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無数の自分自身

 今朝の新聞の年金に関する広告欄に又吉直樹による『将来の幸せ』というちょっとした文章が載っていた。こんなことが書かれている。「極端な話をすると、今の僕は、生まれてから昨日までの無数の自分自身を引き連れて歩いていることになる。」と。僕はこれまでそんな考え方をしたことがなかったので、なかなか興味深い。確かに過去の自分は、今の僕とは違う。特定の観点だけから見れば、別人と言ってもいいくらい違うことも多いだろう。過去の自分がその時点で保持している記憶は、今僕が保持している記憶とは大きく入れ替わっている。又吉は過去の自分がいたことによって今の自分がいるから、彼らの意向を全く無視して今の行動を決めるわけには行かないという。つまり、あることをする時、過去の自分だったら、過去の自分が見ていたらということを考え、判断材料とするのだろう。今の自分は過去の自分よりも優れているはずだ、そんな気でいたが、必ずしもそうではない。小学生だった僕が今この状況を見てどう思うだろうか、そんなことを考え、行動を再考してみる価値があるかもしれない。
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最近の電子ピアノを見学

 トイレで愛用している日本地図のカレンダー、来年も欠かしてはならぬと、きのう、息子を連れて電車に乗り、有楽町の家電量販店に行って来た。そのついで、最近の電子ピアノがどうなっているのか情報を仕入れに売り場に寄ってみることにした。うちの電子ピアノClavinova CLP-560は買って四半世紀になるが、未だにまともに動作する。時々、電気的な雑音が混じることがあるが、あちこちいじっているうちに直ってしまう。壊れれば買い直すのだが、まだまだ使えそうである。そんなわけで数ある電子ピアノの中でも目が行くのはClavinovaである。CLPシリーズとやや高価なCVPシリーズというのがあるのだが、後者は電子ピアノという物を従来のピアノの代用品としてでけでなく新しい楽器の一つとして位置付けようというような商品だろうか。少なくとも僕にはそう思われる。僕としては電子ピアノは、本物のピアノの練習機として機能してくれればじゅうぶんなので、興味があるのは余計なボタンや画面などがないシンプルなCLPシリーズの方。最も安いのはCLP-535で、20万円しない。もう一つランクを上げると20万円を超えてしまうが鍵盤が木製となる。CLP-545、CLP-575、CLP-585と続くのだが、価格の違いはどうもスピーカーの質に依るらしい。練習機のスピーカーなどどうでもいいから、買うならCLP-545ぐらいだろう。僕の持っているCLP-560よりもあらゆる面で良くなっているはずだが番号が小さいのが笑える。最近はもっぱら息子の日々の練習に使うだけ。心を落ち着かせてピアノを弾く時間を持ちたいものである。
Nov29_2015

祝都大会出場

 近くの中学校に行ったら、バスケットボール部の都大会出場を祝う横断幕が掲げられていた。すごいではないかと素直に喜んでしまった。あの中学生のうち、何人かがバスケットボール部に所属し、頑張って勝ち進み、都大会に出たのだ。僕も中学生の時、バスケットボール部に入っていたのだが、残念ながらいい思い出ではない。はっきり言って嫌いだった。でもやめることなく、中学卒業まで続けた。一つ上の先輩達の代が強く、確か区大会で宿敵を倒して優勝し、都大会に出場した。都大会で勝ち進めば進むほど僕らの夏の本格的な練習がなくなるので必死に応援した。一回戦は勝ち進み、二回戦で負けてしまったろうか。そして僕らの代が始まった。嫌々ながら厳しい練習に参加した日々だった。レギュラーになって試合に出たいという希望すらなかった。スターティングメンバーではなかったが、何度か試合に出させてもらったようにも記憶しているが、あの頃のことはよく覚えていないし、無理に思い出さなくていい。当時の仲間の思い出話も聞きたくない。当時、熱心にバスケに取り組んでいた友人に会うことさえ多少ためらわれる。そして都大会には出場できず、やや早めの引退となった。なんともつまらない中学の部活動だった。人生、やり直せたら、何を選ぶだろう。ただ、今の体力は何と言ってもあの中学バスケ部の賜物であることは間違いないし、あの苦い経験があってこその今の僕なのだが。
Nov28_2015

憎きアザミウマ

 この冬も貝割れ大根をプランタに植えて育てているのだが、残念ながら葉が汚い。少しずつ食べてはいるが、あまり食べる気がしない。またしてもアザミウマが増えてしまい、そのせいである。最初は西洋芝にたかられたが、それからネギやニラ、そしてあらゆる植物にたかって繁殖している。同じ種なのかどうかは分からなが。

Ultrabookに反応しない今時の中学生

 娘がPowerPointでプレゼンテーションファイルを作らねばならないというので、普段あまり使わない、Windows 7で動いているAsusのUltrabookを貸してやった。中学生だった頃の僕からしてみれば、コンピュータがこんな薄っぺらであるとは驚きを通り越しているが、娘から見れば何の新鮮味もないようで、それがこちら側の驚きである。自宅では僕はMacBook Airを使っているのだが、そんなのに毎日かじりついている父親を見ていれば、そんなものかもしれない。

急に背が伸びた男の子

 エレベーターで一緒になった男の子を見てびっくりした。うちの娘よりいくつ下だったろうか。急に背が伸びたので最初は分からなかった。僕よりも高くなったかもしれない。聞けば、急に伸びたのだと。思い返せば僕も小学校5年生、6年生の頃はにょきにょきと背が伸びた。どこまで伸びるのかと思っていたが、中学に入ると最初は見上げられていた友人たちを見上げねばならなくなっていた。そんなことを思い出した。もう30年以上昔の話だ。

保育園に寄らずに出勤

 今朝は早い時刻に約束があったので、保育園は妻に任せて出勤した。息子を起こし、急かして食べさせ、着替えさせ、歯を磨かせ、保育園へ連れて行ってあれこれやってという作業がなく、非常に楽な朝だった。小学校に上がると、生活はまた一変することだろう。低学年のうちは、まだまだ出勤前の朝の苦労が多いかもしれない。

連休最終日の露天風呂

 連休の最終日、息子と二人で近くの温泉に浸かった。露天風呂はやや混んでいたせいか、いつもよりおとなしかった。帰りは軽い雨に打たれながら手をつないで帰った。こいつとはずっと一緒に風呂や温泉に入れるのかと思いながら。しかし小学校に上がると息子の入浴料も取られてしまう。ただのうちにもう何回か来ることにしよう。

軟球で練習

 息子が今度、ディーボールの大会に参加させてもらえることになった。ティーボールとは何だろうと調べてみると、バッティングティーと呼ばれる物の上に置かれたボールを打ってピッチャーなしで野球をするゲームらしい。なるほど、野球をするにはまともなピッチャーがいないとどうしようもないのでいい案だ。そんな派生スポーツがあるとは全く知らなかった。大会では軟球C号を使うらしい。軟球とは言うものの、それは本物の野球の球に比べて軟らかいというだけでかなり硬いボールである。これまで軟球で練習をしたことはなかった。今日は初めて息子と軟球で投球練習やキャッチボールをやってみた。

箏体験教室

 意図せず、息子と箏の親子体験教室に参加することになった。触るのは初めてかもしれない。ピアノをやっているんだから、もうちょっと巧くやってもらいたかったが、一生懸命教えてくれる先生に圧倒され、本領発揮とはいかなかったようだ。こんな時に練習曲一曲でもいいからちょろちょろっと弾ければかっこいい。今、バイエル30番代に取り組んでいるが、そこまでは至っていなかったようだ。
Nov21_2015

ドローンの操作練習

 小さな玩具のクワッドローター、ドローンを買って、息子と遊んでいる。対象年齢は14歳以上となっていて、室内で飛ばしているとはいえ、確かに顔にぶつけたりするとけ危ない。保育園児のおもちゃではないのはもっともである。それでも練習しているうちにまともに操作できるようになってきた。ラジコンヘリに比べればずっと楽である。ドローン、よくできている。自由自在に操るにはまだまだ練習が必要だが、このおもちゃでどのくらいのことができるのか。
Nov20_2015

ほったらかしで延滞

 昨夜、息子のために借りた都電荒川線のDVDが部屋に転がっているのを見つけた。一度も見ていないはず。返却期限はいつだったかと確認すると既に過ぎている。週末まで待つとさらに遅くなる。息子の利用カードで借りているが、責任があるのは実際に借りた僕の方だ。図書館が閉まるのは午後8時。いつもなら間に合わないのだが、今日はちょっと早めに職場を出て、図書館に寄り、返却が遅れたことを詫びて手渡しした。

It’s a Unix system. I know it.

 懐かしい映画『ジュラシック・パーク』のHDリマスター版がうちのレコーダーに録画されていた。実は大学4年生の時、後に妻となる女性と映画館で見たこの映画、僕の人生を良くも悪しくも大きくねじ曲げたものなのである。それもほんの一瞬のシーンである。コンピュータを前にした女の子が、これなら分かるかもとマウスであれこれ操作し、部屋のロックをかけて恐竜の侵入を防ぐという場面である。この時、悟った。これからの時代、コンピュータぐらい扱えなければ。Macintos Quadra 610を買い、Pascalでプログラミングの勉強をした。そして、あの頃は予想だにできなかったが、Linuxとプログラミング漬けの今に至る。ところであのシーン、女の子はなんと言っていたのだろう。今だったら聞きとれるはずと探し出し、英語にして再生してみた。”It’s a Unix system. I know it.” そうかUnixだったのか。やはりUnixは偉大だ。僕が生まれる前に、未だに使える仕様が設計されていたのだから。さてさてその ”It’s a Unix system. I know it.” をネットで調べてみたら、けっこう有名な言葉として扱われている。人生が変えられたのは、僕一人だけではなかったのだろう。

動画撮影の失敗と補償

 娘の文化祭で、娘のクラリネットが加わった6曲中の1曲が撮れていなかった。録画しようと思った前に録画ボタンがオンになっており、オンとオフは同一なので、ちょうど取りたい部分だけが抜けてしまい、不要な前後が記録に残っていた。このミスは何度かやったことがある。数年に一度起きるか起きないかの稀なミスであるが、やってしまうとショックは大きい。ビデオカメラの録画状態は常に確認しておかねばならない。動画データをコピーしてもらえないかと娘の友人に頼んでもらい、娘がDVD-Video形式でもらってきた。別な子のアップが中心で、うちの娘がほとんど映っていない可能性もあったがしかたない。もらった映像を見ると、その子は演奏に加わっていなかったので流し撮りした程度だったと思われる。娘はほんのちょっとだが映っていた。これでいい。幸運なことに僕が使っているのと同じソフトウェアでDVD-Videoを作っていたようで、容易にVOBファイルを見つけ、そのソフトウェアで必要な部分を切り出すことができた。

OS Xの日本語ライブ変換

 OS X El Capitanでは日本語変換がライブ変換になっている。ライブ変換をしないようにもできるが、デフォルトはオンである。OSをアップグレードした際にまず気になるのはここだろう。便利なのかもしれないが、長く携帯電話を愛用していなかった身にとって、こういうお節介な機能は苦手で、はかなり使いづらい。ちょっとの間オフにしてみたが、いやいやライブ変換に慣れておいた方がいいのではないかと、敢えて頑張って使ってみることにした。以前、日本語がまだまだ不自由なカナダ人の友人が、突然、かなりまともな日本語メールを送ってきたのでびっくりしたことがある。それが携帯電話のライブ変換だった。当時に比べればもっと良くなっているはず。とにかく慣れてみないことには。

水泳が嫌いになってしまった息子

 月に2回程度であるが息子は水泳教室に通うようになった。しかしなぜか急に水泳が嫌いになってしまったようで、通う日になると朝から行きたくないと駄々をこねる。大声で泣きわめく。幼い頃の自分も嫌いなことに対してはこうだったのか。先週は娘の中学校の文化祭に行って休む代わりに今日は教室とは別に練習をする約束になっていた。嫌だと言うのを約束だと強引に連れて行ったので、プールに入っても泣いており、鼻から水を吸ってしまうので息継ぎの練習ができない。鼻が痛いとまた泣きわめく。少しずつ、少しずつ泳げる距離を伸ばし、今日は12 m泳ぐ約束になっていた。もう少しでプールの半分である。娘の方は就学前に25 m泳げたのだから、息子にもそこまで教えてやらねばと思っている。しかたなく、今日は体を持ってやって浮かせた状態での息継ぎ練習にとどめたが、こうも嫌いになられると指導方針を再考せねばなるまい。

ALWAYS 三丁目の夕日 ’64

 前回録画して観た『ALWAYS 三丁目の夕日 ’64』は、前作および前々作に続き、とても楽しめたのだが、放映時間が93分ほどしかなく、オリジナルから50分近くもカットされているもので失望が大きかった。最近、BSでも放送され、どのくらいカットされているのか不明だったが、とりあえず録画し、また観ることにした。すると今回は142分以上あり、特に明記されてはいなかったがノーカットであったものと思われる。前回明らかになかった場面がいくつもあり、不自然に思われた流れもちゃんと繋がっていた。再び観た価値はあった。テレビで映画を流す際は、あらかじめどのくらいカットしているのかを明確にしてもらいたいものである。

風邪が完全に抜けるまでの時間

 感冒、いわゆる風邪は、特に自分の場合、鼻水が関わると完全に治るまでかなりの時間がかかる。今回、記録を取ってみた。ひき始めは10月26日。昼食時に頭がくらくらするのを感じたのが最初。その後体調が悪くなり、風邪をひいたことを実感。そんなにひどい風邪ではない。熱も微熱程度だろう。翌日から鼻水が出始め、翌々日には喉が痛くなった。風邪に間違いはないが症状は特に悪化しない。その翌日にはもはや風邪という感じでもないが、痰が残る。そんな状態がずっと続き、今日をもって完全に治ったとしてみた。計算してみると18日間。重くても軽くても期間に関してはいつもこんな感じだろうか。

息子の体力

 最近、また走って保育園に通っている。一部は全力で、そしてそれ以外も軽くジョギングしながら父と息子の二人で登園する。運動会後にふと気付いたが、息子の足は日に日に速くなっている。ここ数日、真面目に走らないと本当に負けてしまうような状況だ。短距離だけでなく、これだけ走っていれば持久力もついているはず。本気を出しても勝てない日はいつ訪れるのか。そう遠くはないのかもしれない。

箸袋と祖父

 日曜日、蕎麦屋の箸袋を見て、祖父を思い出した。あの祖父と外食するような機会はめったになかったが、一度、どこかで「箸袋を集めているから」と言って箸袋をしまっていた場面を思い出した。集めて何をしていたのだろう。その時はわざわざ聞こうとは思わなかった。当時、僕は小学生だったことだろう。今、母に聞けば何らかの情報が得られるだろうか。伯母に、あるいは叔父に聞いてみたらどうだろう。誰も知らないのではないか。神式の葬儀の前に、神主さんから趣味を聞かれ、あれこれ考え叔父は「庭いじり」とか答えていたように記憶している。いわゆるコレクションならばどこかに整理されていたのかもしれないが、そんな物、もはや捨てられていることだろう。祖父はいったい何のためにあの箸袋をしまったのか。

大文字と小文字を区別するフォーマット

 昨日、新しいハードディスクにOS X El Capitanをインストールしたので、そこにAdobe Acrobatを購入したDVDからインストールしようとした。しかしできない。その理由がなんと「大文字と小文字が区別されるドライブへのインストールはサポートされていません」とのこと。そもそもUnixはアルファベットの大文字と小文字を区別するはずで、区別のなかったMS-DOSなどとは違う。当然、文字コードは大文字と小文字で違うから、区別する実装は容易で、区別をなくすには余計なことをしなければならない。区別しないところから区別するところへの移行は容易だが、区別するところから区別しない方への移行は問題が起こることがある。MacのHFS+には区別するフォーマットと区別しないフォーマットがあり、僕は好んでUnixらしい区別するフォーマットを愛用してきた。これまで問題はなかったが、まさかこんなところでつまずくとは。確かに新規に買ったMacはどれも区別しないHFS+でフォーマットされている。今さらフォーマットし直す気にはなれない。Adobe Acrobatを捨て、別な代替フリーウェアに置き換えるべき時期がきたか。

El Capitanのクリーンインストール

 Mac Pro Mid 2012のOSをOS X El Capitanにアップグレードしたいのだが、複数回失敗していた。ネットで調べてみても原因不明である。しかたなく、2番目のベイに入っていたSATAを抜き、別なのを挿してフォーマット。そしてOS X Yosemiteからこっちへインストールしてみた。クリーンインストールだ。どうなるかと思ったが、これまでの失敗をよそに、あっさりと2番目のSATAからEl Capitanが起動した。さあ、これからがたいへんだ。多くのアプリケーションはインストールし直しである。Microsoft Officeなどは、購入したDVDを探し出してやり直ししなければならない。これをいい機会に、不要なデータ等、整理してしまおう。

思い出のマーニー

 映画『思い出のマーニー』を録画して見た。なかなか興味深い話だ。最後の方で娘も一緒になって見たが、娘は映画館で友達と見ていたらしい。結末に驚いていたが、なんでそうなったのか、よく分かっていないようだ。両祖父母がこの世からいなくなってけっこうな年月が経つ。そんな年齢になると、この話も分からなくはない。僕なりの感想を解説してやった。いろいろ考え直してみるにつれ、よくできた映画に思えてくる。結論が全く分からないところから、そのヒントとなる言動があちこちに描かれており、気づかなかった場面も多かったはず。ましてや何回にも分けて見てしまったので、映画館で一気に見た場合に比べれば感動は薄れてしまったかもしれない。いずれ、もう一回見てみよう。原作は児童文学らしく、この映画が原作に忠実に作れらているのか、脚本家たちの手が多く入っているのかは知らないが、話の骨子は大人こそが楽しめるものである。

息子の予防接種の日

 風邪をひいていたので息子のインフルエンザ予防接種は1週間延期していた。そして今日、その日がやってきた。息子は朝からうじうじと「行きたくない」と言っている。まったくの意気地無しにあきれるばかりだが、実は子供の頃の自分を見ているのかもしれないと思うと楽しい気分にもなる。同情はない。昼食を食べさせ、小児科に連れて行った。往生際が悪いようなことはなかったが、針を刺された数秒の間、「痛い、痛い」と声を上げていた。さすがに泣くようなことはなかったが。

蒼穹の昴

 職場の友人が学生だった頃、本屋で山積みになっている単行本を取り上げ立ち読みし、すぐに気に入ったというのが浅田次郎の『蒼穹の昴』だったらしい。その語りっぷりからよほど惚れ込んでいるようだったし、また浅田次郎の作品はまだ手をつけたことがなかったので、いずれ読んでみようと思っていた。「蒼穹」などということばは初めて聞くが、いったい何の話か。情報なく図書館で文庫本を借りて読み始めた。清朝末期の中国の話である。それまで読んでいたのが『竜馬がゆく』で、時代が少しだけ流れて舞台が中国に移った。僕の嫌いな占いの話が導入でやや抵抗があったが、しだいにのめり込んでいった。龍馬の話が全体を通して爽やかだったのに対し、こちらは宦官だのと陰鬱な雰囲気が漂う。中国に関しては興味を持ちつつも、中学や高校で習った程度の知識しかなかったが、それを膨らませてくれる点でこの小説は興味深かった。科挙の描写など、本に釘付けされてしまう。実在の人物と架空の人物を混在させて壮大なストーリーが作り上げられる。史実を知りたいという好奇心もあるが、この小説を読むことに夢中になっていると、そんなことはどうでもよくなってくる。しょせん史実だって、学者たちが自分の都合で作り上げたフィクションであることも多い。そんなことを思っていると李鴻章が登場し、その偉大さが誇張して書かれ、話の筋はそれてくる感もあるが、ジュゼッペ・カスチリョーネや乾隆帝の話がうまく挿入され、全体を整えている。最後は2ページにわたって主要参考文献が載せられている。そんなに多いわけではないので全部読んでみたいところだが、僕の人生にそんな時間は与えられていないだろう。さらにその後には解説と称して陳舜臣の10ページに渡る文章が添えられているが、『蒼穹の昴』に対しては何の解説にもなっていない。著者自身の解説を聞いてみたい。

人身事故による読書時間

 保育園に息子を連れて行き、電車に乗ろうとしたら、隣の駅で人身事故があったようで止まっていた。いったい何が起きたのだろう。どうしようかと思ったが、焦って動いても損だと思い、あまり人のいない車輌の中でのんびり本を読んで待つことにした。けっきょく今日は1時間以上余計な読書時間を確保することができた。その皺寄せは勤務時間の短縮となってしまうのだが。

イヤホンのコードがべとべと

 職場の引き出しの中に古いiPhoneのイヤホンを置いていた。ずっとほったからしにしてあったのだが、今日、ちょっと使おうと取り出してみたら、コードが融けてべたべたになっていた。びっくりである。ネットで探してみると、そういった経験者は多いらしい。古いので捨てることにしたが、周囲に影響がなくて助かった。合成樹脂製品の放置には気をつけたほうがいい。

捕らえられたスケソウダラの長旅

 昼、息子とマクドナルドに行った。最寄店は潰れてしまったので、次に近いところへ。今日はフィレオフィッシュを食べたが、その箱にはQRコードが書かれている。そんなに興味はなかったのだが、iPhoneでコードを読み込んでそのサイトに行ってみた。主要原料原産国と最終加工国が書かれている。あの白身魚は、ベーリング海で獲れたスケソウダラで、アメリカとなっている。そんな地球の北の方からやって来ていたとは。そこからどこに水揚げされるのだろう。アラスカか。加工国はタイまたは日本となっている。アラスカからタイ、それはそれは北方から南方への長旅だ。そして日本に運ばれ僕らの口に入る。

鉄道模型を買って

 家に帰ると息子がNゲージが欲しいので買ってとねだってきた。毎年、うちの自治会では好きな人たちが自分の鉄道模型を展示して、子供たちに触らせ、楽しませてくれる。それはいいんだが、欲しい欲しいと言われては困る。まだ小学生にもなっていないのに、あんな物扱えるか。子供はプラレールでじゅうぶん。模型なんかじゃなくて、本物の電車に乗ってあちこち行こうじゃないか。

ギターを弾く何とか博士

 夕暮れ時、歩いていたら、向こうから乞食のような身なりのおじさんがふらふらと寄ってきた。嫌な予感がしたが、これはもう接触は避けられないような状況になった。こっちに話しかけたそうな感じだ。乞食と呼ぶ程まで汚くはないが、煙草をめぐんでくれと言われそうな雰囲気だ。すると「お兄さん、頭がもじゃもじゃの」とか言い出し、自分もあたまがもじゃもじゃだが何を言い出すのだろうと一瞬の間にあれこれ考える。僕もおじさんだが、あのおじさんから見ればお兄さんか。夜目で若く見えたのか。「ギターを弾く何とか博士っていなかったけ」と訳の分からない質問をされる。返答に困っていると「バイオリン」とも言い始め、詳しくないのだがひょっとして博士ではなく葉加瀬何とかか、葉加瀬太郎だったかと自信がなかったがそう答えてみると、「そうか、葉加瀬太郎か」とちょっと満足した顔をして礼も言わず歩き去って行った。いったい何だったんだろう。ちなみにあんたの話しかけたお兄さんの方は、ギターは若い頃に少しか触ったことがないけど、博士だそ。
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