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第一次世界大戦

 今年は第一次世界大戦が勃発してから100年とのこと。新聞の一文に木村靖二の『第一次世界大戦』という本がよくまとめられているなどとあったので、さっそく図書館で予約したが4人待ちであった。一歩遅かったか。ようやく僕の番になり読み始めたが、次の予約が入っていて延長できない。情けないながら、このような本を2週間で読み切ることはできなかった。しかも、また水に濡らしてしまった。前回、濡らしたことを自己申告して注意されたばかりだったが、またやってしまった。前回ほどひどくなかったので、ブックポストに入れて返却した。印象的だったのは、日本が最も小さな犠牲で最も大きな利益を得た国だとの話。それからサラエボでオーストリアの皇太子が暗殺されただけでなぜ世界を巻き込む大戦争にまで発展したのか個人的な謎だったが、その辺りのことは読んだ範囲でも理解することができた。図書館で本を借りて読む場合、返却期限が一つのモチベーションになるのだが、それをうまく利用できないと今回のようになってしまう。

羆嵐

 先月『大黒屋光太夫』を読んだが、吉村昭で思い出されるのは『羆嵐』である。この文庫本が、どういう経緯で僕のところにやって来て、どういった内容で、どこに消えて行ったか、さっぱり覚えていない。覚えているのは途中まで読んで、興味を持てず、読み切らなかったことぐらいである。ただ読む価値のある小説だろうということは心のどこかで思っていたのか、図書館で借りてきて20年振りに読んでみた。驚いたことに筋書きを全く覚えていなかった。いったい僕はどこまで読んだのか。しょせん読書なんて、そんなものか。大正4年の初冬、北海道の不毛な開拓地に現れた巨大なヒグマが2日間で6人の命を奪い、その果てには廃村にまで追いやられる実録である。いや作者による脚色も多いだろうから小説と言った方が正確かもしれない。小説としてのこの本の魅力が現れるのは、後半になってからの区長と粗暴な羆撃ちとのやり取りだろう。茶碗の中の焼酎が区長の顔に掛けられる場面は強烈である。厳しい開拓地で苦労を重ねた老練な男達の人生を垣間見ることができる。実話としてももちろん興味深く、1cmにも満たない薄い文庫本であることもあり一気に読んでしまったが、全体的に陰鬱で事は重大である。20年前の僕には読めなかったことが今読んでみて初めて理解できた。

不注意と怠惰の延滞

 自由に本や雑誌が借りられる区立図書館の存在はとてもありがたく、そのサービスがあればこそ喜んで区民税を払う気にもなれる。一回許されている延長処理をしたにせよ、期限内に返却するよう常に心掛けているのだが、この前借りた本は、うっかり返却期限が過ぎて延滞状態になっていた。こうなってしまうと気が緩むのか、早く返そう返そうと思いつつも、ついつい忘れてしまって行動に結びつかず、返却したのはけっきょく一週間も後になってしまった。読み終えることができなくて確信的に延滞するならばともかく、不注意と怠惰の延滞はよくない。無料であるが故になおさらよくない。

仕事と人生の変わらない法則

 一時帰国していたドイツ在住の友人に会った別れ際、一冊の本をもらった。本田健の 『金持ちゾウさん、貧乏ゾウさん』というゾウが主人公になっている物語。お金がテーマになっていることにやや嫌悪感を覚え、しばらく放っておいたのだが、読み始めてみると童話っぽいところと教訓じみたところにやや抵抗感が残っていたものの、読むのをやめようなどという気にはならず、最後まで読んでしまった。なかなか興味深い話ではあったが、重要なのは最後に書かれている作者による解説。さすがに童話を読んだだけでは作者の伝えたかったことは汲み取れない。しかしこの解説を読むと、この本が扱っているお金、仕事、人生、幸せに対する作者の考えが説得力を持って伝わってくる。特に3つの表現に感銘を受けたので、ここに挙げておきたい。まずは「人生で起こるさまざまな事件は、自分を知るために起きている」ということ。そういった立場で毎日起こる、特に嫌なことに対しても客観的に対処して行けば意外な側面も見えてきて、苦境を乗り越え、むしろ楽しむことができるのかもしれない。それから恐らく一番重要な主張は「効率や生長を求めすぎず、自己卑下せず、まわりと調和して生きることが幸せの秘訣」という彼の結論ではないだろうか。幸せとは人それぞれであり、必ずしも彼の意見が正しいとは言い切れないが、多くの人に当てはまるであろうことは間違いない。そして最後にもう一点感銘を受けたのは「見失っているかもしれない、父親や祖父との絆」である。物語には確かにこのテーマも隠されていた。しかし、こうやって指摘してもらわなければ綿々と受け継がれてきた親子の絆について考えるようなことはなかっただろう。僕の場合、祖父は農業、父は銀行員、そして僕は研究者をやっていて全く関係ないように思っていたが、実は見失っていた絆があったのだ。そのことを気付かせてくれた一冊だった。

大黒屋光太夫

 友人に勧められて吉村昭『漂流』を読んだのは2年以上前だが、その興奮はなかなか冷めない。吉村が『漂流』の発表から20年以上経った晩年に『大黒屋光太夫』という小説を書き残していたことを新聞で知り、再びあの興奮をと図書館から文庫本上下2巻を借りてきた。小説の雰囲気は執筆時の30歳近い年齢差を感じさせないもので、若い頃の成熟度に畏れ入ったが、その一方、人生の締めくくりをこの小説にかけた意気込みも感じられ、期待以上に読み応えのある話だった。それに1700年代後半、謎に満ちた大国ロシアでの実話である。知らなかったことばかりで書かれている一文一文が興味深く、知識として得たこと、感じたことを書き留めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。僕にとっての圧巻は女帝への謁見を光太夫が遅れてペテルブルグに入った水主新蔵に語る場面である。新蔵の反応が理解できないと思ったら、意外な展開があり、宗旨替えという一つの大きなテーマと向き合うことになる。そして同じく宗旨替えをした水主庄蔵にけじめをつけて離別を伝える場面も印象的である。読み書きを嗜む身として、そして水主達の命を預かる沖船頭としての光太夫の一つ一つの言動には責任ある者の取るべき行動が示されており、僕のような身にも参考になる。大黒屋光太夫については三重県に記念館があるらしい。この興奮をまた思い出すため、いずれ訪れてみなければと思っている。

知の挑戦

 博士課程の指導教官の先生からいただいた『知の挑戦』という本を読んだ。最近の本はサブタイトルどころかいろいろなタイトルが付いていて、どれが本を特定すべきタイトルなのかがはっきりせず厄介である。この本の表紙にも『知の挑戦』に加え、「技術を生かすグローバルリーダー育成の教科書」、「時代を拓く知のリーダーからのメッセージ」、「新しい価値の創造」などと書かれている。それはさておき、この本は前回の『理工系のための明日への教科書』に続く2冊目で、昨年度まで先生が学長として進めていた教育プログラムの取り組みの一つ、特別講義シリーズのうちから7講義を本にまとめたものである。そのどれもが時代の先駆者自らの経験に基づいた若者へのメッセージである。せっかくなので、それぞれから印象に残った箇所を書き留めておきたい。第1講義は益川敏英との対談。評論家などを皮肉る「眼高手低」という言葉を、目標を高く持ちつつ実際には着実なところから始めると解釈しその必要性を説いている。対談の中で我が師は「準備のない人に幸運の女神は訪れない」というパスツールの言葉を引用していた。第2講義は浅川千恵子。障害者のニーズにより開発された技術で世の中が変わってきている例が多々あることを知らされた。第3講義は小泉英明。脳科学と聞くと、何やら怪し気な印象を持っていたが、確かな技術があり、それを応用することでALS患者と意志疎通を試みた実験とその結果には感銘を受けた。第4講義は箕浦輝幸。修羅場を経験させるなどして大人が若者をどう鍛えるのか、制度よりも重要な人材育成法が説かれている。第5講義は戸田信雄。失敗、問題に直面した時に、情熱と執念で必死に考え続けることによって初めてインスピレーションが出てくる。第6講義は川角昌弥。あきらめずにさまざまな常識を疑ってみる必要がある。第7講義は増本健。常識外れの研究成果は往々にして査読者に受け入れられない。僕はもう若者ではないかもしれないが、たまにはこういった分野の違う人たちからのメッセージにも接し、世界を広げる必要がある。

若き日の愛読書

 帰宅途上、iPhoneでニュースを見ていたら渡辺淳一が亡くなったと知った。好きな作家というわけではなく、今後読みたい作品があるわけでもないが、大学生の頃に読んだ『遠き落日』は人生に大きな影響を与え、何度読み返したか分からない。読んだ本は手元に残さない主義だが、この文庫本上下2巻は未だにトイレの棚の上に並べてある。独り寂しくカナダで暮らしている時も励まされたものだが、帰国してからは不思議と読み返した記憶がない。齢を重ねるにつれ、いつの間にか必要なくなったのだろう。他に読んだ作品といえば『光と陰』ぐらいである。『遠き落日』とは違い、二度と読みたくないような小説だったが、その筋書きは未だ強烈に僕の脳裏に焼き付いており、人生とはそんなものだと若き渡辺淳一が教えてくれていたことに今日気付かされた。

満州再訪記

 藤原ていの『流れる星は生きている』、そしてその後、新田次郎の『望郷』と『豆満江』を読んで早10年以上の歳月が流れた。それよりも前に次男である藤原正彦の『若き数学者のアメリカ』や『遥かなるケンブリッジ』を読み、その後『国家の品格』も含め多くのエッセイを読んできた。先月は『祖国とは国語』を図書館で借りてきて、文庫本の最後に収録されていたのが『満州再訪記』である。発表は2002年秋らしいから、僕がまだ大学院生だった頃だ。期待通りの興味深い紀行文であったが、日清戦争から太平洋戦争敗戦に至る近代日本と諸外国との関係がうまくまとめられていて、自分の知識を整理するのに大いに役立った。著者の個人的な見解が当然であるがごとく書き込まれているのでその点は注意深く解釈しなければならないが。いずれ娘にも薦めることにしよう。とは言え、圧巻は亡き父親や、同行した母親、藤原ていに対する敬意と愛情だろう。大学生の頃、その独特の見解と表現から新聞で藤原ていの文章を読むのを楽しみにしていたが、今や百歳近くになるのか。満州再訪時には八十代。どこにでもいそうなお婆さんの姿を随所に描写しているがやはり藤原ていはそこらのお婆さんとは一味も二味も違うことだろう。嘘か本当か分からないが、ていおばあさんの諧謔で紀行文は巧みに締められていた。

卑怯を憎む

 先日、藤原正彦の『いじわるにも程がある』を読み終えた。同名のエッセイを全20の最後に配置したエッセイ集である。深刻な話と根拠に基づく強い主張が次々と展開する『国語教育絶対論』の後に収録されているのだが、僕にとっては落差が大きく、そのほとんどに感銘は受けなかった。最初の『お茶の謎』からして良くない。新田次郎は注がれた茶の量にうるさかったようだが、著者はいつもなみなみと注ぐらしい。常々、情緒の重要性を説く一方で、日本人が茶を飲む時の情緒を理解していないようだ。それはさておき、一つだけ心に残るエッセイがあった。父親の価値観を綴った『卑怯を憎む』である。その最後にこう書かれていた。「父親とは、死んでから感謝されるべきもの、と思っている。」この主張は彼の作品に垣間見ることができる。僕もこの年になって初めて、自分の父を見て、また父の父だった祖父を思い出し、そして我が子のことを思うと、父親とは死んでから感謝されるべきものであると思わされている。

国語教育絶対論

 娘に何かを読ませようと藤原正彦『祖国は国語』の文庫本が図書館の本棚で目に留まり借りてきたのだが、娘はいっこうに読む気配がない。僕の方が興味があったので、通勤に持ち出して読み始めてしまった。大きく分けて『国語教育絶対論』、『いじわるにも程がある』、『満州再訪記』の3つから成り立っておりそれぞれの独立性が高いため、ここで最初の分についてのみ記しておく。他の著作から言わんとしていることは大概予想がついていたが、整理して読むことができ、理解も深まった。多くの社会的な事実に基づいて、説得力ある論理展開で、全体として11の随筆集として成り立っている。娘が楽しく読んでくれたかどうかは不安になってきた。その中でも特に印象に残ったのがその論理についてである。引用させてもらうと「現実世界の「論理」とは、普遍性のない前提から出発し、灰色の道をたどる、というきわめて頼りないものである。そこでは思考の正当性より説得力のある表現が重要である。すなわち、「論理」を育ているには、数学より筋道を立てて表現する技術の習得が大切ということになる。」僕の研究テーマも然りである。

二つの祖国

 必ず楽しんでくれるはずだと隣にいる大学院生が薦めてくれた山崎豊子『二つの祖国』をようやく読み終えた。図書館で借りようと思ったら作者の訃報に接し、しばらく待つことにしてけっきょく読み始めたのは年が明けてからで、それから読了に3ヶ月もかかってしまった。限られた時間を利用して少しずつ読み進め、この3ヶ月という期間を確かに『二つの祖国』で楽しむことができた。いや楽しんだというよりも、受けた衝撃は予想外に大きいものだった。冒頭の日系人の強制収容から始まり、黒人に対してだけではない人種差別、一世や二世の語学力、戦争の本質、戦前の日本人の天皇に対する考え方、家族のありかた、俘虜の扱い、原爆投下の問題性、裁判の意義、宗教の必要性、自殺、などなど。読み進めば進むほど、この小説のテーマは広くなってゆき、その一つ一つに考えさせられた。あたりまえのことだが、日本の学校教育では教えてもらえないことがあまりに多過ぎることを思い知らされ、大人になり精神的な成熟を経てからこそあらゆる観点から吟味しなければ物事に対する意見など持ちようがないことを再認識させられた。作者の緻密で長期にわたる取材あってこその力作で、分野こそ違え僕も見倣いたい。娘に読むよう薦めたが、ほんの数十ページで挫折した。それで良かったかもしれない。中学生には刺激が強すぎる。娘が大人になったらその時にまた薦めよう。そして僕もまたその時に読み返したい。

本の予約の競合

 今、図書館から借りて『二つの祖国』を読んでいるが、他人と競合しているらしく、各巻を切れ目なく予約して借り続けることが難しい。もともとの単行本は上下2巻だったようだが、文庫本では3巻、そして最新の文字が大きな文庫本では4巻構成になっている。今はその3巻を読んでいて、2週間では読み切れないので延長し、なんとか最終巻も確保したいのだが、すでに予約が入っているらしい。区内の図書館全部の蔵書を調べると、古いのも含め何セットもあるようなので、少し気が引けるが二重に借りてしまうか。予約はしばしばキャンセルになる。延長は1回限りで、手続きから2週間で返さなければならないので、期限ぎりぎりに申請したほうが長く持っていられることになるが、その間に新しい予約が入る可能性もある。さっさと読んでしまえばいいのだが、通勤電車の中ぐらいしかまとまった時間が取れないし、僕にとっては読書を長引かせることも人生を楽しむ一つの秘訣である。

図書館から借りた本の返却期限延長

 僕の読書は他人と比べるとかなりのスローペースで、一冊の本を長期間に渡って楽しむのが普通である。たいていは図書館から借り、読むのは通勤電車の中だけで、通常の貸し出し期間内には読み切れないのでウェブサイトで延長手続きを行っている。以前は3週間、延長すれば6週間も占有できたので余裕だったのだが、いつからか2週間、延長で4週間に短縮されてしまった。年が明けてから『二つの祖国』をじっくり楽しみながら読んでいるのだが、借りているのは文庫本で全4巻におよぶ。ウェブサイトで第3巻の返却期限を確認しようとすると予約が入っていて延長でいないことが分かった。これはまずい、どうしようとかなり困惑していたら、期限ぎりぎりになってその予約は取り消されており、なんとか救われた。延長するとその日から2週間となってしまうので、最大限手元に置いておくためには手続きはなるべく後の方がいいのだが予約との兼ね合いもあるので難しい。一度に何冊も借りるわけではないんだから、もっと長い期間の貸し出しを許してもらいたい。

図書館の本の水濡れ

 本を返却したら嫌みを込めたような言い方で水濡れを指摘された。自分の所有する本ならばまだしも、図書館で借りた本の水濡れの跡など気にしたことがないので、急にそんなことを言われて驚いた。全く気付かなかったし、自分で濡らした覚えなどない。雨の日に鞄の中に入れていることもあり、水筒と一緒に運んでいるから自分が濡らした可能性を完全に否定できるものではないが、少し腹が立った。本が濡れて紙が変になることぐらいでああだこうだ言う人がいることに腹が立つ。そんな外見上のことなどどうでもいいではないか。破損して読めなくなるならば問題は大きいが、少し濡れたぐらいでは読むことになんら支障はない。ましてや多くの人の手に渡ることを想定して置かれている公共の図書館の本である。破損覚悟で一人でも多くの人に読んでもらうことを趣旨とすべきではないのか。大切なのは本に書かれている内容であって、メディアたる物体ではない。

早起きは自分を賢くする

 危うく見逃すところだったが、新聞に船井幸雄の死亡記事が出ているのがかろうじて目に入った。博士課程の大学院生の頃だったか、本屋をぶらぶらと歩いていたら『早起きは自分を賢くする』という単行本が僕の興味を引き、買って、読んで、感銘を受けたことを良く覚えている。その著者が船井幸雄で、こいつ只者ではないと思っていた。記録をあさってみると『早起きは自分を賢くする! 出勤前の30日「自己革命」!』を読了したのは2004年1月19日となっていたので、博士号を取得し留学を控えて出身研究室でポスドクをやっていた頃である。いや驚いたことは僕が読了してちょうど10年後、日付も同じくして著者が死去したということである。そんな奇遇はまあ置いておくとして、この本が僕の人生に与えた影響は大きかった。かと言ってこの本を読んだことによって早起きになったかというと必ずしもそうではない。頭で理解できても行動できるか否かは別問題である。しかし最近はかなり早起きになり、今年に限れば午前4時以降に起きたのは1日だけで、ほとんど4時前に起きている。『早起きは自分を賢くする』に書かれていたことなど10年経った今では何も覚えていないが、彼の主張はずっと僕の10年間を支えてくれていたであろうことに気付かされた。

科学者の卵たちに贈る言葉

 博士課程の指導教官の先生が、先生の指導教官であった江上不二夫先生のことをしばしば語っていた。今でも良く覚えているのは「自分が見付けたことを大切にしなさい」という言葉ぐらいだろうか。僕が実際の研究の指導を受けていたのは、学籍上の指導教官の先生の弟子の先生なので、僕は江上不二夫なる生化学者の曽孫弟子に相当する。いったい江上先生とはどんな人物だったのか。この夏に笠井献一『科学者の卵たちに贈る言葉 江上不二夫が伝えたかったこと』という本が出たらしく、新聞に宇宙物理学者の「科学は勝ち負けではない」という書評が載っていてぜひ読んでみたいと思っていた。図書館の本棚に並ぶのを待って、読むのが今になってしまったが、ようやく江上先生の人柄を知ることができ、僕の先生が何かと語っていた理由も自ずと理解することができた。今の科学者たちの研究に対する姿勢は、僕が高校生の頃に思い描き、憧れていたものとはずいぶんと違う。そんなことを思い改めさせてくれる本だった。目次を書き並べるだけでも意味がありそうなのでここに記しておく。「1. 他人と戦わない、2. 人真似でかまわない、3. 伝統を大切にする、4. つまらない研究なんてない、5. 三ヶ月で世界の最先端になる、6. 実験が失敗したら喜ぶ、7. 先生は偉くない」薄い本なので、また機会を見付けて読み返したい。

野口英世知られざる軌跡

 実家の本棚で『野口英世知られざる軌跡』という本が目に留まった。大学3年生の頃に発行された単行本の第一刷である。はっきり覚えていないが確かその頃、新しく出たらしいこの本を新聞広告で見つけ、注文して買ったのだが読了した記憶がない。もう20年も経ってしまったが、今更ながら読み返すことにして持ち帰った。著者は山本厚子というスペイン語が堪能と思われる女性。『遠き落日』と比べてしまうと全く迫力がないのだが、女性による個人的な紀行文と思って読むと楽しめる。男の作家が思いを巡らさないような、国際結婚の苦労、野口がアフリカに渡ってからの夫に対する妻の思い、野口亡き後に仕事の整理をした女性愛弟子の生涯、恋人だったヨネの子孫の迷惑ぶりなどなど、女性ならではの視点は興味深い。得意な語学、特にスペイン語を最大限利用して独りで治安の良くない国も含めてあちこちに足を運び、これまで知られていなかったことも多く明らかにしたそのファイトには敬服させられる。最近はめっきり目にしなくなった女史なんて言葉が随所にちりばめられていて20年という月日を感じる。調べてみるともう絶版になっていているようだ。

死都日本

 大学生の頃、硫黄山から入り、韓国岳、新燃岳、そして高千穂峰と霧島を縦走したことがある。どこも普段見られない風景が広がっていて、筆舌に尽くし難いほどの美しさを備えた山々だった。その時、新燃岳火口周辺は噴火活動が活発なために入山が禁止されていたのだが、そこを通らねば霧島縦走を成し遂げられないため、突っ切ったことはいい思い出である。しかしそれは大学生だからこそできた全く無謀な行為だった。石黒耀『死都日本』を読み終えた今となってはもはや絶対にできない。全体を通して冷静に振り返ってみると全く馬鹿げたシナリオだが、個々の自然現象さらには社会現象においても科学的な観点から緻密に調べ上げ詳細に説明されており、かつその全てが僕を含む多くの日本人が知らずきたことばかりで、驚きの連続である。この本は分厚く、各ページに収まっている文字の密度も高いので、通勤時間だけで読み切るのにはかなりの時間を要した。本を貸してくれた友人は、話の長さを息切れなどと表現していて、結末にはあまり期待していなかったのだが、最後の最後で著者のそれまでに見られなかった全く別な主張も展開され、最初とは違った読み応えを感じることができた。いずれ地球がなくなることは子供の頃から信じていたが、それ以前に日本がなくなるなどとはこの本以外、誰も教えてくれなかった。けっきょくのところこの本は、自分を火山おたくの准教授、最後には内閣総理大臣に準(なぞら)えた一医師の自慢話ではあるが、文学的、経済的、社会的な素養も含め一読の価値がある自慢話である。

友人の本棚へ

 僕は読み終えた本を自分の本棚に並べて喜ぶような人間ではないので、不要になった本は何らかの形で処分する。たいていは図書館から借りた本であり、友人から借りた本だったりするから返せばいいだけなのだが、先生の古稀のお祝いの会のお土産にもらった『明日への教科書』はいったいどうしよう。なかなかいい本だったのでただ捨てるわけにもゆかず、誰かにあげるにしても読むよう押しつけたくはない。そんなわけで本棚にしばらくの間並べてあったのだが、ふと思い付いた。札幌の友人の「おれの本棚」に並べてもらえばいいじゃないか。彼が読んでくれなくても、彼の弟子の誰かが手に取ってくれるかもしれない。家にレターパック350の封筒があったら、簡単な手紙を1枚添えて小さなその本一冊だけを投函した。追跡サービスで確認すると、今朝、3時前に向こうの郵便局に到着し、午後1時過ぎ、友人に届いたとのこと。

人間というもの

 岡山出身の友人に司馬遼太郎の『播磨灘物語』を薦めたら、『人間というもの』という本を貸してくれた。彼の膨大な著作の中から、人間とは何かを考えさせる記述を多数抜き出したアフォリズム集である。確か彼はこんなことを書いていたなと懐かしい本のページをめくっても、電子書籍でもなければ目的の部分にたどり着くのは極めて困難である。僕が気になった記述と、ここに抜き出されているアフォリズムが必ずしも一致するわけではないが、また、まだ読んでいない本からの抜粋もあったりするが彼が作品全体に渡って書き留めていることはかなり一貫していると言っていい。けっこう読んだと思ったが、まだまだ読むべき本は多数あるようだ。それにしてもこの本、著者名が司馬遼太郎となっているものの初版の発行日は彼の死から8年後である。まさか本人が選んだとは思えない。誰がどういった基準で選んだのか、責任の所在が明確でない。楽しく読みはしたが、死後、こんなアフォリズム集が出されたことを本人はどう思うことか。

理工系のための明日への教科書

 半年ほど前のことになってしまうが、博士課程の指導教官の古稀のお祝いがあった。先生はいつものようにお土産まで用意してくれ、そのうちの一つが『理工系のための明日への教科書 時代を担うトップからのメッセージ』という一冊。現在、国立大学の学長を務める先生が、自身も含め、特に産業界で活躍してきた研究者あるいは技術者を呼び、学生向けの講演をしてもらい、それらをまとめた本である。象牙の塔にこもって国からの研究費を享受している学者たちとは違い、社会に対する危機意識を常に持って仕事をしている彼らの姿勢は印象的だった。しかもその講演のどれもが東日本大震災の前に行われていたものであることは僕にとっては非常に驚きで、のほほんと生きてきた我が身を反省せざるを得ない一冊だった。

イヴの七人の娘たち

 年の瀬となりこの一年を振り返ってみると、読書量が極端に少なかったことに気付く。読んだ総量が少なかったわけではなく、書籍という形を取ったものを読み切っていない。その原因は明らかで、今まで読書時間に充てられていた通勤時間を、講義の準備、つまり教科書などを読むことに使わざるを得なかったからである。半年ほど前に友人からもらった文庫本が未だ読みかけだったので読んでしまわねばと、山形に向かう新幹線の中で久しぶりにページをめくった。サイクス『イヴの七人の娘たち』、遺伝学をやっている僕が友人からこんな本をもらうというのは奇異にも思えるが、知らないことも多く書かれていて非常にためになった。研究者同士の泥臭いやり取りも生々と書かれていて、面白いかと思ったが、けっきょくは自慢話ばかりであったのはなんか面白くなかった。それはともかく、前半を読んで遺伝学の啓蒙書かと思ったが、圧巻はアースラ、ジニア、ヘレナ、ヴェルダ、タラ、カトリン、ジャスミンと名付けられた5万年から1万年前の間に、ヨーロッパのそれぞれの場所で生きていた女性、そして彼女を取り巻くホモ・サピエンスたちの生活である。その描写はとても同じ著者が書いたものとは思われず、これまで想像したこともなかった四季を通した暮らしは驚きの連続だった。僕の祖先はいったいどこで何をやって本州にたどり着いたのか。僕が死ぬまでにその一端でも解明できるのだろうか。

有償電子書籍の購入

 小学校の同窓会の時に、フィナンシャルプランナーをやっている友人が出した電子書籍の話になった。450円という価格が高いというカスタマーレビューがあり、またそれに対し、多くが無料のスマートフォンアプリにあってはみんなケチになるという意見があった。なるほど、同感である。そんなことを言っていると、本人から「だったら買ってくれ」と言われ、確かにその通りだと思い、買ってみることにした。これまで有料のアプリなど購入したことがなかったので、これが初めてとなる。通勤電車の中で読み始めたが、その本の内容も楽しめそうだし、iPhoneで読む電子書籍も、学術論文のPDFを拡大したりページの中の場所を移動させたりしながら読むのに比べると、なかなか便利である。他人に貸したり、あげたりできないことが不便だろうか。

ボクの音楽武者修行

 友人に薦められて小澤征爾『ボクの音楽武者修行』という本を読んだ。指揮や指揮者なんぞには全く興味はなく、最近はピアノ曲以外のクラシック音楽に対しても興味を失っているから、小澤征爾なんてどうでも良かったのだが、とにかく読んでみた。著者があとがきに書いているが、音楽家がこういった本を書くこと自体に無理があるとのことで、最初は自然とそんなことも感じられたが、いやいやこれはかなりいい本である。読み始めてしばらくして気付いたが、読むに当たって注意しなければいけないことは、かなり古い本であるということ。初版は昭和37年というからずいぶん古い。僕の生まれるずっとずっと前の話で、良く知らなかったが小澤征爾は僕の両親よりも年をとっていて計算してみると現在76歳にもなる。そんな時代にこんなことをしていたのかと、しばらくたってから驚かされた。武者修業とはこのことかと。海外旅行が当たり前、インターネットの普及した今の常識とはかけ離れた時代だ。頻繁に引用される手紙からもそんなことを感じることができる。平成生まれの今の子供たちが読んだとしたら、状況が全く分からないのではないか。著者がこの本を執筆したのは20代半ば。ちゃかされた自慢話が続くが、ところどころに彼がかなりの努力家であったことを示す記述も見られ、世界的な成功は決して運だけではなかったことを強く感じさせられた。しかしながら、いい音楽を作り出すための努力はある程度客観的に記述できるものの、小澤征爾といえども音楽そのものに対しての記述は主観的なものに留まる。それは50年を経た今でもそんなに変わらないだろう。この本を読んで音楽に対する理解が深まったようなことはないが、小澤征爾の偉大さは垣間見ることができた。

図書館が僕の本棚

 最近、娘の本棚が教科書やノート、参考書、本などで溢れてきた。僕の方は蔵書は減らして行きたいと思っていて、最近はその作業があまり進んでいなかったのだが、とりあえず本棚の一段を娘に譲ることにした。そこに置いてあった本は段ボール箱に詰めてクローゼットの中へ移動。ほとんど見るような機会は無いからこれでいい。本棚に多数の本を並べて悦に入る人が多いように思う。僕も昔はそうだったが、今は決してそんなことはない。本を読んだことは誇りに思っても、それを並べることには何の意味も感じなくなった。並べた本をまた読むよりも、別な本を探してきて読んだ方がずっといい。僕の本棚は図書館にあるのだ。結婚して自分の趣味でない本が本棚に並び、また子供が所有する子供の本が家に増えてくると考え方も変わる。死ぬ時までに自宅の蔵書数を0にする、これが今の目標。そのためには、特に好きな本について、読み尽くして捨てるだけの勇気を持てるかどうかも重要になってくる。

漂流

 ちょうど2年前になるが、友人から鳥島の歴史がつかめると薦められた本がある。別に鳥島の歴史をつかみたくもなかったのでそのままにしていたのだが、最近になってその吉村昭『漂流』を読んでみた。しかしそこには鳥島の歴史などではなく、僕が一人の人として生きて行くにあたってのきわめて重要なことが書き連ねられていた。無人島で12年もの間生活した野村長平という男の話である。江戸幕府の役人による調書などを基に書かれているのだろうが、長平の心情がこと細かく描かれている。これからの人生、幾多の苦難に遭遇するだろうが、これほどのことはあり得ない。そんな時にこの本を読めば必ずや勇気付けられることは間違いない。娘が冬休みは八丈島に行きたいということで、僕の知らないところで家族旅行の話がまとまりつつある。なんで八丈島なのか良く分からないが、長平が故国へ戻る際に立ち寄った八丈島である。ちょっとした偶然だが、なんか楽しそうだ。しかし残念ながら今の娘に『漂流』は薦められない。もちろん読んでもかまわないと思うが子供には理解できない部分が多い。

新田次郎の年譜

 最近読んだ新田次郎の文庫本の巻末に著者の年譜なるものが載っていた。一通り眺めてみると、改めて新田次郎という男の偉大さが感じられる。特に興味深いのは僕の今の年齢の辺りである。39歳で『強力伝』を書き、直木賞受賞は44歳とあるから、作家としてのデビューは意外と遅かった。僕でもこれから何か新しいことに挑戦できる年齢なのかと勇気づけられる。しかしそこからがすごい。気象庁に勤務しながら発表し続けた作品の数には驚かされる。ここ10年ぐらい僕は筆頭著者論文を平均すれば年に1報ほど書いているが、その苦労は新田次郎が下調べから一作品を完成させるまでの苦労に及ばないかもしれない。それなのに毎年毎年、著書名の羅列が絶えない。51歳で測器課長になり富士山気象レーダー建設に携わる。なのに筆は衰えを見せるどころかますます旺盛になってゆく。54歳で退官。その後、発表タイトル数が多いというわけではないが、内容やページ数が確認できていないので何とも言えない。しかし、気象庁で働いていた時のエネルギーがそのまま作家としての活動に費やされていたのだと思われる。67歳、自宅にて心筋梗塞のため急逝。

聖職の碑

 新田次郎『聖職の碑』を読み終えた。読み進めば進むほど興味深い話であった。途中、いろいろな疑問が生じるのだが、最後にはその全てが解決し、取材記も含め小説として良くまとまっている。例えば、なぜあれほどの事故が起りながら未だに長野県の子供達は2000mを超える高山に登らされるのか。この本を読めば良く分かる。登山をつまらなかったと言う子供は一人もいないのだという。僕も2つ下の妹も東京で教育を受けたのだが、一番下の妹は長野県で育ち、学校で北アルプス燕岳に登らされた。それ以前に、家族で常念岳などにも登っていたとは思うが、学校での強制登山もさぞかしいい思い出となったことだろう。書きたいことはいろいろあるのだが、ここでは上伊那教育会の西駒ヶ岳登山案内に書かれているという登山の目的を引用しておきたい。一、旺盛な気はくと忍耐力によって西駒ヶ岳に登り、身体をきたえるとともに強い意志を養う。二、高山の自然(高山植物、地形、地質、原始林、雪渓、雲海など)に親しみ、観察する。三、高山の景観に接し、自然の偉大さを味わう。四、仲良く協力の精神を発揮し、登山のよろこびをともに味わう。別に登山の目的などといった哲学的なことを無理に考えなくてもいいというのが僕の考えだったが、この4つの条文には非常に惹かれるものがある。最近、苦労して山に登るよりも家にいた方が楽でいいと思うようになってきて、この本を読んだからといってその気持ちが変わったわけではないのだが、子供達を山に連れて行ってやる必要がある、そして連れて行ってやることはこちらにとっても意味があることを強く感じさせられた。実は今日は出張で筑波山を見たのだが、筑波山のような山では駄目なのである。僕なりに高山を解釈すれば、ハイマツが生えている山だろう。2500mほど、東北の山だったら1500mほどになろうか。情緒などに流されて低い山に興味を持って登っても、自然の本当の偉大さは感じられない。そして独りでのこのこと山に行くなどということはもはや僕にとっては何の意味もなさそうだ。最初、違和感を覚えたこの本のタイトルの意味するところも大きい。ただ捨てられるだけかもしれないというのに、友人がわざわざ新品を買って送りつけてくるだけのことはある。

茶わんの湯

 山形に帰省した際、義父から「寺田寅彦全集があるので好きに持って行って」と言われた。さすがに全てを読む気にはなれないが、一つ、中学生の頃から気になっていた随筆があるので探してみることにした。それは『茶わんの湯』で、竹内均がNHK教育の番組で自身がこの本を読んで学者になろうと決心したと話していたのを聞いてのことである。ちなみに僕自身にもそんな本があり、それは朝永振一郎『物理学とは何だろうか』である。さてさて『茶わんの湯』であるが、1960年に岩波書店から第1刷が発行された全17巻からなる全集の第3巻に収められていた。妻が東京に荷物を送ると言うので、この一冊だけ押し込んでもらった。そして今日、通勤電車の中で読み始めたのだが、すぐに読み切ってしまった。とても短い話ながら内容は豊富でしっかりしており、国語の教科書にも載せられるような話である。今の子供たちにこの本を読ませたら、どう感じるのだろうか。物理学を初めとする自然科学に関心を持ってくれるだろうか。この随筆の果たした役割の大きさは想像に難くないが、発表は大正11年とある。だいぶ年月(としつき)が流れ、その間、研究の流れも大きく変わってきていることだろう。この夏、自由研究のテーマを決める前に、娘に読ませてみれば良かった。

勝手ながら1冊献上

 職場に小包のような小さい郵便物が送られてきた。文庫本のような大きさだが、一体なんだろう。それは北海道の友人から送られてきた新田次郎『聖職の碑』という一冊だった。新品だが、いつ頃の本だろうと見てみると今年の6月に第1刷発行とだけ書かれている。おや、藤原寛人は僕が小学生の頃に死んだはずなのに。良く見ると新装版と書かれている。僕の祖母が長野縣で国民学校の教員をやっていた話を聞き、送ってくれたらしい。こんな本の薦め方は反則だろうと苦笑いしつつも、いずれ真似してみようかとも思ってしまった。とりあえず自宅に持ち帰り、これから読む予定になっている本の横に立て掛けた。いつ手をつけられるかは今のところ未定。北海道はだいぶ秋めいてきたらしい。
Aug26_2011
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