スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

舟を編む

 三浦しをんなる小説家の作品を読んでおこうと前々から思っていたのだが、この年末に『舟を編む』を読んでみた。辞書を作る話で、僕が好きになりそうだと友人が紹介してくれた。後で知ったことだが、彼女は映画を見ただけで小説は読んでなかったらしい。なんだよそれといった感じである。僕がこれまで読んだ本とはかなり趣が異なり、迫力に欠ける。率直に言えば平凡で、つまらないなと思いながらも淡々と読み続けた。恋文を書いて渡して返事を待つ辺りは、通勤電車の中でにやけながら読んだ。しかし、読み終わってみると、実は迫力のある内容であることに気付かされた。一言で言えば仕事に対する情熱だろう。執筆時、著者は35歳程度だったと思われる。せめてこのぐらいの人生経験がなければあの仕事への思いは書けない。本屋大賞第一位も頷ける作品である。特に映画を見たいとは思わないが、小説との違いが気になるので、いずれテレビで放送される時には見逃さずに見てみたいと思う。
スポンサーサイト

息子のプルークボーゲン

 独り夜行バスに乗り、予定通り午前6時前に山形に着いた。あたりまえだが寒い。山形城址を抜け、歩いて家族が待つ妻の実家へ。明日は天気が崩れるかもしれないということで、今日、スキーに行くことになった。いつもなら蔵王なのだが、今回は珍しく妻も加わって天童高原スキー場という小さな家族向けのスキー場に行くことになった。義母の車を借り、久々の運転である。今年は日本全国降雪量が極端に少ないらしく、滑れないスキー場も多いようだが、ここはだいじょうぶそう。さて問題は息子である。おととし去年と連れて行って、今回で3回目になる。最初は妻に任せていたが、あまり上達しそうにないので、思い切ってリフトに乗せて上に行ってみることにした。怖がるので、一回だけ手前に抱きかかて一緒に下り、次は独りで滑らせてみる。プルークボーゲンの内側のエッジに力を入れて速度を落とすあの感覚さえ身につけてもらえればなんとかなる。息子の数メートル先に先回りし、山側にいる息子にここまで来いと声をかける。僕も後ろ向きでゆっくり滑りながら、息子もズルズルと下っているうちになんと初級コースならば独りで降りられるようになった。意外な進歩だった。リフトの乗り降りはまだ独りではできないが、上で降ろして放っておけば独りで下ってくる。スキー場はそんなに混んでいないからあまり心配もない。リフトは回数券にするか迷い、息子の分も4時間券にしたが、その分は使ってくれそうだ。昼食後、もう数回だけ滑って終わりにしようという話だったが、滑れば滑るほど楽しくなってきたようで、何度も滑っていた。天気が良かったのも幸いした。6歳にもなれば、スキーはなんとかなるものだ。
Dec30_2015

尊仏山荘の屋根

 冬は自宅から毎日のように丹沢と富士山が見える。今日もよく晴れ、夏に登った塔ノ岳がすぐ近くにあるかのようである。ひょっとしてその時に息子と泊まった尊仏山荘が見えないかと、デジタルビデオカメラの光学25倍の望遠レンズで写真を撮ってみたら、山小屋の屋根のような物が写っていた。ということは塔ノ岳の山頂から我が家も見えるのだろうか。尊仏山荘は通年営業だから、今度は冬の天気のいい日をねらって泊まり、逆にこっちを眺めてみよう。夏に登った時は曇っていて東京の方は見えなかったので。
Dec29_2015

厄介なファックス送受信

 学会の年会費をクレジットカードで支払うため、カードの番号等をファックスで送った。ファックスは使っても年に数回。使い慣れないから本当に送られたのかどうか、心配でならない。翌日、メールが送られてきたので安心できたが、ファックスの受け取りの方でも紙がちゃんとセットされているか、リボンカートリッジはまだ使えるのか、ちゃんと印刷できるのか、失敗した場合はどうなるのかなど不安は尽きない。自宅のファックスなどむしろなくしてしまいたいのだが、妻の同意が得られない。この時代、何で未だにファックスなどという物が駆逐されないのか、愛用していない僕には不思議でならない。小学生の頃、ちょんまげをした侍がファックスみたいなのをいじっている場面をテレビで見たことがある。調べてみると、ベインなるスコットフランド人がファックスの原型が考え、特許を取得したのは1843年とのこと。黒船来航の10年も前のことである。

プログラミング20言語習得法

 図書館で興味深いタイトルの本を見つけた。小林健一郎『プログラミング20言語習得法』で、初心者のための実践独習ガイドと添えられている。これさえ読めば20言語が習得できるとは思わないが、少なくとも読み物としては楽しそうだ。さっそく借りて読み始めた。最初はつまらないプログラミングとは何かという話だが、プログラムの世界の潮流がわかるということで話題は主要5言語に入る。C、C++、Java、Perl、Visual Basicである。その後にさらに知っておきたい特色ある15言語ということで、FORTRAN、BASIC、Pascal、Ada、Objective-C、Smalltalk、C#、COBOL、LISP、Haskell、Scala、Python、Ruby、VBScript、AWK。おまけとしてJavaScriptとPHP。どれもWindowsでフリーで実行できるようで、コンパイラやインタプリタのダウンロード方法なども書かれている。発行は2014年で情報は意外と新しい。Cは得意なのだが、僕はC++はほとんど知らない。Javaはなんとなく分かるが、C++はJavaと似ているはず。著者の元々のバックグラウンドは素粒子論のようで、他の著書や訳書を見るとC++やJavaが得意なようだ。当然その辺に熱が入っているが、僕としては読みにくかったので、得意なPerlに飛び、腑抜けのような後半部を一気に最後まで読み終えてから、JavaとC++に戻った。確かに各言語を概観できたが、振り返ってみるともうAdaやScalaなどは書き方どころかどんな言語だったかも頭に残っていない。主要言語以外はWikipediaでも眺めていた方がためになる。あれだけの限られたページ数で20言語を紹介しようというのはかなり無理があるが、著者が楽しそうに執筆している様子だけは頭に浮かんだ。

Windowsの変遷

 娘から頼まれ、Windowsをインストールしてやった。するとあって当たり前のように、OS Xを起動してからWindows 10を起動して使い始める。今の子供達はそんなもんである。僕はWindowsは好んで使わないのだが、Windowsのバージョンの変遷を簡単に話してやった。我ながらよく知っていたものだと驚かされる。会社に入った時に使い始めたのがWindows 3.1だった。すでにWindows 95が発売されていたが、3.1も広く使われ続けていた印象を持っている。95は、僕ら夫婦で買った富士通のノート型パソコンに入っていた。今から思い返せばあんなコンピュータよく使っていたなと思うが、当時は高価な物だった。研究室に転がっていた新品のWindows 98SE、誰も使っていなかったのでお願いして使わせてもらった。よほどのコンピュータ好きがWindows NTを使っていたような印象だが、その頃にはけっこうな数の友人がWindows 2000を使い始めていたように思う。妹がWindows MEを買ったのでちょっと使わせてもらったことがある。そして妻がWindows XPを使い始め、僕も留学前に購入した。世間がそうであったように、僕も確かにWindows XPは愛用していた。留学中からMac OS Xに惚れ込んで乗り換えてしまったが、Windowsから縁を切るわけにも行かない。獲得した科研費で最初に買ったコンピュータにはWindows Vistaが入っていた。あまり評判の良いバージョンではなかったが、僕はそんなに悪い印象は持っていない。職場のMac Proの仮想マシンで使うためにWindows 7を買い、時々使っていたが、酷評されるWindows 8は自分では手に入れることなくWindows 10になった。この先、Windowsはどうなるのか。僕としては攻撃の矛先がOS XやLinuxに向けられないよう、Windowsにも頑張って存続して行ってもらいたいと願っている。

不愉快なクリスマスプレゼント

 いつも関与していないので今年も今日まで知らなかったが、今年の息子へのクリスマスプレゼントは、ゲーム機Wii U、そしてスーパーマリオ 3Dワールドとかいうゲームソフトである。何でそんな物を未就学児に買い与えるのか理解に苦しむ。非常に腹が立つ。それを見て喜んでいる愚かな息子にも腹が立つ。ぶっ壊してやりたい衝動に駆られる。そんなことで喧嘩ばかりしていても僕が損するだけなので、せめてもということで、平日4日のうちゲームで遊んでいいのは2日だけという約束をさせた。守るのかどうか知らないが。

15年経っても動作したパソコン

 15年半前に買ったiBookを動かしてみた。バッテリーが駄目になっているものの、問題なく動いた。大切に使えばパソコンも15年以上使えるわけだ。OSはMac OS 9.2で、OS Xで動かないソフトウェアを動かしたくなった時のためにずっと取っておいた物である。動作はすれど、実際に使えるかといったら残念ながら使い物にならないといった方が正しいだろう。もはや取っておいてもしょうがない。15年を超えたことだし、残念だが、思い切って捨てることにしよう。
Dec24_2015

OS X El CapitanにWindows X

 娘と妻がWindowsのソフトウェアを新規に購入して年賀状を作りたいと言う。僕としてはそんなプロプライエタリなソフトは使うべきでないと思っているたちだが、その二人に強要するほどのこともないので仕方なくWindows 10を導入してみることにした。以前、iMacにWindows 7を入れて使っていたのだが、ほとんど使われなくなったので削除してしまった。まずはその27インチiMacへ仮想マシンのインストールから。ホストOSはEl Capitanで、以前と同じくVirtualBoxを入れてみた。使っていた頃からけっこう時間が経っているので、多くの機能が強化されているのではないか。そう期待したい。そしてDVDからWindows 7 Home Premiumを入れ、オンラインでWindows 10にアップグレード。ライセンス認証されていない状態だとエラーになってしまったので、認証してもらって再度挑戦。初めて触るWindows 10である。我が家のiMacでWindows 10が動き始めた。

冬至に高熱

 今日は冬至である。友人にもらった柚子の実があるのだが、忘年会で帰りが遅い。娘に柚子湯にしてくれるよう頼んで出勤したのだが、忘年会の始まった頃に妻から娘が高熱だとのテキストメッセージが届いた。久々にインフルエンザか。せっかく貰った柚子の実なのになどと思いながら、返信をどうすべきか考えた。僕の煎茶を淹れて飲ませるよう伝えるにとどめた。やや心配して帰宅してみると、娘はぐったりと布団の中に横になっていたが、そんなに心配するほどのものでもなさそうだ。インフルエンザでなければいいのだが。

夜にお菓子を勧めても食べない娘

 僕はお菓子など、間食、夜食を取るのが大好きなのだが、夜に娘に見られ、しぶしぶ娘にも勧めても、奴は絶対に食べない。決してお菓子嫌いというわけではないのだが、夜にお菓子は食べないと固く決めているらしい。逆に「パパ、そんなのばかり食べていると体に良くないよ」と言われる始末である。そりゃそうかもしれないが。

カーボン製のバット

 カーボン製のバットで本当に軟球が打てるのか。新しいバットを試すために息子と野球の練習に出かけた。こんな軽い素材で折れないかと心配だったが、とりあえずC号の軟球で息子と遊んでいる限り、衝撃で破損するような気配はない。時代は変わった。息子はサッカー教室に通っているくせに熱心に野球の練習もする。どっちが好きかと尋ねると「サッカーは手がつかないから野球」とのこと。ならば遊んでやらねばならないが、サッカーと決めたからにはサッカーもレギュラー目指してちゃんと取り組んで欲しい。
Dec20_2015

インクジェットプリンタで写真印刷

 長期間使わないでいるときれいに印刷できなくなってしまうインクジェットプリンタに嫌気がさしてレーザープリンタを購入したのが3年前である。以来、3年分、年賀状はこのレーザープリンタで印刷してきた。インクジェットに比べると写真印刷の画質があまり良くなく、妻や娘から不評だったが、僕はそんなことは気にしない。ただ、官製はがき程度の厚紙が反ってしまうのがどうしても嫌だった。どちらかと言えばレーザープリンタの方が好きなのだが、インクジェットプリンタの方がいい場合も多い。しかたなく買い、来年の年賀状を試作して新しいプリンタで印刷してみた。なるほど写真がかなりきれいに印刷できる。はがきも反らない。これなら妻も娘も喜ぶことだろう。狭い家にプリンタが2台になってしまったが。

桜田門外ノ変の映画作品

 テレビ放映されていたので映画『桜田門外ノ変』を見たのだが、全体的に暗いイメージで、特段の主張も感じ取れず、また事件の経時性をないがしろにした複雑な場面配置に全く共感できず、つまらなかった。吉村昭の原作がここまでつまらないとは思えないし、桜田門外ノ変は日本を揺るがした大事件であることに変わりない。いずれ原作に当たってみなけれならないか。

民事訴訟を提起

 iPhoneのメールアドレスに次のようなメッセージが届いた。「過去に貴殿が利用又は登録を致しました情報番組の料金未納の通達. 民法467条の債権譲渡および未納料金支払い電子的通知事項用件により、貴殿のメールアドレスをプロバイダより取得してお知らせします. 過去に貴殿が利用又は登録を致しました情報番組の料金未納が続いた為、未納料金の請求の少額訴訟の開始を控えています. しかしながら、貴殿が争うか否か、反省し解決に努める意思があるか否か、確認の為に一時作業を停止しています. 当通達の後連絡がない場合は、即刻法的手段への移行を行います. 具体的には、民事訴訟を直ちに提起した上で、次のことを行います.」腹が立つ文面はまだまだ続く。スパムは無視するだけのことだが、こうも馬鹿げたことを一生懸命書かれると本当に腹が立つ。

Facebookに作品が掲載

 この前買った絵本、ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』には、このりんごは何々かもしれないという紙が付いていて、書き込んで投稿できる。あまり面白くない作品だが、息子が作ったのをスキャンしてPDFをメールで送ったら、今日、Facebookに掲載されていた。よほど変なことを書かない限り、誰の作品でもアップされると思うのだが「おお、載った、載った」とちょっとばかりの感動があった。友人にも教えたりしたが、当の本人は別にそんなことでは感動しない。今やインターネットを使えば、世界中になんでも容易に公開できる時代だ。みんなが見てくれるか否かは別としても、とりあえず置いておける時代だ。

寝坊基金解消

 歳末たすけあい運動の募金の季節である。本来なら寝坊基金から払うはずなのだが、息子の保育園での昼寝がなくなったことと、部屋を娘に取られてしまったことから基金が膨れ上がってしまい、僕の管理の方が破綻してしまった。いいことを考えついたと思っていたのだが、残念ながらそう長くは続かなかった。募金は自治会の締切日があるので、適当な額で放り込んでおいた。

カーボン製のバット

 ティーボール大会に参加して友人が持っているバットを振り、息子もバットが欲しいと言い出した。聞いてみると、金属バットではなくカーボン製の低学年用バットだという。僕の時代にはそんな物はなかった。小学校1年生だったか、父がグローブと金属バットを買ってくれ、小学校の頃はずっとそれを使って遊んでいたが、重かった記憶はない。が、買ってもらったばかりの頃は、重かったに違いない。カーボン製のバットはAmazon.co.jpで購入したと聞き、うちもそれに倣った。息子はずっと楽しみにしていたが、6日経った今日、ようやく届いた。6,710円。カーボンなんかであの軟球の衝撃に耐えられるのか。

頸肩腕症候群完治

 今日は息子の所属するサッカークラブで親子サッカーというイベントが企画されていた。父親が参加ということで申し込んでいたが、サッカーは手を使ってはいけないとはいえ、頸肩腕症候群で右上半身が動かせないから、サッカーなどできるわけがない。と思っていたのだが、だんだんと良くなり、今日はついにその症状が全くなくなってしまった。完治した。先週日曜日から症状が出始め、3日目あたりがひどかったが、7日目にして完治。たぶん数日で治るという整形外科医の判断に間違いはなかった。よし、親子サッカーだと思いきや、イベントは雨で中止。小雨程度だが、グラウンドの問題などあるのだろう。子供達は参加賞のお菓子だけもらってきた。そんなお菓子で釣るなんて。

形勢判断を怠り投了

 毎週末の囲碁のオンライン対局。今年はなんとかKGS 10kまで上げて維持したいと思っていたのだが、先週負けて11kに押し戻された。連敗すると目標達成が怪しくなる。頑張らねば。今日の対局はやや優勢に展開していたのだが、終盤で右下隅に入ってきた白を咎めてやろうと打っていたら、いつの間にやら切られてオイオトシの形に持ってこられ、それでも殺してやろうなんて思って重要なところを見落とし、右辺の大石を失って中押し負け。そんな白石、活かせたって勝っていたのにけっきょく負けてしまった。囲碁の形勢判断、怠ってはならない。常にどっちが勝っているかを把握した上で、自分が勝っているんなら余計なことを考えず着実に勝ちを目指して次の一手を判断しなければ。今年できるのはもう3局ほどだろう。少なくとも2勝1敗で行かなければならない。
Dec12_2015

頸肩腕症候群の病因

 妻が忘年会なので、今日は早めに仕事を切り上げ、保育園に息子を迎えに行った。処方されていた薬はもらった翌日から飲んでいないが、症状はだいぶおさまってきた。整形外科医から数日で治ると言われていたが、数日というのは大袈裟にしても、もう少し経ったら治りそうな感じである。それにしてもこの頸肩腕症候群はかなり辛い。まず、朝起きたら寝床から起き上がれない。顔が洗えない。歯磨きも不自由する。鼻水が垂れてきても背中に激痛が走るのでかめない。着替えるのにも苦労するが、鞄を背負うのがこれまた一苦労である。湯船の縁に後頭部を乗せて浸かっている状態から起き上がれない。体を洗うのもたいへん。そして寝床に入るのがまた想像を絶するたいへんさである。一日中ずっとパソコンに向かって仕事をしているような人の職業病だというが、症候群というだけあって、詳細な発生機序については不明な点が多いのだろう。僕の場合は、ひどくなった日の前々日に最初の予兆があった。特に何かをやったというわけでもないが、寒い中、ティーボール大会を観戦していて頸肩腕を冷やしたのか。息子を連れて行った時に肩車をしたのがよくなかったか。英語でのプレゼンを頼まれていた心理的ストレスもあったのか。情報を集めてみると、原因についていろいろと書かれている。その中に便秘というのがあった。実は発病した頃、あまり気にしないようにはしていたのだが、ひどい便秘状態にあった。無関係にも思われるが、普段と違う健康状態といったらそれくらいしか思い当たらない。とにかく心身ともに健康でいられることはありがたい。こういう状況になって初めてそのありがたみが分かる。年齢のこともある。二度とこうならないよう、普段から気をつけておく必要がある。

1時間の英語によるプレゼン

 朝、別な研究部のセミナーでの発表を頼まれていたので、保育園は妻に任せ、早めに出勤した。頸肩腕症候群はあまり良くなっていないが、おとといのひどい時に比べればましだろうか。7日分処方されていた薬は効かないのでもう飲むのはやめた。とにかく、英語でと依頼されているプレゼンテーションを何とかせねば。1時間話すようにと言われ、それを真に受けてあれこれ用意したのがよくなかった。無事に終わりはしたが、途中でいろいろと質問が出るので、時間をだいぶオーバーしてしまった。話さねばならないことを最後の方に用意していたので省くわけにもゆかず、長引く結果となった。1時間という長い時間枠のあるプレゼンの時間配分、以後の課題だ。

頸肩腕症候群

 右肩の激痛は肩というよりも、背中や首といった方が正しいかもしれない。きのう整形外科医に診てもらい、曖昧に何々のような病気というような感じで言われたので、なんと言っていたか記憶が定かでないのだが、自分なりに調べてみると頸肩腕症候群というのを見つけた。そうだ、これだ。医師は「けい」とか「わん」とか言っていたが、日本語とは思えず、漢字も思いつかなかったが「けいけんわん」つまり「頸肩腕」と言っていたに違いない。多くのウェブサイトに書かれている情報と今の症状もほぼ一致する。頸肩腕症候群にかかっていたのだ。パソコンで仕事をする人がかかる職業病であるVDT症候群の一症状で、要はひどい肩こりらしい。多くの人が、肩がこらないか、目が疲れないかと心配してくれていたが、これまでそんなことはいっさい感じなかった。少なくとも今の研究所に移ってから、コンピュータ相手の仕事を苦痛に思ったことはなく、楽しく仕事をしていればそんなこととは無縁と信じていた。が、これまで気づかなかった身体的なストレスが一気にあらわになったのだろうか。年のせいもあるかもしれない。身体という資源は有限であることを思い知らされている。症状は相変わらずひどく、風呂で体を洗うこともままならない。息子に背中を流してもらったが、力が無さ過ぎて役に立たない。

四十肩か五十肩か

 日曜日、右肩に違和感を感じた。月曜日、仕事中に症状がひどくなってきた。右肩を動かすと激痛が走る。僕はプログラマのようなもので、コンピュータ相手の仕事だからそんなに支障はなかったが、家に帰るとさらにひどくなり、入浴でも不自由を感じ、ついには布団に横になれないほどになった。なんとか潜り込んでも寝返りどころか微動だにできない。今朝になって症状はさらに悪化。普通なら休むところだが、今日はやらなければならないことがあるので無理にでも出勤する。いったいどうしたことか。四十肩というやつか。親に電話してみたら、四十肩だか五十肩だかになって医者にかかったことがあると言っていた。顔を歪めて仕事を始めるが、みんなが心配してくれ、近くに整形外科があるとのことで、行ってみることにした。しばらく待たされ、診察してもらった結果、四十肩ではないと。意外にも肩が激しく凝っているとのこと。肩こりなど、これまでの人生で一度たりとも経験がないのに。念のためレントゲンを撮り、骨に異常がないことは確認された一方、たまたま写った首の後ろの筋肉が骨化していると指摘された。ストレッチなどをしていないとそうなるのだと。本当か。後で自分なりに調べてみなければ。ともかく、医師には恐らく数日で治ると言われ、鎮痛剤、筋緊張改善剤、胃炎治療剤を処方するからそれまでの間飲めとのことだった。あまり納得のできる診察ではなかったが、四十肩、五十肩ではないという情報が得られただけでも整形外科医に診てもらった価値はあったと思っている。さて薬を飲むか飲まないか。薬嫌いの僕は大いに迷ったが、けっきょく指示通りに飲んだ。しかしそんな薬、全く効かない。本当に数日で治るのか。

家の中に棲息する紙魚

 家の中で時々、白っぽい変な虫を見かける。古着があるような場所が多い。のろまとは言えないが俊敏とも言えず、捉えようと思えば容易で、潰してしまうことも簡単である。ただ体を覆う白っぽい粉が不気味で素手で潰すような勇気は持てない。今日の未明、ついにそいつの撮影に成功した。写真を見ながらその特徴を自分なりに描写して画像検索することでその虫がシミという昆虫であることが分かった。漢字で書くと紙魚。意外にも昆虫だったが、かなり原始的な昆虫らしい。そんなに困った事態にはなっていないが害虫とされているようだ。
Dec07_2015

ティーボール大会に参加

 ティーボール大会に参加させてもらえるということで、朝早く息子にグローブを持たせ、親子二人で出かけた。息子はこの日を楽しみにしていたのだが、集合場所に行ってみるとかっこいいユニフォームを着た幼児や低学年の男の子たちが集まっており、それを見るや恐れをなし、「やっぱり帰る」と引き返す。僕もそんな子だったから、自分の幼い頃を見ているようで苦笑い。奴の帰るという意思は強く、腕を引いて戻すのは疲れるので、重いけれども肩に乗せてしまい、集合場所に連れて行った。ようやく観念し、保育園の友達とも一緒になって気分も落ち着いた。そこからみんなで揃って会場まで移動。その間、お母さん方からサッカーに比べて子供たちが集まらない野球チームの苦労話を聞いた。大会が行われるグラウンドに着くと、今度は僕が帰りたい気分になった。うちの子らは少年野球への勧誘目的で招待されたに過ぎず、チームで練習している子らとの実力差は歴然としたものだった。特に守備力。これまで打ったり投げたりする練習はさせても、守備の練習は怠っていた。そんな息子が守備につけるはずがない。お情けで一打席だけ立たせてもらったが、情けないセカンドゴロに倒れた。それでも息子にはいい体験になったようで、今度は軟式用のバットが欲しいなどと言う。それもいいが、土まみれになって白球を追う努力もさせねばなるまい。

ヒグマに鉈

 神戸から東京に戻り、自宅に向かう電車の中。本を読もうと思ったが鞄の中に見当たらない。しまった、新幹線の中に置き忘れたに違いない。翌日、JR東海に電話をかけたら、前日の忘れ物の登録が終わっていないと言われ、今日も再び電話をかけたのだが、残念ながら届いていないとのこと。それなりの大きさの本なのだが、ハードカバーでなく、安っぽい書店の紙カバーをかけっ放しだったのがよくなかったか。ただの本ではない。13年前に友人からもらった本だった。もらった時に、ざっと一通り読んだのだが、また目を通したくなった。驚いたことに、前回読んだことを全く覚えておらず、書かれていること全てが初見であるかのようだった。人の記憶などそんなものか。さてその本、意図せず突然に失ってしまい、タイトルすらはっきりしないのだが、ネットで調べておそらくこれだろうと確認できた。門崎允昭と犬飼哲夫による『ヒグマ』、北海道新聞社から出されている増補改定版で、2000年発行だから矛盾しない。半分辺りまで読んでいただろうか。ちょっとだけメモしていたことがあるので、ここに記しておく。ヒグマとの遭遇を避けるためには鳴り物がきわめて役立つ。よくラジオを鳴らしたまま歩いている人がいるが、クマが接近してきた場合に音が障害となって感知しえないことがあるのであまりよくないらしい。そして今回知った最も重要なことは、 遭遇してしまった場合に現状合法で役に立つのは鉈(なた)以外にはないということ。この辺りのことは、くどく、そして説得力を持って語られている。決して逃げず、対峙して話しかけるのがいいらしい。ヒグマと言ってもヒト同様個性があり、襲ってくるような獰猛なヒグマは著者らの計算によると千頭に一頭いるかいないかの割合らしい。奴らはヒトだけでなく同種の他の個体との遭遇も嫌い、母子や発情期以外は単独行動が普通なのだ。それでも襲われたら、あるいは不意に襲われた時に役に立つ可能性が大きいのが鉈。以後、北海道の山に登る時には鉈を買って持って行こうと固く決心した。ヒグマの歯には年輪があるらしく、年齢を知るために抜歯するそうだ。他のクマと比べ分布は広く、かつては北アフリカまで棲息していたとのことである。

帰国子女に対する羨望と憐れみ

 昨日、数年ぶりに会った友人から聞いた話には驚かされた。カナダでの生活の後、彼ら一家は米国でも仕事をして帰国。長男は当然のように英語がぺらぺら。僕らにとっては羨望の的だ。しかしながらいじめられるとのことで北米での生活のことや、英語が話せることはできる限り伏せていたという。国立中学に進学し、英語の授業が始まっても、わざわざ日本語っぽく英語を発音しなければならなかったという。まあそんなことはあるかもしれないが、あの苦労なくして英語を話せるのだから帰国子女はみんなの憧れ。そして我が子を帰国子女にと思う親は僕を含めて数多い。しかしながらそれから数年後、勉強嫌いになり、特に英語が足を引っ張って希望する高校に進めなかったとのこと。もはや英語が本当に分からなくなってしまったらしい。本人にも、僕の友人にもその場では語り切れないいろいろなことがあったのだろう。息子にはかわいそうなことをしたと思いつつも、家庭ではそれは口にはせずにいるという。うちの娘も一年間だけだが現地の幼稚園に通った帰国子女だ。中学生になり、英語はもうほとんどゼロから勉強し直しで、あの経験は、語学力を維持させようとした親の苦労はなどと思っていたが、ゼロでもマイナスになっていないだけ救いである。

神戸海軍操練所

 神戸に来ている。神戸と言えばどこか行きたい場所があったはず。そんなことをふいに思ったのは昨夜のことである。そうだ、神戸海軍操練所だ。もちろんそんな場所はないが、せめて跡地を示す何かはあるはず。今年は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んだ。そして大都市神戸となる一つのきっかけを作ったのが徳川家茂と勝海舟であり、坂本龍馬や陸奥宗光ら多くの幕末の志士たちが集まった神戸海軍操練所を経て、日本の近代化へとつながることとなる。ひなびた一漁村に過ぎなかった神戸とはそんな場所である。ネットで調べてみると、三宮駅から歩いて行けなくはない。朝、旧居留地を通って海軍操練所跡なる場所に行ってみた。なるほど、派手な碑が建てられている。が、高いビルが立ち並び、高速道路も走っていて、辺りにそんな雰囲気は全く残っていない。向かって右側に小さく「海軍操練所趾」と書かれた石碑があるが、こちらの方が歴史を感じさせてくれる。とにかく広々としたこの地に徳川幕府による海軍操練所があり、坂本龍馬らが操船などいろいろなことを勉強していたのだ。旧跡巡りもただ来て他人の説明を聞くのと、一冊の本を読んでその一箇所にだけ行くのとではどちらが楽しいか、火を見るよりも明らかである。
Dec03_2015

7年ぶりに旧友と再会

 仕事で神戸にやって来た。夜、久々に大学時代の友人に会い、二人で飲んだ。7年ぶりとのことでずいぶん老けたように感じられたが、前回よりも元気そうな印象。老けたのはお互いさまか。派遣で働いているようだが気楽でいいと、毎日を楽しんでいる様子だった。相変わらず水泳は続けているらしい。ようやく結婚する気も出てきて、まずは相手探しに動き出したとのこと。そんなことに限らず、話題はたくさんあり、旧友との再会は楽しいものである。次に会うのはいつになるだろう。奴の結婚式か。
プロフィール

Glires

Author:Glires
生物学者の端くれ

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
11 | 2015/12 | 01
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
アクセスカウンター
水槽
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。