもしれない。

息子のオジギソウ栽培

 先月末、息子と一緒にオジギソウの種を蒔いた。かつて娘も同じことをしたが、毎月届く教材で扱われているものである。10年近く変わっていないようだから、オジギソウは育てやすいのだろう。しばらくして芽が出て、4つ蒔いたうちの3つが子葉を広げている。植物を育てることは僕の生涯の趣味の一つでである。妻や娘を見ているとそんなことには何の関心もないといった感じであるが、息子はオジギソウの栽培を楽しんでいる様子。過度に水をあげたがるのだがそれを抑止するのが僕の役目となっている。

発芽しない一年前のニラの種子

 去年買ったニラの種が余っていたので先月蒔いてみたのだが、全く芽が出てこない。どうしたことか。こうなったらもう、同じ鉢に、余った全ての種を蒔いてみた。ひょっとしたら年を越せない種なのか。去年はけっこうな率で発芽した。折れ曲がった単子葉の芽が土から出てくる。その多くはまともに育ってくれなかったが、いくつかは越冬し、今や少量ながらいつでも収穫できる状況になっている。一株が裂けて二株になっているようなのもあるから、これで増やせるのか。

悪い奴らと遊ぶ

 僕はあまり関わっていなかったのだが、妻があれこれやって、息子はサッカーチームに加わった。まだ未就学児なのでお遊び程度であるが。今日は初めて僕が連れて行き、本を読みながらも一時間ばかりの練習を見学した。楽しそうにやっていた。いつもは3人いるようだが今日は保育園の同じ組の子が2人いて、実は息子が悪い奴らと呼ぶ主犯格の3人のうちの2人である。奴らは保育士の先生たちの目を盗んで、ぐるになって何かとうちの息子に対して「怒る」らしい。それゆえ「保育園に行きたくない」と言われることがしばしばで困っているのだが、サッカーはみんなで楽しくやっているようだ。そして今日の帰り、その1人の家に遊びに行くという。息子とその2人、合計3人で遊ぶというのだ。どうなることかと思ったが、夕方、楽しかったと笑顔で帰ってきた。とりあえずその2人に関してはそんなに心配する必要はなさそうだ。

野菜ラーメン

 自宅から利用しているインターネット接続回線事業者のポイントが溜まり、年に一度くらいの割合で食べ物などと交換しているが、今回は喜多方ラーメン10食分が届いた。さっそく昼食に、ベランダで採れるニラや、再収穫が可能となった豆苗などを使って野菜ラーメンを作って食べた。野菜はただ炒めて味付けなしでしょっぱいラーメンに入れればいいだけなので簡単である。

疣のようなiPhoneのレンズ

 購入して以来、ずっとカバーなしの裸の状態で使い続けてきたiPhone 6だが、どうしても背面のカメラのレンズが気になる。疣(いぼ)のように出っ張っていて、傷がつかないかも心配である。4ヶ月以上もの間そんな状態であったが、ついにカバーを買うことにした。ポイントが溜まっていたので、先週の土曜日に購入し、そろそろ一週間、特別ありがたくは思っていないが、レンズの出っ張りは気にならなくなった。

豆苗を料理そして栽培

 豆苗(とうみょう)というおもしろい野菜があるのを聞き、買ってみた。ほんの100円程度で安い。半分は生のままマカロニサラダに入れ、もう半分は野菜炒めにし、自分で料理して食べてみた。少し生の野菜としての臭いがあるが、他の物と混ぜて料理すればそれほど気にならない。おもしろいというのはその後である。食べる部分を切り取った後、毎日水を交換しながら与えていると新しい芽がにょきにょきと出てくる。一週間も待っていればまた食べられそうである。その芽を出すための栄養分はあのエンドウの豆の中に蓄えられていて、あとは水と二酸化炭素と日光があれば炭水化物を作ってまた豆苗となるわけだ。
Jun04_2015

174年前に彫られた道祖神

 実家のすぐ近くに道祖神がある。それだけでなく、市のあちこちにあり、観光の重要な目玉になっているらしい。当たり前のようにあったから特に気にしたことはなかった。この辺り出身のうちの両親は、道祖神を敬って何かをするどころか、話題に出すことさえ皆無である。しかし先月末、息子と帰省した際、散歩がてらに眺めてみた。まじまじと見るのは生まれて初めてのことかもしれない。石の裏側には天保十二丑正月などと書かれている。天保とは江戸時代だろうが、いつ頃のことだろうと帰京してから調べてみた。すると確かに丑年で旧暦一月はグレゴリオ暦で1841年1月末から2月に相当するらしい。ちなみにこの年には伊藤博文が生まれている。黒船来航の一昔前になる。174年間もあそこに居座っていたとは。我が家の先祖はその頃にはここに住み着いていたはずで、174年前にはなんらかの貢献をしたのか、それともうちの両親のように無関心だったのか。今や重要な観光資源となり、粗末にされるようなことはないと思うが、100年以上もの間、村民に敬われてきたからこそこうして残っているのだろう。
Jun03_2015

ミニトマトの間引きと株分け

 ちょうど1ヶ月前に蒔いたミニトマトの種から芽がたくさん出てきた。折を見ては間引き、間引いた芽は捨てる気になれず、別にしていたのだが、職場に持って行ったら4人ほど喜んでもらってくれた。しかし、あのか弱い芽は、元の場所から抜かれ、無造作に運ばれ、移植されるという流れを経てかなり傷(いた)んでしまい、生き延びることができる苗は限られてくる。蒔いたのは、たった一つの実から採れた種なのだが、週末は小さなヨーグルトの容器に一株ずつ小分けし、きのうも今日も、通勤電車に乗って職場へと持って行った。一株でも多く、子孫を残してくれれば。2012年、うちのプランタに自然と生えてきて、そのまま育てていたら、これまでになく大量の実をつけた株で、以後、毎年継代している。
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Author:Glires
生物学者の端くれ

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