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息子と塔ノ岳を眺める

 朝、晴れていい天気である。西の青空には欠け始めた丸い月が残っている。そして富士山、さらに丹沢の山々がよく見える。そうだ、この夏は丹沢の塔ノ岳に息子と二人で登り、尊仏山荘に泊まったではないか。奴に東京から見える塔ノ岳を教えてやらねば。よく、山を指差して、あれが何々山と説明されることがあるが、そんなことされても素人が分かるわけがなく、うちの息子など言わずもがな。どうすればいいだろう、そうだここでもiPhoneが便利である。写真を撮り、その場で拡大してみれば、富士山の左側にぽつんとこぶのような出っ張りがある。これがこの夏に登った塔ノ岳だと教えてから、二人で山を眺める。「あった、あった」と意外に喜んでくれた。苦労して登頂した喜びを思い出してくれたようだ。実はあれ以来、ハイキングなら行きたいけど山登りは嫌だと主張しており、僕にはその違いがなんなのかよく分からないが、とにかく山嫌いになってしまわないかと心配していた。しかし、この様子なら問題なさそうだ。
Sep30_2015
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戦争と人間を見つめて

 山崎豊子が亡くなって2年になる。先日のNHKスペシャルが彼女を扱っていたので録画して観たのだが、一作品あたり200人もの人たちに取材をするというのはともかく、そのほとんどがカセットテープに録音されていたことに驚かされた。小説の構想を練るためのノートもこのカセットテープあってのものだったようだ。番組で主に取り上げられていた作品は『大地の子』、『不毛地帯』、『運命の人』である。どれも分量が多く時間がかかりそうだが、命が尽きる前に読んでおかねば。

中秋の名月とスーパームーン

 昨日は旧暦8月15日に相当し中秋の名月だった。そして今日がスーパームーンということで、昨日も今日も自宅から月を見た。幸い、両日とも晴れた。うちのベランダからは東側が見えないので、しばらく待って、高く上った月しか見ることができないが、とにかく普段より大きく明るいらしい中秋の名月とスーパームーンを二夜にわたって見ることができた。
Sep28_2015

左投げ右投げ

 右投げには左打ち。大差はないだろうが、やや左打ちの方が有利に思う。娘も息子も右利きで育てたが、野球だけは左打ちにという方針を取った。娘の方はけっきょくどうなったのかよくわからないが、息子は明らかな左打ちである。その一方、ボールを投げるのも左で教えてみた。右利きの子供にとって左投げはけっこう辛いらしい。サウスポーならば登板機会がやや高いかと思ったが、後(のち)に内野手の場合、左投げは大いに不利という話も聞いた。けっきょく娘の場合、左投げは身につかず、息子のほうは左投げと右投げのフォームがごっちゃになって、投げ方がおかしくなっている。きのうは保育園の子たちの意外な実力を見せつけられて、ちょっと練習せねばと息子とキャッチボールをした。右投げでしっかり練習させたほうがいいか。

子供たちと野球

 うちの前の公園に保育園の同級生の親子がなんとなく集まって、野球をやっているらしい。うちの子はなかなか帰ってこないので様子を見に行くと、まだやっている。他のお父さんたちに任せっきりも申し訳ないので、しぶしぶ、いや外面(そとづら)はやる気があるような感じでキャッチャーを引き受けた。ときどき野球の練習をするうちの子はともかく、初めてバットを振ったと思われる女の子でもヒットを打つ。ピッチャーを担当したお父さんの腕なのかもしれない。さすがに野球をやっている子は、強烈なあたりを放つし、柔らかいボールながら長打力も見せつける。国民的スポーツとも呼ばれる野球ぐらいは人並みにできるようにさせておきたい。

アベリアに集まるスズメガ

 家の前の公園にたくさんのアベリアが咲き、多くの昆虫を集めている。チョウに、ハチ、アブ。種類もいろいろで、甲虫もときどきやって来る。その中にやや大きめの全く見たことがないわけではないが見慣れない変な昆虫がいる。実は子供の頃から気になっていた。これはなんという虫か。今や画像検索が充実しているので、適当なキーワードを使えばなんとかなる。オオスカシバとかホウジャクとかいう昆虫らしい。漢字で書くとそれぞれ大透翅または蜂雀で、チョウ目スズメガ科。なんとガ(蛾)の一種とのこと。これには驚かされた。ガと言えば、茶色っぽく、夜行性で、翅を立てずにぺたりと広げて止まっているものだ。もうちょっと調べてみると、そもそもチョウとガの区別も生物学的にははっきりしたものではないらしい。オオスカシバはガらしくもともと鱗粉を持っているようだが、ガとは思えぬ高速飛行で落ちてしまい、透明な翅になるという。
Sep25_2015

娘に奪われた部屋と自由時間

 これまで、仕事をする部屋は娘の勉強部屋と共有だったのだが、中学生の娘に奪われつつある。そもそもの発端は娘の14日の発熱だった。その風邪はけっきょく息子と僕にまでうつることになったが、妻の判断で娘は独り勉強部屋で寝ることとなった。これまでずっと寝室で子供達と一緒に寝ていたのだが、娘は風邪が治っても独りで寝たいと主張して今に至る。部屋とともに、朝4時に起きて作っていた自由時間が奪われており、今後の対応を真剣に考えなければならない状況である。

品川寺の地蔵菩薩坐像

 月に一度、娘とランニングをする約束になっている。今月はまだ走っていなかったので誘うと、今日は珍しく特に抵抗することなく行こうということになった。娘は別に太っているわけでもなんでもないが、ランニングでもして体重を落とそうという気にでもなったのか。今回は立会道路、旧東海道経由で品川寺まで行ってみることにした。着いた頃にはもう真っ暗。地蔵菩薩坐像のところで写真を撮り、境内に入った。赤ん坊だった息子を背負い、娘とサイクリングで来たことがあるのだが、今となっては全く覚えてないらしい。帰りは仙台坂を上って家に戻った。
Sep23_2015

東京タワー特別展望台

 シルバーウィークと呼ばれるこの連休、家族でどこかに行こうという話が出て、候補を挙げろと言うので佐原を提案したのだが当然のように無視され、近場の東京タワーに行くことになった。きのうの朝に決まったことで、当日に行くともう混んでしまうだろうということで今日になった。浜松町駅から増上寺の大門をくぐって東京タワーの下まで歩くと、もう9時を過ぎていたが、この程度ならば大丈夫。確か子供の頃、大展望台までは上ったことがある。今回はその上の特別展望台まで上る。ALWAYS 三丁目の夕日の気分である。大展望台からすぐに特別展望台に上がればよかったが、しばらくの間、地上150 mからの眺めを楽しんでいたら並んで待たなければならなくなってしまった。特別展望台、地上250 mからの眺めはまた違う。一生懸命自宅のある方向を眺めたが、どの建物か全く認識できなかった。記憶にも記録にも残っていないが、子供の頃見たであろう昭和50年代の東京の風景とはかなり違うはず。眼下には増上寺や愛宕山が見える。これからそっちまで散歩してみようと思う。10時40分ごろ、外に出ればもう大行列。1時間待ってもエレベーターに乗れるような状況にない。
Sep22_2015

逆上がり初成功

 今日も息子を逆上がりの練習に連れ出した。いつになったらできるようになるかと悲観的で、あまり前向きな気分になれないのだが、とにかくやらせないことにはできるようにならない。この連休中、毎日やらせて最終日にでもできるようになってくれれば万々歳と思っていたが、今日の一発目は手を貸してやったものの、かなりいい感じだった。よし、独りでやってみろとやらせると、なんとできてしまった。逆上がりを初めて成功させた。この感動は大きい。僕にとっても息子にとっても。自転車の時と違い、できないとできたの境界が明確なのである。数えてみると今日で6回目の練習だ。その全てに付き合い、最初にできた瞬間に立ち会うことができた。まさかできるとは思っていなかったので、今日はビデオカメラは持ってきていなかった。iPhoneで動画撮影しながらやらせると次も成功。ついに逆上がりができるようになった。諦めずに頑張っていればなんとかなるものだ。またしても我が子からそんなことを教わった。
Sep21_2015

国勢調査インターネット回答

 調査員からインターネットで回答する場合は、確か20日までにとか言われていたのを思い出し国勢調査に回答した。簡単なものだ。このインターネットという文明の利器により、経費は大幅に削減されていると思うが、漏洩対策にも相当の予算を割いていることと思う。漏れたとしてもたいしたことのない情報だが。

母方の祖父と夢で再会

 いよいよ大型連休だというのに風邪をひいて寝込んでしまった。熱にうなされた明け方、夢で母方の祖父に会った。父方の祖父母に会うことはあるが、母方の祖父とは珍しい。いつもそうであるように夢の中ではお互いがごく自然に振る舞っている。夢に登場する僕自身の頭には祖父が故人であるという事実が完全に失われている。夢の中では特段の感情はない。祖父が生きていた頃そのままの日常が描かれる。目が覚め、はじめて死んだ祖父が夢に出てきたことに気づき、心が温かくなる。たまには熱にうなされるのも悪くない。

体調不良で早退

 一晩ぐっすりと寝たものの、体調は良くならなかったが、休むほどではない。朝食にヨーグルトだけを食べて出勤した。しかし辛い。椅子に座っていれば済む仕事だが、具合が悪くてどうにもならなくなった。寒いので熱が出ているはず。昼食を食べる元気もなく、午後は休んで早退することにした。ようやく家にたどり着き、布団の上に倒れこんだ。一眠りして体温を測ってみたら、38度1分。体も頭も思うように働かず、何もできない。

体調悪化

 今週に入って、娘と息子が立て続けに体調を崩したが、今日になり、仕事中に僕の方も体調が悪くなってきた。風邪がうつったか。明日には回復してればいいのだが。

東京マラソンの抽選倍率

 もちろん今年も東京マラソンにエントリーした。倍率は11倍以上、まあ当たらないだろうと思っていたが、やはり今年も外れた。メールで落選の連絡が届く。例年、外れたことにほっとしているわけだが、2012年に初出場して以来、4回連続で落選している。確率的には納得が行くものの、なんとかならないものかとも考えてしまう。2016年の今度が第10回で、倍率は年々増えている。僕は一度出られたからいいものの、出せども出せども一度も当たらずに人生を終えるランナーもいるのかもしれない。10倍とはそんな数値である。

子供たちが風邪

 きのう、娘が久々に熱を出して寝込んだ。学校を休むのかと思ったが、今朝は普通に出かけて行った。そして今日は息子も風邪をひいたようで、鼻水をたらしている。保育園を休むほどではない。子供たちもずいぶんと逞(たくま)しく成長してくれたものである。病気になってこそ、そんなことを感じさせられる。

息子の逆上がりの練習

 先週末から息子を近くの公園に連れ出し、逆上がりの練習をさせている。娘の時は園庭に鉄棒があったので、帰り際に毎日練習することができ、この頃にはできるようになっていたはず。息子の場合、鉄棒のある公園に連れて行ってやらねばならない。いくらなんでも10回ぐらい通えばできるようになるのではないか。自転車に続き逆上がりも父親の義務として、できるまで付き合ってやろうと思う。

豆苗からサヤエンドウ

 鉢に植えた豆苗(とうみょう)3株のうち、ハダニにたかられながらも一株は元気に育ち、花を咲かせた。そこまではびっくりしなかったのだが、花びらが落ちぬ間に旨そうなサヤエンドウが伸びてきて驚かされた。豆苗はやはりエンドウだったのだ。一つしかないがサヤエンドウとして食べてしまうか、我慢して豆を収穫してみるか、さてどうしよう。
Sep13_2015

ニラが開花

 去年種をまいてずっと育てているニラから蕾(つぼみ)が出てきた。どんな花が咲くのか、楽しみに待っていたが、ついに白い花が開いた。種を採りたいわけではないので、蕾など摘んでしまった方が良かったのかもしれないが、ここまで待って花を愛で、ついでにもうひとついいことがあった。アザミウマを駆除することができず、手を焼いているのだが、奴らは葉よりも蕾や花に集まるようだ。ひょっとしたらこれで一網打尽にできるかもしれない。蕾はあちこちの株から伸びてきた。
Sep12_2015

保育園の敬老の集い

 今日は一年に一度の保育園の敬老の集いである。息子の時にはこれまで誰も出たことがなかった。最後だから来てくれと息子が電話をすると、うちの両親が揃って参加することになった。昨夜から来て、午前中参加し、用事があるとのことで昼過ぎには帰って行った。蜻蛉返りだが、両親も息子も楽しんでくれたようで良かった。確か僕の幼稚園でもそんなことがあった。松本に住んでいた頃だが、父方の祖父母がバイクに乗ってか穂高から来てくれたことを覚えている。特に、紹介された祖母が会釈をしている姿は未だ目に焼き付いているのだが、もちろんそんな時の映像など残っていない。娘が生まれる頃になって高価なビデオカメラを無理して買ったものだが、今や動画撮影など日常茶飯事になってしまった。父がビデオ撮影するというので任せたら、ぶれまくりの動画を長時間取られてしまって整理に困る。

三角形の栞

 先日の新聞に、使い古しの封筒の隅を直角三角形に切り落として袋状の栞(しおり)として使う方法が紹介されていた。試してみるとけっこう便利である。ただ三角形に切るだけだと、封筒の表面と裏面の紙の切り口が揃ってしまって扱いにくいので、切り口をずらすといい。切り口は直線である必要はなく、曲がっている方がいい。直角二等辺三角形にすると隠れてしまう文字の領域が広くなってしまうので、二等辺にしない方がよく、直角を挟む二辺の長さの比はどのくらいが適当か。色を変えて複数個を使う利用法も紹介されていた。もうちょっとあれこれ試してみようと思う。

東京にも闇を

 教授のポジションを得て、家族そろっと引っ越すという友人が研究所に遊びに来た。久しぶりに会い、話は弾んだ。その中で、かつて秋田県の大学に勤めていた時のことという話が出た。夜、車の運転をしていてなんかフロントガラスが曇っているのが気になり、止めて拭いたが曇りは取れない。よくよく見てみたら、それはガラスの曇りなんかではなく、天の川だったとのこと。冗談のようにも聞こえるが、あながち嘘や誇張であるとも思えず、なんとも羨ましい話である。僕もそんなところに住んでみたい。東京の夜はただでさえ明るいのに、最近では防犯の名の元に街灯が増え、さらにLEDの省電力も手伝っていたずらに増えているような気がする。夜は暗くてこそ夜ではないのか。

堆肥によく生えるキノコ

 8月の下旬から天気の悪い日が続いている。今日はうちのプランタからもキノコが生えていた。このキノコ、うちで作っている堆肥などからも毎年のようによく生えてくる。母も、堆肥によく生えるキノコだと言っていた。いったいなんという名のキノコだろう。もちろん毒茸だとは思うが。
Sep08_2015

息子の自転車のパンク

 昨日、息子の自転車の空気が減ってきていたので空気を入れておいた。最近入れたばかりである。漏れるのか、それとも、猛暑で膨張していた中の空気が単に収縮してしまったのか。そしてその日の午後、近くの公園に逆上がりの練習をしようと出かけようとすると、後輪がパンクしていた。空気を入れ過ぎたのか、虫ゴムの劣化か。いずれにせよ、余計なことをしたもんだ。空気なんか入れていなければ、このパンクはなかったはず。とは言え、タイヤ自体がぼろぼろなので、自転車屋に持っていけば総取り替えだろう。幼い息子には不釣り合いな、大きく、高価な自転車を買ってやったが、文字通り血と汗と涙を流して今に至っている。そしていつの間にか、小さくぼろぼろになってしまった。

竜馬がゆく

 司馬遼太郎『竜馬がゆく』を読み終えた。本屋に並んでいる『坂の上の雲』と比べると、前者の方がやや幅を取っているようなので、これまでの人生の中で読んだ一番長い小説だったと思われる。実に5ヶ月以上もかけたが、一字一句、じっくり楽しみながら読んだ。死ぬまでには読んでおかねばと思いつつ、四十を過ぎてしまったが、せめてこのタイミングでも読んでおいてよかった。龍馬は満31歳で落命したからそれまでに読んでおくのが理想であり、確かに日本男児たるもの、読んでおく価値のある司馬遼太郎の傑作だろう。実はそんなことを中学高校の先生の推薦書として聞いたのだが、そんな若い子が読むような本でもない。せめて大学生、いや社会人になってから読むのが適当と思われる。司馬も四十近くになって執筆しており、読者層に子供を想定していたとは思えない。けっきょくのところ、小説を楽しむという意味では今の年で読むのが最適だったのかもしれない。竜馬に倣って人生をやり直せるような年ではないが。さて、坂本龍馬。自分が高校生の時に使っていた日本史の教科書を開いてみると、薩長同盟と大政奉還のところに出てくるものの、世間で騒がれているほどの偉大さを感じさせられるような記述は何もない。坂本龍馬、何者ぞと長年思い続け、ゆえにいずれはこの本を読まねばと思っていたわけだが、2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』を見て、概要は掴むことができたものの、この本の随所で受けた衝撃にはとても及ばない。ドラマでも「命は使わねば」と描かれていたが、小説の中もで竜馬はそう生きていた。そして時運、時勢などということばが頻繁に出てくる。「時運をいちはやく洞察してそれを動かす者こそ英雄」とも本人が書き残している。これまで家庭を持たぬ人生など考えられなかったが、この小説を読んで初めてそういった人生の選択もあることを思い知らされた。しかしながら僕はもう家庭を持ってしまっており、放り出すわけには行かない。この男の出現は、列強による植民地支配から免れ、明治維新によって近代国家建設に至った日本にとって奇跡と呼ぶべきことかもしれないが、竜馬はともかく龍馬は実在した一人の人間である。比較的裕福な土佐郷士の冷や飯食いという立場が幸いしたのかもしれない。そんな奇跡の男、北辰一刀流免許皆伝の剣客が、大政奉還を実現させた1ヶ月後、数人の刺客に斬殺される。最後の方で司馬はこう書いている。「暗殺などは、たとえば交通事故とすこしもかわらない。暗殺者という思慮と情熱の変形した政治的痴呆者のむれをいかにくわしく書いたところで、竜馬とはなんの縁もない。」確かにそうかもしれない。近江屋での一件さえなければ日本はどうなっていたのかと常々考えていたが、あの竜馬がそこまで生き長らえたことさえ奇跡だし、 坂本龍馬暗殺は日本史における大事件でもなんでもない。天命と信じ彼がそこまで何を考え、何をやってきたかが重要なのである。命とはそんなものである。いずれこの小説を読み返す日がくるだろうか。何度でも読みたいが、僕もいつ命を落とすか分からない。

息子の初の対外試合

 息子のサッカー、初の対外試合について行った。勝つか、負けるか、何対何になるか、しっかり記録してやろうと思ったのだが、ばこばこ点を入れられ、結果は0勝3敗、点数については途中で数える気を失せたのでよく分からない。要は、相手3チームは試合に向けた練習を積んでいたのに、こっちはそういった練習をしていなかったということだろう。息子は他の子より背が高かったからか、キーパーをやらされる場面が多かった。頑張って止めていたが、一つ、ゴールラインの外側でボールを止めて点を入れられていた。守備位置もゴールライン上だったりして分かっていなかったようだ。攻めている時は、ボールを奪って頑張っていたが、得点には結びつかない。最後の方では、相手ゴール付近まで独り上がってロングパスを待っている。休憩時にチームメートに「いい方法を見つけた」と自分が編み出したその作戦を説明していたが、それではうまくいってもオフサイドである。こっちのチームに一人上手な子がいて、その子は自分でボールを奪い、自分でドリブルしてシュートを放ち、点を取っていた。練習すればうちの子にもできなくはない。時間を見つけて相手をかわす練習をしてやらなければ。そう思わされた一日だった。
Sep05_2015

保育園のゴーヤーにもミツバチ

 最近は毎朝、保育園のゴーヤーの面倒を見ている。僕が施肥した化学肥料が効いてきたようで、元気になり、雌花もたくさん咲き始めたのだが、残念ながら土日に咲いてしまうと受粉してやれない。しかしながらそんなのは杞憂だったようだ。雌花を探していると、ミツバチやチョウがたくさん飛んできていることに気づいた。
Sep04_2015

Googleのリモートデスクトップ

 リモートデスクトップにChrome Remote Desktopというのが便利と聞いていたが、ふと思い立って昨日と今日、自分のMacとiPhoneで試してみた。確かに便利である。困ったことにというか、何というか、職場のLANに接続されたMacを、SoftBank 4Gから遠隔操作できることも確認できてしまった。予想はしていたが、危険なほどに便利だ。ただ、この便利さを欲しいと思っていたわけではない。どう利用しようか、あまり声を大きくせず、慎重に考えねばならない。いろいろと調べてみるとHTTPSの443番ポートに加え、5222番ポートへのリクエストも出ていけるようになっていないといけないらしい。いずれプロキシサーバが導入され、5222番へのメッセージは止められてしまうんだが。

8月末のキノコ

 今年は連続猛暑日の日数が過去最高になるなど、暑い夏だったが、8月も下旬になると急に天気が悪くなり、ベランダのプランタ、公園の芝生、樹木の下などにキノコが生えているのをいくつも目にした。奴らは虎視眈々と菌糸を伸ばし、子実体を形成して胞子をばらまく機会を窺(うかが)っていたのだろう。万端の準備あってのキノコである。しかし今日は久々に晴れた。朝元気だったキノコたちも、昼には暑さと日光にやられてしまったことだろう。
Sep02_2015

天地明察の原作と映画

 ずっと観たいと思っていた映画があった。『天地明察』である。テレビでやらないかなと首を長くして週末に届く一週間分のテレビ欄を眺めていたのだが、いっこうに登場しない。ついに待ちきれず、原作を先に読んでみたら、とんでもなく感銘を受け、かつ、本を読んでいる長期に渡って楽しめたので、結果的には放映されなくて良かったと思っている。しかし映画は見なければならない。先日区立図書館に行ったら、ふと貸し出し用のDVDが置かれているのを見つけた。これだ、これが観たかったのだ。まさか図書館で無償で手に入れられるとは。テレビで放映されるたいていのものと違い、当然ながらノーカット版である。監督は『おくりびと』の滝田洋二郎である。もちろん良かったが、原作者が監督でなければ自然科学に対する畏怖と興奮は伝えられなかったことだろう。えんとの恋愛が違った形で表現されていたのも、原作を先に読んでしまった身としてはちょっと残念。とはいえ、天測などを含むあの力作を2時間ちょっとの映像に収めた苦労はそうとうなものだっと思われる。
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Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

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